44:理由
「ごめん、何を言っているのかよくわからないんだけど?」
硬直から解けた僕が最初に発した言葉はこれだった。
正確に言えば、言葉の意味は理解できるが、なぜ、そう言う話になるのかが全く理解できない。
「当面の巨人族の問題はなくなり、しかも巨人族はあなたをドロウの王と認めています。
実際、あなたはドロウ3氏族を配下に治めているのです。これは現在のドロウの勢力としては最大です。
ヴィッシアベンカ族と共に参戦した他の2氏族も、ガルスガ族長が話をすれば傘下に入る公算が高いでしょう。
うまくいけばドロウ全体の1/3の氏族があなたに従うのですよ?
蠍神の一派は少なからず疲弊していると思いますし、好機だとは思いませんか?」
「いやさ、そうかもしれないけど。
でも、他の氏族との関係が悪化しそうじゃない?いきなり服従しろとか言ったら、それこそ即座に戦争になりかねない」
「この段階でそれぞれの氏族を征服する必要はないです。動揺が広がればそれで使者を立てる目的は果たせます。
もちろん、服従を迫るという事は、蠍神への信仰を捨てろという事です。
蠍神一派は黙認などできませんよね?」
「うん、そうだと思う。それこそ氏族に動員をかけるなじゃない?そうなったら前回とは比べ物にならない数の動員になる。
数の上ではどうやっても勝てないよ」
「ええ、残りの氏族と戦争はしませんよ。慌てて動いた蠍神の一派を一掃できれば、各氏族を束ねる者はいません。それで済む話ではありませんか?」
「まあ、理屈はそうだと思うよ。でも、僕たちは連中の本拠地を知らないし敵の戦力もわからないんだよ」
「そのための使者です。全員が同じ動きをする必要はないですが、使者のうち数名は集落を監視して、スコーロウの動向を監視をさせれば、あとは本拠地まで案内してくれるでしょう。ガイアが瞬間移動の魔法を使えるのですから、伝令が位置を把握できれば急襲が可能です」
「うん、本拠地を見つけるまではうまく行くかもしれないけど、エルダースコーロウみたいなのが複数いるはずだよね。瞬間移動で送り込める数は多くない。
敵将の首を取っても終結はしないと思う。そう考えると少数での襲撃は現実的じゃないよね」
「かつての時よりも我々は強くなっています。多少数が多いくらいなら問題ではありません」
「僕たちが以前エルダースコーロウと戦ったときよりも強くなっているのは事実だと思うよ。だからと言って今回も勝てるとは限らない。
リスクが大きいよ。試しにやって見ようって言える状況じゃない」
「どうしてですか?あなたはこれまで危機的な状況で、戦ってきたじゃないですか?
今回もそれと同じです。上手く行けば状況が飛躍的に良くなるんですよ?
あなたにはその力があるのに、なぜそれをなさらないのです?」
「これまでの戦いと、ローズの提案には決定的な違いがあるんだよ。
方々を僕たちのパーティで旅をして、魔獣を狩ったり遺跡の宝物を目指したりするのは、僕たちグループの責任においてできる。
ドュルーワルカの移住の時や、オースティン・ヘイワードの時は他に選択肢がなかった。戦わなければ、より多くの被害が出るのがわかっていたから。
でも、今回の提案は、僕たちから攻めるって話で、攻めない選択もできるんだよ。
僕から見たら、蠍神は邪神の類だと思うけど、ドロウの多くがその教えに従って生きている。
説得で蠍神からの離反を促すことだってできるんだよ。そりゃ時間はかかるけど、ずっとリスクは低くできる。
急激な変化を望まない人は多いと思うんだ。
だから時間をかけて、少しづつでも蠍神の教え以外の生き方があることを伝えていくのが、僕は正しいやり方だと思っている」
「それでも、その度に小競り合いになり、命は失われます。
今、蠍神を排除できれば、一時的に犠牲は出るかもしれませんが、人質を取られることも、生贄を差し出す必要もない。
ドロウレイスなどという呪われた者も不要になります。
あなたが王としてドロウを統べるのであれば、氏族間の争いを止めることも可能です。
今のドュルーワルカ族の暮らしがあなたには幸せに見えませんか?」
ローズの言葉は強く、真剣だった。
日頃から感情的になる事がない彼女が、とても感情的になっている。
感情的という言葉では言い表せない。激情と呼ぶべき圧倒的な、気迫のようなものが、僕を圧倒する。
コマリが僕の心を軽くしてくれていなかったら、僕は押しつぶされてしまったかもしれない。
意識してゆっくり呼吸してから、僕はローズに話しかける。
「ドュルーワルカが今幸せなのかって質問には答えられないよ。それは本人たちにしかわからないからね。
ラッシャキンやイシュタルが、幸せに感じてくれているならいいなって思う。でも受け入れられずに去った人がいたのも事実だよ。
ドュルーワルカを移転させたこと自体は後悔していない。僕はコマリを自由にしたかったから。
だけど他の氏族に、同じことをできるかと問われると……できないよ。
将来に失われる命と、今失われてしまう命を天秤にかけるなんて、僕にはできない」
「そう……ですか……」
ローズは俯いて小さく呟く。
「ねえ、ローズ。何か気がかりなことでもあるのかな?
その、うまく言えないんだけど、いつもの君らしくない感じがする。
よかったら話してくれないか?」
僕の言葉にローズは何も答えない。
いや、僕の耳に届かないほど小さな声で何かを言ったようだ。
その言葉が、やがて僕に届く。
「……私はどうすればいいのでしょうか」
「ローズ?」
僕は椅子から立ち上がって、ローズに歩み寄る。
そして手を伸ばして、彼女の肩に手を置こうとした。
「触らないでっ!」
拒絶の言葉と共に、ローズは素早くドロウロングナイフを抜いていた。
僕の眼では完全には捉えられなかった鋭い刃が、僕の伸ばした右腕の内側に赤い筋が滲む。
「!」
反射的にコマリが立ち上がるが、左手でコマリに動かないよう静止の意思表示をする。
僕はローズから目を離さないままで、3人は時間が止まったかのように静止した。
ローズは何かに怯えるように、こちらを見ている。
「ローズ、落ち着いて。大丈夫だから。ね?」
僕の言葉に大粒の涙を流しながらローズが答えた。
「大丈夫じゃありません!
私は……あなたが好きです。
あなたとコマリ様と一緒に幸せになる事を厚顔無恥にも夢見てしまいました。
私はドロウレイス。幸せになどなれないのです。なってはいけないのです。
だからせめて戦いの中であなたの為に役立ち、死にたかった。
ですが、それも叶わないなら、他に方法がないのです……」
ローズは震える手でロングナイフの切先を自らの首に向けようとする。
僕は躊躇なくその刃の根元をつかんだ。
反射的にローズの腕に力が入り、刃を握った僕の手からは鮮血がしたたり落ちた。
「放してください!」
ローズは無理にロングナイフを動かすことが出来ず、かと言って力を抜くこともできずに静止したままとなった。
「ローズ、僕には君が死ななければならない理由がわからない。
幸せになってはいけない理由もわからない。
だから、もし君が死んだとしても、何度だって生き返らせる。
僕は君に生きてほしい。
出来るならそばにいて、支えてほしいんだ」
ゆっくりとローズの力が抜ける。
僕はその動きに合わせて手を下ろし、彼女のドロウロングナイフを地面に落とした。
甲高い金属音が響く。
「ずるい。そんなのずるい……」
そのまま力が抜けて地面に座り込むローズ。
僕はその体を支えながら地面に膝をついて、彼女を抱きしめた。
「だから、ちゃんと話をしてほしいんだ。
君の心が悲鳴を上げて、助けてって叫んでいるのはわかる。
だけど、それ以上のことはわからないよ。
ちゃんと伝えて。伝えることをあきらめないで」
「アレン……」
ローズはそのまま泣き始めた。
僕の胸の中で、声を上げて泣いていたのは、恐怖の対象ですらあるドロウレイスではない。
一人の小さな女の子だった。
僕の手の傷を治療するためにコマリが杖を使おうとしたのを止めて、最も低位の軽症の治癒の奇跡を使ってもらう。
傷自体は大したことはないので、それで十分だった。
コマリがタオルで僕の手についている血をふき取ってくれた。
僕は天幕の端に置いてある長い木箱に、ローズを右側に抱えたまま座っていた。
地面に落ちたドロウロングナイフを拾って、拭き上げてからテーブルの上に置くと、ローズの脇に座った。
3人並んで座ったまま無言の時間が続く。
5分くらい過ぎただろうか。
ローズの呼吸が落ち着いていることを感じる。
うつ向いたままで、隣に座っているのでその表情を伺い知ることはできないが、話しても大丈夫じゃないかと思った。
「ローズ。少し落ち着いた?」
ローズは無言のままで頷く。
さっきのローズの話で、大まかな状況は把握できているとは思う。
根底にあるものは自身がドロウレイスであることに強いストレスを感じているのだろう。
クールなローズは彼女のもともとのキャラクターではないのだろう。それはストームリーチで一緒に過ごした時に感じたことでもある。
「最初にローズと合ったときも、首に刃物を突き付けてたっけ。僕の首だったけどさ」
我ながら下手な切り出し方だと思った。勢いに任せて話を続ける。
「そのころのイメージかな。ローズってまさにクールビューティだよねって思ってたけど、最近はちょっと変わったんだ」
ローズに反応はないが、コマリが向こう側で、繋いでくれる。
「どう変わったんですか?」
「うん。最近はね、意地っ張りで負けん気が強いけど、面倒見のいい優しいお姉ちゃん。そんな感じ?」
「ああ、それは少しわかる気がします。私も最近になって姉様が昔のように笑われることが多くなったと思ってました」
「昔のローズってどんな感じだったの?」
ローズを挟んでコマリと会話を続ける。
「さっきのアレン様がおっしゃってた感じです。子供たちで何か競争をすると、一番になるまで絶対にやめませんでした。
あと、よく大人に内緒で森に連れて行ってもらいました。姉様はそのころから植物にとても詳しかったので、花の名前をよく教わりました」
「そうなんだね。なんだか想像できる」
「クールビューティ?な感じになられたのはドロウレイスの試練を終えられて、ドロウレイスとなられてからです。ああ、そう言えばイシュタル兄様が酷く落ち込んでいたのを覚えてます」
「なんでイシュタルは落ち込むの?」
「イシュタル兄さまは、姉様が好きだったんですよ。だからイシュタル兄様『手が届かないところに行ってしまった』って」
「そっか。だったらイシュタルと僕は恋敵って事になるかな。コマリだけじゃなくてローズまで妻に迎えたいって思ってるんだから」
「いえ、兄様のことはともかく、それはいいお考えだと思います。
本当にアレン様と一緒に過ごすようになってからの姉様は、昔に戻られたようだったんです。自然と楽しそうに笑われることが増えたんですよ。
だから私もとても嬉しかったんです。姉様もずっと一緒にいられればいいなって思ってました」
「……昔に戻ることはできないのです」
不意にローズが口を開く。
うつむいたままで表情は見えない。でも声を立てずに泣いている様子だった。
「それはドロウレイスになったから?」
僕の問いかけに、彼女は黙って頷いた。
「でも、前に昔の名前に戻るのもいいかもしれないって、言ってたじゃない?」
「……それが見てはいけない夢だったのです」
ローズの声は余りに儚く、今にも消えてしまいそうだった。
僕は意を決して直接聞いてみた。
「そろそろローズが幸せになってはいけない理由を教えてくれないかな」
そう言ってローズの方を向くと、彼女と目が合った。
赤い瞳に浮かぶ迷いや戸惑いの色。
僕に人の心を読む力があれば良いのに。思い出したくないことを口に出してもらう必要なんてないのに。
だけど、そんな都合のいい力はない。
少し考えてから、
「コマリ、悪いんだけどお茶を入れてくれないかな。淹れ立ての熱いのがいい」
そう言うとすぐに、
「かしこまりました。用意ができましたらお声がけいたします」
そう言ってその場から立ち去った。
「……お心遣い感謝します」
「コマリが成人すればいずれ知ることになると思う。ラッシャキンにローズを妻にしたいって相談したことがあるんだ。
その時の彼の反応は、今思えばとても不自然だったよ。僕には何も言わなかったけど、ラッシャキンも知っている事だね?」
「……いずれコマリ様も知るべきだとは思いますが、今はまだ早いと……」
「分かった。ローズが今とてもつらいことをしようとしているのは、理解できるつもりだよ。
でも、少しだけ勇気をもってほしい。僕を信じてほしい」
ローズは黙って頷き、話し始めた。




