29:祈り
「え?!」
骨の魔術師は、意図的に自爆したのだ。
突然の爆発に僕は防御の姿勢を取る間もなかった。
無秩序に放出された魔力が渦を巻いて僕の体を弾き飛ばす。同時に砕け散った骨の破片が体中を打ち付けた。
「うぐっ!」
鎧に守られていない上腕や太ももに骨の破片が突き刺さる。
近くにいた骨の剣士たちもダメージを受けているはずだが、お構いなしに僕に向かって進んできた。
慌てて盾を構え、振り下ろされた剣を受け止め、三日月刀を振るって反撃を試みる。
正直、やけくそ気味の一撃だったが、僕に剣を向けていた骨は脆く崩れ落ちた。
残りの骨たちは、じわじわと間合いを詰めてくる。
僕も少し下がりながら、自分自身に重症の治癒を用いて傷を癒す。
「よく戦うではないか。小賢しいだけではない。よいぞ。もっと戦え。力を示せ」
悪意に満ちた死者の王の声が響き渡る。その声に応じるように地面から複数の骨が姿を現した。
巨人こそ混じっていないが、10を超える骨の戦士たちが僕を取り囲んでいる。
奴がどれほどの数を呼び出せるかは分からない。
使える奇跡も心許ないが、出し惜しみしていられる余裕はない。
素早く聖印を切ってから祈祷の奇跡を行使する。
まだ戦える。
目の前の3体の骨が一斉に切りかかってきた。
「喋れないのに連携とか!」
僕は叫びながらそれに対応する。
一撃は盾で防ぎ、一撃は剣でいなした。だが、一撃は肩口に当たった。
痛いが、鎧を貫通するほどではない。
僕は三日月刀を横に薙いで、三体をまとめて攻撃する。一体はバックステップで交わしたが、他の二体は躱せなかった。
確かな手ごたえを感じて力を込めて降りぬくと、一体が崩れ落ちる。
さらに2体が近接戦闘の距離に入ってくるので、迎撃態勢を取りつつ牽制する。
だが、恐怖を感じない骨たちはお構いなしで押してくる。
僕は洞窟の壁面を背負って、骨と対峙する形になる。
後ろから襲われる心配こそないが、これ以上距離を取ることもできない。
攻撃を凌いでから、神告浄化で4体の骨を塵と化した。それでも攻撃の手は止まらない。
致命傷こそ受けていないが、体中に傷が増えていく。
回復もままならず、ジリ貧だ。
一仕切り耐えてから再び三日月刀をかざして、神告浄化を放つ。
さらに5体の骨が塵と化す。残りの骨は3体。
すかさず灼けつく光を放ち一体を滅ぼし、こちらから打って出て素早く残りの二体を切り伏せた。
「はあ。はあ。はあ……」
息が上がる。目の前の脅威は排除できたが、これで終わりとは限らない。
中等傷の治癒を2回用いて、傷を回復させる。
「ほうほう。まずは乗り切って見せたか。なかなかやりよる。だが……次はどうかな?」
明らかに僕をいたぶって楽しんでいる。
少し離れた地面から、次々と骨が湧いてくる。さっきよりも数が多い。
接近される前に僕は先手を打つ。
「刃舞の障壁」
恐怖がない故に接近を止めない骨たちは、次々と舞い踊る刃の壁に切り刻まれてゆく。
少しの時間が稼げる。
僕は魔法解呪の奇跡を使って、スロンドヴァニールを囲む魔方陣を破壊する。
2回目の魔法破りで、魔方陣は消滅した。
今の僕にできるのはここまで。もはやわずかな治癒の奇跡しか残っていない。
数は数えていなかったが、刃の壁が消えるまでに、20やそこらの骨は壊したと思う。
それでもなお、骨たちは地面から湧き続ける。キリがない。
だけど、こんなところで力尽きるつもりはない。
絶対に生きて帰る。待っている仲間たちの元へ。
「月の神よ、願わくば戦いを続ける力をお授けください。邪なる神に抗い続ける力をお授けください」
僕は奇跡を願うのではなく、静かに祈った。
僕は最後まで戦うつもりでいた。生き抜くために。
だけど、これ以上剣を振るう必要はなくなっていた。
その祈りの声は神に届いたに違いない。
洞窟の天井からいくつもの光が差し込み、次々と天上の戦士たちが舞い降りたのだ。
ロロカントよりも頭二つ分も背が高く、神々しく光を放つ両手剣を携えた戦士たちは、舞い降りるや否や、あたりの骨たちを切り刻んでいった。
「もう大丈夫。よく耐えてくれました」
呆然と立ち尽くす僕の脇にロロカントが降り立って、僕に話しかけた。
「死者の王は強い結界を張ったようで、中に入れずにいたのです。ですがあなたの祈りがその結界に穴を開けました」
まさに神の奇跡が僕を救ってくれた。
「この程度で、死者の王たる私を退けられると思うたか!」
奥から猛烈な邪気がこちらをめがけて襲ってくる。
天上の戦士たちは剣を正面に構えて防御の姿勢で、その邪気を防いではいるが、押されている。
死者の王の本気はまさに荒ぶる神そのものだ。
彼らは少しずつ後退しながら僕のすぐ前で盾になってくれているが、その表情はかなり厳しいものに見えた。
だが、次の瞬間――。
僕が背にした洞窟壁面から、ふわっと広がった光の輪が、すさまじい邪気を押し戻していく。
紛れもない神威だ。僕はこの気配を知っていた。
「月の神様!」
僕はその場にひれ伏す。
空間全体を満たすように声が響いた。
「貴殿が直接関与しているのに、我々が関与できぬ道理はあるまい」
その声と同時に、再び洞窟の天井が輝き、あたり一面に光が広がった。
僕はその声にも聞き覚えがある。
「太陽の神様……」
あたりを覆っていた重たい空気は一掃され、清浄な空間と化していた。
「死者の王は退いたか」
太陽の神は呟き、控えていた戦士たちに合図を送ると、光となって消えていった。
「月の使徒よ。私からも礼を述べよう。お前が勇気をもって挑まねば、スロンドヴァニールは失われていたであろう」
そう言ってスロンドヴァニールの脇に降り立つと、彼を繋ぐ鎖を自らの剣で断ち切った。
太陽神は銀龍の様子を見ていらしたようだ。
少し間を置いてこう語った。
「スロンドヴァニールは神格を持つが、この世界に根付く者。これ以上の干渉は出来ぬようだ。
月の使徒よ、私からの頼みを聞いてはくれぬか?」
「はい、太陽の神よ。なんなりとお申し付けください」
「ならば、この者の心を癒してやってくれぬか。スロンドヴァニールは今、心のうちに深く閉じこもってしまっている。私の声は届かぬ」
「恐れながら、神の力の及ばぬものが、私に務まるでしょうか?」
「そなたにしかできぬのだ。あとは任せる。ロロカント、少し気を利かせよ」
そう言って太陽の神はゆっくりと消えていった。
この空間を包む神威はなお残っていた。
月の神様はこの場にいらっしゃるのだ。
太陽の神のように、もう少しフランクに接してくださればいいものを……、などとも思ってしまうが、月の神様はそういうお方なのだとも思う。
それに、僕は感じていた。
地に伏している僕の肩に、月の神様が優しく触れておられることを。
しばしの静寂の後に、満ち溢れていた神威が引いて行く。
静かに月の神様もこの場を去られたようだ。
少し離れたところに立っていたロロカントが再び僕の脇にやってくる。
「さあ、ひとまずこの洞窟を出ましょう。スロンドヴァニールは私がお連れしますので」
ロロカントは力なくその場に座っていたスロンドヴァニールを抱きかかえて、立ち上がる。
僕も立ち上がり、来た道を引き返した。
洞窟内のマグマ溜まりは、急激にその圧力を下げたようだ。
空気がゆっくりと冷えていくのを感じた。
隠し扉になっていたところまで戻り、外に続くと思われる洞窟を進む。
「ロロカント。ここって、もしかしてスロンドヴァニールの寝床だったのかな?」
「そう聞いております。今も昔もこの大陸で最も高い場所です。その昔は冷たき天の塔と呼ばれていたそうです」
「その跡地に巨人族が砦を築いたわけか。黒曜石が豊富に使えたのも、その影響だったりするんだろうか」
「どうでしょう。その当時のことまでは知りませんので」
そんな会話をしているうちに、外からの空気を感じるようになってきた。出口は近そうだ。
人にしか見えない太古から生きる龍。それがどんな存在なのか、見当もつかない。
でも僕から見たら、人にしか見えない。
だから人として接すればいいのだと思う。
彼のために何が出来るのかを考えないと。
そう思っていたら出口に到達した。
大きな洞窟の正面に西の空が見えた。
夕暮れの赤く染まる山並の先に、静かに三日月が浮かんでいた。
なるほど。お二方とも先ほどまで天におられたのか。
僕は一人、納得していた。




