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God Bless You !! 2nd Season  作者: 灰色狼
第三章 ドロウの王
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6:異変


 翌朝、簡単な準備をしてからロアンに見送られて、僕たちはセーブポイントに出発した。

 移動には風乗り(ウインドウォーク)の奇跡を使う。

 この奇跡は肉体を気体化させて、高速に移動することを可能にする奇跡だ。

 コマリとザックは初めての経験となるので、事前にハンドサインの確認と、通常状態への戻り方を教えた。

 その後、少しだけ練習飛行を行い、ハンドサインなどの確認を行ってから出発した。

 風に乗っての長距離移動は経験済みだが、今回は最初に海の上を飛ぶ。

 コマリとローズはほとんど泳げないし、ザックは沈むだろう。

 僕だってプレートを着用しているから、海に落ちれば当然沈む。

 不安がないと言えば嘘になる。

 ラストチャンスの町で一度休憩を取り、セーブポイントに向かう予定だ。


 心配された海上の飛行は、雲の上まで上がってしまえば気にならなくなった。

 『大きな水』が眼下に広がる光景というのが、精神的ストレスの最大の原因だったようだ。

 順調に進んで3時間ほどでラストチャンスに到着した。


 町はずれに降り、ガス化状態を解除してから街に入る。

 南ゲートで衛兵の敬礼に軽く手を挙げて、宿の一階の酒場に入った。

 まばらな店内にいた数名のドロウと衛兵が、僕の姿に気がつくなり、一斉に立ち上がった。


「あ、気にしないでください」


 慌てて立ち上がる彼らにそう言ってから、近くにいた若い店員さんにエールと食事を3人分頼む。

 注文を伝えに向かった店員と入れ替わるように宿のおじさんが出てきた。


「これは司教猊下、このようなところに足をお運びいただき恐悦…」


「おじさん、堅苦しいのは抜きにしましょう。お世話になっているのは私なのですから」


 そう言って彼の手を握る。


「もったいないお言葉ですが、そのようにさせていただきます」


「うん、ありがとう。で、早速教えて欲しいんだけど、セーブポイントの現状って聞いてます?」


 僕は椅子に座り、空いている椅子をおじさんにも勧める。


「失礼します。星の落ちた地の脇に再建中と聞いております。

 現状、木柵や監視塔の設営は終わって、石を用いた城壁の建設にかかっているとか」


 おじさんは腰かけてからそう教えてくれた。

 僕は彼が落ちた地の脇、と表現したことに少し違和感を覚えたので、再度尋ねると、詳しく説明してくれた。


「星が落ちた場所は元のセーブポイントがあった場所とのことです。その周囲は数キロにわたってジャングルが焼け、平地になったとか。

 その中心は大地が大きくえぐられて穴が開いたと聞いております」


「つまり、その穴の脇にセーブポイントは建設中なのですね?」


「はい。何分、自分の目で見た訳ではありませんので、確かかと言われますと保証は出来かねますが」


 セーブポイントへ出入りする護衛は必ずここを出入りするだろうし、船乗りたちもやってくる。

 正確な情報だと思っていいだろう。


「ありがとう、助かったよ」


 僕がそう言うとおじさんは一礼してから厨房へと去った。

 僕たちは運ばれてきたエールで喉を潤し、食事を満喫した。

 ザックには少し可哀そうかなとも思ったが、ここは我慢してもらう。

 これから幾度となく食事の席を外せない場面が訪れるはずだ。慣れてもらわないといけない。


 食事を済ませ、出発しようと店員を呼ぶと、


「御代は結構ですと、店主が申しております」


 僕はその場で店員に銀貨を1枚渡し、「君の取り分だよ」と言ってから、厨房の入り口に向かう。

 厨房の中に頭を突っ込んで叫んだ。


「おじさん、約束をお忘れですか?!」


 その声におじさんが慌てて飛んでくる。


「大変失礼を致しました。何か粗相がございましたでしょうか?」


「違いますよ、約束したじゃないですか。次からはちゃんと支払いますって」


 そう言って彼に金貨を2枚握らせる。

 正確な金額は覚えていないが、正規の値段は銀貨2枚前後のはずだ。


「これは過分にございます」


「いいんですよ、おつりは気持ちですから。一杯やってください。それでは私たちはこれで失礼しますね」


 そう言ってテーブルの仲間たちに合図してから外に向かう。

 おじさんが店先までやってきて、深々と頭を下げながら、


「お気をつけて。またのお越しをお待ちしております」


 そう告げた。

 僕は笑顔で振り返って、


「行ってきます」


 短く答えると再び街の外に踏み出す。

 奇跡の効果時間は十分に残っている。

 僕は一同に合図してから、再度ガス化し、空へと舞い上がった。


 眼下に広がる緑の絨毯。その中を真っすぐと延びていく道。

 その上を通常では体験しえない速度で飛行していく。

 周囲に対する認知能力が一番高いという理由で、ローズに先頭を任せている。

 1時間と半分を過ぎた頃に、前方に緑の絨毯が途切れた部分が目に入る。

 ローズが減速のハンドサインを出す。

 徐々に近づくにつれ、その大きさが理解できた。

 宿のおじさんが話していた通り、半径10キロくらいの範囲が大地を直接晒している。話で聞いたよりも、実物を見た衝撃は何倍も大きい。

 前方に穴らしきものが見えるが、起きている変化はそれだけではなかった。

 大穴の周囲の至る所に、赤紫に輝く大きな結晶が見える。

 大穴に近づくにつれて、その結晶は大きくなり、密度も高くなっていく。

 大地に赤い結晶がびっしりと生えている状態は、小さな水晶の原石を思わせた。

 かなり減速した状態で穴の脇まで近づくと、大穴はその表面がすべて赤紫の結晶に覆われていた。

 まるで赤いガラスのボウルのようだ。

 穴の向こうまでは推定2キロ。穴の底には雨水がたまり始めている。

 進行方向の左手、穴の東側に建設途中の砦が見えた。

 僕たちは建設中の砦から少し離れた場所に降り立ち、ガス化を解除した。


「すごい光景だね……行ったことはないけど、異世界(アナザープレーン)じゃないかって思うくらいだよ」


 僕の第一声は、それだった。

 星が落ちた影響なのは間違いないだろうが、それがどうしてこうなったかはさっぱり見当がつかない。

 到着して早々にGさんがいないことが悔やまれた。


「私たちは観光に来た訳ではありません。アレン、砦に向かいましょう」


 ローズに促されて、僕も少し冷静になった気がした。

 揃って砦に向かい歩き出す。

 ほどなく、砦の簡易的な門の前に到達した。

 警備に当たっている兵士は5、6人と言ったところか?

 かなり見通しは良いし、それでも足りるのだろうけど、砦と呼ぶには少し手薄な気もする。

 歩いて向かうと、向こうもこちらに気づいた様子がうかがえた。

 さらに近付き、双方の装備が見えるくらいになった時にローズが僕たちを制止し、一歩前に出た。


「ドュルーワルカ族、名誉族長アレン様の到着である!」


 そう大声で叫んだ。


「ローズ、それはやめてって言ったのに」


 以前にも似たようなことがあり、正直言って恥ずかしいからやめて欲しいと伝えてはある。仰々しいのは苦手なんだから。

 僕の抗議はローズには届かない。


「一族の名誉の問題です。アレンは黙っててください」


 僕の意見はバッサリと切り捨てられた。

 ローズの声に反応して、砦の門が開くと奥から見知った顔が走ってくる。

 聖炎(ホーリーフレイム)のエンブレムが入った銀色に輝くプレートメイル。

 指揮官の一人、デニスだった。


「デニス!無事でよかった。心配したんだよ」


 僕は進みながらそう言い、握手をするつもりだったのだが、デニスは数歩手前で止まり、膝をついて最敬礼の姿勢を取った。


「お呼びだてして申し訳ございません猊下。是非ともお力をお借りしたいことがございます」


 顔を上げることなく、そう言った。

 気がつくとゲートの警備をしている兵士たちも同じ姿勢になっている。

 面を上げよ、なんて言うのが正解なのかもしれないけど、僕にそんなつもりはこれっぽちもない。

 司教なんていっても、責任も権限もない、僕は偉い人ではないんだから。


「改まらないでくださいよ、あなたにもたくさん助けられているんですし、今まで通りで、ね?」


 僕の問いかけにデニスが答える。


「まずはご警告を頂きました際、異議を申しました事深くお詫び申し上げます。

 決断が遅れておりましたら、我々は生きてはおりませんでした」


「気にしてないから大丈夫だってば。さあ、立って。司教はこちらにいらっしゃるんだよね?」


「その件につきましてもこれからお話いたします。まずはこちらへどうぞ」


 なんか徹底してる。目の前に壁を建てられてるように僕は感じた。


「ものには順序がありますからね、まず立って。で握手をしましょう。堅苦しいのは抜きにしてください。

 話を聞くのはそれからです!」


 僕の背後で「子供か……」とつぶやくローズの声が聞こえた。

 僕はそんな雑音は気にしない。

 そこにゲートからもう一人、銀の鎧に身を固めた人物が小走りに近づいてきた。

 エウリシュアだ。


「エウリ、デニスに何か言ってやってくださいよ。堅苦しいのは抜きに……」


「猊下。お疲れの所申し訳ございません。猊下のおっしゃることは理解しておりますが、ここは我々の顔を立てて、まずは天幕までお越しいただきとうございます」


「エウリまで、何言ってんの?みんなどうしたの??」


 エウリシュアまで片膝をつき、最敬礼の姿勢を崩さない。

 僕は、彼らがおかしくなったんじゃないかと思った。今まではこんなことなかったのに。


「名誉族長、ここは彼らに従ってください」


 背後からローズが僕に言う。ローズまで地面に片膝をついて、他人行儀な言い回し。

 この奇妙な結晶の影響だろうか?

 とにかく、このままでは話が進まないことは理解したので、彼らに従うことにする。


「分かりました。そうやって他人行儀にしてればいいんです」


 投げやりに言って、彼らの指示に従い砦の中へと向かう。

 僕が歩きはじめると、デニスとエウリは素早く立ち上がり、僕の2歩ほど前を先導して歩いていく。

 ゲート脇の衛兵たちも立ち上がっており、抜刀しての捧げ剣の姿勢で並んでいる。

 建設中の砦は、以前よりも一回り大きい。ただ、石壁はまだなく、木造の防護柵と見張り台。

 多くの天幕がならぶ。2週間程度しかなかったのに、一応の機能を持っていることは驚きだ。

 彼らの熱意と勤勉さが伝わってくる。

 行く先々で、僕の視線に入る人たちが作業を止めて、その場に膝をつく。

 僕は司教という立場であるが、彼らからすれば異教徒。大げさすぎると思う。

 彼らに従うと言った手前、騒ぐことはしなかった。


 本部となっている大きめの天幕に案内される。天幕の入り口をエウリとデニスが開き、中に招き入れられると、そこには見知った顔があった。

 エウリやデニスと同僚に当たるソウザと、聖職者(クレリック)のアンジェリカ。他にも従者(スクワイア)聖職者(クレリック)が数名。

 驚いたのはそこに二人のドロウがいたことだ。

 ドロウの二人はともかく、他の全員が僕が天幕に入ると同時に片膝をついた。

 本当に、徹底している。僕がこの手の固いのを嫌うのは知っているだろうに。


「ローズ殿。申し訳ないのですが、別棟にて、この二人から話を聞いてもらえないでしょうか?

 言語理解の奇跡を用いれば、意思の疎通は問題ないので、大まかな内容は正しく理解しています。

 だが、細かい話まで全部というわけではないので、聞き取りをしてくれると助かるのです」


 エウリの言葉にローズが僕を見る。僕は頷くと、ローズは二人のドロウとアンジェリカと共に天幕から出て行った。

 それに従うように他の聖職者と従士も下がっていく。

 今天幕内には僕とコマリ、ザック。聖炎側はデニス、エウリシュア、ソウザの合計6名だ。

 デニスは一呼吸ついてから、口を開いた。


「アレン、まずは謝罪したい。君が堅苦しいことを嫌うのは知っているが、立場上それはできなかった。許してほしい」


 そう言ってデニスが頭を下げる。


「立場上できなかった、というのはどういう意味ですか?」


 僕はそう尋ねる。椅子を進められたのでテーブルを挟んで座った。


「君はここでは、ギヴェオン猊下と同等に扱われるべき存在なんだよ」


「いや、ますます意味が分からないよ?ギヴェオン司教はここで一番偉い人。世の中の立場として同じ司教だとしても、僕は異教徒ですよ?

 ましてや司教っていっても、何の権限もない、いわば勝手に名乗ってるだけなんですから」


「言いたいことは分かる。だが、これから言うことを、聞いてほしい。

 ここにいる人たちは、君たちが警告してくれたおかげで生き延びられたことを知っている。外の状況を見ただろ?多くの人たちは星が落ちて、大地が揺れ木々が燃えるさまを見ているんだ。

 そして、その元凶を討った。ギヴェオン猊下を救い、代償としてレイア殿は亡くなられた。

 それをみんな知っているんだよ。君たちは英雄なんだ。彼らは軽々しく君たちに近寄ってはいけない、そう考えるのは自然なんだよ」


「いや、そうかもしれませんけど、あなた達まで改まる必要はないでしょう?」


「立場上、という言葉を使ったのはそこなんだよ。アレン、君が我々を友と思ってくれていることは名誉だし何よりうれしい。

 だが、ここにいる人々を率いて、命を預かる立場上、我々は彼らの代弁者でなくてはならない」


 僕は彼の言っていることは理解できた。上に立つ者としての彼らの立場。

 だけど、それを押し付けられるのって、どうなの?と思う。

 少し考えているとエウリシュアが口を開いた。


「アレン、君が自由を尊ぶのは知っている。だからこそ理解してほしいんだ。ここでは秩序が尊ばれることをね」


 この言葉で納得した。彼らは僕が思うように押し付けられているのではなく、それを望んでいるんだ。

 そしてここはそういう人たちが集まる場所。

 普通の町なら、多くの人たちがいて、雑多となる。秩序を重視する人もいれば自由が良い人も、悪党だっているだろう。

 ここは秩序を重んじる善き人しかいない場所なのだ。町ではなく、大きな教会。


「分かりました。しばらくはあなたたちの言うようにしましょう。ここが発展し、大きな町になれば状況も変わるでしょうし。

 ただし!条件があります」


「条件ですか?」


 ソウザが少し慎重な感じで問い直す。


「ええ、僕がいる閉鎖空間は基本的に無礼講にしてください。外にいるときには、公式の振る舞いを心がけますから。

 なので、軍議といった場には、僕が裏表を使い分ける程度には、同じことができる人のみを同席させてくださいね」


「わかった、そうしよう」


 デニスが答えた。

 僕は席を立つ。一同が何をするつもりだと思っているようだった。

 そのままテーブルを迂回し、ソウザと握手。隣のエウリと抱き合ってから、デニスと再び握手をする。


「さて、一つ話がまとまったところで、本題に入りましょうかね」


 僕は椅子に座りそう切り出した。

『一冒険者という立場ではない』

 この時、前にハーバーマスターに言われた言葉の意味が、少しだけ理解できたと思う。







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