79:射抜
夜が明ける。
崖上に立ち東の空を眺めると、天空と地上の境が赤く燃え始める。
昨日燃やした森の煤の臭いがまだ残っていて、それと相まって大火災でも起きているのではないかと想像してしまう。
時折吹く風が木々を揺らし、密林をざわつかせているが、そこに住まう命はまだじっと身をひそめているような気がした。
僕の中にある小さな緊張感が、そう感じさせているのかもしれない。
朝の準備を終えた仲間たちが僕の横に並び朝日を眺める。
誰も何もしゃべらない。
各氏族長が、聖炎面々がその場に立ち並び、黙って日が昇るのを見つめていた。
「さあ、そろそろ食事にしましょうか。
腹が減っては戦はできませんからね」
僕の声に皆が頷いて、崖上に設けられたキャンプに戻っていく。
僕もまた、キャンプへと一度戻った。
最終的な準備が完了したのは1時間後だ。
ここからの作戦がいつ終わるのかは敵の動き次第で、長丁場になることも考えられる。
ここを離れて誘導を担当する僕たちは、軽装というわけにもいかないので、いつもの冒険時と同じくらいの荷物は持って移動することになる。
もっとも、保存袋のおかげで、重くもないし、大してかさばることもない。
僕は今日も鎧は使わない。
理由は昨日と同じで、魔法を用いる必要があるからだ。
聖職者の奇跡の業は鎧を着ていても問題ないが、魔法は鎧が邪魔になり、時としてその発動を阻害することがある。
バドリデラとクェルシャッシャが崖上に残り、殲滅火力を担う術師たちの指揮と、その護衛を行う。
Gさんも崖上で僕との連絡とこの場の総指揮を担当する。
聖炎の二人の聖職者も崖上からの支援となる。
僕とコマリとヴェル、ラッシャキンとガルスガとドミンツェバェ、デニスとマッカランは、梯子を伝って下に降りた。
デニスとマッカランはこの場に待機。
残りのメンバーは昨日の最後に目印を付けた地点まで歩いて移動する。
その途中で、心言結合の魔法が、僕、コマリ、ヴェル、ラッシャキン、ガルスガにかけられる。
ヴェルの「この辺りです」の言葉に僕は頷いてから、魔法看破の奇跡を用いて、昨日残した自分のサインを確認して、ガルスガとドミンツェバェと別れる。彼らはここで待機だ。
続けて風渡りの奇跡を用いて、僕たちは空路、昨日の最初の目印まで移動する。
飛行時間は20分弱。
大体の場所に降り立ってから、再び魔法を使って最初のサインを確認した。
ヴェルは単独で上空に上がり、スコーロウの現在位置を確認に向かう。
5分も経たないうちにヴェルからの連絡が入った。
―想定よりも早いです。そちらまでの距離約5km。進行方向をトレースして戻ります―
「ギリギリでしたね。ラッシャキンがお代わりとかしてなければもう少し余裕があったのに。僕たちは先に次に向かうから、終わったら合流して」
コマリにそう言ってからラッシャキンと走り始める。
次のポイントはここから約100mほど北側だ。
「朝飯はしっかり食う主義でな。ましてや今日は長丁場だ。それに間に合っているから何の問題もないだろう」
ラッシャキンが走りながらそう言うとコマリたちのやり取りが聞こえてきた。
―コマリ様、目印をあげてください―
―今あげました。姉様、確認できますか?―
―はい、確認しました。西側に100mほど移動してください―
―分かりました―
―コマリ様、その辺りで大丈夫です―
僕たちも走り終えて息を整えてから、神に祈りを捧げる。
「神よ、これより未来への戦いが始まります。どうか皆にご加護をお与えください」
そう口にしてから宙に聖印を描き、奇跡の力を願う。
「月の神に願い申し上げます。御身の力を私にお貸しください。この地の天候を操る奇跡をお与えください」
そう口にしてから、祈り続ける。
徐々に僕たちの頭上の雲が厚くなり、朝日が差し込むのを遮り始める。
10分ほど祈り続けて、奇跡の力が周囲に定着したようだ。
すぐに辺りに薄い霧を発生させる。
その頃には、コマリとヴェルも僕たちに合流していた。
少し西に移動してコマリの仕事を確認する。
そこには大地に巨大なクレパスが口を開けていた。
これは本物の大地の裂け目ではなく、コマリが魔法で作り出した幻だ。
見ただけではこれが幻とは思えない。
魔法を二回用いることで、より長い範囲にこの裂け目の幻がここに存在している。
スコーロウの接触を予想したあたりのクレパスはやや西に向かうも概ね北に延びており、反対側はほぼ真っすぐに東へと延びる。
奴らが幻影を見破ることが出来なければ、北北西にクレパス沿いを進むはずだ。
最初の関門は、スコーロウがこの幻を信じ込んで、やや西寄りに進路を変えるかどうか。
ヴェルは再び空に上がり、上空からスコーロウの動きを確認する。
僕とコマリはこの位置から後ろに下がって、次のアクションに備える。
―本体の前に斥候がいます。斥候が幻に気づいて、クレパス沿いに移動を開始ししました―
―本体がクレパス前で停止。斥候がそこに合流して……スコーロウがそちらに向かい始めました―
僕はコマリと目を合わせて、次の準備を急ぐ。
荷物の中から5張りの短弓を取り出し、地面においてから腰のロッドを握る。
そして物品操作の力を使い、弓を操作する。クレパスの端近くに5本を並べる。
まだ斥候は本体とそれ程離れていない。
このタイミングが最も有効なはず。
コマリが幻術の魔法を再び唱える。
今度は幻の景色を生み出す幻術ではなく、6人ほどの一団の幻影を作り出した。
その幻影は先ほどの弓とほぼ同じ位置に現れる。
僕とコマリとGさん、聖炎の鎧を着た男たちの6人が、その場に固まっている。
クレパス沿いを進むスコーロウが僕たちから見え始めた。
コマリに目で合図をする。
すると、
「敵襲!数が多い、全員撤退!」
と僕に似た声が幻から発せられて、霧の方へと走り出す。
その動き始めに合わせて、配置していた短弓が一斉射し、地面に力なく落ちた。
物品操作の魔法を解除したのだ。
放たれた矢は敵には当たらずに、その辺りの木に刺さったりしているが、そこに放たれた矢があることが重要だ。
斥候はすぐに追尾はせずに、本体に報告を行ったようだ。そして何かの指示を受けて本体よりも先行して移動を開始する。
本体もその斥候の後を追うように移動を続けた。
―みんな、次のポイントに移動するよ―
言葉に出さずに伝えて、僕たちは体を気体化させて、移動を開始する。
視界が悪いため、最高速での移動はしない。
4人一塊で、次のポイントに向かった。
次のポイントに先回りして、準備を整える。
想定では5分ほどで斥候がここに到達するはず。
僕は霧の濃度を徐々に濃くしていく。
これで奴らは太陽の光で方角を正確に知ることはできないし、霧によって方向感覚も曖昧になるはず。
西に誘導されていることに気がつきにくくなる。
僕とコマリはデニスたちの残してくれた痕跡を追ってくる斥候を狙える位置に身をひそめて、その時を待つ。
想定よりも少し遅くなったが、ほぼ予定通りに2体のスコーロウが地面を確認しながら接近してくるのが見えた。
―今―
僕はラッシャキンとヴェルに指示を出す。
すると奴らの背後を気づかれないよう後を尾けていた二人が、猛スピードでスコーロウを抜き去りながら、片側の足を何本か刎ね飛ばす。
バランスを崩したところに、コマリが杖による火球を放ち、僕が奇跡の力による業火を打ち込む。
二体のスコーロウは力なくその場に崩れ落ちた。
4人がかりでなくても、ラッシャキン一人でも斥候の2体くらいなら始末できるはずだ。
だが、複数の攻撃を受けて、しかも魔法や奇跡を臭わせることが重要だ。
僕たちは再び体を気体化して移動を開始する。
ここからラッシャキンは一度別行動となる。
僕たちは天候操作の影響範囲から抜け、青空の下を移動して次のポイントに到達する。
ここで次の天候操作の奇跡を願い、スコーロウの想定進路を再び方角の確認が難しい状況にしなければならない。
方角の確認が難しく、餌を認識し、その痕跡が残っている。
意識がそちらに向くため、西へ誘導されていることに気付きにくいはずだ。
優秀な指揮官がいれば、天候の回復を待つことも視野に入れるだろうが、恐らくそれもないだろう。
奴らは『蠍』の命令に忠実だ。奴は僕を始末したかった。スコーロウは僕を追ってくるはずだ。
ラッシャキンから連絡が入る。
―予定の位置に到着した。暫くはのんびりさせてもらうよ―
―了解です。のんびりは結構ですが、うっかり居眠りなんてやめてくださいね?―
―わかった。なんかあれば起こしてくれ―
続けてヴェルからの連絡が入る。
―族長は後でお仕置きですね。スコーロウの動きが止まりました。理由はわかりませんが、状況を協議しているかもしれません―
―動き出したらすぐに知らせて―
ヴェルからの連絡で、少しここで待機となる。
斥候が二人しかいないということはないはず。痕跡を見失って進めなくなったということは考えにくい。
少しは賢い奴がいるのだろうか。
いずれにせよ、今は待つしかない。
何もせずただ待つだけの時間が、とても長く感じられた。
―アレン、スコーロウが西に向かい移動を開始しました―
ヴェルからの連絡が入ったのは10分ほど待った後のことだった。
僕は改めてこの場で天候操作の奇跡を再び願う。
厚い雲が空を覆い日差しを遮ると、霧が立ち込め始める。
これで、ガルスガとドミンツェバェが待機している地点までは、太陽の姿を隠すことが出来た。
後はスコーロウの群れを監視しながら、状況に応じて少しつつけば大丈夫。
そう思っていたところに、ラッシャキンから連絡が入った。
―お前の予想通りだ、スコーロウの伝令を今始末した―
―さすがですね。お疲れ様です。すぐに次の伝令は無いと思うので、迎撃地点に戻っていただいて構いません―
―それが、予想外の"荷物"が出来た―
―荷物ですか?―
―ああ、偶然だがセヴスクムカウダの斥候を二人捕らえた―
―セヴスクムカウダの捕虜?!―
僕は思わず聞き返した。
これは想定していなかったからだ。
僕たちが今ここで活動をしていることを知られるわけにはいかないので、開放するわけにはいかないし、かと言って殺すのは避けたい。
どうしたものかと少し悩んでみたが、一つのアイデアが思い浮かぶ。
―ヴェル、スコーロウの動きはどう?―
―今のところ、想定したコースを進んでいます。大きく逸脱する様子もありません。
ただ、予想より進行速度が遅いですね。奇襲を警戒している動きに見えます―
―これから少し作戦を変更するよ。僕とコマリはラッシャキンと一度合流する。
スコーロウの動きが変わったら逐次報告をお願い―
―了解しました―
「コマリ、聞いていた通りだ。ラッシャキンの所に行って、そこから瞬間移動で捕虜を迎撃地点まで運んでほしい」
「はい。それは構いませんが、幻術を使ってスコーロウを引っ張る作戦が出来なくなりますが……」
「そこは、方法を考えるよ。上手く行けばコマリもここまで戻ってくる時間があるから、きっとなんとかなる」
「分かりました」
迷子になった際の切り札として用意してあった、経路発見の奇跡を使ってラッシャキンの場所を特定してから、僕とコマリは再び気体化して、空に上がる。
僕たちは真っすぐにラッシャキンの元に向かった。
―Gさん、ラッシャキンがセヴスクムカウダの斥候を捕虜にしたそうです。コマリとそちらに送りますので受け入れの準備だけお願いします―
―わかった―
Gさんと手短にやり取りをして、少し飛行したところで、高度を落とす。
5分ほどでラッシャキンと合流すると、すぐに実体化して、Gさんのお守りを起動する。
干渉を中和する淡い光の中で、コマリは瞬間移動の呪文を使って、その場から消えた。
僕は再び気体化し、元の位置に戻る。
往復10分の間に、ヴェルからの報告はなかった。
今のところは順調で、しかも思わぬ収穫もあった。
10分ほどでコマリとラッシャキンと再合流を果たす。
特にヴェルからの報告はなかった。
順調に痕跡を追尾しているということだろう。
その後、一度コマリの幻術を使った芝居を打って、スコーロウの移動速度を速めた。
作戦開始から1時間ちょっと経ち、作戦は最終盤を迎える。
僕たちは迎撃地点に戻り、総仕上げの準備も終わっていた。
ラッシャキンはガルスガたちと合流して、最後の仕事を手伝ってくれる。
コマリは崖の上に待機中。
縛られたセヴスクムカウダの斥候は崖下がよく見える特等席にロープでつながれた状態になっていた。
デニスとマッカランが前面に立ち、僕は崖とGさんの作った石壁の接する部分近くに立つ。
崖に程近いジャングルから、ガルスガと思われる声が聞こえてきた。
「敵襲だ。数が多い。みんな逃げろ」
走りながら叫んでいるのだろう。
声は十分に大きいのだが、酷く緊迫感がない。
僕はその声に応えるように大声をあげた。
「敵襲!全員撤退を!急げ!」
僕の声に応えるようにデニスが続ける。
「だめだ。ここは行き止まりだ。他に逃げ道は」
彼の声も十分に大きい。だが、緊迫感がないというか……棒読みだ。
「さすがにもう少し芝居してくれてもいいんですよ?」
僕の小さな声にデニスが振り返り言った。
「どうせ感想を語り合う機会は奴らにはない」
どや顔でそんなことを言われても。
そんな会話をしているうちに、ラッシャキン、ドミンツェバェ、ガルスガの順に森から飛び出してくる。
再びガルスガが声を上げる。
「後方、およそ30秒の位置!」
十分に引き付けながら走ってきてくれたようだ。
僕たちは身構える。
来る。
そう思ったが、スコーロウたちは森から飛び出してこなかった。
どうやらまず包囲網を完成させるつもりらしい。
視界が通らない密林の中で、壁と壁の間をうめるように扇形に包囲陣形を展開したようだ。
―コマリ、始めて―
僕はコマリに指示を出すとコマリが崖上から森と広場の境界の広場側に、霧を発生させた。
中央二つが粘霧の呪文による霧。密度が非常に高く、移動速度を極端に低下させる。
さらにその外側、両壁近くに濃霧の魔法。これは視界を遮る効果しかないが、侵入速度に場所によって差をつけるのが狙いだ。
僕は両壁際に、一つずつの、刃舞の障壁を設置し、その間にGさんが巻物を使って炎の壁を中央の粘霧の中に設置した。
―最後尾が予定地点を通過―
スコーロウの集団を追尾していたヴェルからの連絡が入る。
進行速度の速い左右の壁際から、奇跡の刃に体をかなり刻まれたスコーロウがなだれ込んでくるが、出てくるのを待ち構えていたラッシャキンやデニスたちによって、次々とどめを刺され倒れていく。
―Gさん、始めてください―
僕の声に反応して、森との境界付近に次々と火球の魔法が次々と降り注ぐ。
崖上の呪術師たちが一斉に杖を振り始めたのだ。
さらにコマリが次の呪文を唱え始める。
粘霧と範囲が重なるように毒の霧の呪文を唱えた。
―後方のスコーロウは次々と前に進んでいきます。前方の状況を理解できていないようです―
視界を通さない霧があることで、前方がこんな惨事になっているとは気がつかないのだろう。
激しい戦闘は確かに起きていて、その音が響き渡る。
「スコーロウの群れは正直いい思い出はないんだよな」
マッカランがぼやきながらも、次々とスコーロウを切り伏せる。
「不幸が起きたら、また新しい腕をもらえ」
デニスはそのぼやきに応えながら、目の前に現れた一回り大きなスコーロウ、エルダースコーロウに向かい剣を振るった。
「悪よ滅びよ!悪を討つ一撃!」
彼の振るう長剣がひときわ輝きを増し、落雷のような轟音を立てエルダースコーロウを切り裂いた。
この場にたどり着いた時点で、スコーロウは設置された魔法や崖上からの攻撃で、かなりの傷を負っている。
霧のこちら側に出てこれる方が少ないかもしれない。
それでも奴らは突進をやめなかった。
狂ったように、僕に殺意を向けて近寄ろうとする。
その様子に僕は、スコーロウ達が哀れにすら思えた。
―アレン、後方離脱を計る一団。総数20。エルダーと思われる個体がいます。数は2―
「ラッシャキン!ヴェルの支援に向かって!」
「聞こえてた、大物を狩ってくる!」
そう言ってラッシャキンは軽い身のこなしで崖の梯子を飛ぶように駆け上がり崖上を霧の後ろまで走ると、崖裏へと滑り降りていった。
―ヴェル、ラッシャキンもそっちに行った。二人でも大丈夫?―
―敵は逃走状態で戦意に乏しい。どうとでもなります―
―可能ならエルダーは逃したくないけど、無理はしないで―
短い通信を終えて、二人に任せることにする。
だが、ラッシャキンの動きを見ていた4人の戦士が、それに続こうと動くのが見えた。
僕は崖上に向けて声を張り上げる。
「そこの戦士!持ち場を離れるな!」
戦いを見て昂揚しているのだろうが、彼らが行ったところで足手まといになるだけだ。
だが4人の戦士の耳には届かない。
そのドロウの戦士たちの前に、蜘蛛の糸が放たれ、その場で絡みついて身動きが出来なくなる。
「コマリ!ナイスアシスト!クェルシャッシャ、4人を戻らせて!」
そうしている間も、戦闘はなおも続いている。
切り倒されたスコーロウの死体が地面を少しずつ埋め、前線も後退をしている。
霧から出たところを先制して攻撃するスタイルが維持できなくなってきて、1体を倒すまでに時間がより必要になってきていた。
それでもデニス、マッカラン、ガルスガ、ドミンツェバェは確実に敵を討ち、屍の山を築き続けた。
敵が現れなくなり数秒が過ぎる。
勝敗が決したようだ。
「Gさん、魔法攻撃を停止してください。あと、この場の警戒を頼みます。コマリ、行くよ!」
そう言ってから僕は体を気体化させて、上空へ上がるとヴェルとラッシャキンを追いかけた。
経路発見の奇跡がまだ効力を保っており、ラッシャキンの場所はすぐにわかる。
ラッシャキンの少し後ろに着地して、実体化する。
すぐにコマリも僕の脇に降り立った。
木々の合間から、ラッシャキンが戦っている様子が見える。
僕は回復の杖を振ってから、ラッシャキンに祝福を施す。
コマリが加速の呪文を使うと、ラッシャキンの動きが一気に早くなり、その場のスコーロウを制圧した。
「ラッシャキン、ヴェルは?」
「エルダーを追っている。こっちだ」
ラッシャキンはそう叫んでジャングルの奥に走り始める。
僕とコマリもその後を追った。
ヴェルの後を追うのは比較的簡単だった。
エルダーを逃すために直衛のスコーロウが足を止めてヴェルを迎え撃とうとしてたのだろう。
返り討ちにあったとみられる痕跡が残っている。
中にはまだ動ける者もいたが、ラッシャキンはそれらに確実にとどめを刺していく。
「ラッシャキン、放置しておけばいずれ死にます。そこまでしなくても……」
「早く殺してやれば、それだけ早く魂は還るだろう」
僕の言葉にラッシャキンが短く答える。
ヴェルを追いかけて走るその背中に、彼の怒りと悲しみが見え隠れしているように感じた。
5分ほど走ると、前方で何かが激しく動き回る音が聞こえてくる。
追いついた。
ヴェルは一人でエルダー2体を含む8体と戦闘状態だった。
包囲されないように常に位置取りを変えながら、なおかつエルダーを牽制して逃亡を許さない。
見事な戦いだが、それ故に敵の数を減らせずにいるようだ。
そこにラッシャキンが直線的に切り込んでいく。それは鋭い楔のごとく、スコーロウたちの連携を一気に断ち切った。
ヴェルがギアをあげて一気に攻勢に出る。
そこにコマリの加速の呪文が放たれて、ヴェルは小さな暴風と化した。
手にした三日月刀が、次々とスコーロウの固い殻を切り裂き、エルダーに肉薄する。
「これで終わり」
ヴェルが短く呟き、エルダーの正面から突っ込む。
そしてエルダーが反応するよりも早く、右手に握る三日月刀と左手に握るダガーで、その四肢を切り裂き、エルダースコーロウは崩れ落ちた。
もう一体のエルダースコーロウもラッシャキンと戦っていたが、コマリの衰弱光線を喰らい、ラッシャキンの攻撃を凌げなくなり勝負がついた。
ラッシャキンとヴェルの荒い呼吸だけがジャングルに響く。
こうしてスコーロウの軍は壊滅した。




