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God Bless You !! 2nd Season  作者: 灰色狼
第三章 ドロウの王
52/136

50:夜明け前


 軍議を終えて作戦の実行準備に入る。

 やるべきことは決して少なくなかった。

 Gさんは研究用の天幕に戻って、結晶の点火に最も適した魔法を調整している。

 僕たちが現場指揮を担わなければならない。


 まず僕はヴィッシアベンカとクァルテレンダのキャンプを訪れる。

 久しぶりなのでゆっくりと話をしたいところではあるが、時間的な余裕はない。

 挨拶もそこそこに切り上げ、作業人員を出してもらえるように要請する。

 最終防衛線の周囲に多めに結晶を集めてもらわなければならない。

 一網打尽にするため、ある程度の密度で結晶を配置する必要があった。

 結晶はセーブポイントを囲むように輪状に配置し、外側ほど大きく、内側ほど小さく密になるよう調整した。

 中心部は空けておき、餌役となる人々への影響を避けるための空白地帯として確保してある。

 当然、大きな結晶は一つで広範囲に影響が及ぶ。

 中心付近で大きな爆発を起こしてしまうと、中で餌役となる人たちに影響が及ぶからだ。


 作業が進む中、僕は最終防衛地点の準備にかかっている。

 セーブポイント全体を守る戦力は置けない。ここに残るのは少数精鋭だ。

 Gさんの研究用天幕を中心に直径10mを立てこもりの場所に設定した。

 その周囲の結晶を可能な限り除去して事故のリスクを減らすとともに、足止めの為の木柵を設置する。

 無いよりはまし、程度のものだが、存在するだけで精神的な負荷はかなり下がる。

 最終的に奇跡の力で悪に対する防御(アゲインストイービル)魔方陣(マジックサークル)を展開する予定だ。

 ただし効果範囲がかなり狭いので、奇跡の強度を上げるためにも効果範囲拡大で難易度を上昇させた形で展開する。

 これである程度の時間が稼げると踏んでいる。


 コマリは護衛と共に、10キロほど北のラストチャンスに通じる街道まで作業で出かけていた。

 Gさんの呪いを封じるための3角形の装置を設置しに行っている。

 こうしておくことで、Gさんの研究用天幕から、そこに転移呪文が使える。万一ここに踏みとどまれないようであれば、これが脱出のための手段となる。


 こうして準備初日が終わる。

 僕たちは明日に備えて日没に仕事を終えるが、彼らはもう少し作業をするそうだ。


 僕とコマリ、ヴェルが天幕に戻り、夕食の準備をしていると、Gさんも研究用の天幕から出てきた。


「ザックたちは今のところ問題無くやっておるようじゃ。まあ、まだ初日じゃし、ここでトラブルと言われても困るがな」


 日没時の定時連絡を行ったようだ。

 今朝まで一緒にいた仲間たちの顔が浮かぶ。

 だけど、それ以上に気になっていることをGさんに尋ねる。


「魔法はどうです?準備できそうですか?」


 それを聞いたGさんは腕を組み、少し難しい顔をしてから髭を弄っている。

 僕はその様子を見て、さすがに数時間では無理だよね、と思っていると、


「とりあえずは完成しとる。明日準備してからテストを行う予定じゃ」


 さらりと言った。

 一体さっきの間は何だったんだ?


「いちいち勿体ぶらなくてもいいじゃないですか!」


「簡単にできると思われても癪じゃからな。ワシじゃから簡単にできるんじゃ。そこは覚えておいてもらわんとな」


 そのやり取りを聞いていたコマリが、Gさんに声をかける。


「さすがはお師様です。改めて尊敬します」


 その言葉にGさんは胸を張って『そうじゃろう、そうじゃろう』とご満悦な様子だった。

 これから始まる戦いに向けて、そこには悲壮感など微塵もなかった。




 翌朝になり、最初にヴェルに偵察を頼む。

 屍人の軍勢の正確な位置は、ヴィッシアベンカの偵察によって掴めている。進行速度は変わっておらず予想通り明日の日の出の時間となりそうだ。

 接近せずに全体の位置を把握する現状の偵察では、その詳細まではわからない。

 リスクはかなり高いが、より接近し、敵の司令官のいる場所を調べる必要があった。

 能力的にこの偵察を行えるのはヴェルしかいない。


「くれぐれも無理はしないで。敵の本陣を確認するのは重要だけど、それを無事に伝えてもらえないと困るからね?

 帰ってくるまでが仕事だから、最優先は無事に戻ること。いいね?」


「もちろんです、無理はしません。安心して待っててください。では、行ってきます」


 さらりと言ってヴェルは出発した。

 いつもと変わらぬ感じで、気負いも感じない。

 きっと大丈夫だ。

 そう思いながら後姿を見送った。




 ヴェルが偵察に出た後に、Gさんの魔法のテストに付き合う。

 北の街道付近に移動してから、Gさんは魔法の詠唱を始める。

 両手を使い、少し複雑に見える魔法文字(ルーン)を二つ同時に書き並べながら、さらに呪文の詠唱を行うと、

 そこにゆっくりと、紫がかった透明な球体が形成された。大きさは直径1.5mくらい。

 それに手をかざし動かすと、その球体はその手の動きに従って動き始める。

 近くにあった小さめの結晶に触れた瞬間、小さな爆発が起こった。

 球体はそこに残っており、その後もGさんの手の動きに従って、動き続ける。

 しばらく操作をしていたが、球体は1分半ほどで消えた。


炎の球体(フレイミングスフィア)の構成要素を力場(フォース)に変更したものじゃが、そこそこ使えそうじゃな」


 そう言ってからすぐに次の呪文の準備を始める。

 先ほどと同様にルーンを描く動作と呪文の詠唱を行うと、今度は3mほどの紫の壁が現れた。


「これ、力場の壁(ウオールオブフォース)の呪文ですか?」


 僕の問いかけにGさんは少しむっとして答えた。


「まあ、確かに見た目は変わらんが、これは力場の壁とはちと違う。見ておれ」


 そう言って手をかざすと、先ほどの球体のように壁が左右に移動を始める。


「力場の壁は設置後動かせん。これは動かせることを前提に作った魔法じゃ」


 先ほどの球体と同様に近くにあった結晶に触れると、小さな爆発を起こした。

 これもまた球体と同じくらいの時間で消える。


「さて。これからがメインイベントじゃ」


「ほかにも作ったんですか?」


「できることは少しでも試さんとな。これから試すのが本命の呪文じゃ」


 そう言って三度呪文の詠唱を始める。


 今度はGさんがすっぽりと中に入った状態で、球体が現れた。


「これってやっぱり力場の壁の呪文に見えますけど?」


「動かせることが重要なんじゃよ」


 そう言ってGさんはさらに呪文を唱える。

 その魔法は飛行(フライ)の呪文だった。

 紫色のシャボン玉に入ったかのように、空へと浮かび上がる。

 そうして近くの結晶に触れると、爆発を起こした。


「Gさん!」


 僕は思わず叫ぶ。


 爆発の影響は力場の壁に遮られ、中のGさんは無事のようだった。

 空中に静止した状態でGさんが言った。


「概ね成功じゃ。じゃが、完璧ではなかった」


「それなら連続で爆発できるし、外からの攻撃も防げる。完璧じゃないですか」


 僕は率直な感想を言った。

 最初の二つも結晶を爆発させるだけなら問題はないが、Gさん自身をどうやって守るかが問題になる。

 しかし、この方法であれば外からのすべての攻撃は遮断される。

 中からの直接攻撃は出来なくとも、力場が触れると爆発する結晶の中では、まさに攻防一体だ。


「いや、動かせるがゆえに、爆破の衝撃を受けて、跳ねるような挙動を示す。

 今のは結晶が小さいから問題にはならんが、大きめの結晶を爆破させた際には、制御不能になりそうじゃ。

 もう一工夫、必要じゃな」


 やはり一分半ほどで、その球体は消えた。


「それにしてもすごいですね。全部新しい呪文なんでしょ?半日で3つも作れるって」


 少し興奮気味に僕が言うと、Gさんは少し自慢げに答えた。


「魔導師にとって、魔法とは理論と技術の粋なのじゃよ。正しく原理を理解しておれば応用はそれほど難しくない。

 正しく理解しておればな」


 あえて繰り返すところがGさんらしい。

 実際にそうは言っても、それを実践できる魔法使いがどれくらいいるだろうか。

 改めて思う。Gさんの経験や知識は本物で、比肩する者はない。

 Gさんがわずか半日で三つも異なる呪文を組み上げたのは、偶然や気まぐれではなく、万全を期すための保険だ。

 使おうとしている魔法が本番で不発だったら、それで全てが終わる。

 だからこそ、何度でも、似たようなテストを繰り返す必要がある。


 その後、Gさんは研究用の天幕に籠った。

 明日実際に使う際を想定して、改良を加えるそうだ。

 昼頃には作業は全て終了となる。

 結晶の移動作業は完了したわけではなかったが、敵との接触に備え、非戦闘員やドロウたちに退避してもらった。

 ガルスガ族長を先頭にヴィッシアベンカはここに残り戦うことを強く主張したが、それは丁重に断った。

 彼らが勇猛で優れた戦士であることは疑わないが、少人数での戦いを想定している。

 作戦の都合上、彼らにいてもらっては困るのだ。

 それでも彼らは戦うことを主張したので、戦士200人ほどに、ラストチャンスに向かう移動の入り口に陣を敷いてもらうことにした。

 そこには脱出地点があるし、万一ここを突破された際の保険として重要な役目だ、と説得したのだ。


 だけど、実際そこまで屍人の軍勢が侵攻するようであれば、作戦は失敗している。

 彼らの出番は来ない。

 僕はそう決めていた。




 今日の夕刻は少し早めに休む準備に入る。

 そのころになると南の眼グル上空に渦を巻くような暗雲が立ち込めているのが見えた。

 昼間でも屍人たちが活動できるのは、あの雲によって日差しが遮られているからだろうと想像できた。

 日没までにはもう少し時間があるが、明日の朝は普段よりも早く行動を始めることになる。

 ヴェルがまだ戻っていないことは気がかりではあるが、今は信じて待つほかはない。


 日が暮れてGさんが研究用の天幕から戻ってきた。

 今日もザックたちは問題なく過ごしているとのことだった。

 こちらの状況は伝えていない。

 伝えたところで、余計な心配をかけるだけだ。

 僕たちがここでしくじると、彼らも路頭に迷ってしまうことになる。

 そんなことが頭をよぎったが、それは忘れることにする。

 考えるまでもない。僕たちはこの局面を乗り切るからだ。


 食事を終えてGさんは早々に休息を取る。

 少ししてから僕とコマリも瞑想に入ろうかと思っているときに、ヴェルが姿を見せた。


「大丈夫だった?」


「ええ、見ての通りです。敵はもう少しでジャングルから出てくる位置にいます。ここに到達するまで6時間くらいでしょう」


「で、指揮官は?」


「申し訳ありません。確認したと思いますが、断言できません。

 屍人の群れの最後尾に、屍人でない一団がいましたので、それではないかと推測します」


「それはどんな連中?」


「エルダースコーロウを中心とする、スコーロウの集団です。数は約30。エルダーも確認できただけで3体はいます」


「え?あの屍人の群れを操っているのは、蠍神の一派?」


「ええ、そのようです。屍人の群れの中に、あの数を指揮できる死霊の類がいて、スコーロウは随行しているだけの可能性も否定できませんが」


 確かにその可能性は考えられるが、確認する手立てはない。

 少しだけ状況を考えてから、


「うん、とりあえず休もう。時間的にはギリギリだからね」


 コマリもヴェルも頷き、瞑想へと入った。




 まだ真っ暗な中、僕は瞑想から覚める。

 周囲はいつにも増して静かだ。

 セーブポイント内には僕たちの他には、聖炎のパラディン、デニスとエウリ。クレリックのアンジェリカ。

 他は夜間の警備に当たっている5人ほどのパラディン。


 接敵まで2時間くらいはあるはず。

 だが、朝の祈りや、呪文の準備。最終的な打ち合わせなどを考えると時間的余裕はない。

 コマリも瞑想から覚めて、準備を始めた。

 ヴェルはまだ瞑想しているが、偵察で疲労も溜まっているだろうし、呪文の準備などは必要ないから、もう少し休ませておこう。

 僕はGさんを起こす。

 十分な休息が取れているか、微妙ではあるが、起こさざるを得ない。


「Gさん、そろそろ起きてください。準備を始めないと間に合いません」


 そう声をかけると、Gさんはゆっくりと起き上がった。

 朝に弱いGさんとは思えない反応の良さだ。

 Gさんも緊張しているんだ、そう思っていたが、座ったまま眠っている。

 起きたふりかっ!

 と突っ込みたくなったが、Gさんらしいと思い少し笑ってしまう。

 いつも通りのふてぶてしさが、頼もしく思えた。


 そうは言っても起こさないわけにはいかないので、声をかけながら、頬をペチペチと叩いて目を覚ましてもらう。


「乱暴じゃな。もう少し起こしようがあろうに」


 それがGさんの朝の第一声だった。


 Gさんもコマリもすぐに呪文の準備に入る。

 僕は朝の祈りを捧げる。




 祈りが終わるころを見計らったかのようにエウリシュアがやってきて、


「そろそろ最終打ち合わせをしたい。司令部に来てくれ」


 そう声をかけられた。

 ヴェルも起きていて、ポットに豆茶を作っていた。

 僕たちはそろって軍議を行う天幕に向かう。


 天幕に入ると、デニスが口を開く。


「最終的な手順を確認したい。ロー…ヴェルヴェン殿が持ち帰られた情報の共有から行いたいが、よろしいか?」


 その言葉にヴェルが、昨日戻って僕に語った内容を再度報告する。

 その間に、僕とコマリで豆茶をカップに注いで、それぞれの前に運んだ。

 ヴェルの報告を聞いてまずGさんが発言する。


「蠍神の一派がこの群れをコントロールしているとなれば、少し楽になる。奴らはあまり魔法を使わんからな。

 だが、それが断言できん以上、少々手順を変えようと思う」


 一同が頷いた。


「配置は当初の予定通り、ヴェルに敵の位置の監視を行ってもらい、わしが接近して結晶を爆発させる。

 残りの者はここにとどまり、敵を引き付けてくれ。基本的にここに残る者は、周囲の掃討が済むまでは、動かぬこと。もちろん必要なら臨機応変に対応してもらうことになる」


 カップを口に運んでから、さらにつづける。


「わしはまず、ここを包囲状態にしたアンデッドの南側大外から、防衛地点までを往復した後に、スコーロウの集団に向かう。

 万一スコーロウ以外に魔法を使う大物がおる場合、それは正面の最後尾付近に陣取るじゃろう。

 まずそこを潰す。スコーロウの司祭は蠍神由来の奇跡は使うが、魔法を使うものは余りおらんようじゃからな。対処しやすい」


 Gさんがそう言うと、コマリが意見を述べた。


「確かにお師様ほどの使い手はおりませんが、スコーロウもドロウにも、魔法を使うものはおります。ご用心ください」


「うむ。承知した」


「他に何かあるか?」


 デニスが一堂に問いかける。

 そこで口を開く者はなかった。


「では、手筈通り、大掃除を始めようか」


 デニスが締めて、一同はカップのお茶を口にした。




 夜間の警備に残っていたパラディン達は、セーブポイント外周の防御柵に設けられた篝火を確認した後、北門から馬で出発した。彼らはヴィッシアベンカの陣に向かう。僕たちは最終防衛地点に集まって作戦開始を待つ。

 ヴェルは南門脇の見張り台に上がって南方を見ている。


「さすがに、ここ(セーブポイント)に7人って、少し寂しいね」


「すみません。私の能力がもう少し高ければ……」


 僕の言葉にコマリがそう答えた。

 この陣地に残るのは5人。これはコマリが転移で運べる最大人数だからだった。


「ごめん、コマリ。そういう意味で言ったわけじゃないよ。そこは気にしないで。この後コマリにも頑張ってもらわなきゃいけないしね」


 僕はそう言いながらコマリの頬に手を添えた。


「はい。アレン様。必ずお役に立ちます」


 そう言って僕の手に自分の手を重ねる。

 そこに見張り台からヴェルが戻ってきた。


「南方およそ800mの距離に、目視で確認しました。到達まで15~20分ほどです」


「分かった。あ、ヴェル。これを持って行ってよ。軽い武器だから君にも使えるだろうし」


 そう言って腰に吊るしていた三日月刀を鞘ごと手渡す。


「ですが、私が持っていって、アレンはどうやって戦うのですか?」


「僕が剣で戦わなきゃいけない状況にはならない。なるようだったら、どうにもならないってことだからさ。

 それに、一応それは思い入れのあるものだから、ヴェルに預かって貰って、あとでちゃんと返してもらいたいんだ」


 ヴェルは少し考え込んでから、答えた。


「分かりました。お預かりします」


「うん、頼んだよ。あと、しつこいけど、ヴェルの仕事はGさんの護衛と誘導だからね?」


「はい、心得てます。自分から積極的に切り込んだりはしません」


 そこでGさんが会話に割り込む。


「最後の準備をしたいのじゃが、よいかの?」


 Gさんがそう言ってから、コマリに合図をした。

 コマリは頷いて、呪文の詠唱を始める。

 心言結合(テレパシックボンド)の呪文が効果を表して、この場にいる僕たちパーティとデニスの間で無言の会話ができるようになる。

 全員に会話を成立させられないのは、コマリの呪文強度の都合だが、デニスに伝われば聖炎の3人は問題ない。


「さて。行こうかのう」


 そう言ってGさんとヴェルは、並んで北門から外に出る。

 二人は東側から大きく回り込んで、側面からの攻撃位置につく予定だ。

 僕たちは二人を見送り、北門を閉じる。


「さて。もう少し待ちましょうか」


 軽い言葉とは裏腹に、緊張感が高まっていく。

 この場にいるのは、僕とコマリ、デニスとエウリ、そしてアンジェリカの5人。

 全員が無言で、その時を待った。




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