72:最後の蠍
とっさに魔法を放とうとしたGさんだったが間に合わず、胸元に『子蠍』がとりついた。
手で払い落そうとするが、『子蠍』はそれを躱してGさんの体を這い、背中側へと移動した。
僕たちは為す術なくそれを見ていたが、コマリがGさんに向かって走り出す。
「魔力遮断の領域はまだ有効です。今のうちにお師様を!」
コマリの意図は十分に伝わった。
魔力遮断の領域内であれば『子蠍』はその特殊な力を使えない。
僕たちもコマリを追いかけるように走り出す。
数歩でGさんは魔力遮断の領域内に入り、僕はGさんの肩を掴んで話しかける。
「Gさん!大丈夫ですか!」
そのまま首の後ろに手を回して蠍を探すが、手には何も触れなかった。
その瞬間、Gさんが信じられないような力で暴れだす。
「ぐがぁぁぁぁ!」
叫び声と共に僕は突き飛ばされた。
その様子を見ていたデニスとソウザが、二人がかりでGさんを取り押さえる。
「ったく。すごい力だな。頼むからおとなしくしてくれ」
ソウザがそう言いながら、膝裏を足で押し付けて、Gさんを地面に両ひざをつく姿勢を取らせた。
そしてそのまま地面にうつ伏せに押し倒して、デニスが上に乗る。
腕を極めているので、Gさんの自由は完全に奪われた形だが、お構いなしに暴れている。
「気を抜くと、跳ね飛ばされそうだ。はやいとこ何とかしてくれ」
がっちりした体格にフルプレートを身に付けているデニスが、必死に組み着くことでようやくGさんの行動を阻止していた。
「どうするんだ、これ」
少し他人事のようにソウザが言った。
僕は状況を整理する。
Gさんは明らかに正気を失っている。
『子蠍』は恐らくだがGさんに取り付くことに成功した。
この『子蠍』はドロウレイスに寄生する子蠍だ。
『岩を砕く者』が言っていた、『他のドロウレイスと蠍神を殺した』という発言が本当なら、この子蠍は唯一残る『子蠍』ということになる。
以前の推測が正しければ、この『子蠍』はサイズこそ小さいが、現時点での『蠍』だ。
奴は異能の類を発揮することができずにいる。
魔力遮断の領域から出せば、恐らく何らかの異能を使ってくる。
だが、魔力遮断の領域の中にいる以上、解呪を使って『蠍』を引きはがすこともできない。
僕たちも魔法や奇跡で現状を打開できないのだ。
完全に想定外だ。
「何か方法があるんじゃないかと思いますが……」
僕はそう口にするのが精いっぱいだった。
恐らくコマリも同じことを考えたのだろう。
「魔力遮断の領域は2時間近く効果が残っています。その間になにか方法を考えないと……」
コマリが呟く。
それを見ていたラッシャキンがさらっと言った。
「爺さんには悪いが、一度死んでもらうしかないんじゃないのか?そうすれば『子蠍』は……いてっ!ヴェル何するんだ?!」
ヴェルがラッシャキンを蹴飛ばして言葉を遮った。
僕としては、それは最後の手段だし、できればそれはしたくなかった。
ヴェルはそれを察してくれたのだろう。
とにかく、何か方法を見つけないと……
「だったら毒を使うのはどうだ?」
再びさらっとラッシャキンが言った。
「族長!」
「父様!」
ヴェルとコマリが口を揃えてラッシャキンを睨む。
少したじろぎながらラッシャキンは続けた。
「いや、毒って言っても殺すわけじゃねえ。睡眠薬か、麻痺毒か、それで動きを封じてしまえば、魔力遮断領域から出しても暴れないだろ?」
「ラッシャキン、それだ!」
僕は思わず声が出た。
「確かにそれなら、暴れられずに解呪できる」
「そうかもしれませんが、狩猟用ですし、投与量の調整は難しいかと。
蠍に毒が効くのかも微妙ですし……」
僕の反応に比べてヴェルは消極的に感じる。危険が伴うのを考慮しているのだろう。
だけど他に手がない。
「使える毒を今お持ちですか?」
僕はラッシャキンに聞いてみた。
「いや、致死毒は持ってるが、麻痺毒は持ってない。ヴェル、お前は持っていないのか?」
「正直毒を必要とすることがありませんから、持ってません」
二人とも持っていない。となればこれはアイデア倒れか。
ぬか喜び……いや、あと一人持っている可能性のある人物を思いついた。
「ガルスガは?彼が持ってる可能性もあるんじゃない?」
上のフロアで待っているガルスガを思い出した。
「とりあえずここの安全は確保できたし、ここに呼んで来るか?入り口に直接つながっているあそこよりも、こっちの方が安全な気もするし」
そう言うソウザに、僕は彼に呼びに行ってもらうように頼んだ。
ソウザは頷いて扉まで戻ったが、
「だめだ。力づくでは開きそうにない」
分解光線で穴をあけると言っても、コマリもGさんも魔法を使えない状況だ。
これで毒を使うアイデアは潰えた。
「ガイア?大丈夫か?」
背中に馬乗り状態のデニスが突然Gさんに声をかけた。
先ほどまで定期的に唸り声や、意味不明な言葉を口にしていたGさんがぴたりと何も言わずに、デニスの下で小さく痙攣しているように見える。
何かが起こっている様だ。
でも、それは魔法的なものではないはず。
「デニス、Gさんから降りて」
僕はGさんの脇に駆け寄って、状態を確認しようとしたが、奇妙な現象を目の当たりにした。
一瞬だが、Gさんが透けて見えたのだ。
僕はGさんの『持病』を思い出した。
理由までは知らないけど、Gさんが神の干渉を受けて動けなくなることがある。
今ならGさんが暴れることはないはず。
「コマリ!魔力遮断を解いて!」
一瞬コマリは躊躇したようだったが、すぐに魔法の効果を終了させた。
僕はすぐに奇跡を行使する。
「呪われた蠍を除去し給え!解呪!」
僕の手からGさんの体に白い光が広がると、首の後ろから蠍が飛び出してきた。
解呪で消えると思っていた僕は反応が一歩遅れる。
だがヴェルは状況を的確に判断し素早くダガーを投げた。そのダガーが空中で蠍を射抜く。
蠍は数m飛ばされてダガーと共に地面に落ちた。
ヴェルがダガーを投げた動きに呼応したラッシャキンが、地面に落ちた蠍とダガーに素早く駆け寄って蠍を二つに切り裂いたように見えた。
「だめだ、二つに切っても引っ付きやがる!コマリ、火球で俺ごと焼け!」
「しかし父様……」
「なめんな。お前の火球一発で俺が死ぬか!早く打て。再生し続けてやがる!」
地面の小さな蠍に、何度もロングナイフを突き立てながらラッシャキンが怒鳴った。
コマリが意を決して火球の呪文を唱え始める。
「急げ!再生が速くなってやがる!」
「父様!」
そう叫ぶと同時にコマリが赤い光点を放った。
光点は一直線にラッシャキンの足元に到達し、炎が広がる。
広がり切ると同時に炎は消え、その場に立っていたラッシャキンが、膝をついた。
「ラッシャキン!」
僕たちは駆け寄る。
ラッシャキンはドロウロングナイフを地面に突き立てて、肩で息をしている。
駆け寄りながら治療の杖を振るい、ラッシャキンの脇にしゃがみこむ。
「騒ぐな、聞こえてるよ。言っただろ?あれくらいじゃ俺は死なん」
火球が炸裂する瞬間に、とっさに防御姿勢を取り被害を最小限に抑えたのだろう。
その言葉を聞いて僕は彼の足元を確認する。
そこにはヴェルが投げたダガーが転がるだけだった。
「蠍は?」
僕の問いかけにラッシャキンが答える。
「火球が炸裂する直前までは、再生しながらここにいた。動くことはできないようだったからな。
完全に傷が治る前に火球は炸裂した。
ここにいないってことは、燃え尽きたんだろう」
「父様!」
そう言って泣きながらラッシャキンに飛びつくコマリ。
そこに周囲を調べていたヴェルが近寄ってくる。
「方法が他に無いかもしれませんが、あんまり感心しないやり方です」
そうラッシャキンに告げてから、僕を向いて言った。
「周囲に逃げた痕跡はありません。
断定はできませんが、燃え尽きたものと思われます」
死体を確認できないことに一抹の不安が残ったが、今までの経験でも子蠍はそれほどタフではない。
ヴェルの推測通り、燃え尽きたと考えるのが妥当に思える。
僕が杖による治療を何度か行うと、ラッシャキンは完治した。
これで一安心と思った矢先に、デニスが僕に声をかけた。
「アレン、ガイアの意識が戻ったぞ!」
僕は再びGさんのもとに駆け寄る。
「Gさん、大丈夫ですか?」
デニスによって仰向けに寝かされていたGさんが目を開けて、話し始める。
「アレンか。うむ。わしは大丈夫のようじゃ……」
その声に少し違和感を感じる。
確かにGさんの声なのだが、少ししゃがれて、普段よりも力がない。
僕はGさんの脈を取ろうと手を取って、愕然とした。
それはまるで彼の手ではないように見えた。
やせ細り、しわの寄ったその腕は、明らかに老人のものだ。
近くで顔を確認すると、長い髪や髭に大きな変化はないが、顔には無数のしわが刻まれており目も少し落ちくぼんでいた。
僕はGさんの状態から、生命力吸収を受けたと判断して、回復術の奇跡を行使した。
だが、一切変化が見られない。
僕には何が起こったのか、見当がつかなかった。
「Gさん、気分はどうですか?何かおかしい感じはしませんか?」
僕は再びGさんに呼び掛ける。
「蠍に取り付かれたのまでは覚えておる。じゃが、その後の記憶は少し曖昧じゃ。
わしなりに抵抗しておったからな。ひどく疲れた感じじゃ。とにかく体が重い」
すぐそばにいたデニスも異変に気がついたようだ。
「アレン、ガイアは大丈夫なのか?」
デニスの問いかけに、僕は何と返せば良いのかわからなかった。
その問いかけに答えたのはGさんだった。
「わしは、大丈夫じゃ。なるほど、何が起きたか、少しだけわかった気がするが……
……先を急ぐところすまんが10分でいい、眠らせてくれ」
そう言うとこちらの返事を待たずに、Gさんは穏やかな寝息を立てはじめた。
僕だけじゃなく、ここにいる仲間たちは全員が次々と起こった事態の変化に理解が追い付いていない状態だった。
何を言っていいのかすら誰もわからず、その場には静寂だけがあった。




