3:塔
それから二日ほどラッシャキンの家にご厄介になった。
その間は仮住まいするための小屋の建設、もっとも、ドロウたちが率先して手伝ってくれたおかげで、すぐに完成した。
教会の予定地に基本的には寝るためだけの簡素な小屋だ。
自分の家を持つ経験は初めてだったので、それでもうれしいものだ。
僕とコマリ、ローズ、ザックの4人が寝泊まりしている。
ザックは日中は、畑仕事を手伝ったり、狩りに出かけたりと、ドロウの人たちと一緒に行動していることが多い。
夜になるとここに帰ってきて、一緒に過ごしている。
多くのことを学んでいるのだろうと思う。
うん、ザックはいいとして、なぜローズがここにいるのか。
僕は彼女に直接聞いてみた。
「当然ですよね?私はコマリ様の護衛なんですから」
さらっと一言で終わった。
ローズはもともとこの集落の出身だし、家族や縁者もいるだろう。ドロウレイスの称号を得て、それまでの名を捨てて密林の薔薇として生きると決めた時に、彼女の中で切り捨てたものなのかな、とか思う。
伝統や誇りは大切なものだと思うけど、現状を考えれば、こだわる必要はないのではないか。
そこまで考えてから改めて思う。それはローズも分かっていて、そしてこれからどうあるべきかを模索しているんじゃないだろうか。
そんなことを考えていたが、考えるのはやめた。
ロアンは順調に手続きが済んで、早々に建築を始めるとのことだ。
メインストリートは商業地区になる予定だが、今のところは出店希望者がほとんどいないらしい。
既に店を持つ人たちは、2号店を出すメリットがあまりないし、新しく商売を始めようとする人もほとんどいない。
スラムで暮らしていた人たちが、ある程度蓄財できてから、もしくは北からの移住者が増える、あるいは冒険者が引退して店を持つ。
そういったことがなければ、この通りが賑わいを見せることはないだろう。なんにせよ時間がかかる、ということだ。
翌日になり、ハーバーマスターから塔の建設許可が下りたと連絡があった。
場所はドロウの集落の西の外側。交付された文章を確認したが、かなり広いようだった。
早速Gさんを探して話をすると、
「んじゃ、明日から建設を始めるか。アレンすまんが手伝うてくれ」
と、支援要請を受けた。いくつかの奇跡を準備してほしいと言われたので、それに従う。
翌日、建設予定地に向かうが、すべてが鬱蒼としたジャングルだ。Gさんはその土地を眺めている。
「整地から始めんといかんな。まずは下がって見ておれ」
Gさんはそう言うと地面に複雑な文様といくつかの言葉を書き込んでから、その文様の中心点に短剣を突き刺す。
それからいくつかの文字を宙に描き、それを読み上げ、最後にこう締める。
「揺らげ、大地鳴動!」
その言葉と同時に、地面の文様が弾けるように広がり、目の前の大地に消えていった。
一呼吸置いた後に、Gさんが言ったように、地響きが聞こえはじめる。
僕の足元は何でもないのに、目の前の一区画が激しく地鳴りを立てて揺れている。
「地震なんか起こしてどうするんですか?!」
僕は思わずGさんに言った。
だが、Gさんは涼しい顔で、
「別にただ地震を起こしたわけではないぞ?それに、わしの管理する土地じゃ。他には影響せんし問題なかろう。
心配なら、このまま4時間ほど待っとれ。わしは茶でも飲みに行くかな」
そう言い残すと、さっさと去っていく。
誰か巻き込まれないかが心配で、僕は4時間そこに一人で佇むことになった。
実際に誰かが巻き込まれるような事態は起きなかったが、僕が動けなかった理由は、ほかにもある。
揺れていた範囲が徐々に隆起し続けていたのだ。圧倒的にすら感じる魔法の力に、僕は目を離せなくなっていた。
地震が収まるころには、目の前に3メートルほどの土の壁があった。
ざっと見た感じ、一辺が200メートル以上ある舞台のようなものが出来上がっていた。
しばらくするとGさんが帰ってきた。
「なんじゃ、本当にここに残っておったのか。暇なのか?」
いや、手伝いに来いって言ったのはあんただろ、と突っ込みたいのを押さえて、冷静に対応する。
「で、これからどうするんですか?」
「ざっくりと整地は終わったが、もう少しちゃんと整地したいからのう」
そう言って跳躍の呪文を自分と僕にかけると、彼は舞台の上に跳んで上がる。
僕もそれに続く。
そこはジャングルの中に現れた平らな土地。所々に大きな岩や、土に沈み切れなかった木が残っていた。
「これを撤去するのを、手伝ってもらいたい。いや、正確には撤去する作業をさせるものを、召喚するのを手伝ってもらいたい」
「具体的には何をすればいいんですか?」
「手順はこうじゃ。わしがまず大地の聖霊を召喚する。おぬしには次元転移阻害の奇跡で聖霊を勝手に帰らんようにしてほしい。次にわしが対悪魔法防御陣で奴を捕獲する。
万一捕獲の過程で問題が生じた場合は、送還の奇跡で送り返してくれ」
「手順は分かりました。お一人でもできますよね?」
僕は率直な感想を口にする。
「冷たい奴じゃな。確かにわし一人でもできるが、より確実を期すために、手伝えと言うておるんじゃ。
うまくいけば、もう一体、今度は手順を変えて召喚できるしな」
なるほど。魔法防御陣の奇跡を用意しておけと言われたのは、2体目の召喚も考えていたからか。
「では始めるぞ。よいな?」
Gさんの声に僕は頷く。
Gさんは宙に複雑な文様を描きながら、呪文を唱える。
その文様は呪文の効果を受けて地面に刻まれていき、完成すると光始めた。
「大地の聖霊よ、わが呼びかけに応じ、この場に顕現せよ!」
魔方陣の輝きは一段と強さを増して、そこに大地の聖霊が姿を現す。大きい!僕の想像よりも一回り以上大きな個体だ。
僕はその姿が現れ始めるのを確認してから、聖印を切って祈り、精霊が定着するタイミングを待つ。
「次元転移阻害」
行使と同時に聖印からまばゆい光が放たれてアースエレメンタルを直撃した。
そこにGさんの防御魔方陣が放たれる。僕は通常この魔方陣を外向き、つまり外部からの防御に使うが、今放たれたGさんの呪文は内側に向かって効果を発揮している。こうすることで、簡易的な檻を作ることができる。
「うまく捕らえられましたね」
「これからまだ『説得』をせねばならん。おぬしの方が得意じゃろう……」
「召喚した術者が説得しなきゃいけないんでしょ?僕が代わりに説得は出来ませんからね?」
「わかっとるわ!そこで待機しておれ」
そう言ってからGさんはエレメンタルに近づいて、話しかけている。
ある種の脅迫と説得を行う必要がある。意外にも正義の人であるGさんには、敷居の高い行為であることは間違いないだろう。
魔法の拘束具を使うという手もあるらしいが、かなり高価なものと聞く。
2、3分で交渉が終わったようだ。
簡易の檻が解かれて、いびつな形をした土の人形のような巨体が、即席の舞台の上を歩き始めた。
体長は5~6メートルある巨人だ。暴れられなくてよかった。
「とりあえずは上手く行った。もう一体召喚しようかと思っておったが、止めることにしたわ。ワシはこの手の呪文はあまり得意でないからな」
そう言って二人して大地の聖霊の仕事ぶりを眺めている。
土の上に出ている岩の塊を砕き、地面に残る樹木を引き抜いて舞台の外に投げ捨てる。
雑で荒っぽいが、仕事はかなり早い。
目立つ大きな障害物がなくなると、今度は地面に手を突っ込んで何かを始めた。
何をしているのだろう。地面に手を突っ込んでから、もぞもぞしたと思ったら、少し移動して同じ動作を繰り返している。
「Gさん、あれは何をしてるんですか?」
「土の組成をいじって、固めておるのだよ。そう頼んだからな」
「へー。そんなこともできるんですね」
「大地の聖霊じゃからな。最初に岩を土にかえておったろ?あれの逆じゃな」
そんな話をしているうちに、ほとんどの硬化作業が終わったようだ。
「さて。少しわしから離れておれ。必要なら送還を頼む」
「作業が終わると勝手に帰るんじゃないんです?」
「帰る奴もおる、という話じゃよ。こき使われた復讐をする奴もおる」
なるほど。最後まで気が抜けない呪文だな。確かに人手を使って仕事をすることを考えれば圧倒的に早いけど。
とにかく、いつでも強制送還をできるように準備だけはしておこう。
そう思って様子を見ていること5分。大地の聖霊は立ち止まって両手を高く上げると、その場から消えた。
「どうやら、すんなりと帰ってくれたみたいですね」
「うむ。これで一安心じゃ」
その日の作業はこれで終わりとなった。
翌日からの3日間、コマリを加えて3人で石の壁を築く作業を続けて、こじんまりとした塔が完成した。
10メートル四方で3階建て。
「塔というよりも、3階建て住居って感じですね」
僕が率直な感想を漏らすと、
「それが事実じゃからな。最低限のものがあれば、今はそれでよい。おいおい拡張するつもりじゃしな」
Gさんがそう答えた。
3日間と言っても実質の作業は毎日1時間程度。奇跡が尽きたら、その日の作業は終わりだったので、あっという間に出来上がったのも事実だ。
明日から機材類を運び込んで、まずはあの剣の封印作業を始めるそうだ。何か考えがあるらしい。
夕方までコマリと一緒に散歩を楽しんでから小屋に戻ると、ドワーフの鍛冶屋、パーシバルからメッセージが届いていた。
『話したいことがある。悪いがうちまで来てくれ』
そう書かれていたので、Gさんに伝えるために再度小さな塔に出向いた。
そして翌日に鍛冶屋を訪れることが決まった。




