68:命と数
Gさんは何事もなく戻り、その日は平穏無事に……とはいかなかった。
夕刻になってガルスガに、敵の拠点と思われる場所から20体ほどのスコーロウが移動を始めたという報告が届いた。
詳細を確認すると、それは集団ではなく、方々に散るように移動したようだ。
予想されていた動きだ。
出ていったスコーロウ達は、各氏族へ出兵を促すための伝令と思われる。
全集落からの報告が揃う前だろうが、複数の同じ報告を受けていれば、動き始める頃合いだろう。
僕は1チームを本拠地の監視に残し、その他のチームは、それぞれ監視を確認した集落に戻ってもらい、集落の監視を行ってもらうよう指示した。
出現地点を確認しているので、奴らの本拠地への出入り口の場所は断定できるが、そこの仕掛けがどういうものなのかは分からないままだ。
ガルスガは出入り口の調査を提案したが、それは却下した。
事前に侵入経路がわかるに越したことはないが、敵に発見される可能性が極めて高い。
こちらが監視していることを、向こうに知られないことの方が重要だ。
司令部の緊張感が少し増したが、実際の侵攻までは十分に時間がある。
慌てる必要はないので、しばらくは現状維持だ。
次の日に、新たなメンバーを加えた打ち合わせが終わってすぐに、アナトランダが到着の知らせが入る。
周囲を警戒中の斥候から連絡あり、その4時間後にセーブポイントに到着した。
だが、手放しでは喜べない状況となる。
族長のクェルシャッシャと話をしてきたガルスガが頭を抱えている。
「クェルシャッシャは評議会に協力はするが、氏族を指揮するのは族長の権限だ。これの一点張りです」
この主張は仕方のないことかもしれない。
現時点で、クェルシャッシャに人間や他の種族と協力する意図はない以上、朝の司令部での軍議には参加させるのは難しいだろうし、トラブルの元になる。
仕方ないので二度手間となるが、朝の軍議の後に作業予定を共有するためだけの、ドロウ5氏族の族長の集まりを設けてもらう。
僕はその場には参加しないので、事情を理解した上で淡々と進めてくれそうなバドリデラに進行役を一任した。
本来であれば最古参のラッシャキンが適任なのだが、ラッシャキンにしてもガルスガにしても血の気が多すぎる。
これでアナトランダも各種作業に人員を出してくれるだろう。
今のところ、この辺りが妥協点だと思う。
最も重視すべき点は『蠍』に対して離反したという事実だ。
まずは共同で活動する基盤を確保するところからのスタートでも問題ない。
この話を聞いていたラッシャキンが、
「クェルシャッシャのジジイを殴ってきてやろうか?」
と真顔で言った。
もちろん、僕はそれをなだめながら、きつく無理強いはしないように言った。
僕の人選は間違っていないとおもう。
アナトランダ到着から3日後。
最初の氏族からの出兵が確認された。
セヴスクムカウダは、スコーロウ達の拠点に最も近い位置に集落があり、自ら『最も信仰厚き氏族』を自称する氏族だ。
およそ400の出兵が確認されたと報告があった。
どこかで集合するはずなので、セヴスクムカウダの集落を監視していたチームに追跡させて、新たに集落監視のためのチームを派遣する。
さらに二日後、本拠地近辺を監視していたチームから、極めて重要な連絡が入った。
スコーロウの集団、およそ200が移動を開始したという連絡が入った。
多数の司祭を含む構成のようだ。
少なくとも本拠地にいるスコーロウはそれだけ減ったことを意味する。
僕はすぐさま緊急の招集をかけた。
司令部の天幕に聖炎の聖戦士3名と、アナトランダを除く4氏族の族長たち、コマリ、ヴェル、Gさん、そして僕の、11名が集まる。
「聞いている人もいると思いますが、本拠地からスコーロウの部隊が移動を開始しました。
十分に離れた後に攻撃を仕掛けたいと思います。
決行は明後日の早朝を考えていますが、皆さんの意見を伺いたい」
僕がそう話すと、まず最初にガルスガが手を挙げた。
頷いて発言を促す。
「決行自体には賛成ですが、攻撃隊が出ている間、バドリデラ、ドミンツェバェの両族長が現場指揮に当たることになります。
ヴィッシアベンカやクァルテレンダは問題ありませんが、問題となるのはアナトランダで、クェルシャッシャが騒ぐと厄介です。
そこで提案なのですが、攻撃の決行時刻を朝の評議会を終えた後としてはどうでしょうか。
当日の打ち合わせまで終わらせておけば、奴と顔を合わせる機会は激減します」
「彼らは我々の指示には従いませんからね。その方がいいでしょう」
デニスもガルスガの案に賛成を表明する。
早朝と思ったのは朝もやで入り口を探す時間を稼げることを期待したからで、奇襲に有利になるとは考えていない。
ガルスガの案はこちらが馬脚を乱さないためには、有効だと思えた。
「では、作戦開始は評議会終了後にしましょう。その方がよさそうですしね」
一同が頷く。
僕は話を続けた。
「作戦開始後、24時間以内に誰も戻らないようでしたら、バドリデラ、ドミンツェバエ両名でラストチャンスまで撤退を行ってください。
聖炎には連絡済みで、彼らが先導し、殿はドュルーワルカの戦士たちが引き受けます。
アナトランダは無理に説得しなくて構いません。彼らも撤退するのであれば、両名の指揮下に入ることを了承させてください」
「しかし、それは王が……」
ドミンツェバェがそう発言しかかったのを制して、僕は話を続ける。
「評議会の形はできています。アナトランダはわかりませんが、他の4氏族は一丸となって対処できる力がもうあると思います。
最悪の事態ではドュルーワルカとヴィッシアベンカは現族長を失うことになりますが、後継の選出は現氏族のルールに法っていただけば問題ないでしょう。
それにこれは保険です。そうはならないと思っていますが、無策という訳にもいかないでしょう」
「そもそも負けた時の心配をすること自体が、気に入らんがな」
僕の言葉にラッシャキンが毒づく。
「まあ、それが王の務めみたいなものですからね」
ラッシャキンの性格、いやドロウの気質的に負けた時の策までは考えない。戦うと決めたら滅ぶまで戦うだろう。
だけど、僕は同じスタンスではいられない。
僕の性格的にも、万全を期したいと思うし、どんな形であっても未来を諦めるつもりはないからだ。
「現時点での通達事項は以上です。今日明日はこのままいつも通りに作業してください。当然警戒も怠らないでくださいね。
明後日の朝の軍議で最終確認、評議会を終えてから、作戦開始とします。
他に何かありますか?」
一同の沈黙をもって緊急会議は終わった。
その日の夕刻。
僕はセーブポイント外周の物見台の一つに上って、周囲の様子を見渡した。
上から見ると、ここの全体の様子がよく分かる。
セーブポイントを中心に3重の防護壁を持つ形が出来上がっていて、かなりの広さになる。
外側の居住区は張りぼてで、実際に人が暮らしている訳ではない。ここからだと、それが見た目だけであることがすぐにわかる。
実際にドロウの氏族たちが生活しているのはセーブポイントの北側で、仮住まいの状態だ。
簡易的な小屋や天幕で、暮らしてもらっている。
早く落ち着いた状況にしてあげたいとは思う。そしてそれはもうすぐのはずだ。
そんなことを思っていると、下からガルスガが何か言っているのが見えた。
僕に聞こえた彼の声は、僕にとっての想定外を告げていた。
「監視からの連絡が途絶えた」
ガルスガはそう言っていたのだ。
物見台から降りて状況を確認すると、本拠地の監視を行っているチームから連絡が入ったと思ったら、何も伝わってこなかったそうだ。
「緊急で何か伝えようとしたが、それが叶わぬ状況になったと見るべきでしょう」
ガルスガがそう告げる。
優秀な戦士を2名失ったことは残念だ。
だがそれは、奴らに監視していることが発覚したことを意味すると同時に、瞬間移動で急襲をかける方法を失ったことも意味する。
彼らが『お守り』を起動しなければ、正確に瞬間移動を行えない。
僕とガルスガは司令部に向かった。
地図を眺めながらいくつかの方法を考える。
最もシンプルなのは、ここから風渡りの奇跡で、本拠地まで移動すること。
推定距離はここから250㎞。風渡りで2時間半で到達できる。
ただ、かなり正確に出入り口を把握していた人員がいないとなると、現地についてから突入までに、余分に時間がかかることになる。
こちらの監視に気づいたとしたら、向こうも警戒するだろう。
何より、優秀な戦士が2名いて、とっさに連絡を取ろうとしたにもかかわらずそれができなかった、ということは彼ら以上に優秀な戦士、あるいは暗殺者の存在を示唆している。
事前の周囲の偵察を行わずに突入するのは、リスクがかなり高いと思われるが、一方で偵察を行ったとして、それがうまくいく保証はない。
少し楽観的過ぎた。そう思わざるをえない。
だが、打てる手は限られているし、最善の選択をするしかない。
そう思い、いくつかの方法を考えている間に、攻撃隊のメンバーが司令部に集まる。
ガルスガが招集をかけたのだろう。
「作戦の変更を余儀なくされました」
僕の一言にみんなが驚きの表情を浮かべた。
僕は続ける。
「本拠地の監視を行っていたチームからの連絡が途絶えました。
偶然なのか、意図的なのかは分かりませんが、状況から見てドロウレイスにやられたのではないかと推測します」
「なるほど。監視が発覚したとなれば、奇襲は難しいな」
「ふむ。中和装置が動かんとなれば、瞬間移動も使えん」
デニスに続きGさんが言った。
どちらもその通りだ。
僕がそう思っていると、Gさんが話を続けた。
「アレン。ここは作戦を練り直さんか?
奴らがここに侵攻してくるまでにはまだ時間的猶予が十分にある。
少し待てば局面を有利に進めるための武器が手に入るかもしれん。
恐らくじゃが、それを手にしてからでも決行は遅くあるまい」
「Gさん、その局面を有利にする武器って、なんのことですか?」
「それは……」
Gさんが何か言いかけたところで、ガルスガが低く呻いた。2回続けて。
「どうした?」
ラッシャキンがガルスガに尋ねる。
ガルスガは肩を震わせて、苦悶と怒りに満ちた表情に変わっていた。
「言えん」
ガルスガは短くラッシャキンに答えた。
「ガルスガ、どうしたんです?遠慮なく言ってください」
僕がガルスガに促す。
すると彼は顔を上げたが口をつぐんだままだった。
「ガルスガ!」
僕が強く言うと、ガルスガが彼にはあまりにも不釣り合いな、小さな声で告げた。
「監視を行っていた連中は生きています。いえ、生かされているというのが正しいでしょう……」
僕は慌てて問いただした。
「彼らはまだ生きているの?何か連絡があったの?」
ガルスガが頷いてから答える。
「はい。無言の通信が2回ありました。監視を行っていた2名は生きているという合図です」
「罠だな」
「……十中八九は」
ラッシャキンの言葉にガルスガは同意した。
僕は彼らの言葉を聞いて決断した。
「現地には風渡りの奇跡を用いて向かいます。
目的地手前で地上に降りてから、警戒しながら進みましょう。
幸い警戒中で、魔法は使用していないと思いますし、僕も奇跡の使用は控えています。迎撃に備えて戦闘向けの準備をしています。
これから15分後に作戦を開始します。各自、急ぎ準備してください」
「ちょっと待て、罠だと言ってるだろ?のこのこと出ていって罠にはまる必要はないだろ?」
ラッシャキンが慌ててそう叫んだ。
「生存者がいて、助けられる可能性があるなら、今すぐ動くべきです。
サプライズを用意してくださっていたGさんには申し訳ないですが、今回は待ってはいられません」
「この状況で、おぬしならそう言うじゃろうな」
Gさんの言葉にバドリデラが続ける。
「納得するところなのですか?もし二人の戦士の命を助けたいのなら、王であれば蘇生させることも可能なのでは」
「誰かが死ぬことを前提に作戦を考えるのは間違っていると思います。
助けられるなら、助けるべきだ。
ドロウの戦士が誇り高く死を恐れない。知ってますよ。
でも、その死を悲しむ者はいる。ドロウだって人なんだから悲しいのは当然です。
誰かを助けるために、誰かが命を落とすのは本末転倒かもしれません。
結果誰も助からないかもしれません。
それでも、僕は諦めたくない。
それが人だと思いたいから。人の善意だと思いたいから。
……僕は、人の命を、ただの数字にしてしまいたくはないんです」
僕は感情が昂り、自然と涙を流していた。
静まり返る中、僕は話し続ける。
「……本当は蘇生はあまり行いたくありません。
神様に許された奇跡の力ではあるけど、死者を生き返らせること自体が摂理に反することなのです。
それにすべての死者を生き返らせるわけにはいきません。無理ですから。
僕が命の選別を行っていることを意味します。僕にはそんな権限はないのに。
それでも生き返って欲しいと思い、蘇生の奇跡を使ってしまいます。
僕は誰よりも傲慢だ」
誰に語るつもりでもなく、自然とこぼれた言葉だった。
僕自身の懺悔の言葉だったと思う。
「力に伴う責務じゃな。アレンよ、そう思えるお前は王に相応しいと思う。わしはおぬしを支持しよう」
「ぐうの音も出ない正論だな。ドロウの戦士を見殺しにしたとあっては、俺たちの掲げる正義に泥を塗ってしまう。
聖炎の神も、お怒りになるだろう」
Gさんにデニスが続いた。ソウザもマッカランも頷いている。
「王よ。今の言葉、しかと胸に刻みました。ジャルカランデ一同を代表して、改めて王に忠誠を誓います」
ドミンツェバェががその場に膝をついてそう宣言した。
「別に俺は危険が嫌だって言っている訳じゃねえ。罠?上等じゃないか。蠍の面を殴りに行こう」
ラッシャキンが少しバツが悪そうにそう言う。
ガルスガはその場で無言で頷いた。
コマリとヴェルは優しい笑顔で僕を見てくれている。いつも支えてくれる二人の笑顔だった。
「王のご決断に従います」
最後にバドリデラが静かに締めくくった。
全員が合意してくれた。
僕は涙を拭って、改めて宣言する。
「危険なことに付き合わせて申し訳ない。だけど、ありがとう。
これから15分後に出発します。
長期戦にはならない見込みです。水食糧は最小限で。準備をお願いします」
最初にガルスガとラッシャキンが司令部を出ていく。
自分の部下の救出に向かう決意を背中で語るガルスガと、飄々と、軽い足取りで去っていくラッシャキン。
デニスたち3人のパラディンがそれに続いた。
まるで困難に立ち向かうことすら楽しむかのように見える、迷いのない笑顔だった。
僕たちも準備のために司令部を出る。
バドリデラとドミンツェバェが静かに見送ってくれた。
日はすでに大きく傾いている。
助けるべきを助けて、討つべきを討つ。
現地に到着するのは暗くなるころ。ジャングルでの活動に慣れたスコーロウに有利かもしれない。
それでも、目的は明確だった。




