78:絞る
各氏族に人員を出してもらうための前提として、何人の呪術師が攻撃要員として機能するかを確認しなければならない。
クァルテレンダと、アナトランダの呪術師たちに集まってもらい、簡単なテストを行うことになる。
テストと言っても、杖が使えるかを確認するだけだ。
魔法の矢のワンドを振ってもらい、指定した木の杭に当たるかを見るだけ。
バドリデラ族長を始め、クァルテレンダ、アナトランダ双方の呪術師たちは、全員が問題なく杖を使うことができた。
さらにクァルテレンダの魔法の素養があるという戦士も4人のうち3人は杖を使えることを確認した。
僕は司令部の天幕で、各氏族に要請する人員のバランスで少し頭を悩ませていた。
既にヴィッシアベンカには偵察要員をかなり出してもらっているし、今回クァルテレンダにも魔法要員を多く出してもらうことになる。
ジャルカランデは人員を出せる状況にないから、アナトランダに少し多めに出してもらう。
本音を言えば、ドュルーワルカの近衛を使いたい。彼らはスコーロウと戦闘経験があるし、実力も把握できている。
ただ、ドュルーワルカ偏重にする訳にもいかない。
今後の氏族間のバランスも考慮する必要がある。
「頭を抱えてどうした?」
デニスが司令部に戻ってきて、僕に声をかける。
「いや、数が少ないからこそ、どこから何人出してもらうかって難しいんですよね……
ところで、聖炎はどなたが参加することになったんですか?」
僕は頭を掻きながら聞き返す。
「俺と、マッカラン。アンジェリカとコールズ。注文通り聖戦士2名と聖職者2名だ」
「了解しました。よろしくお願いします」
僕がそう言うとデニスがカップにお茶を注ぎながら僕に言う。
「複数の氏族のバランスか、確かに大変そうだな。まあ頑張れよ、王様」
「随分と他人事じゃないですか?」
「もちろん、他人事だからな」
デニスが笑いながらそっけなく答える。
なんか悩むのが馬鹿らしく思えてきた。
「決めました。これでいきます」
さらさらっと紙に書き込んで終わりにする。
デニスが少し呆れたように
「はやっ!」
書き上げたメモをデニスに見せる。
そこには今回の参加するメンバーを所属ごとに書いてある。
僕、Gさん、コマリ、ヴェル。
聖炎からは、デニス、マッカラン、アンジェリカ、コールズ。
5名の氏族長。
クァルテレンダの魔法要員5名。
アナトランダの魔法要員3名。戦士2名。
ヴィッシアベンカの戦士2名。
ドュルーワルカの戦士2名。
それを見てデニスが不思議そうに尋ねてきた。
「一つ気になったんだが、5氏族の族長を全部連れていくのか?」
「ええ、誰か残すともめるタネになりますし、それに戦力として考えた時に一番当てにもできますから」
「そりゃそうだな。これは各氏族に伝えていいのか?」
「はい、お願いします。夕刻に参加者全員を集めるように伝えてください。
一応各人の役割を説明しておきたいですからね」
「分かった。使いを出しておく」
「お願いします」
デニスはカップを手にしたまま司令部を出ていく。
僕も詳細な打ち合わせをすべく、再び僕たちの天幕に戻った。
Gさんとコマリを交え、当日に行う作戦行動を順を追って煮詰めていく。
状況を想定し、一通り迎撃地点までの流れを確認して、必須となる魔法や奇跡を洗い出す。
一通り検証を終えてから、必要となる呪文のリスト、奇跡のリストをまとめる。
これは明朝以降、必要となるものだ。
「コマリの魔法使用回数はギリギリの線ですね」
もちろんコマリだけでなく、僕の高位の奇跡も余裕はない。
僕の言葉にGさんは頷くと、少し険しい表情になる。
「こちらの狙い通りに動いてくれん場合もあり得るからな。
その場合はもう少しきつくなる」
勿論、相手の動きがこちらの予想通りとは限らないし、不測の事態も起こり得る。
そう言った事態もある程度は想定しているが、すべてを想定し、対応することなど不可能だ。
その場合は臨機応変に……その場を凌ぐしかない。
「そうですね。ただ半分もうまく行けば、何とかなる気がします。
迎撃は前回よりも楽になるでしょうし」
「まあ、誘導が上手く行けば、の話じゃがな。
もし、初手で相手が引っかからんようなら、作戦は中止にする。
引き際も肝心じゃ」
その後に実際に使うワンドの数を確認し、さらに装備の確認を行う。
そんなことをしているうちにあっという間に夕刻だ。
僕は天幕を出て、聖域に向かう。
30人近くになると司令部の天幕には入りきれないので、こういう時は聖域を使っている。
聖域と言っても見た目には何もない少し開けた広場でしかない。
奇跡の効果で清められた場所ではあるが、祭壇一つない場所を聖域と呼ぶのもどうかなと思ったりもする。
そこにはすでに各氏族長と選ばれたメンバーが集まっていた。聖炎の人たちもいる。
「お待たせしてしまったようで申し訳ない」
僕はそう声をかけると、ドロウたちは一斉に深く首を垂れる。
「固いのは抜きにしましょう。
ここに集まったみなさんには、スコーロウの軍勢を殲滅するために明朝出発していただきます。
これからグループごとに役割を簡単に説明します。
詳細は現場指揮官が指示を出すので、そんなに真剣に聞かなくても大丈夫ですよ。
誰一人として失うつもりはありません。
そのためにも皆さんの健闘と尽力を望みます。ドロウの未来のために」
僕が言い終えると、ドロウたちは「ドロウの未来のために」とか「王のために」などと口々に声をあげた。
その声が少し収まるのを待ってから、各氏族の戦士と呪術師たちに、簡単な作戦の説明をする。
彼らの役目は殲滅の際に火力として働いてもらう。その呪術師たちを守るのが仕事だ。戦場となる場所の整備も行ってもらう。
いずれにせよ役割はシンプル。
だが、この人数で戦いを挑む以上、全員ができることを確実にこなさねばならない。
皆が真剣に僕の話を聞いてくれた。
その後に各氏族長に役割を与える。
現場指揮官には氏族に関わらず、同じ位置に配置される戦士たちを指揮してもらわねばならない。
氏族の壁を気にせずに、状況に対して的確な指示が求められる。
最後に聖炎の4人に、役割を伝える。
4人は話に頷くと、僕はデニスと握手を交わした。
再び全員に声をかける。
「我々は氏族の壁を越えて一つになります。
種族の垣根を越え、協力して戦います。
あなたたちは、その強さを実感することになるでしょう。
協力という力が我々にある限り、スコーロウなど恐れるに足りません。
明朝日の出と共に移動を開始します。それまではゆっくり英気を養ってください。
以上です」
ドロウたちが再び声を上げる。
僕はその場から司令部の天幕へと向かう。
僕が司令部に入ってもしばらくはその声が続いていた。
翌朝、いつものように瞑想から抜けて、朝の祈りを済ませる。
祈りが終わるころに、Gさんが起きたようだった。
呪文の準備がなくなった分、ゆっくり眠れるのは良いことかもしれないが、それでも朝はやはり弱そうだ。
ヴェルも起きて、侍女たちと朝食の準備をしている。
コマリはまだ呪文の準備をしているようだ。
それほどいつもと変わらない朝の時間。
僕も思ったより興奮などはない。
根拠はないが、不思議と不安はなかった。
食事を取り、身支度を整える。
今日は鎧は身に付けない。身に付けるのは白の神官のローブ。
準備の段階で、僕も魔法を使う予定があるからだ。
ゆっくりと準備をし終わり、うたた寝しているGさんに声をかける。
Gさんが一つ伸びをしてからゆっくりと立ち上がり、それを支えるようにコマリが側に立つ。
ヴェルも立ち上がると天幕の入り口を開き、Gさんとコマリがそこを通って外に出る。
そして僕もそれに続いた。
外に出ると、聖炎の参加メンバー4名が待っていた。
デニスと目が合い、頷き合う。
東の空は白み始めていたが、日の出まではもう少し時間がある。
僕たちは再び聖域へと向かった。
そこにはすでにドロウの参加者たちが待っていた。
僕たちは全員の前に歩み出て、みんなに話しかける。
「少し時間が早いようですが、これから作戦を開始します。
後発隊は出発まで時間が少しありますが、すぐに移動できるようにここで待機していてください」
そう言ってから東の空に向かい深く一礼して、宙に聖印を描いてから、祈りの詞を口にする。
「月の神に願い申し上げます。この場に集う者たちに風のごとく空を駆け巡る奇跡をお与えください」
これを3回繰り返し、僕を含めて16名が風渡りの加護を受ける。
僕たちパーティ4名、聖炎の4名。各氏族長5名、ドュルーワルカの戦士2名、アナトランダの戦士1名が先発隊として出発することになる。
「全員、前に跳ぶものから決してはぐれないように注意して。では気体化してください」
そう言うと風渡りの奇跡の効果で、全員の体が半透明なガス状に変化していく。
ヴェルとGさんコマリが先頭をいき、その後ろを戦士たち。族長たちと続いて僕が最後尾から飛行する。
先頭を飛ぶGさんと常時会話ができる僕が最後尾なのは、万一の脱落者対策だ。
こうして僕たちはセーブポイントを出発した。
安全のため最初は少し速度を落とし気味で飛行したこともあり、目的の場所には3時間弱を必要とした。
僕たちは崖地の上に降り立って、実体化する。
まず最初に、迎撃ポイントを確定しなければならない。
困ったことに、崖上に立っていても、そこに段差があるのはわかるのだが、崖の下も当然ながらジャングルだ。下の状況は全く分からなかった。
仕方ないので、出来るだけ北側で、崖の高さが十分にある場所を、迎撃地点に指定する。
かなり適当だが、調査に時間をかけている余裕がなかった。
Gさんが巻物を取り出して読み上げ、崖から垂直に伸びる石の壁を作り出す。
この場にいたドロウたちは驚いて、ラッシャキンが思わず尋ねる。
「爺さん、あんた魔法が使えなくなったって話じゃないのか?」
Gさんがそれに笑いながら答える。
「わしは自ら魔法を使うことはできんが、魔導師であることに変わりはない。
巻物には必要な魔力も封じられておるので、それを発動するのは問題ない」
「そういうもんなのか」
ラッシャキンはわかったような分からないような答え方だった。
魔法を知らない人から見ればGさんが魔法を使っているように見える訳だし、仕方のないことだとも思う。
だが、その差はあまりにも大きい。
Gさんは本来、彼の能力に見合った魔力を操り、その威力や精度は他の人では実現不可能なレベルだが、巻物を使っての魔法は、一般的にその魔法が使える最低限のレベルでの能力しか発揮しない。
しかも巻物は基本的に使い捨てになってしまうので、用意することも簡単ではない。
僕はGさんの作った壁の南側を見下ろして、僕に許されている最上位の奇跡を用いる。
「月の神に願い申し上げます。幾ばくかの緑を焼くことをお許しください。炎の嵐をここに願います」
宙に聖印を描き、そう口にしてから目の前の地面に向けて手をかざすと、一瞬にして崖下の一体が炎に飲み込まれ、音もなく荒れ狂う炎が森の一部を完全に炭化させた。幸い延焼は起きていないようだ。
続けてコマリが呪文を唱え始める。
「風の精霊よ、我に従いこの場の澱みを吹き飛ばせ」
そう言うと爆風呪文がコマリから放たれて、炭と化した一帯を吹き飛ばす。
そこに20m四方の、平地が現れた。
ここでスコーロウと剣を交えることになる。
Gさんは崖上の少し平らな場所を選び、干渉解除装置を設置して、コマリに起動させた。
コマリは「行ってまいります」と一言のこして、そこから再び気体化して、セーブポイントに戻っていく。
この後コマリは空路を戻り、瞬間移動で人員を運ぶという作業を3回ほど繰り返さなければならない。
コマリ単独での行動が心配ではあるが、リスクそのものは決して高くないとも思う。
今は彼女が無事に任務を果たしてくれることを祈るしかない。
それからGさんに頼んで、心言結合の魔法を巻物を使ってかけてもらう。
スクロールで結合できるのは魔法を行使したもののほかに3人。
僕とGさんはすでに結合済みではあるが、他のメンバーと連絡を取るために僕も含めてもらう必要がある。今回の結合の対象はヴェルとデニス。
この先少し別々に行動する必要があるからだ。
僕とヴェル、聖炎の4人とラッシャキン、それにドュルーワルカの戦士を一人が再び気体化し、空へと上がる。
スコーロウをペテンにかけるための下準備を色々としなければならない。
僕たちは戦闘予定地点からまっすぐに20分ほど飛行する。迎撃予定地点から直線距離で30㎞少々の地点。
ここからヴェルは南に向かい飛行を続ける。僕たちはここでヴェルの連絡待ちだ。
ヴェルが単独行動を始めてから40分ほど経って、連絡が入った。
―スコーロウの部隊を発見しました。進行方向をトレースしてそちらに向かいます―
頭の中に直接ヴェルの声が聞こえる。
―了解した。くれぐれも敵に見つからないようにね―
その短い会話から再び40分後にヴェルからの連絡が来る。
僕たちは無事にヴェルと合流を果たした。
一同で地上に降りて、実体化する。
「どうだった?」
僕の問いかけにヴェルが答える。
「ここからほぼ真南、約60㎞の地点をこちらに向かって進行中です。隊列の長さは推定150mですね」
僕は荷物から紙を取り出して、まずL字を書く。そしてその交点から斜めに線を引いて、さらにその斜め線にL字の横線と平行に線を引いた。
「L字の交点が迎撃地点。斜め線がスコーロウの推定進行路。で、ここから60㎞の場所がスコーロウの現在位置。
斜め線とスコーロウの進行路の線が交差するところが現在地だね」
そう説明して一同は頷く。
「ヴェル、今の速度で連中がこの辺に到達するのって、どれくらいかかるかな?」
「正確ではありませんが、ラストチャンス攻防戦の際の移動速度から予想しますと、18時間から20時間後、という所でしょうか」
「明日の日が昇るころか。もう少し西を進んでくれていれば、楽ができたのにな。もう少し北に移動しよう」
僕たちはそう言って再び気体化し、3キロほど北に移動する。
ヴェルに方角とスコーロウの進行方向から逸れていないかを、空から確認してもらい、問題ないことを確認してから僕は魔法使い用のスクロールを取り出して使用する。
魔術師用の初級呪文、秘術印で地面に自分のサインを書き込む。
周囲には見えないが、書き込むことに成功した。
この辺の地形に詳しいヴェルとラッシャキンに上空から場所を覚えてもらい、ここから西に15度ほど進路を変えて、100mほど進んで、二つ目の秘術印を地面に記す。
「さっきから何してるんだ?」
ラッシャキンが不思議に思ったのも無理はない。
全く何かが起こった形跡がないからだ。
「魔法感知でしか見えない目印を地面に書いているんですよ。これが明日の実際の誘導の時に役立ちます」
僕は次に使う巻物を取り出してから、ヴェルに尋ねる。
「ここから迎撃予定地点まで、直線で何kmくらい?」
「約18kmってところだな」
ヴェルではなくラッシャキンが答えた。
僕が一瞬どう反応して良いかわからないでいると、ラッシャキンは言葉を続けた。
「そりゃ、この辺は俺も慣れ親しんだ森だ。随分といろんなものを狩ったよ。十分に土地勘はある」
頷いてから、デニスに話しかける。
「聖炎の皆さんと、ドュルーワルカの戦士には、ここから別行動をお願いします。
これから奇跡の力を授けますので、迎撃地点まで先に戻ってください。
ただし、ちょっとだけ注文があります。
奇跡の力で進行方向は示されます。それに従えば確実に帰れますが、あえてその指示に従わないで下さい。
ここから北北西の方向にしばらく進んだ後、弧を描いて最後には西向きに進路を取っていただきたいんです。
西に5キロほど進んだら、再び大きな弧を描くように北向きに進路を変えてください。
最終的には奇跡が指示する方向に進んでもらうようになります」
「最初は西向きに、5kmで北向きに、最終的には指示される進路、だな」
「はい。それともう一つ。歩く速度と同じくらいで小走りしていただけませんか?その方が足跡を多くつけられますし、敵の斥候を混乱させられます」
「あんまり多くついていると、連中が引くってこともあるのでは?」
「そもそもの人数が多くないので、その心配はないでしょう」
「体力的にきついな」
デニスが苦笑いする。
「その分、先に休んでいてもらっても構いませんから。途中で休憩しながらでも結構です。
ジャングル内で何かに遭遇した場合は、自力で切り抜けていただきたいのですが、問題があるようでしたら、その時は応援の要請をしてください」
そう言ってから巻物を開いて、奇跡の発動を宣言する。
「この者たちに、迷うことなき道しるべをお与えください。経路発見」
巻物から放たれた聖なる力がデニスに流れ込む。
「なるほど、確かに進む方向が明確だな。では後程会おう」
デニスたちはそう言ってからジャングルへと歩いていく。
僕たちはこれまでと同様に位置を確認して合計4か所の目印を書き終えた。これで、明日の誘導が可能になる。
僕たちは2番目のマークの位置まで戻ってから、歩いてデニスたちの後を追跡する。
ヴェルとラッシャキンの目にどう映るかを確認したかったのと、スコーロウが追跡した場合に障害となるような地形や要員が無いことを確認したかった。
僕たちはデニスたちの痕跡を辿って無事に迎撃地点まで戻ることができた。
迎撃地点は燃え残りの木材などが片付けられて、綺麗に整えられていた。
崖上も、適度な遮蔽と視界を両立できる程度に木が間引きされている。
全員が今日行えることをこなし、下準備はすべて完了した。あとは実際に試してみなければ分からない。
崖に設置された梯子で崖上に上ると、東の空に昇り始める月が見えた。
明日、二つ目の山場を迎えることになる。




