47:火酒
Gさんとの打ち合わせの後、その日のうちに、物資の一覧を何とか完成させて、ガルンドルンと最終交渉を行う。
日も落ちてすっかり暗くなっていたが、ガルンドルンは嫌な顔一つせず付き合ってくれた。
巨人族の大半、7割くらいはすでに撤収していて、ここに残っているのは100人程度。
物資を消費しないための措置も兼ねていると思う。ここに食料などの通常物資がそれほど多くないことも、彼らは知っているようだ。
ケイニスの軍勢は、そのほとんどがレーヴァによって構成されていた。
そのために食料や当面の水などを持ち込む量が大幅に軽減されたはずだ。
ここで食料を分けてもらうことになれば、ただでさえ少ない彼らの取り分が減ってしまうので、接収した武器を斧と槍を中心に200振りほど残してもらい、残りは彼らに持って帰ってもらうことにした。そのままでは使えないが、鋳つぶせば別の使い道もあるだろう、というパーシバルの助言によるものだった。
ガルンドルンはその条件で問題ないと言ってくれた。
一応の終結を迎えたのだが、何となくスッキリしない。巨人族は報われたのだろうか?
形としては彼らの防衛戦争だし、僕は彼らの指導者ではない。彼らに報いる責任があるわけではない。
だが、被害が出ているのは彼らだし、ずっと戦っていたのも彼ら。それに比べれば僕たちの取り分は多すぎるとも思う。
うん。やっぱりフェアじゃない。
そんなことを思っていると、パーシバルがほろ酔い加減で声を掛けてきた。
「仕事はひとまず終わりだろ?辛気臭い顔してないで、お前も一杯やれよ。この酒は俺の自前だからな、誰にも文句は言われん」
物資からくすねたのを疑っていた僕の心を声を聞いたのだろうか。
先回りして説明したパーシバルから手にしていた革袋を受け取ると、口に含む。
想像通り、火酒だ。
こんなものはまともに飲めないが、ドワーフは勧めた盃を断れば、話を止めてしまう。
はっきり言って僕はドワーフが好きじゃないが、それでもパーシバルは立派な僕の仲間だ。
僕は革袋をパーシバルに返してから、大きく息を吐く。
「良い飲みっぷりじゃないか。その勢いで吐き出してみろ」
内心、パーシバルに言ってもなあ……と思っていたところに、ザックもやってくる。
ああ、ザックも必死になってレーヴァの同意を取り付けているんだった。
まずはザックの話に耳を貸すことにする。
「師匠アレン、希望者の一覧が出来上がりました。すでに簡単ではありますが契約書にサイン済みです」
そう言って手にした紙の束を僕に見せる。
「最終的に何人くらいが、契約してくれたの?」
ザックの様子だと半数以上は確保できたのだろう。
「総勢833名です」
「全員じゃない!」
僕はそう言ってむせた。喉を焼いている火酒の影響だ。
いや、全員って……他にやることはないかもしれないけど、全員は想定していなかった。
さすがにそれはないでしょ?無理強いとかしてないよね?
それを口にしかけたが、言葉を飲んだ。
ザックはレーヴァの意思を尊重しているはずだ。彼がそう言うのだから、僕は彼を信じるべきだと思った。
「うち、374名がマークイレブン、263名がマークテン……」
「ごめん、世代を言われても僕にはわからないから、その辺は適材適所になるようにザックに任せても良いかな?」
「了解しました。あと、報告としましてはメクトラス同様の技術兵が4名いました。気質的にメクトラスと近いようです。
編成は完了していますので、総員いつでもお役に立てると思います」
「軍隊じゃないんだからさ、その辺はもう少し緩くても……でもその方がわかりやすいんだよね、多分」
「ご指摘の通りです。最初はこの形で始めようと思います。仕事をいくつか用意して、ローテーションで当たらせます。
警備、狩猟、工作、建築など。その中で適性を見て、再配置を予定しています」
「そっか。当面はザックがいないとダメだね。
一度セーブポイントに戻ろうと思っているんだ。ドロウの氏族がどうなったかちゃんと聞いてないしさ。
多分うまくやってくれているとは思うんだけど、気になるしね」
これも本心ではあるが、早いタイミングでラッシャキンと話をしたいのが一番の目的だ。
彼の協力がなければ僕の計画に大きな影響があるからだ。
「私とメクトラスは、しばらくここに逗留させていただきたいと考えています」
「うん、必要だよね。君たちの力が。確保してる捕虜も見捨てる訳にはいかないし、そういう部分も君なら任せて大丈夫だろうし」
「はい。お任せください。責任をもって捕虜を管理し、レーヴァを鍛え上げます」
「いや、鍛え上げるって……」
軍隊じゃないんだから、と最後まで言うのはやめる。
「だったら、俺もしばらくここに残るかな。迎えには来てくれるんだろ?
周辺の地質調査も少ししたいし、鍛冶場はあるから技術指導もできるしな」
確かにドワーフであるパーシバルなら、捕虜を飢え死にさせることもないだろう。
ザックでも大丈夫だとは思うけど、安心材料として大きい。
「そう。そうしてもらえるなら、ザックも助かるしね。ちゃんと迎えに来るからさ」
そうだった。パーシバルは鍛冶屋だった。
ザックに返事をしてから、パーシバルに尋ねてみた。
「ねえ、パーシバル。今回の戦いで手に入れた武器類を使って、巨人でも使える武具とか作れないかな?
実は彼らの取り分がかなり少ないから、なにかいい方法はないかなって悩んでたんだよ」
「ここの設備じゃ、巨人様に限らず、新しい武器を仕立てるのは無理だな。
だが、両手剣を打ち直して、巨人向けのダガーかナイフに仕立てるくらいはできると思うぞ?」
その返事を聞いて手に持っていた戦利品の資料を目に通す。
Gさんの作った目録の中に、魔力を持つ両手剣はないか……。
……あった。
2本。数は多くない。ダガーやナイフでは武器としては実用的ではないかもしれないけど、少なくとも気持ちは贈れる。
「グレートソードが2本あるようなので、それをダガーに仕立ててくれないか?必要な経費はもちろん出すからさ」
「魔力の込められたグレートソード、一本は火属性で燃え上がる剣。一本は大気属性で電撃か。
モノを見てみないことには断言できないが、ケイニス製なら属性は後付けだ。
打ち直せば属性は失われる可能性が高いぞ?」
「もったいないかもしれないけどさ、何もしないのも気が引けるんだ。
引き受けてくれないかな」
「まあ、お前がそれでいいってんだったら、やるのは構わんが」
「恩に着るよ。彼らの引き上げには間に合わなくても、あとで届ければいいから」
「わかった。全くの魔力落ちになっちまったら、ご愛嬌ってことにしてくれ」
巨人族の働きに対して、これで十分だとは思わないが、少しだけ気分がすっきりした。
これでここの処理に区切りをつけられる。
翌日になって、ガルンドルンたち巨人族は、山岳部への帰路に就いた。
それを見送り、パーティメンバーが一堂に会する。
このところ雑務に追われていたので、こうやってみんなが集まるのは数日ぶりだ。
今日セーブポイントに戻る旨を伝える。
自分でも急な決定だと思う。だけど少しの時間も惜しかった。
その決定に異を唱える者は誰もいない。僕は本当に仲間に恵まれていると思う。
ザック、パーシバル、メクトラスはここに残り、レーヴァの指導や捕虜の監視に当たる。
巨人族が去った今、改めて捕虜の数が多いことが気がかりになる。暴動などが起きたら手の打ちようがない。
だが、ザックには自信があるようだった。
「ご心配には及びません。万事うまく回して見せます」
確かに、投降したレーヴァ以外の人たちは圧倒的に非戦闘員が多い。
戦闘に向くのはごく少数の部隊指揮官と思われる人物と、魔法使い。
全部で10名ちょっとだが、これはGさんに誓約の魔法を用いてもらい、彼らの戦闘への参加をできなくしてもらっている。
制御下に置けている間は問題ないだろうが、ザックの指揮下に入っているレーヴァも、もともとは敵方の人間だ。
扇動する者がいるかもしれないし……。
そんなことを思っていると、
「緊急時には脱出する手段も必要かもしれん。という訳でこれを渡しておく」
とGさんがポーチから指輪を取り出し、3人に渡した。
金色に輝く小ぶりな指輪。
「Gさん、それは?」
僕が訪ねると、
「帰還の詞の指輪じゃよ。使い捨ての物じゃがな」
「だって、帰還の奇跡も忘却の王の呪いの影響を受けるんじゃ……」
言いかけて、Gさんの意図を理解した。
Gさんは説明を続ける。
「そのおかげで、ストームポートでは二束三文の値段で取引されるからな。安く買って帰還先をわしの塔に設定してある。
使い方は簡単じゃ。指輪に両の手が触れた状態で帰還を願い、『帰還』と言葉を口にすればよい」
「Gさんの塔には呪いの影響を受けない場所が設定されているんですね?」
「時間があったからな、当然じゃ。セーブポイントにも影響を受けぬ場所は用意しておる。
じゃが、逃げる状況を想像した場合、わしの塔の方が安全じゃろう」
「でも、ここで使うと確実ではない、ってことですよね?」
「ええい、最後まで話を聞け!
ここにも影響を受けない場所を用意する。そこからなら100%帰還できるじゃろ。
そこにたどり着けぬなら、とっさに使えば、危機は回避できるかもしれん。それでも無いよりはマシじゃろ。
それと、これはパーシバルに預けておく」
Gさんは大きめの台座にはめられた水晶玉のようなものをパーシバルに渡した。
持ち歩くには少々大きめな感じだ。
「これは『通信石』と呼ばれるものじゃ。
一対で機能して、直接話ができる。
ここの連中が前線部隊とか船の間での通信の為に持ち込んだものじゃろう。
3対は回収できた。海の底をさらえれば、もう少しあるかもしれんが……
まあ、一つをここに置いておこうと思う」
「すごいです。それがあればいつだって話ができますね」
Gさんの説明にコマリが笑顔で答える。
「うむ。そうじゃのう。
じゃが基本的には設置して使うアイテムじゃ。ジャングルの中を移動するときに、これを手に持って移動するわけにはいかんじゃろう?
なので、定時通信の時間を日没時に決めておく。夕刻日没時に通信ができぬようであれば、何か起こった可能性が高いと判断できるでな」
送信の奇跡の制限を取っ払ったような魔法の道具だ。
主大陸では主要都市にはこれが複数設置されていて、都市間における通信手段の基幹をなしている。
ストームポートとラストチャンス間の通信にはこれよりも少し質が劣るものが使われていて、信号しか送れないが、それでも圧倒的に便利なのだ。
昨日まで僕が作業していた事務用の天幕に移動して、中のものを外に出すと、Gさんが天幕の半分くらいを使い、正三角形を成すように『お守り』に似たアイテムを配置する。構造はほとんど同じに見えるが、羅針盤のような、円形のメモリは刻まれていないし、全体の形が三角形で、お守りよりも二回りは大きい。
「いただいている『お守り』と同じようなものですね?」
「うむ。改良版じゃ。おぬしらに渡したものは、外から魔力を与えんと起動せんが、これは結晶の魔力そのものを動力に動く。見ておれ」
その装置を2回叩きながら2回目に叩く際に点火と口にすると、淡い光がともった。
それを三つとも行い終えると、その三角形の内側に淡いピンクの光でできた空間が形作られた。
「これで、この中は呪いの影響を受けん。
つまり、ここでは転移や帰還の詞が正しく機能する。
まあ、目的地が同様に影響を受けぬ場所であれば、という前提じゃがな。
ザック、この天幕は立ち入り禁止にしておいてくれ。
一応おぬしらは入れるようにして結界を張ってはおくが、時間的に強固な結界は無理じゃからな。
壊しようがあるので、ルールとして徹底させておいてほしい」
「了解です。ガイア」
Gさんは結界の準備をするから外に出るように僕たちに指示した。
これでここを発つ準備は終わることになる。
「具体的にいつ戻ってくるかは分からないけど、まあ、毎日連絡できるし大丈夫だよね」
僕の言葉にメクトラスが返事をする。
「はい、大丈夫だと思います。ですが……その、先ほど頂いた指輪ですが、私と恐らくザックも指にははまりません」
彼らの体格からするとそうかもしれない。
使えないのはマズいんじゃないかな。
「Gさんに相談しようか」
僕がそう答えた時にコマリが提案してくれた。
「お師様の説明では、指にはめずとも起動はできると思いますので、こうしてはいかがですか?」
そう言ってザックから指輪を受け取ると、自分の荷物から髪の毛を結ぶための、赤く染められた紐を取り出す。
指輪を紐に通して輪を作り、それをザックの首にかけた。
「これでしたら両の手で触れますし、指にはめておく必要もありません」
確かに。
どちらかの手の指に付けておくよりも、少し余分な動作が必要だけど、ポケットから慌てて取り出すことを考えればこちらの方が使いやすそうだ。
「姫様、ありがとうございます」
「ザック、姫様はなしですよ。次に言ったら怒りますからね?」
「はい、コマリ様」
その様子を見ていたメクトラスが何も言えずにいるのを不憫に思ったのか、ヴェルが荷物からロープを取り出して適度な長さで切り、メクトラスから指輪を受け取って輪を作る。
「上質な紐は沢山はありませんから。暫くはこれで我慢なさい」
そう言ってメクトラスの首にかけた。
正直に言えば首に縄をかけられているように見えなくもないが、メクトラスはそれをとても喜んでいる様子だった。
そうしているうちに、Gさんが結界を張り終わって出てきた。
「さて。準備は以上かな?忘れ物がなければ行こうか」
そう言って、僕たちは再び天幕に入る。
「じゃあ、後は頼んだよ。連絡忘れないようにね」
そう言って僕とコマリ、ヴェルとGさんは三角形の中に入る。
ザックが敬礼し、メクトラスが手を振る。パーシバルは……無表情で突っ立ってる。
パーシバル、そういうところが無愛想と言われるんだよ?
そう言おうか迷っている間に、Gさんの上級転移が発動された。
「さあ、我々も与えられた責務を果たしましょう」
ザックはそう言ってから先陣を切って天幕を出て行き、メクトラスもそれに続く。
パーシバルは腰の革袋を手にすると、一度高く掲げてから口に含んだ。
そしてゆっくりと、天幕の外へ出て行った。




