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God Bless You !! 2nd Season  作者: 灰色狼
第三章 ドロウの王
54/136

52:存在


 防衛地点に残る魔方陣の中に入り、腰を下ろす。

 危険はないだろうと思うが、そこに魔方陣が残っているのだから、入っておくに越したことはないという消極的な理由だ。

 先ほどまであった視界を遮る壁、屍人(アンデッド)の群れ、セーブポイントの防御柵や簡易に作られた建物もすべてなくなり、そこに残るのはGさんの研究用の天幕一つ。やけに広く感じる。

 僕はヴェルに声をかけて座るように促すと、彼女は無言のまま、座った。


 そこにGさんが戻ってきた。

 何となく気まずい雰囲気を感じたのだろうか。

 僕とヴェルの様子を見てから、


「少し気になることがあるので、確認してくる」


 そう言い残して南へ向かった。

 聖炎(ホーリーフレイム)の3人とコマリは北に向けて追撃したはず。どこまで行ったのかは分からない。

 特に連絡もないし、問題はないだろう。


 東の空が燃えるように赤くなっていく。

 闇が払われ、光が地上を照らすと、その陰惨たる状況が目の当たりになった。

 太陽の光で焼かれたり、聖言浄化(ターニングアンデッド)によって滅ぼされた者は痕跡をほとんど残さない。

 だが、ここで討ち滅ぼした多くの屍人は、魔力の放出に伴う爆発で肉片や骨、腐った内臓や血が、そこら中にぶちまけられていた。

 その光景は、今まさに戦いが終わった戦場というよりも、放置されて時間が経過したような光景だった。


 僕とヴェルは昇る太陽を待つように、東の空を眺めていた。

 僕は少しだけ意を決して、ヴェルに話しかける。


「ねえ、ヴェル。エルダーを倒したときに受けた呪いの症状は、君が予測していたよりも深刻だったんだよね?」


 ヴェルは最初、言葉が聞こえていないかのように、何の反応もなかったが、少し間を置いてから、そのままの姿勢で答えた。


「はい。前回エルダーと戦ったときはこれほどのダメージはありませんでした」


「そっか。うん、なんにしても君が無事でよかった」


 そこで会話が途切れる。

 以前、デュルーワルカの撤退戦の時も呪いの影響はあっただろうが、近くで治療を続けながらの戦いだったし、蠍神の意識はヴェルには向いてなかったのだろうと思う。だが、今回は状況が変わったのだ。

 想像に過ぎないが、蠍神はヴェルが僕と共に戦うことを想定していて、呪いの効果が強く出るようになったのだろう。

 理由はともかく、以前よりも呪いの影響が強いことは間違いない。

 僕は再びヴェルに話しかける。


「ヴェル、色々と考えたんだけどさ、こ――」


「嫌です」


 僕の言葉を遮るようにヴェルは強く言った。


「まだ何も言ってないよ?ちゃんと話を聞いて?」


「私に戦うなとおっしゃるつもりでしょう。ですが、それでは私の存在価値が……」


「ヴェル、ちゃんと話を聞いて」


 今度は僕がヴェルの言葉を遮った。

 ヴェルは少し驚いたように話すのをやめて、僕を見る。

 僕は彼女の瞳を覗き込みながら話を続けた。


「まずさ、君に預けてる三日月刀。当分ヴェルが持っててよ。それは軽い武器だし、悪に対して有効な攻撃手段になるし、僕よりも君の方が有効に使える。ヴェルには僕の刀として働いてほしい」


 ヴェルの顔に驚きの色が広がった。

 僕は続ける。


「多少の呪いは、その場で僕が打ち消してみせる。影響は最小限度にとどめるよ。だから君は僕の側にいて、そこを戦場としてほしいんだ。

 だけど、今後君に偵察はさせない。単独行動で事故が起きた場合、対処できないからね。そこは了解して」


 彼女に戦うなとは言えない。彼女は優秀な戦士で貴重な戦力だ。戦わずに済む状況にしてあげられればいいのだけど、いまはコマリすら戦ってもらわねばならない状況だ。自分の無力さが情けないけれど、頼らざるを得ない。

 勿論、ヴェルの隠密行動能力を生かした偵察任務を与えないのは、作戦実施上の重い足かせとなる。

 だが、彼女を失うことに比べれば遥かにマシだ。


「私を必要として下さるのですか?」


 ヴェルは消え入りそうな小さな声でそう言った。


「当たり前だよ。仮に君が戦えないとしても、僕には君が必要なんだ。重要なのは君が戦えることじゃない。いや、もちろん戦士としての能力を当てにはしてるけど、最も重要なのは、君がここにいること、なんだ」


 ヴェルの瞳から涙が零れ落ちる。

 張りつめていたものが、緩んだのだろう。

 彼女は多くの代償を払ってきた。その結果得たものがドロウレイスという称号だった。

 その過程で磨いた戦う力。

 それを否定してしまえば、彼女は自らの存在すら認められなくなるだろう。

 ヴェルの涙がそれを物語っていると思う。

 彼女は今回エルダースコーロウと戦ったことで顕現した呪いで、自分自身を追い込んでいたに違いない。


 いずれは彼女も戦い以外の生き方を見出せるようになるはずだ。

 ザックもそれを見出そうとしている。彼女にできないはずがない。

 その頃には、彼女が戦わずに済む環境になっていればいいなと思う。できることなら、そういう世界であってほしい。

 僕は並んで座るヴェルの肩を抱いて、昇る朝日を見ながら、そんなことを思っていた。




 1時間ほどして、Gさんが戻ってきた。

 想像よりも時間がかかったように思う。

 Gさんは戻ってくるなり、開口一番に、こう言った。


「少し解せん。事態は思っているよりも複雑かもしれんぞ」


 その発言の意図が見えない。

 僕はGさんに尋ねた。


「どういう意味ですか?事態と言うのは今回の屍人の群れの一件のことですよね?」


「それも含めて、じゃよ。これまでの一連の事態が、もっと深く見えぬ部分で繋がっている可能性がある、という事じゃ」


 ますますわからない。


「少し勿体ぶりすぎじゃありません?」


 僕の抗議にGさんは袋から一つの品物を取り出して言った。


「これに見覚えはないか?」


 Gさんが取り出したのは黄金の槌矛(メイス)だった。

 僕はこれに見覚えがあった。


「これは、玉座門遺跡で死体が持っていたものですよね?後で回収しようとしたときには、なくなっていましたが」


「これをエルダースコーロウが持っておった。単なる偶然、じゃろうか?」


 あの時、玉座に向かう途中で日中にも関わらず、相当な数の屍人がいた。

 そう言えばあの時に見た黒雲は、今回の進軍前に見えていたものと似ている気がする。


「それが、屍人をコントロールしていた……?」


「詳しく調べてみんと分からんが、これは玉座門遺跡のゲートを開くためのものではなく、死者を操るための道具であった、と考えるべきじゃろうな」


「でも、2万もの屍人を操作できる強力な魔法の物品なんて……」


 そこまで言って、僕はGさんの言っていることがようやく理解できた。

 改めて言葉を続ける。


「それは、神の遺物(アーティファクト)で、しかも死者を操るとなると、死者の王(モーテュラム)にまつわるもの」


 僕の言葉にGさんは頷く。

 でも、まだわからないことがある。


「それをなんでスコーロウが持っていたんでしょう?蠍神と死者の王は別の神ですし、偶然という事もあり得るのでは?」


「まあ、偶然ならそれでいいのじゃが。にしても、このところ死者の王の名をよく聞くとは思わんか?」


 それはその通りだと思う。

 奴がこの大陸で何かを企んでいるのは間違いない。それも4万年も前から。

 それが何だかはわからないけど、状況が大きく動いているのは多分間違いないと思う。


「疑ってかかった方がよさそうですね。直接介入できないとしても、無視するには影響が大きすぎる」


「うむ。これが今回の最大の収穫かもしれん。聖炎の連中にも話した方が良いじゃろう」


 そう言ってからGさんもその場に腰を下ろす。

 朝日は完全に姿を見せて、世界を明るく照らしていた。




 そこで座ったまま待つこと2時間。

 北側の追撃に行っていたコマリたちが戻ってきた。

 馬に乗っての帰還だ。


「姉様、ご無事で何よりです」


 デニスの馬の後ろに乗っていたコマリが飛び降りて駆け寄り、ヴェルに抱き着く。


「コマリ様、ご心配をおかけしました。私は大丈夫です」


「本当に心配しました。本当に……」


 コマリは泣いているようだった。

 僕は立ち上がって、デニスに話しかける。


「追撃を任せてしまって申し訳なかった。だけどおかげでヴェルも無事だ。ありがとう」


 僕の言葉にデニスは頷いてから、


「どのみち全滅させるのは無理だからな。かなりの数を討てたし、後顧の憂いは断てた。上出来だろう」


 そう言って右手を差し出す。

 僕は頷きながら、その手を握り返した。


「さて、移動しようか」


 デニスはそう言ったが、どこに?

 僕がそう口にする前に、彼はそれを察したのか、こう付け加えた。


「新たなセーブポイントを築く場所にだ」


 この湖の中心付近が、もともとのセーブポイントが置かれていた場所で、 現在僕たちのいる場所は、ほぼ円形をした湖の東側だ。

 デニスはこの湖の北側、ラストチャンスとの街道寄りの場所を次のセーブポイントと決めていたようだ。


「元の場所は適度に整地もされたし使いやすいとは思うが、屍を片付けるのに手間がかかる。

 まず北に新しく拠点を作って拡張していく。半年もしないうちに、ここも気にならないくらい綺麗になるだろう」


 デニスはさらりと言った。

 確かにこれだけ原形を留めていない死体を片付けるのは、骨も折れるし精神的にも堪える。

 でも放置って、それでいいのかなとも思ってしまう。


「さすがに放置してって、それはマズいんじゃ?」


 僕がそう言うとデニスは事も無げに言う。


「もちろん放置はしない。清めはするさ。その後は自然の力に任せるってだけの話だ。

 それに、ガイア殿の勧めに従って、可能な限り結晶を安全な形で管理したい。

 遠い所から回収を始めて、可能な限り集積させるつもりだよ。あれがそこらに転がっていると、危なくて仕方ないだろ?」


 それは一理あると思う。

 条件次第では派手に爆発し、危険どころでは済まない。

 Gさんが伝えたかは確認していなかったが、この結晶には他にも使い道がある。

 理解して使えば、南大陸での活動を一変させる可能性を秘めているのだ。


「分かりました。とりあえず移動しましょうか」


「ああ、街道付近からヴィッシアベンカも向かってくるだろうし、伝令を出したから今日の夜にはラストチャンスに向かった連中も戻ってくるだろう」


 僕は聞いていなかったが、撤退組には事前に北側に集結するように伝えている様だった。

 相手が何を狙っているのか分からなかったから、確実ではないものの、南から進軍してくることがわかっていたのだから、例えば湖の南側に防衛点を設定して、そこに囮を配置すれば、今までのセーブポイントが残る可能性もあったと思うけど……

 これはいまさらなので、口にしないことにした。


 僕たちは彼らと共に湖の北側に移動する。

 徒歩で15分ほどの移動だ。


 この辺り、という場所につくと、コマリがお湯を沸かすための簡単なかまどを用意する。


「まずは朝食にしましょう。皆さんもお疲れでしょうし」


 そう言いながら鍋をかけて、手際よく根菜類の皮をむいていく。

 慌ててヴェルも手伝い始めたので、僕はもう一つかまどを作り、火を起こしてポットをかける。

 Gさんは朝早かったのが影響してか、座ったままうたた寝をしている。

 その光景はいつもと変わらないものだった。


 拠点を失ってしまった聖炎の人たちには悪いと思うが、幸い僕は何も失わなかった。





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