2:交渉
ひとしきり盛り上がった後、僕とロアン、Gさんの3人でハーバーマスターに面会に向かった。
Gさんの塔の建設許可と、ロアンの宿の用地確保のために交渉が必要だ。
歩き慣れた港湾地区のストリートから、つづら折りの坂を上り、ハーバーゲートへ。
さらにそこを上って、ハーバーマスターの事務所まで向かう。
事前にアポを入れたわけでもなかったので、少し待たされたが、15分ほどで彼に会うことができた。
「こっちは忙しいんだ。手短に頼むぞ?」
ハーバーマスターの第一声はそれであった。
何が忙しいのかを尋ねたところ、お前らだから構わないかと前置きした上で、
「貿易の収支の数字が妙に合わないんだよ。いや、見た目上は今まで通りなんだが……」
こう言った。
言っている意味が僕には少しもわからない。彼の執務机を見ると書類がかなり散乱しているようだったので、書類仕事に追われてストレスをためているのではないかと想像する。統治者の一人として港湾地区を統括しているわけだから……僕は自分には向いていない、というか無理だなと結論づけて、こちらの要件を切り出した。
「魔導師の塔に宿の建設ね」
彼は腕組みしてから、こちらの要件を簡潔に口にした。そして続ける。
「宿の方は問題ない。新しい商業地区に宿の一軒もあったほうがいいと思うし、俺としては歓迎だ。ここのルールとして土地の所有権は認められんが、終生貸与の契約なら、まったく問題ない。問題は魔術師の塔だな」
言い終えてGさんの方をちらっと見る。
「俺は魔術師に知り合いが少ないんで、間違ってたらすまん。魔法使いの塔ってのは、いわば教会と同じと思っていいんだろ?権利関係に関しての話だ」
「そうじゃな。所有権、不可侵、行政からの完全独立。そういう意味では聖域じゃな」
ジンの言葉にGさんが答える。
「前に言ったが、原則として南の大陸の土地の所有権はウエルナート男爵家にある。割譲は行わないのが大原則だ。
ドロウの集落は例外中の例外だ。先住権を考慮した特例って事になってる。セーブポイントですら、無期限貸与なんだぞ」
「言わんとしておることは理解した。わしも無期限貸与で構わんよ。もちろん相応の対価も支払おう。
場所もドロウの集落のすぐ外がよい。街中に塔を構えるつもりもないのでな」
ジンは腕を組みなおし、渋い顔で何かを考えている。一呼吸置いてから彼は話を始めた。
「二束三文の土地だが、見合わねえ支払いを覚悟できるなら、交渉はしてやる。
御三家にそれぞれ金貨5000枚の上納金。プラス俺の交渉手数料が金貨5000枚。用意できるか?」
確かにほぼ未開の土地に金貨2万枚は、見合わないと思う。
だが、Gさんは即答した。
「よかろう。それで交渉成立じゃ」
「魔法使いは変わり者が多いと聞くが、あんたも相当変わってるな」
「なに、必要故に妥協したまで。正式な契約は書面をもって、でよいな?」
「分かった。実際の交渉はこれからになるが、まとめてやるよ」
Gさんとジンは握手を交わした。
僕たちは用件が済んだので、簡単に礼を述べてから退出しようとしたときに、ジンに呼び止められた。
「余計なお世話かもしれんが、これは俺からの忠告だ。お前らはすでに一冒険者って立場じゃない。それは自覚しろよ」
「ご忠告ありがたく頂戴します」
僕は礼を述べる。でも正直言ってその意味は今一つピンとこない。司教なんだからそれらしく振舞え、という事なのかな。
そんな認識のまま、その場を去った。
早速場所の確保のためにロアンが手続きを始めるというので、彼女と別れる。
僕はGさんにしばらく付き合えと言われて、Gさんとストームポートの中に向かった。
「で、僕に何の用なんですか?」
Gさんに尋ねた。
「器の話の続きじゃ。専門家を一人知っておるから、そやつの意見を聞いてみるかと思っての」
ハーバーゲートから入って左手。錆釘亭の反対側に向かった。この辺はシティ内の職人たちの住む区画のはずだ。用事が無いので僕はこの辺に来たことはない。
鼻を衝く酸の匂いや、何かが焦げる匂い。かと思えば、むせ返るほど濃厚な甘い香りが入れ替わり漂ってくる。それらが混じった複雑な臭いは、一言で言い表すと『強烈』だ。
通りをしばらく進み、狭い路地から奥へと入っていく。建物に囲まれた狭く薄暗い路地を抜けると、城壁にほど近いところに、少し広い場所があった。 そこにある建物は煙突からもうもうと煙を上げている。
「パーシバルはおるか?」
その建物の前まで進んでからGさんは、中に向かって叫んだ。
すぐに一人のドワーフが出てくる。ドワーフ?!
「親方は今手が離せませんので、御用でしたら私が伺いますが」
ドワーフにしては物言いが柔らかい気がする。僕が知っているドワーフは偏屈でぞんざいな奴ばかりだ。
何にせよ僕はドワーフが苦手、というか嫌いだ。聖職者がそれでいいのかと問われても、嫌いなものは嫌いなのだからしょうがない。
「直接話をしたいのだ。あまり長くかかるようなら出直すが?」
Gさんはそのドワーフに言った。すると中から別の男が出てくる。長く伸ばしたグレーの髪の毛に、グレーの髭。
ちょうどGさんを上から半分に押し潰した感じだ。やはりドワーフだった。
「それには及ばねえ、今手が空いたところだ。しばらくは若い衆に任せておけるからな。久しぶりだな、ガイア。元気にしとったか」
この人物がパーシバルなのだろう。そう言ってからGさんと握手を交わし、言葉を続けた。
「レイアは一緒じゃねえのか?」
そう言って僕の方をちらっと見たが、まるで関心がないようだった。完全に無視するとは、なんとも嫌な感じだ。
「久しぶりじゃな。元気そうで何より。今日はそのレイアのことで相談があってな」
Gさんがそう言うと、
「込み入った話のようだな。中に入んな」
そう言って招き入れられた。
建物の中は広いスペースが確保されていて、その真ん中付近に設置された土で作った炉が炎を上げている。
いくつもの槌の音が響き、炉に木炭が投入し続けられている。最近はあまり見なくなった古いスタイルの鍛冶屋だ。
そこには5、6人のドワーフの職人たちが働いていた。
それを見入っている僕に気が付いたのか、パーシバルは誰に言うでもなく、言った。
「最近は魔法炉によって、鋼が大量に、安定品質で作られるからな。うちみたいな鍛冶屋は少なくなった。
だが、うちのような鍛冶屋じゃないと作れないものもあるんでな。やっていけてる」
ケイニス・テクニカはその技術力と資金力で、効率よく鉄製品を作っており、広く世界にいきわたっている。
街の鍛冶屋も当然数多くあるが、基本的にケイニスで作られた材料用の鋼を加工する工房だ。
ここのように金属の精錬から行う工房は、辺境のさらに辺境でも近年はほとんど見ない。
工房の奥手にある扉から、事務所のようなところに通されて、椅子を勧められた。
パーシバルはカップを3つテーブルに並べ、そこに置かれていたツボのような容器の栓を抜く。その瞬間に部屋中にアルコールの臭いが充満した。
ドワーフの火酒だ。蒸留を繰り返してアルコール度数を高めた酒で、僕はこれは酒ではなく薬品だと思っている。
パーシバルはそのツボから、火酒をカップに注いでいく。一つは半分くらい。二つはごく少量。
ドワーフの習慣で、最初の一杯は火酒で、注がれた酒は空けなければならない、決まりがある。
その習慣に従い、彼は酒を注いだのだ。こういう所はドワーフ。かたくなだと思うが、注がれた量を見れば、こちらに対する配慮があるのもわかる。
「再会に」
そう言ってパーシバルは手にしたカップを一気に空けた。僕とGさんもカップを手に取り、それに倣う。
量はほんの一口。口に入れた途端にチリチリと強い刺激が口に広がり、覚悟を決めて飲み込むと、喉が焼けるように熱い。
その様子を見ていたパーシバルは、飲み終えた僕に向かって言った。
「エルフは好かんが、歓迎してやる」
別に好かれたくはないよ。僕もドワーフは嫌いだし、と口に出かかるが、今日はGさんのお供だ。言葉を飲み込んだ。
「パーシバル。これはアレン。見ての通りエルフで聖職者じゃ。生前にレイアからリーダーを引き継いでおる」
Gさんが僕をドワーフに紹介した。一応頭を下げる。
「俺はパーシバル。見ての通り鍛冶屋だ。そうか、レイアは死んだのか」
先ほどからの会話で、このドワーフがレイアを知っていることは間違いない。どの程度知っているのだろうか。
そう思っていると、ドワーフは自分のカップに火酒を並々と注いでから、
「レイアに」
そう言って一気に飲み干した。それはレイアに哀悼の意を示した一杯だった。僕は何となくではあるが、このドワーフは悪い奴じゃないと思った。もちろん嫌いだけど。
「で、今日は何の用で来たんだ?レイアのことでと言っていたが、死んだって話をしに来たんじゃねぇだろう」
「そうじゃな。おぬしに聞きたいことがあって来たのだ。単刀直入に聞くぞ。パーシバル、おぬしに『魂の器』は作れるか?」
Gさんはパーシバルに尋ねる。いくら何でも直球すぎるし、魂の器じゃ何のことかわからないだろう。
「魂の器、か。知性ある剣でも作ろうってのか?」
この返答に僕は驚いた。このドワーフは、Gさんの言っていることを正しく理解しているのだ。
「魔法による知性の付与ではない、魂の器。他にも条件がいくつかある。魂は太陽の神のパラディンであるレイアの魂。それを用いるのは、ここにおる月の神の司教であるアレン。そして死者の王の干渉を受けぬこと」
「勘弁してくれ、神がらみ、しかも3神だと?そんな代物聞いたこともねぇ」
反射的に本音が出た感じだ。そしてこの意見には僕も賛成できる。
「さすがのおぬしにも、難しすぎる注文だったかのう」
Gさんが少し涼しい顔をして言う。わかりやすい煽り文句だと思った。
「待て、できねぇとは言ってねえぞ。少し考える時間をくれ」
そう言ってパーシバルは腕を組み、目を閉じてから、独り言をぶつぶつと言い始めた。
その様子を見ていたGさんは一つ頷いてから小声で、
「わしらは帰るとするか」
そう言ってその部屋を出る。
工房脇を通る際に、先ほど最初に声をかけてくれたドワーフを捕まえて、
「パーシバルは瞑想を始めたようじゃでの、時々様子を見てやってくれ」
そう言って僕たちは鍛冶屋を後にした。