49:覚悟
Gさんが何かの検証をしている間、僕たちは少しゆっくりとさせてもらっている。
働いているGさんに少し悪いなとは思ったが、もし必要ならば声がかかるだろう。その時に対応すればいい。
そう思っていると、司令部の天幕にエウリシュアが戻ってきた。
「お、いい匂いだな」
「エウリ、豆茶の匂いにつられてきたんでしょ?仕事の方はいいの?」
「ああ、大丈夫だ。どういう訳かセーブポイントにいる連中は撤退慣れしているからな」
現在のセーブポイントは3代目に当たる。ドュルーワルカの移動の際、大魔法による攻撃と2回破棄することになった。
短期間に3度の撤退を行っている。
「先に言っておくけど、僕が原因って訳じゃないからね」
僕がそう言ったところで、ヴェルが豆茶の入ったカップを持ってきた。
「よろしければ、どうぞ」
そう言ってエウリの前にカップを置き、軽く会釈して僕の隣に再び座る。
「ローズさん、少し雰囲気が柔らかくなりましたね」
エウリがそう言うと、ヴェルは少し恥ずかしそうに目を伏せた。
「エウリ、彼女はヴェルヴェン。密林の薔薇はもういないんだ。折を見てみんなにも伝えておいてよ」
僕がそう言うとエウリは少し訝し気に尋ねてきた。
「同一人物で名前が変わった、ってことでいいんだよな?」
「うん、そういうこと」
「ふーん。そういうこと、か。アレン、彼女が美人なのは認める。だけど正式な婚姻前に二人目ってのはどうかと思うぞ?
だからエルフは誤解されるんだ」
エウリの言葉は軽いようで僅かな辛辣さも見え隠れする。彼はエルフでもなく人間でもない、その合間で生きてきたのだから。
「随分と含みを持った言い方じゃない?それなりに事情もあるんだよ。もちろんコマリもヴェルも僕にとっては替えのきかない存在なのは事実だけど」
「まあ、当事者間で合意ができてるなら、外野がとやかく言うことはないけどさ」
「ふーん。もしかしてエウリ、僕を羨ましいって思ってるんじゃないの?」
少し意地悪気に笑いながらエウリに言うと、
「馬鹿いえ!羨ましいなんて思うか!大体ドロウの嫁なんか…」
そこまで言ってエウリシュアはハッとなり、姿勢を正し、言葉を改めた。
「申し訳ない。大変失礼なことを言った。この通り謝罪する」
そう言ってから深々と頭を下げる。
「エウリ、ごめん。僕が調子に乗り過ぎた。君にそんなことを言わせたのは僕の責任だ。本当にごめん」
僕も頭を下げる。
二人で頭を下げたまま、少し気まずい沈黙が生まれた。
その沈黙をヴェルが破る。
「エウリシュア殿、どうかお気になさらずに。私は貴殿が公平で他者を思いやる心をお持ちであることは知っております。
正直に申しますが、私も最初にアレンとコマリ様が並んでいる姿を見て『汚らわしい』と思ったのですから。
そのときに、まさかこうなるとは夢にも思いませんでしたから……。
なので、どうか頭をお上げください」
少し伏し目がちに、笑顔を浮かべながらヴェルがそう告げた。
僕はヴェルの言葉に続ける。
「エウリ、君の責任じゃないよ。僕たちは仲間として常に一緒にいて、苦難を共にしてきた。
だけど君はそうじゃないし、ドロウに対して偏見を持たずに接してくれていることは十分に知っている。
だけど、文化として根付いていることって、本当に根深いと思うんだ。
僕はそれを時間がかかっても、少しずつでも変えていきたい。そう思っているよ。君も同意してくれるだろ?」
「そうだな。本当にそうだと思う。神に誓って見下すようなつもりはなかった。
だが気がついた時には自然と言葉になっていたんだ。
申し訳ない」
エウリはそう言ってもう一度頭を下げた。
本当にくそ真面目な奴だ。
「うん、そう思っていてくれるなら、君は非難されるべきじゃない。以上、この話は終わり。いいね?」
エウリシュアは頷いて顔を上げてくれた。
彼の顔は少し紅潮し、伏し目がちになっていた。そこは自らを恥じる感情がにじみ出ている。
「これから大変なんだから、いつまでも引きずらないでね?あんまり落ち込んでるようならデニスがしたみたいに、僕がげんこつを落とすよ?」
「そこは、無理だと思う。賢さでは君には敵わなくても、腕っぷしはまけないと思うからね」
「それは認めざるを得ないね」
僕とエウリの目が合い、二人で声を出して笑う。
本当に良い奴だと思った。
ひとしきり笑い、ドロウの豆茶文化の話で盛り上がっているところに、Gさんが戻ってきた。
「何とかなるじゃろう。すまんがデニスとソウザに来てもらってくれ」
「分かりました。呼んでまいります」
Gさんにそう答えるとエウリは天幕から出ていった。
「Gさん、どんな手を使うんです?」
「これじゃよ」
そう言ってセーブポイントの周囲に点在している結晶の小片を僕に見せた。
「詳細は皆が揃ってから説明する。まあ、少しばかり待て」
Gさんはそう言うと、コマリが運んできたお茶を受け取って一口すする。
程なく3人の聖戦士たちが揃って天幕に入り、中座していた軍議が再開となる。
デニスが開口一番Gさんに尋ねる。
「検証の結果はいかがでしたか?手は打てそうですか?」
その問いにGさんは腕を組んでからゆっくり答えた。
「うむ。手としては成立する。じゃが、貴重な資源を消費するし、今あるセーブポイントは振出しに戻るだろう。
いくつかの不安要素もある。まずはこれの特性を説明したのを覚えておるか?」
そう言って魔力の結晶をデニスに見せる。
「ええ、大魔法の残滓が再結晶したもの、力場に触れると爆発を起こすとご説明頂いています」
「うむ。その性質を利用する。瞬間的な魔力の放出、つまり爆発が起これば近くにおる者は無傷では済まん。
つまり兵器として利用できることを意味しておる。
そこで、屍人の群れがセーブポイントに群がり、集まった状態で、この結晶を爆破させる。
セーブポイントも吹き飛ぶじゃろうが、屍人の群れも、一網打尽にできよう」
「確かにそれでしたら、屍人の群れを一掃できそうですね」
僕は思わず口にする。と同時にセーブポイントを三度失うことに対する配慮が足りなかったと反省し、
「何度も拠点を失う皆さんの気持ちを考えると、軽率でした。ごめんなさい」
そう言って頭を下げる。
「いや、そこは気にしなくていい。これ程の屍人の群れを壊滅させられるのであれば、対価として惜しいものではない」
デニスがきっぱりと言った。
Gさんが話を続ける。
「まあ、ここまではシンプルな話じゃが、ここからは簡単にはいかん。大きく3つの問題がある。
一つ目は結晶を爆発させるのに、力場が必要であること。
魔法の矢や見えない従僕でも爆発は可能じゃが、
連鎖はせん。要は火種が足らんのじゃよ。
二つ目はこの規模の屍人が整然と動いておること。
つまり頭となる者がおり高位の死霊使いか屍王が想定される。
三つ目は敵がここに群がってくれねば話にならん。
敵がここをどうしても潰したくなるような美味しそうな『餌』が必要になる」
一気に話し終えてから、Gさんが豆茶を口にする。
天幕は少し重い空気が支配していた。
僕はその空気を取っ払うべく、Gさんに尋ねる。
「問題があることは理解しました。でも、検証に時間を取ったうえで『成立する』と言ったってことは、対策があるってことでしょ?
もったいぶらずに教えてくださいよ」
「やれやれ。おぬしは気が回りすぎる。少しぐらい有難みを増してもいいとは思わんのか?」
老人風魔導師はそう言ってにやりと笑った。
「懸念事項があるのは事実じゃ。これからまずその懸念を説明する。
一つ目に関しては、結晶を爆発させる方法の問題じゃ。前に話した通り、爆発の連鎖は起きん。
力場が触れた結晶のみが爆発する。言い方を変えると、セーブポイントに2万が群がっていようとも、
それらを吹き飛ばすには別に方法が必要じゃ。
大前提として今日中か、少なくとも接敵する明後日の明け方までには、点火させるための呪文を完成させねばならん」
「だけど、目途は立ってるんですよね?」
僕がそう言うとGさんは少し不機嫌そうに続けた。
「原理的には可能じゃし、魔法の構築式自体はすぐにでも作れよう。
ただし、それが意図したとおりに動作するかは、試してみんとわからん。実験を行う時間がないのが、わしにとっては一番の懸念事項じゃ」
Gさんは豆茶をすすり、続ける。
「次に、事前に相手の頭の場所を確定できんことには、頭が潰せん。事前に正確な偵察が必要になる。これは難易度が極めて高い。
連中は目でものを見ておるわけではないからのう。気配を消そうとも、生物としての存在は消せん。事前に偵察を行う者が発見されるリスクが高い。
相手が高位の魔術師か屍王であるなら、対策を講じられる可能性がある。なので、最初に叩かねばならん」
「優秀な偵察と、奇襲による先制攻撃が必要になりますね」
デニスがそう言うとGさんは大きく頷き、さらに続ける。
「最後に、最終防衛線になる『餌』は周囲に群がる屍人どもをある程度自力で蹴散らさねばならん。近くで結晶を爆発させるわけにはいかんからな。
とまあ、一応の懸念は、全員が頑張れば、何とかなる可能性が十分にある。じゃが、絶対ではない、ということじゃ。
他にも事故の危険性がある。
特に湖を形成しておるガラス状のボウルが、どの程度の大きさの魔力のかたまりかは想像ができんし調査もできん。
万一、これが力場で崩壊を起こして爆発した場合、どの程度の範囲が吹き飛ぶのかわからん。星が降った時ほどの威力はないにせよ、かなり巨大な爆発が起こる可能性もある。その場合は、この作戦に参加したものは助かるまい」
Gさんの説明は重い言葉で締められた。
静まり返る。
だが、デニスはすぐさま言い放った。
「リスクがあるのは理解した。ガイア殿は可能性は十分にある、そう言ったのだ。であるなら我々はこの作戦を遂行したい。
遂行すべきだ。
成功すれば、ここから避難する者たちだけでなく、ラストチャンスも、ストームポートも救われる。
そのために戦うことに、何の躊躇が必要だろうか」
その言葉に頷く一同。
だけど、僕は一人頷けなかった。
デニスの言っていることは正論だ。
多くの人が確実に救われるし、そうすべきだ。
――でも、もし失敗したら?
コマリやヴェルが命を落とし、さらに多くの人たちが死んでいくことになる。
――全くの何の意味もないじゃないか。それなら何もしない方がましだ。
多くの人の命を守りたいと思う。でも、それ以上に今の僕はこの二人を守りたいと思っている。
命に貴賤はない。
だけど、今の僕はそれを否定している。
何が正しい?多くの人が助かること?それが正しいの?
答えは出ないまま、僕の心は沈んでいく。
その様子に気づいたのか、Gさんが僕に静かに語りかける。
「アレン。今のおぬしがな何を考えておるか、大体の想像はつく。
いかなる選択をしても、誰もお前を責めることはできん。
その選択はお前にとって最善なのだから。
誰かに犠牲を強いらねばならぬ世界の在り様は、間違っておるのじゃ。それをおぬしが責任として背負うことはない」
Gさんの静かな言葉が僕の心を揺らす。
そう、僕は今選択をしなければならないんだ。
沈黙が天幕を包み込む。
その沈黙を破ったのはエウリだった。
「ガイア殿は正しい。すべてをお前が背負うことはないと、俺も思う。
ただ、少しだけ考えてくれ。
過酷な状況を生き延びて、何度も死線をくぐって、その結果、お前は力を手にした。その力が都合よく与えられたわけではないことは知っている。
だが、それは多くの人を救える力なんだよ。
成し得る力を持っているのに、それを成さないのは、罪ではないのか?
さっき、お前は人々から偏見を取り去りたいと言っただろ。
その思うんだったら、お前は進み続けるしかないんじゃないのか?
そういう世界を作るために、今の世界が壊れていくのを見過ごすのではなく、守るべきなのではないのか?」
そのとおりだよ。そんなことはわかってるんだ。
でも……それでも、コマリやヴェルを失うことは僕には耐えられないんだ。あってはならないんだ。
相反する二つの想いが、僕の心を引き裂きそうになっていた。
「エウリシュア様、お止めください!」
コマリが普段の彼女からは決して想像できない強い言葉で言った。
「アレン様は苦しんでおられるのです。
ご自身もおっしゃったじゃないですか。
これまでもずっと苦しんでこられたのです。それに鞭を打つようなことは言わないでください。
アレン様はとてもお優しい方です。だからこそ苦しんでおられるのです」
その言葉に僕はあらためて気づかされた。
僕は一人じゃないんだ。
そう思えた時に心にゆとりが生まれ、Gさんの言葉とエウリの言葉が僕の中にゆっくりと入ってきた気がする。
Gさんは世界を背負うことはないと言ったが、同時に自らの選択に責任を持てと言っているんだ。
僕は王になるとGさんに話した。
王ってなんだよ?
王とは全ての命を等しく守る者?
誰かを切り捨てる非情な決断をする者?
……違う。違うよ。
王とは「覚悟」を持つ者だ。
誰かを想い、選び、背負い、その責任を引き受ける者。
どれだけ愚かだと笑われても、自分の選択に胸を張る者。
僕は自分で自分を我儘だと思っている。
だったらそれを貫き通せばいいじゃないか。
二人を守りたい。多くの命を救いたい。
どちらか選ぶんじゃない。どっちも選ぶ覚悟を持てばいい。
それが僕だ。それでいいんだ。
僕が顔を上げると、一同の視線が集まる。
一同の顔をちゃんと見てから、はっきりと力強く宣言する。
「やりましょう。この作戦を成功させます。
誰一人として死ぬことは許しません。死んだら嫌でも生き返らせて、説教をしますからね」
「うむ。それでよい。そうでなくては、な」
Gさんが静かに呟く。
今までだってうまくいった。今度だってきっと成功する。
何の根拠もないけど、それでいいんだと思う。
これは無鉄砲や蛮勇ではなく、慎重に協議を重ねた結果なんだから。
これがだめなら、何をやったところでだめなんだと思った。
どうやってでもこの危機を乗り越えなければならない。
何度も覚悟できてるって思ってたけど、ちっとも覚悟なんかできてなかった。
そしてその覚悟は、その度に求められて当然のものだと思った。
「一同の総意の元に、作戦案の詳細を説明する」
Gさんがこれからの行動の詳細と、各人の役割を説明し始める。
条件はかなりタイトだ。
だが、可能性は十分あるように思える。
もう僕に迷いはなかった。




