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God Bless You !! 2nd Season  作者: 灰色狼
第三章 ドロウの王
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26:試練の洞窟


「アホですか!どうして試練を受けるなんて言ったんですか?」


 ローズの罵声が部屋に響く。

 僕たちは客間に案内されていた。試練は明日行われるので、ゆっくり休むと良いとあてがわれた客間だ。

 十分広いし、調度品もかなり立派だ。

 ただ、この部屋のすべてが雲の巨人(クラウドジャイアント)基準で作られているので、大きすぎて机も椅子もほとんど使えない。

 ベッドに寝るにしても6人全員がゆっくり転がれるサイズだ。


「そう言わないでよ。雰囲気的に断りにくかったしさ。興味もあったし……」


 僕の言葉はローズを余計にいら立たせたようだ。


「試練は単独で受けるんですよ?あなたの蚊ほどの筋力では、すぐにぺちゃんこになるに決まっています!」


「いや、筋力が重要かどうかはわからないしさ。むしろ他の能力が試されるんじゃないかって思うんだけど」


「この部屋を見ても、そんなことを言っているんですか?全部が巨人基準です。巨人の成人にとっては何でもないことが、あなたにとってはとんでもないことになるでしょ?」


 僕は言い返す言葉が見つからなかった。


「今からでも頭を下げに行くべきです。試練直前ならいざ知らず、今なら臆病風に吹かれたってことで済む話ですから」


「折角ここまで交渉が上手くいってるのに、水を差したくないんだよね……」


 僕の歯切れの悪い言葉に、ローズがさらに勢いを増す。


「あなたが死んだら元も子もないでしょ?それだったら同盟なんて放っておいて、さっさと帰るべきです」


「ローズ、そんなに僕のことを心配してくれるんだ」


「そりゃ……あなたに万一のことがあればコマリ様は悲しみますし……」


「コマリ、僕は彼らの試練を乗り越えられるかな?」


 僕の言葉にローズが赤い顔をして、返答に窮した。

 ローズの様子を可愛いと思うが、あんまり弄るのも可哀そうな気がしてコマリに話を振る。


「アレン様なら、きっと大丈夫です。むしろアレン様に乗り越えられなくて、誰が乗り越えられましょう?」


 満面の笑みでコマリは言い切った。

 彼女が僕に寄せてくれている信頼が、少し過剰にも思えたが、自信を与えてくれているのも事実だった。


「しかし、巨人族の文化水準には驚かされる。この砦の造りなど、ドワーフの目から見ても見事なものだ」


「ええ、ええ。その通りです。これ程見事な建造物は見たことがありません。無理してでもついてきてよかった」


「お前はまだものを知らんのだな。一度ドワーフの要塞を見てみるといい。こんなもんじゃないぞ」


 パーシバルが自分で感心しておきながら、整備士の言葉が気に入らなかったようだ。

 そんなことをしているから、ドワーフは偏屈なんて言われるのに。


「しかし、さすがに山の民を統べる王だね。前に立ってるだけで怖かったよ」


 僕の正直な感想に、ザックが答えた。


師匠(マスター)アレンも、なかなか見事な王の振る舞いだったと思いますが?」


「そう言ってくれるのは有難いけど、やっぱり僕には重みが足りないよ」


「そうおっしゃるという事は……ドロウを統べる王になる覚悟がおありになる?」


「なんでそうなるの?僕には無理だよ。でも……全く考えなかったかというと嘘になるね。雷の王の力を借りることが出来ればそれもできるかもしれないって思ったのは事実だよ。いや、正確には違うな。蠍神(スコルピウス)の影響を排除できるかも、って思った……っていうのが正しいかな」


「悩むことは何もないでしょう。私が知る限りドロウを統一した王はいません。あなたならそれも可能なのでは?」


 ローズが思わぬところから会話に戻ってきた。


「いや、ドロウの王がエルフってマズいでしょ?」


「むしろエルフだからこそできるのではないですか?」


「何にしても、僕は王ってガラじゃないよ」


「そうでしょうか?アレン様は権威としての王となられればよいと思います。実務は父様にでも任せておけば良いのでは?」


 コマリの言葉に僕は少し苦い顔をして答えた。


「そんなことしたら、僕がラッシャキンに殺されちゃうよ」


 僕はそう言って、寝台の上で大の字になる。

 交渉のために、嘘にはならないとはいえ王を名乗ったばかりにこんなことになる。

 もちろん、それでうまく交渉が出来たのは事実だと思うけど、何となく藪蛇だ。

 権力が欲しいとは思わない。僕にはそれが自由を奪う鎖にしか思えないからだ。


 何気なく視界に入ったコマリの横顔を見て、ふと思う。

 ――もし、権力を持たなければ守れないものがあるとしたら?

 その時に逃げたら、大切なものを失うことになる。そのためなら選択の余地はない。

 ……違う。

 失うのは『うわべの自由』だ。本当に必要なのは、自らの意思で選べる自由。

 本当に守りたいもののために、精一杯の手を伸ばす。それが僕の自由なんじゃないか。


 そんなことを、とりとめもなく考えていたら、いつの間にか僕は深い瞑想に入っていた。


 翌朝になり瞑想から覚める。

 窓の外はまだ暗いが、東の空はうっすらと色づき始めていた。

 淡くかすむように周囲の山影が見えるが、その頂は全て眼下だ。


 今日お与えいただく奇跡を慎重に選択する。

 単独行動だから蘇生はいらない。いや、必要になるかもしれないから一つは準備しよう。他は周囲の探索の奇跡に入れ替えて祈る。

 朝の祈りが終わった時点で、まだ眠っているのはパーシバルだけだった。


 部屋に朝食が運ばれてきた。律儀に6人分。

 当然のように巨人族のサイズで、そんな量は食べきれない。

 一人分だけいただくことにして、残りは下げてもらう。それでも4人で食べるには十分すぎる量だった。


 食事を終えてから、コマリに手伝ってもらいプレートを身に着ける。

 三日月刀を一度抜いて、状態に問題がないことを確認して鞘に納める。

 ポーチの中の魔法薬(ポーション)(ワンド)巻物(スクロール)をチェックし、ポーチを閉じる。

 これで出発の準備が整った。

 雷の王の呼び出しがあったのは、それから一刻ほど後のことだった。


 僕たちは案内されて、昨日見た中庭のような場所から、少し離れた壁際の塔の基部に入ると、そこからは地下に続く螺旋階段。

 かなり深いようだ。

 昨日同様に巨人が担ぐゴンドラが待機していて、それに乗って地下へと下っていく。

 ゲートから中庭に続く階段は直線であったが、こちらは螺旋になっていて、単純に深さは比較できない。

 感覚的には、入り口の場所よりもこちらの方が深そうだ。

 しばらく下った後に、黒曜石ではない、岩の大きな空洞に出ると、そこでゴンドラから降りる。

 僕らは案内役に導かれ、横へと続く空洞を歩いた。

 すぐに空洞は行き止まり、雷の王と4人の巨人が待っていた。

 彼らの後ろには円形の巨大な石板があり、表面には精巧な魔法の構築式が刻み込まれていた。

 僕にも理解できる。防御の障壁と、悪からの防御の魔方陣だ。2重に構築されていて、片方だけを破壊することはできないように見える。


「来たか、ドロウの王よ」


 雷の王の声が重く響く。


「私は何をすれば良いのですか?」


 僕の問いに王は答える。


「至って単純。この入口より砦の西の外にある出口から出ればよい。

 道中何かが求められる。何を求められるかはわしにもわからん。挑む者によって異なるようだからな」


「なるほど。それが試練なのですね」


 僕の言葉に王は頷いて、続けた。


「恐らくはそなたが、圧倒的に不利な状況にはなるまい。

 ただし、雷の巨人とて二人に一人は戻らぬ。中に入れば我々とて干渉できぬ。

 今ならやめる事もできる。どうする?」


 その言葉にローズが素早く反応した。


「生還率5割って、そんな危険な賭けをさせる訳にはいきません!」


 このタイミングで語られた王の言葉が、僕に対する配慮であることはわかった。

 ローズもそれを感じたからこそ声を上げたのだろう。

 だけど理由まではわからないが、雷の王の言葉には小さな期待も感じられたのだ。

 そして何より、まるで月の神(デミムア)がそれを望んでいるかのように僕には感じられた。

 僕はローズを見てから笑って見せて、再び雷の王を見据えると短く返答した。


「参りましょう」


 王は頷き、右手を上げる。

 後ろに控えていた4人の巨人が、大きく丸い石板を、横に転がし始めた。

 徐々に封鎖されていた洞窟が口を開ける。

 奥からは湿った重たい空気と共に、魂の澱みが渦巻いているような気配が流れ出してくる。

 思わず身震いする。


「そなたが入った後に入り口は閉じられる。覚悟して進むがよい」


 王の言葉を聞いてから、完全に開かれた洞窟に向かって歩きはじめる。

 数歩前進したところで、再び石板が転がされ始め、ゆっくりと篝火の光が遮られていく。

 最後にはドン、と大きな音と共に通路が閉鎖された。

 光だけでなく、すべての音が消え去る。

 あまりの静けさに、耳の奥がキーンと鳴っている。

 心臓の鼓動だけが、僕の存在を確かなものにしていた。

 そこは完全な闇の中。

 僕は腰に小さなランタンをぶら下げ、明かりを灯した。

 照らし出された大きく変哲もない洞窟。

 だが、この空間において、その光は小さな祈りのように心許なかった。

 明かりはすぐ先で漆黒の闇へと飲まれていく。

 静寂の中、僕は暗闇に向かい一歩踏み出した。

 怖くないわけがない。

 それでも、進むと決めたのは僕自身だ。




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