37:杖と盾
コマリは少し走ってから加速の呪文を唱える。
近距離を走っているパーシバルも効果範囲にいるはずだった。
さらに自分に飛行の呪文をかけ、宙へと舞い上がる。
海際から低空で船団に接近する。誰もそこに魔術師がいることなど想像していないようだった。
奥からガレオン船が2隻、カラック船が2隻、一番手前にガレオン船があり、計5隻が横一列に並んで停泊している。
私は私のできることをする。
コマリは自分に言い聞かせると奥の2隻の船尾寄り上空に位置取り、呪文の詠唱を始めた。
「我、炎の盟約に基づき命ず。精霊の炎よそこに集いて壁となれ。炎の壁」
宣言と同時にメインマスト部から後方にかけての船体中央に炎の壁が姿を現す。
周囲の木材や麻のロープなどを瞬く間に燃やし、マストに巻き止められていたセイルにも火が移っていく。
それと同時にコマリの姿も透明ではなくなった。
「お嬢!予定よりも距離が近い。これだと敵の矢が届く!」
パーシバルが近くで叫んだ。だがコマリは呪文の詠唱を続けた。
大きく右手を動かして炎のルーンを描いてから、両手を用いて魔法の構築式を書き始め、2回目の詠唱を行った。
隣のガレオン船も同じ位置に炎が沸き上がり、周囲を瞬く間に炎に包まれていく。
目のいい射手がいたのだろう。真っすぐにコマリをめがけて矢が放たれるが、コマリの直前で何かに阻まれて宙に留まった。
「ありがとうパーシバル。これから予定通りの高さに上がります」
コマリはそう言って高度を一気に取り始めた。
「なんの。俺ももう一仕事しなきゃな!」
パーシバルも動き始め、高度を少し上げながら船の真上に差し掛かったところで、腰のポーチから瓶を2本取り出して、次々と投げつける。
それらは船体の前側に当たって瓶が割れて砕け散った。
程なくして引火。パーシバルが投げたのは油の瓶だった。
船の前方部分に一気に火が広がった。
「おらおら、もっと燃えろ!」
さらに2隻目の船にも油瓶が投げつけられる。
船上からは数本の矢が射掛けられたが、パーシバルの手にしている巨大な盾がすべてはじき返した。
「その程度では傷一つつかんぞ!」
そう叫び、船の後方へと抜けてから、
「おっと、次の的は反対側か」
そう言って全速で移動し始めた。
船団は攻撃を受けたことで戦闘態勢に移行しようとしているが、船が直接攻撃を受けることなど想像していなかったようで、その動きは鈍い。
少しからかうように派手に飛び回りながら、船団の反対側に位置するガレオン船に到達したときに、目の前を赤い光点が上空から通過していく。
その光点はガレオン船のセンターマストの基部に直撃し、大きく広がって周囲を紅蓮の炎が包み込む。
あたりにあったロープや帆布がすぐに燃え上がった。
さらに上空から赤い光点が降下してきて、少し後部に命中。そこから先ほど同様に炎が広がった。
予定通り矢の届かない高度から次々とコマリが杖を振るうたび、赤い光点が炎を巻き上げていく。
確実に火はついているが、炎の壁に比べると延焼が遅い。
パーシバルは再び油瓶を投げつけた。
飛び散った油に引火して、一気に火が燃え広がる。
上空からの赤い光点は隣のカラック船に降り始めた。
きらめきながら落ちてきた光点は船体に当たり、同様に炎の球体が生まれては消える。
パーシバルはカラック船にも油瓶を投げつけようと接近しようとしたが、その先で起きている異変に気付いた。
血相を変えて上空へ進路を変えて、その先にいるコマリに叫ぶ。
「風の精霊の拘束が解けた。近くにいては危険だ。撤収するぞ!」
「まだ、もう一隻にはダメージが与えられていません!」
コマリはワンドを振る。そこから発せられた赤い光点は真っすぐにカラック船に向けて飛んでいき、大輪の炎の花を咲かせた。
「確かにまだ損傷は少ないが、ほっといても沈む。あれに見つかる前に逃げるぞ」
「でも!まだ」
「ここで大型の風の精霊と戦うのは得策じゃない。お前に何かあればアレンはどうなる!」
コマリはアレンから託された任務を完全遂行できていないことが悔しくて仕方なかったが、パーシバルの言葉に頷いた。
自分も生き延びなければ何の意味もない。
コマリにとっての最優先事項はアレンを護ること。そのためにはアレンが生きている限り、自分も生きなければならないと理解していた。
「撤収しましょう。加速します」
コマリはパーシバルに近づいて、加速の呪文を唱えると、海岸線へと引き返し始めた。
最初の炎の壁の呪文から5分と経たずして、5隻の船団は無力化された。
ほぼ一人の魔法使いの手によって。




