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God Bless You !! 2nd Season  作者: 灰色狼
第三章 ドロウの王
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4:鍛冶屋

2025/3/23 一部ルビを修正


 朝の時間にGさんと待ち合わせて、パーシバルの鍛冶屋へと向かう。

 早めの時間ということもあって、周囲にある他の工房はこれから仕事を始めるか、という状態であったが、鍛冶屋はすでに仕事中のようであった。

 Gさんが声をかけると、パーシバルが出てきて、


「思ったよりも早く来たな。せっかくだ、鉄が生まれる所を見ていけ」


 そう言った。

 鉄が生まれる……どういう意味なのかはかりかねたが、とりあえず見てみることにする。


「その辺から見てろ、近くは危ねえからな」


 そう言って鉤爪のついた棒を片手に炉の方に近づいていく。

 鉤爪を使って、炉の下の方にある小さな口のようなところに穴を開けると、少量の赤い、いや、燃えるようなオレンジという方が正しいだろうか、液体が流れ出してきた。それはすぐに固まり、黒い塊へと変化する。


「ノロはこんなもんだろう。釜を開けるぞ」


 パーシバルがそう言うと、周囲の職人たちが四方から、鉤爪のついた棒で土の炉を引きはがすように壊し始める。

 土壁が大きく引きはがされると、火の粉が舞い上がる。

 すぐに炉は原形をとどめなくなり、中から赤い塊が姿を現した。

 塊の表面はすぐに黒くなる。3人の職人が鉤爪棒で手前に引き出してくる。パーシバルはじっとその様子を見ていた。

 まだ火の残る炉の中央部から引き出された塊は周囲の空気に触れて湯気をあげている。かなり高温なのは間違いない。

 それを鉄の皿に乗せて吊り天秤にかけている。重さを見ているようだ。


「8キロちょっとか。歩留まり4割、そんなもんだろう」


「それが鉄、ですか?」


 僕は気になって声をかけた。


「そうだ、これが鉄だ。一塊(ひとかたまり)だが、実際は性質が違ういくつかの鉄が塊になってる状態だ」


 そう僕に答えてから、他の職人たちに『あとは頼んだぞ』と言って奥の部屋へと向かう。

 僕たちはそれに続いた。


「まあ、かけな」


 そう言って僕たちに椅子を進めてから、パーシバルは雑にタオルで顔を拭っていた。

 あれだけの高温にさらされる作業だ、そりゃ汗もかくだろう。

 彼は汗を拭いながら、テーブルの上にあった巻紙を手にして僕たちの対面に座る。


「まず、すまんが、エルフの。お前の剣を見せてくれ」


 名前すら呼ばれなかったことに若干の不満を感じるが、ここは大人の振る舞いに徹する。

 鞘をベルトから外して、パーシバルに渡した。

 彼はそれを受け取って、目の前に掲げると剣に一礼して鞘から抜く。

 握りを何度か確かめ、軽く振ってから、刀身を細かく見ている。何が分かるのだろう?


「こいつは素性の良い一品もの(オーダー品)だな。ドワーフか、ドワーフから技術を学んだ人間の手によるものだ。

 魔法こそ宿ってはいないが……善属性、これは神の威光だな。残念なのは長いことちゃんとした手入れが行われていない」


 そう言って鞘にしまうと、僕に返して続けた。


「手入れはなってねえが、大事に使われていることは分かる。うちに預けな。

 研ぎと調整だけなら金貨20枚。あとはやってみなきゃわからんが、なんぞ属性を付与するなら1属性なら金貨2,000枚。2属性を追加なら金貨10,000枚。

 何が付与されるかは詳しく見てみないとわからんから、お任せになる。あと、付与できるとは限らんし、その場合でも返還はしねえ」


「1属性付与でお願いします」


 僕は反射的に答えていた。

 そんなに高くないし、ちゃんと手入れしてもらえるし、いいことずくめじゃないか。


「んじゃ、早速預からせてもらう。1週間ほど時間をくれ。料金は先払いで頼む。属性が付かなかった場合は必ずもめるからな」


「現金で持ち合わせがありませんから、この後で銀行に行ってすぐにお持ちします」


「それじゃ、早速預かるよ」


 パーシバルはそう言ってから三日月刀を受け取り、職人を呼んで指示を出した。


「さて、話が落ち着いたところで、本題に入るかのう?」


 横で黙って様子を見ていたGさんが初めて口を開いた。

 そうだった。今日の本題は彼から呼び出されたのだった。あれ?僕は見事にセールスに捕まったのか?


「んじゃ、始めるか。

 あれから色々と考えてな。たどり着いた結論がこれだ」


 そう言って手にしていた巻紙を開く。実寸大の刀剣のデザイン。ロングソードか?にしては身幅が細いし、レイピアにしてはしっかりとエッジのデザインがあるように見える。いずれにせよ細身の直剣だ。


「太陽と月の二属性と考えた時に、双方が共に強く共存は難しい。そこで考えたのが、ダブルフェイスだ。片側のエッジは太陽の象徴、もう片方のエッジは月の象徴で作る。具体的にはエッジの片側にオリハルコン。もう片方はミスリル。そしてその間を鋼が取り持つ。太陽の金属、月の金属とも言われるマテリアルだ、不足はないだろう」


「そんなことできるのですか?オリハルコンにしてもミスリルにしても、それ以外の素材と同居する刀身なんて見たことがありませんが?」


「確かに見たことがないのう。ミスリル製は硬度が足りんので、武器には向かぬと聞いたこともある。」


 僕の意見にGさんが追加してくる。


「まあ、普通はそうだが……まあ、これを見てくれるか」


 そう言ってパーシバルが立ち上がり、奥のチェストから一本の剣を持ってきた。


「一昔前、実験的に作ったものだ」


 そう言ってから剣を抜く。

 それは細身のシミター、いやサーベルだ。エッジの部分が細く金色に輝き、刀身部分は黒い。


「エッジにオリハルコンを仕込んだ、鉄の剣、ってところだな。技術的に試してみたくて作ったんだが……。

 オリハルコンのエッジの能力はある。だから、秩序、善属性なのだが、追加効果を得るほどの力はなかった。

 さらにオリハルコンの『不変』の性質が影響して、付与もできんときてる。これは結果的に失敗作だ」


 パーシバルは剣を鞘に納めてから机に置くと、椅子に座ってから続けた。


「だが、今回の話はそれでいいかもしれねえと思った。太陽と月なら表裏を形成させればいい。

 魔法の付与なんてなくても構わない。なんせ剣自体が神格を持つか、少なくとも神格に触れる話だ。

 それでたどり着いたのが、このデザインだ。

 カテゴリーとしては長剣だが、普通の長剣よりも細くて軽い。レイピアと似たような扱いが出来る。

 オリハルコンとミスリルが刀身の一部となるから、強度的にも問題ない。

 俺が提示できる唯一にして最高のアイデアだと思うが、どうだ?」


 パーシバルの熱意が伝わってくる。

 こんな発想は聞いたことがないし、実際に見たこともない。鍛冶屋として挑戦したいと思っているのだろう。


「ふむ。意図は分かった。じゃが、問題もあるのであろう?」


 Gさんは冷静に彼に問う。


「その通りだ。問題は二つ。一つは鋼とオリハルコン、ミスリルの加工方法が基本的に異なること。まあ、これはやってみなきゃわからんが、何とかなるんじゃないかと思っている。もう一つは、オリハルコンが手に入らないことだ」


 ふとエウリシュアに売った太陽剣(サンブレード)を思い出す。


「今更なんですが、少し前まで遺物(アーティファクト)級のサンブレードが手元にあったんですけどね……」


 僕の言葉にパーシバルが答える。


「そいつはお目にかかりたいな。だが、加工された剣の状態じゃだめなんだよ。オリハルコンは加工が終わったものは基本的に再加工できない。

 これは精製方法に関わるんで詳しくは言えんが、ミスリルや鋼と違って、作り直しはできんのだ。だから材料の状態のオリハルコンが必要だ」


「それは手に入らないものなんですか?例えば、北から輸入するとか?」


「一応当たってはみるが、あってもすぐには手に入らんだろうし、値段もかなり張る」


「じゃが、他に手が無いのであれば、それに頼るしかあるまい。まずは当たってみてはくれんか。値段がわからんことには金の用意もできんでの」


「わかった。この方法で進めさせてもらう。資金は都度用意してもらうことになるが、構わんな?」


 僕とGさんはそろって頷いた。


「前代未聞の試みじゃろ?万物の(ことわり)を求める魔導師には、たまらん話じゃ」


 Gさんは心なしか楽しそうに見える。僕だって楽しみだ。でもお金を工面しないと。


 話がひと段落したところで、パーシバルが一つ提案してきた。


「せっかく鍛冶屋にいるんだ、仕事を見ていかないか?今となっちゃ少し珍しい光景だと思うぞ」


 確かにせっかくの機会だ。物凄く興味があるかといえばそこまでではないのだが、それでも興味はある。


「では、是非とも拝見させてください」


 そう言ってから工房に移動した。


「これがさっきの塊をざっくりと分類したものだ。表面の鉄以外の残留物を除いて、8割程度の大きさになったところから、表面から鋼に向かない鉄を槌で叩いて落としたもの、そこの塊が鋼になる部分だ」


「武器に使うのは鋼の部分ですよね」


「おおむねそうだが、比較的近年の話だ。2000年以上前の鉄は、すべて混ぜて使ってたらしいからな。

 鉄ってものの扱われ方や考え方が違ったんだろう。まあ、混ぜても武器として使えるくらいのものにはなる」


「そこで板を打ってるだろ?あれが二日前に炉から出した鉄の鋼部分だ。ああやって一度板状に伸ばす。伸ばして冷えたら、槌で割るんだよ」


「鋼なのに割れるんですか?というか割らなくてもあの板状から刀身を作れそうですけど?」


「伸ばしただけの鋼は純粋に鋼とは言えん。不純物も多く混じっているし、他にも柔らかい部分と固い部分が混じっているからな。

 その後に割った奴の鋼に向いている部分を集めて、一塊に打ち直す。その後に今度はそこでやってるのが見えるか?

 何度か折り返しながら叩き続けるんだ」


 一人の職人が真っ赤になった鋼の板の真ん中に(たがね)を入れ、そこから板を二つ折りにして、また叩いている光景が見える。

 折った後に最初に叩いた時に、パンッという破裂音と共に真っ赤な飛沫が飛び散る光景に驚いた。


「ああ、それは不純物と、あとツナギが焼けてのが飛び散ったんだ。折るときにツナギを入れないと鉄と鉄がうまく溶け合わない。

 これを最低4回、状態によってはもう少し繰り返す。その間に不純物が抜けていき、品質も安定する、鋼となるわけだ」


「ここからやっと刃物の形にするわけですか」


「ケイオス製の母材、刀身の材料を使ってるところだとそうだが、うちはもうひと手間かける。

 この段階で3種類の鋼に分類される。鋼として高品質な部分、鋼としては柔らかい部分。そしてその中間。

 最初に高品質の鋼の棒2枚の間に、柔らかい鋼を挟んで一つにする。それがこれだ」


 工場の脇の置かれた仕掛品を取って説明してくれる。

 それは確かに板から取っ手が生えているような形をしていた。


「ここに書いてある記号は、どういう用途に向くのかを現したものだ。先頭のSは特級品、次のIは氷属性向き、最後のがサイズでこれはMだから片手の大型武器向け、ってことだ」


「同じように見えますが、属性に対して向き不向きってあるんですか?」


「あるんだよ。原料の鉄鉱石が産出した場所によって特性があるし、製鉄する段階で添加物として混ぜることで相性をよくすることもできる。細かいことは企業秘密だがな」


 手にした仕掛品を元の場所に戻してからパーシバルは説明を続けた。


「で、最後にこの板の両面に1枚ずつ中くらいの固さの鋼を貼り付けたら、均等に棒状に伸ばしていく。それを平たく打つと、こうなる訳だ」


 隣の棚から大雑把な剣の形になったものを取り出して見せてくれた。


「槌での造りはここまでだ。ここからは刃物を使って形を整える」


「鋼なのに、刃物で切れるんですか?」


「ああ、鋼だが、この段階では鋼の固さはない。ちゃんと処理された鋼の刃物でなら、削れるんだよ。

 形を整え終わったら、焼き入れを行う。一番緊張するところだな。

 均一に打ち延ばしていなかったら、派手に曲がって使い物にならないし、不純物が残ってたりしたら、そこから割れる。

 俺がやっても、10本に1本くらいはここでダメにしちまう。

 最後に磨き上げてから刃を研ぐと刀身の出来上がりってわけだ」


「素朴な疑問なんですけど、なんで複数の鉄を組み合わせて武器にするんです?一塊から直接作っても同じなのでは?」


「見た目じゃほぼ同じに見えるが……そうだな。戦っている最中に手にした剣が折れたらどうなる?


「そのままじゃ戦えませんから、武器を代えます」


「まあそうだろうな。んじゃ、相手が打ち込んできたのを剣で受けたら剣が折れてしまいました。さて、どうなる?」


「運次第ですけど、受けきれないって事は相手の剣を体で受けることになりますね」


「だよなぁ。少なくとも命を預ける武器に折れて欲しくはない、とは思わんか?」


「思いますけど、折れる時は折れますよね」


「だから俺は、折れない剣を作るために手間かけて複数の鋼を使うんだよ。一塊で作られた鋼は、運が悪ければ一つのクラックから全部折れちまう。

 だが、5つの鋼の集合体なら、同じ場所に瑕疵が全部そろってるってことはまずない。一つのクラックで俺の剣が折れることはないんだ。

 固さを変えるのは、しなやかさを維持するためでもある。芯に柔らかい鋼を使うことで、剣全体の耐久性が上がるんだよ。

 鋼は固い程割れやすくなる。柔らかけりゃ割れにくくなるんだ。

 俺の剣が絶対折れないとは言わねえ。だがな、他の剣と比べて簡単に折れるってことは絶対にない」


 職人としてのプライド。そんなものを感じる。

 ドワーフは頑固だし、冗談の一つも言えない面白みのない奴らだ。

 だけど、こう言った生真面目な職人気質って言うのもドワーフらしさなんだと思う。

 僕は少しだけドワーフを見直した。


 それからGさんと別れて銀行に行き、その足で再び鍛冶屋を訪れて支払いを行った。

 戻った時にパーシバルの姿がなかったので尋ねてみると、


 「すいません、親方はこの時間は朝寝しちゃうんですよ。御用なら起こしてきますが」


 先日の最初に会った若いドワーフがそう教えてくれた。

 彼は実直で真面目な良いドワーフだと思う。


 しかし、この時間に朝寝?

 パーシバルが良いドワーフなのか、少し疑問が残る。




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