5:ぬくもり
パーシバルと話をした日から、僕たちの暮らす小屋に住人が一人増えた。
「しばらく寝泊まりさせてね♪」
ロアンが押し掛けてきたのである。
宿の建設は始まっているが、当分住める状態ではない。
それまでは「宿屋暮らし」と思っていたが、住める場所があるじゃないか、ということで来たそうだ。
いまさら断る気力もないので、好きに使ってかまわないと伝えた。
ロアンがあんまり暴れるようなら、犠牲者が出る前にザックに協力してもらうつもりだ。
彼が壁になってくれれば、眠っている間にロアンの被害に遭うこともないだろう。
今日から教会の建設準備が始まった。
現在、整地作業が始まっている。
旧スラムの住人たちや、ドュルーワルカ族のドロウたち、ストームポートの建築業者。
多くの人たちが建設に協力してくれている。
朝から集まってきた人たちにねぎらいの感謝の言葉をかけて歩いているとき、不意に呼びかけられた。
聖炎の聖職者で墳墓に同行したアンジェリカだった。
―ご無礼の段、平にご容赦を。アレン司教猊下。ドロウに関してご相談したいことがあります。急ぎセーブポイントにお越し願えないでしょうか?―
「アンジェリカ?何があったの?」
僕はアンジェリカに問いかけたが、応答はない。
奇跡の効力を超えてしまったらしい。アンジェリカが用いた送信の奇跡は非常に便利なのだが、要求される難易度が高いうえに、伝えられる言葉の量が少ないと来ている。
僕は少し考えてから、自らも用意してある送信の奇跡を行使して、エウリシュアに送信を試みた。
―エウリ、何があったのか教えて―
相手からの返答のために問いかけは最小にする。
―アレン、ジャングルの南で何かが起こっているらしい。詳細はまだわからないが、調査の協力を要請したいんだ―
ここで送信の奇跡は効果が切れる。
この感じだと大慌てで行かなきゃいけない事態じゃない。
だけど、奇跡を使ってまで連絡してきた。そこが少し引っかかる。
僕はこの場で明日の朝にセーブポイントに向かうことを決めた。
ドロウの集落に行って、コマリとラッシャキンを探す。
最初に見かけたドロウの男性にドロウ語で声をかける。
「忙しいところ悪いんだけど、ラッシャキンとコマリがどこにいるか知ってる?」
「何を無礼な!族長を……」
激怒した様子でこちらを振り返り、固まった。
慌ててその場に片膝をつき、言葉を改める。
「アレン様、大変失礼いたしました。族長と姫……奥方様は馬で遠駆けに出ておられます」
「様は要らないよ。ありがとう」
そう言ってアレンは来た道を戻る。
コマリは乗馬に慣れるとかなり気に入ったようだ。
ジャングルで生活するドロウたちには乗馬ができる者は少なく、ローズですら得意というわけではない。
ラッシャキンが馬に乗れるのは意外だったが、コマリに教わっているのかもしれない。
「コマリが出かけてるなら、ローズも一緒かなぁ。夜になってからでいいか」
独り言をつぶやくと、すぐ後ろで声が聞こえた。
「私の悪口か何か言いましたか?」
「ひぃっ」
思わず変な声が出た。
「その慌てようは図星のようですね。アレン、何を言っていたのか白状してください」
「いきなり背後から声を掛けられれば、慌てもしますよ!おどかさないでください」
本当に驚いたんだから、抗議する権利はある。僕は振り返り、照れ隠しも含めてそこに立つローズに言った。
当のローズはどこ吹く風。悪いことをしたとは微塵も思っていない様子。本気で悪口を言っていたと思っているのだろうか。
「悪口なんか言ってませんからね?それよりどうしたんですか?てっきりコマリの護衛で一緒に出掛けていると思ってましたが?」
「今日は族長とご一緒ですから。護衛は必要ないでしょう。それに親子水入らずをお邪魔するのもどうかと思いますし」
僕はそう言うローズの瞳に、寂しさを見た。
姉妹同然に育ったコマリがいないのは寂しいだろう。
あるいは家族だろうか?
コマリがラッシャキンといるのを見て、家族を恋しく思ったりしたのだろうか?
本人に聞かなければ分からない。でも僕にはそこに踏み込むことがはばかられた。
少し間を置いてから、僕はローズに話しかける。
「ねえ、ローズ。これから昼食を取ろうと思ってるんだけど、一緒にどう?」
「いえ、私は……」
微妙に言葉を濁すローズ。遠慮かな、僕はそう思い、もう一押しする。
「だったら、護衛を兼ねて付き合ってくれない?護衛の日当は現品払いってことで、ね?」
「あ、はい。名誉族長がそうおっしゃるのなら、お供いたします」
その言葉を聞いてから僕はシティに向かって歩きはじめる。
「ねえ、ローズ。何か食べたいものある?」
「アレン様のお好みのもので」
半分振り返って聞いた僕に、ローズはそう答えた。
「いや、様はいらないから。で、本当に何でもいいの?」
「え、あ、アレンが決めてください。ここでの食事は慣れませんので」
「そう、じゃ、少し奮発して、雑穀なしのパスタを食べようか。銀行裏に美味しい店があるんだよ、偶然見つけたんだけどね」
「そ、そうですか」
んーローズは何かを気にしているようだ。こういう時は美味しいものを食べて幸せになるに限る。
僕はローズの手を握って走り出す。
「アレン、何を?!」
「急がないと昼時の混雑時間になるから、その前に店に行こう。ほら、早く」
……そういうことするから、勘違いしてしまうのに。
「え?何か言った?」
ローズの手を引いて走る僕の後ろで、ローズが何を言ったのか聞こえなかった。
「その店まで競争です。私がアレンに負けるとは思いませんけどね」
「へえ、僕が勝ったからって、いじけないでよ?」
「誰がいじけるですって?」
そう言うとローズは一気に加速する。
さすがに本気で走るとローズの方が圧倒的に早い。
すぐに差が開いていく。
「ローズ、待ってよ、ローズ!」
その声にローズは振り返り、笑顔で舌を出した。
そして速度を落とすことなくゲートに向かっていく。
「ローズ、店の場所知らないのに……」
僕は少し息を切らせて立ち止まる。
まあ、機嫌は直ったみたいだし、いいとするか。
僕は歩いてゲートに向かった。
ゲートで待っていたローズに、なぜ歩いているんだと、怒られたのは言うまでもない。
負けず嫌いのお姉ちゃん。ローズはどこかそんな感じだ。
その時、ローズの目に寂しさはなかった。
怒られた甲斐はあったと思う。
夜になり小屋にみんなが帰ってきた。
朝の時間にセーブポイントから連絡があったことを伝えて、
「という訳で、明日はセーブポイントに向かいます。ロアン、悪いんだけど留守番をお願いしても良いかな?」
「もちろん、お任せあれ」
「Gさんは塔にこもりっきりだし、差し入れるときにでも、伝えといてよ」
ロアンが自分の胸をポンと叩いて見せる。
「で、コマリ、ローズ、ザックは僕と一緒にセーブポイントに向かう。いいかな?」
ローズとコマリは頷き、ザックはサムアップで応える。
装備に関しては常備してあるもので問題ない。明日中にはセーブポイントに到達する予定だ。
再開発中のセーブポイントの状況は分からないが、僕たち4人が増えたところで何とでもなるだろう。
夕食を終えてから、少しばかり考える。
今更だけど、アンジェリカとエウリシュアの言ってた内容が違うんだよね。
切迫した感じはなかったので気にしなかったが、片方はドロウに関して相談、片方は南方の調査。
奇跡を用いての連絡、これは緊急性を表している。
情報が断片的すぎて、何のことやらわからない。
まあ、最短でセーブポイントに到着するのは間違いないから、あとは現地についてから確認すればいいだろう。
僕はGさんが塔にこもっているのが少し不安に感じた。
「Gさんの知見って、頼りになるからなぁ」
ポツリと呟く。
隣にいたコマリがそれを聞いて、僕に身を寄せながら静かに言った。
「お師様には、及びませんが私が側におります」
「コマリ、ありがとう。頼りにしてる」
「ごほん」
脇からわざとらしい咳払い。ローズが「いちゃつくな」と言いたいらしい。
コマリの護衛としての責務は分からないでもないが、これくらいいいじゃないか、と思っていたら、
「姉様も」
そう言ってコマリがローズの手を引いて、僕とコマリの間に引き込む。
僕はコマリの意図を何となく感じたので、ローズを捕まえて3人で肩を組むような格好になる。
「コマリ様?アレン?!なにを??」
慌てるローズ。それをしり目にロアンにも声をかける。
「ロアンもおいでよ」
待ってましたと言わんばかりにロアンが飛び込んでくる。
ここで少し思案する。ザックがロアンみたいに飛び込んできたら、被害が大きすぎる。
「あー。全員一時停止。ザックの脇に移動ね」
コマリと僕はローズをしっかりと捕まえたまま、正座で座っているザックの脇まで移動して、ザックも捕まえる。
「師匠アレン。何をなさるのですか?」
「いいから、そのまま」
僕はそう言ってザックも巻き込むように抱きしめる。
エルフと二人のドロウ、ハーフフットにレーヴァ。5人が一塊になっている。
はたから見れば異様な光景だろう。
「ザック、重かったりしない?嫌じゃない?」
僕はザックに尋ねる。彼は表情を変えることはないが、多分困惑はしているだろう。
「はい、重くはありません。嫌でもありませんが、不思議な高揚感と緊張感を感じます」
「そう、嫌じゃなければそれでいいんだ。難しく考えないで」
「人が生殖などでこういう…」
「ザック、そう言うおしゃべりは野暮って言うんだよ。僕はこうしていて幸せだと感じる。答えなくていいよ、心で感じて」
「心で感じる……」
小さな呼吸の音、心臓が脈打つ音だけが聞こえている。
触れ合う肌から、お互いの体温が混じり合う感覚。
それは少しずつ広がって、鎧越しであっても感じることができる。
少しひんやりとしたザックの装甲板の奥からすら、じんわりと彼の体温を感じることができる。
ぬくもり。
一言で言ってしまえば味気ないが、それがこんなにも幸せを感じさせてくれるんだ。
僕は思った。
これは人が起こす奇跡の力なのだと。