表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
God Bless You !! 2nd Season  作者: 灰色狼
第三章 ドロウの王
72/136

70:宵の口


 暗闇の中を進んでいく。

 足元に凹凸は少なく、自然洞窟というよりは、掘って作られた通路で間違いないだろう。


 先頭をヴェルが進み、その後ろに僕とラッシャキンが続く。

 さらにGさんとコマリを3人のパラディンが囲んだ状態で進み、ガルスガが最後尾を務める。

 洞窟の中には明かりがなく、数mも進めば入り口からの僅かな光も届かなくなる。

 ドロウやエルフはそれでも見えているが、人間には何も見えないはずだ。

 空気は澱み、湿気とカビの匂い。

 そこに悪意が混じって感じられるのは、僕の気のせいだろうか。


 20mほど進むと、かなり大きな空間に出た。

 どうやらこれが本道で、僕たちが進んできたのはそこから分岐する枝道と思われる。

 スコーロウの出撃の際の話から考えると、本道から出入りしていたと推測できる。

 僕たちは、その手前に位置する場所で、偶然にこの支道の入り口にたどり着いたと考えるべきだろう。

 本道と思われる空間は、高さ8m弱くらいで幅はもう少し広く感じる。

 緩やかに下っていく先へと、さらに慎重に進んでいく。


 地下に入ってから、まだ敵と遭遇していない。

 比較的早い段階でまとまった戦力と遭遇するのではないかと予想していたが、それは外れたようだ。

 5分ほど歩いただろうか。距離にして300mくらい。

 その通路は行き止まりで、下へと続くかなり幅広な階段が見える。


「この2層下に神殿があります。奴はそこにいるかと」


 先頭を進むヴェルが告げる。

 確信のある言葉だった。

 僕は短く答える。


「進もう」


 ヴェルは頷き、階段に向かい一歩進んだが、急に身構える。


「何か来ます」


 全員が警戒を強め、武器の柄に手をかける。

 小さな足音と共に階段を上がってきたのは、ドロウの子供だった。

 誰からともなく声が漏れる。


「子供?」


「おねえちゃん、たすけて」


 階段から上がってきた20歳くらい、人間なら10歳前後に見える子供が、ヴェルを見てそう言った。

 何かに酷く怯えている。

 その後ろから、一人、また一人と階段を上ってくる。

 全部で6人。


「うん。大丈夫だよ、こっちにおいで?」


 ヴェルがその場にしゃがみ、目線を下げてから子供に話しかけた。

 生贄など何かに理由を付けられて、ここに連れてこられた子供たちの一部だと思われた。

 だが、明らかな違和感。

 なぜ今、ここに?


「ヴェル、下がれ!」


 ヴェルの脇にいたラッシャキンが叫ぶ。


「え?」


 ラッシャキンの指示が理解できなかったヴェルは一瞬ラッシャキンを見上げる。

 その瞬間、ゆっくりと近づいてきていた子供が、急加速し、ヴェルへと突っ込んできた。

 脇のラッシャキンが、冷静に子供を蹴り飛ばす。


「族長!何を?!」


 ヴェルの声にラッシャキンがロングナイフを構えて答えた。


「今の、子供の動きじゃねえ」


 ラッシャキンに蹴り飛ばされた子供は、数m転がり地面に伏して泣いている。


「痛いよ、痛いよぉ」


「相手は子供じゃないですか!なんてことするんです!」


 ヴェルが抗議の声を上げるがラッシャキンは見向きもせず、子供の動きに注意を払っていた。

 僕よりもラッシャキンはより具体的に『何か』を感じているように思える。

 だが、それが何なのかわからないのだろう。

 ひとまず安全策を講じることを決めて、周囲に銀粉を撒く。

 聖印を宙に描いて、奇跡の行使を宣言した。


対悪魔法防御陣マジックサークルアゲインストイービル


 行使と同時に銀粉が地面に聖句を刻み、僕たちの周りに淡い光に包まれた空間が生まれた。


「ラッシャキン、防御陣の中に入って」


 僕がそう言うとラッシャキンは一歩下がった。


「この子たちに悪意があれば、魔方陣の中に入ってこれません」


 それを聞いてヴェルが再び声をかける。


「大丈夫。もう怖くないからね?怖いおじさんも後ろにいて届かないから」


 憮然とした表情のラッシャキンをよそに、恐る恐る子供が近づいてくる。

 その手が防御陣の境界を越え、足が一歩踏み込んだように見えた。

 だが。

 その子供の体が防御陣の境界を超えることはできないようだった。


「どういうこと……?」


 僕は呟く。

 彼らに敵意があるとすれば、その手も足も、魔方陣の境界で遮られるはず。つまりこの子たちには敵意がないということになる。

 にもかかわらず、体は中に入れずにいた。


「おねえちゃん、大丈夫って言ったじゃない。意地悪しないで助けて」


 子供の言葉に、どうすればいいのか分からないヴェルは困惑していた。


「アレン様、姉様、試してみたいことがあります。失敗したらごめんなさい」


 コマリがそう言ってから呪文の詠唱を始める。

 僕が何をするのか説明を求めた時には、呪文の詠唱が完了し、すぐさまその魔力が放たれた。


解呪(リムーブカース)


 コマリが放った魔力の波が、目の前の子供を包み込むと、子供の体が前のめりになり、ヴェルに抱き留められた。

 その瞬間に僕は子供の後頭部から、小さな黒いものが落ちるのを見た。


「ラッシャキン!」


 僕が叫ぶと、彼もそれを見ていたようで、すぐさまに魔方陣から飛び出して、その落ちた黒いものを突き刺す。

 それと同時にラッシャキンめがけて、その場にいた子供たちが一斉に飛んできた。

 それは例えではなく、文字通り、水平に子供たちが飛んできたのだ。


 ラッシャキンはそれに気づき、バックステップで魔方陣の中に戻る。

 子供たちは見えない障壁に阻まれて、そこで止められる。

 二人の子供に体を掴まれていたが、ラッシャキンが後ろに下がることで、自然とその手は放された。


「コマリ、どういうことだ?!」


 ラッシャキンがコマリに正す。


「恐らくは『蠍』の子と同じような物ではないかと思います。父様、切ったものをご覧になりましたか?」


「すまん、下がるのを優先した。小さな虫のようなものを切ったのは間違いないが、それが『蠍』か蜘蛛かは分からん」


 コマリが問い返すと、ラッシャキンが答えた。


「危ない!」


 デニスがそう叫んで、コマリの前に盾をかざす。

 闇から空を裂き飛来した2本の鋼の針が、深々とその盾に突き刺さる。

 同時に階段から数体のスコーロウが飛び出してきた。

 その動きに呼応するかのように、ラッシャキンが飛び出していく。


 スコーロウが蠍のハサミで最後尾の子供を激しく打ち付けようとしたのを、ラッシャキンが寸での所で受け止める。

 背後から子供の体がラッシャキンに直撃し、子供がラッシャキンを掴む。

 素早く転がってその手を振りほどくが、そこにスコーロウのハサミが振り下ろされた。


「くっ!」


 目の前ギリギリのところで、ロングナイフで受け止めたが身動きが取れなくなった。

 僕も防御陣を出てから、灼けつく光(シアリングライト)の奇跡を放つ。

 横からの攻撃に、一瞬のけぞったスコーロウの下から、ラッシャキンが素早く転がりだす。

 それと同時に僕の体の横から子供の体が激しくぶつかり、僕はその場に転倒した。

 僕の目の前に迫るスコーロウ。

 奴は僕を見て笑った。

 だが、そのスコーロウはその場に崩れ落ちる。

 ヴェルが抱いていた子供を下ろして、素早くスコーロウの左側の足を2本切り落としたのだ。彼女はそのままバランスを崩したスコーロウに止めを刺した。

 僕は転がってスコーロウの正面から逃れ立ち上がる。

 そして次の奇跡を行使した。


魔力遮断の領域アンチマジックフィールド


 僕を中心に魔力が干渉することのできない空間が広がると、子供たちの後頭部から、黒い小さな蠍が落ちていくのが見えた。


「デニス!、マッカラン!」


 僕が二人の名を呼ぶと、すぐに全力で前に駆けだして、子供たちを防御陣の中に誘導していく。

 その間にも、ラッシャキンとヴェルが、スコーロウを切り倒していた。スコーロウはあと2体。


「近くにドロウレイスが潜んでいるはず!」


 僕は再び叫ぶと、Gさんが呪文の詠唱を始めた。


真眼(トゥルーサイト)


 そして周囲を見渡してから、再び呪文の詠唱に入った。


魔法解呪(ディスペルマジック)!」


 Gさんが掲げた手から魔力を放つとその先に、階段の上の壁面に捕まり、こちらを見ているドロウの姿が現れた。

 すかさず最後尾のガルスガが、そのドロウに対して手斧(ハンドアックス)を投げつける。

 奴はそれを躱し、その場から姿を消した。


 僕は目の前のスコーロウを手にしたロッドで力いっぱい殴りつける。

 次の瞬間何者かの気配を間近に感じた。


「!」


「遅い」


 さらに続くヴェルの声。

 僕を狙ったドロウレイスはその動きを追っていたヴェルによって背後から切り倒された。

 ヴェルはそいつから這い出した『子蠍』を始末する。

 ラッシャキンも残りのスコーロウを始末し、この場に静寂が戻る。


「危ないところだった。ありがとう、ヴェル」


「いいえ」


 短く言葉を交わしてから、デニスたちのもとに急ぐ。

 子供たちの状態を確認したかった。

 何度も酷く叩きつけられた子供たちは、かなり負傷している。

 完全に治療する余裕が無いので、(ワンド)を使った治療を施す。

 骨折している子の二人は杖のキュアで回復したが、もう一人の子の骨折を治すには、再生の奇跡が必要だ。


「子供を連れてはいけませんし、かと言って子供だけ残すわけにもいきません。

 ガルスガ、マッカラン。二人でこの子たちの護衛をしてもらえませんか?僕たちが戻るまで、ここで待機しててください」


「しかし陛下、ここに二人残るとなると、戦力が低下します。この子たちもドロウの戦士。ここは子供たちだけで待たせた方が」


 僕の指示にガルスガが反論した。

 だが、僕は指示を変えるつもりはなかった。


「生贄に出された子供たちが、無事に帰れるのです。何としても連れて帰らなければなりません」


「お気持ちはわかりますし、それが正しいと思いますが、大事の前の小事。ここは……」


「ガルスガ、これは決定です。子供の命が小事な訳ないでしょう」


 食い下がるガルスガに、僕は言葉を強め、明確に言った。

 彼はそれ以上意見を言うのを止めた。

 戦術的には彼の言っていることは正しい。ここで戦力を分散させてしまうのは致命的な事態にもなりかねないと思う。

 ただその一方で、危険を承知でここに来ている。

 いまさら救える命を救わないという選択は、あり得ない。


「僕は何一つ諦めるつもりはありません。敵が外から戻った場合、かなりきつくなりますが、何とか持ちこたえてください」


 そう付け加えると、ガルスガは一礼した。


 僕たちは階段を慎重に下り始める。


「コマリ、あの『子蠍もどき』によく気がついたね」


 僕が声をかけると、コマリは少しうれしそうに笑いながら答えた。


「子供たちに敵意も悪意もありませんでした。ですが、全身が入ることはできませんでした。

 部分的に悪意が存在するのではないかと思ったのです」


「なるほど。そしてそれは見込み通りだった訳だ。で、アレン。ドロウレイスがいるのはどうしてわかった?」


 ラッシャキンが僕に話を振った。


「コマリの洞察のおかげで、憑き物が落ちたのを見て、何か特殊能力の類じゃないかと推測しました。

 スコーロウが出て来る前に、急に飛び道具でコマリを狙ったでしょ?見破られたのが痛かった奴が近くに潜んでいるんじゃないかって」


「そうか、俺は出てきたスコーロウが放ったものだと思っていたが」


 デニスが言葉を挟む。


「あれは完全に不意打ちでしたから、デニスが気付かなければ、コマリは大怪我では済まなかった。ありがとうデニス。

 出てきたスコーロウは最初に子供を狙いました。あれは最初から計画されていたのではないかと推測します。

 奴らはドロウが子供を大切にすることを知っている。あそこで子供を狙えば、誰かが出てくるので乱戦になる。魔法での攻撃を防ぐ目的があったんじゃないかって思います」


 僕が言うとGさんが訪ねて来た。


「虎の子の魔力遮断の領域を使うたのは、ドロウレイス対策か」


 確かに、魔力遮断の領域の奇跡を使ったので、今日再び使うことはできない。

 Gさんが虎の子という表現を使ったのは、そういう意味だ。


「いえ。魔力遮断の領域であれば、子供たちについている『子蠍もどき』を落とせると考えました。

 そうすれば、子供の安全を確保できます。

 ドロウレイスの異能の脅威はないと判断しましたし」


「それはなぜじゃ?」


「奴の力は『蠍』もどきの寄生による、人体の制御だと判断しました。

 子供たちの動きから見てある種の念動力か、ドロウが生まれながらに呪文抵抗(スペルレジスタンス)を持っているために正しく発揮できなかったのかもしれませんが……いずれにせよ、それが能力の一つ。もう一つは隠密能力です。Gさんに魔法で確認されるまで、誰も奴に気がつきませんでしたからね」


「おぬしは気付いたではないか」


「状況証拠の積み重ね、ですよ。確信があったわけではありません。

 たぶんいるんじゃないかな、くらいの感じです」


 そこまで話したところで、下のフロアに到達した。

 階段はさらに下に続き、ここから奥に続く通路もある。


「この通路の先にはドロウの居住域などがあるようです。詳細まではわかりませんが、確認する必要はあまりないかと」


 ヴェルがそう教えてくれた。

 少しだけ考えてから、このままさらに下に向かうことを決める。

 放置すれば、ここから出てきた敵と下で挟撃されるリスクはあるが、出来るだけ早く親玉を倒したほうがいいと判断したからだ。

 魔法も奇跡も無限に使えるわけではない。

 できるだけ早く、確実に『蠍』を倒すことが最も重要だ。僕はそう思った。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ