25:雷の王
2025/08/21 名称の誤りを訂正しました。
その日の夕方、僕たちは雷の砦にたどり着いた。
間近で見るその姿は、威風堂々としており、主大陸の王族ですら、これほどの城には住んでいないだろう。
黒く見える石はすべて黒曜石。磨き上げられた表面はガラスのように煌めき、ところどころに浮かぶ金色の彩光が、宝石のように輝いていた。
階段を上がり終え、平らな通路を歩くと目の前には巨大な金属の門扉。
両開きで高さ10m、幅8mといったところか。両脇には完全武装の巨人が立っている。
炎の巨人でさえ小さく見える。門番の背丈は6mに迫ると思う。
ンガデラたち3人の炎の巨人が門番の前まで進んで、
「第3攻撃隊のンガデラだ。作戦を変更して帰還した。客人を連れてきている。雷の王に面会を願う」
と話しかけると門番が応じた。
「作戦を変更?何故戦わず戻った?臆病風に吹かれたか!」
ンガデラとしては一番痛い所を突かれたのだろう。彼らは直前まで戦うつもりでいたのも事実だ。
「我々が力ずくで彼らを止めた。山が動き、多くの巨人たちが殺された後だったからだ」
僕はたまらず前に出てそう言った。
番兵の表情がみるみる険しくなってゆく。
「ノミの分際で、我々に楯突くか!」
雲の巨人は身構えて、こちらを威嚇する動きを見せると、ザックを筆頭に仲間たちは素早く武器に手をかけた。
僕はザックを制して、言葉を続ける。
「ドロウを統べる小王が、山の民の王に面会を求めてやってきたのだ。巨人族は礼もわきまえぬか!」
この段階で舐められていては交渉など望める訳はない。あくまでも対等な立場であることを強調する必要がある。
僕はそう考えて、強気に出た。
脇で見ている炎の巨人たちは気が気ではないようだった。
「ドロウの王を名乗るか。蠍神の信者だな」
もう一方の番兵が僕に問いただした。
「我々は蠍神を神とは崇めない。我々は信条に基づいて使える神を自ら選ぶ。私は月の神の使徒でもある」
僕ははっきりと答える。
彼らも蠍神を知っているようではあるが、先ほどの言いっぷりからあまり良くは思っていないのは理解できた。
ならば、僕らの正しい立場を表明するのは、正しい選択のはずだ。
「こやつらを力づくで止めたと言ったか。事実か?」
番兵はンガデラに問う。
「事実だ。彼らは山の掟に従い、自らの力を示した。よって彼らはンガデラの客人だ」
ンガデラも臆することなく、巨大な雲の巨人に答える。
最初に口を開いた巨人は、いまだ憤怒の相だったが、あとから話をした雲の巨人は冷静に状況を見ているようだった。
「用向きは承知した。面会の可否は我らでは決められぬ。しばしこの場にてお待ちいただこう」
そう言って通用口から中に消えていった。
相変わらずもう一人の巨人は今にもとびかかってきそうな感じだったが、多分それはないだろう。
僕は高をくくって、目の前の巨人を見据える。
値踏みされているはずだ。
弱い所を見せる訳にはいかない。
しばしの睨み合いが続いたが、先ほどの番兵が戻ってきた。
「王がお会いになる。案内いたそう」
そう言うと同時に、門がゆっくりと開かれた。
「ついて参られよ」
門扉の奥は階段。巨人族サイズだ。
しかもこれまでの階段と違いさらに段差が大きい。
一段昇るのも一苦労だ。
その様子を見かねたのか、先導する巨人が合図を出すと、別の巨人が二人やってきた。
二人の巨人は一本の大きな木材につるされる形のゴンドラを運んできた。
「階段を上るのも難儀の様子。これに乗られよ」
そう言うと僕らのすぐ下の段にゴンドラを降ろした。
僕たち6人はそのゴンドラに乗り込む。
6人が立って乗るには十分すぎる広さがあった。
全員が乗り込んだのを確認してから、二人の巨人が横に並び、木材を肩に担いだ。
巨大なブランコのような状態で僕たちは運ばれていく。
「目に映るすべてが黒曜石とは」
パーシバルが小さくつぶやいた。
階段、両側の壁、天井までもすべて黒曜石。それだけでなく美しく平らに加工され、磨き上げられている。
数分で階段を抜けると砦の中、中庭のような場所に出た。
そこから正面にあるひときわ高い尖塔の基部へと進んでいく。
建造物には、全体の比率から見れば控えめだが、僕たちの基準では巨大で見事な彫刻が施されていた。
彼らの高度な加工技術と美的感覚がうかがえる。
やがて建物の前に到着すると、2段の大きな石段を上がったところでゴンドラが下ろされた。僕たちはゴンドラから降りる。
「客人をお連れした。扉を開けよ」
先導する雲の巨人が声を上げると、黒曜石の巨大な扉がわずかな軋み音だけで開いていく。
扉の内側にそれぞれの扉を開いた巨人が立ち、僕たちは中へと進んでいった。
かなり広い空間。ここも他と違わず黒曜石で作られていた。
かつて見た地下の神殿―4冊の本が収められていた場所―を思い出させた。
いくつかの大きな篝火で照らされた空間の最奥に椅子に座る人物。その周りに車座になっている人影が見える。
僕たちはその少し手前まで進むと
「密林の民の王を、お連れしました」
そう言って先導してくれていた番兵は一礼して下がっていった。
一瞬の間。
僕は先に切り出した。
「突然の訪問ながら寛大なご対応いただけましたこと、まずは御礼申し上げます。
私はアレン・ディープフロスト。月の神の使徒であり、ドロウの氏族を束ねる者でございます。以後お見知りおきを」
その言葉に合わせ、仲間たちは静かにその場に膝を着いた。
僕はあえて立ったままだ。
僕は恭順の意思を示しに来たわけではない。それを明確にする必要があるからだ。
玉座の周りに座っていた雲の巨人の一人が、僕の態度が気に入らなかったらしく、早速と難癖をつけてくる。
「雷の王の御前で、その態度、無礼ではないか!早々に膝をつけ!」
「貴殿は何の権限で私に膝をつけと命じられるのか?貴殿の方がよほど無礼であろう」
「何を?!」
僕の言葉が余程気に入らなかったのだろう。巨人は怒りの表情を浮かべて勢いよく立ち上がる。
そこに荘厳な響きの声が割って入った。
「よさぬか。そこな密林の王の申す通り。そなたが控えよ、ガルンドルン」
玉座に座る巨人――雷の王が初めて口を開いたのだ。
「アレンとやら。遠路ご苦労であったな。来訪した時期が悪かったな。ゆっくり歓迎の宴を開く時間がない。早速であるが用向きを伺おう。」
玉座に座る深い翡翠色の髪をした巨人。周囲の雲の巨人たちの身なりに比べると、質素な感じがする出で立ちだ。
だが、その存在感は周囲を自然と圧倒している。
僕は顔にこそ出さなかったが、その威圧感に足がすくみそうになるのを感じていた。
「お言葉に甘え、申し上げます。
過日、北方の部屋部に住まう巨人たちが、密林を襲い、配下であるクァルテレンダの一族が被害を被りました。
つきましては、今後このようなことが起きぬよう、密林と山の民の間に、不可侵のお約束を頂きたい。
それともう一つ。
今山の民が対峙しておられる敵は、いずれは密林にも害を及ぼすでしょう。
それを見越し、山の民と、密林の民の同盟を提案したい」
僕の発言に雲の巨人たちは、呆然とし、そして笑い声をあげた。
先ほどガルンドルンと呼ばれた巨人が、再び声を上げる。
「力なき者が、我々と同盟だと?笑わせるな!」
ドン、と一つ足を踏み鳴らす。
それに合わせてザックとローズが前に出ようとしたが、僕はそれを制して話を続けた。
「偉大なる山の民の力をもってすれば、奴らを駆逐することは可能でしょう。
ですが、同時に甚大なる被害を被りましょう。
私はここに来る前に、山が動き、そこから放たれた光により、一瞬にして巨人族たちが壊滅する様子を目の当たりにしました。
だからこそ、そこに向かっていた勇敢な炎の巨人たちを止めたのです」
「貴様ら如き小人と、同盟などできるか!同盟とは対等の関係だ。我々を愚弄するにも程がある!」
そう言ってガルンドルンは腰に帯びていた剣を抜いた。
「力の差を思い知るが良い!」
彼は大きく剣を掲げて僕めがけて振り下ろした。
とっさに横に飛んで躱し、玉座に素早く目を向けると、雷の王は無表情で腕を組んでいる。静観の構え。
彼は理知的で、こちらの言葉に耳を貸す度量も持ち合わせている。つまり、
この場を収めて見せろ、ってことか。
僕は叫んだ。
「ローズ!彼を止めて!」
一陣の風が走ったかのように、僕の脇からローズが飛び出していく。
それにザックが続こうとしたので、慌てて引きとめた。
「ザック、ここはローズに任せて」
ドロウが戦う力を持つと示す必要がある。
正面切って殴り合えば圧倒的にローズが不利だ。というか勝てるはずがない。
だが、ガルンドルンの最初の一撃を見た僕は、ローズが勝つことを確信していた。
ローズは素早く足元に入ると、ガルンドルンの蹴りを交わして、軸足の右の踵の上を切り裂いた。
たまらずその場に膝を着いたガルンドルンの膝裏に一撃入れてから、腰から背中を蹴りあがり、肩の上に乗る。
そして首の横側を容赦なく切り裂いた。
「一同動くな!」
僕はひときわ大きな声で、叫ぶ。
近くに座っていた6人の巨人が立ち上がりかかったところで止まり、壁際にいた警備の巨人も動きを止める。
僕は素早く月の神の聖印を切ってから、致命傷の治癒の奇跡をガルンドルンに施すと、彼の傷はすぐに塞がった。
「正面切って殴り合えば、何者も巨人族にはかなわないでしょう。ですが、我々にも我々の武器がある。
戦い方を選べるなら、一方的には負けない!」
僕の言葉に、場の緊張が解けたように、巨人たちは立ち上がり武器を抜く。
壁際から近寄る兵士たちも戦う気満々に見えた。
「そこまで!」
再び朗々とそして威厳に満ちた声が場を支配する。
雷の王は言った。
「無用の流血はわしが許さぬ。双方武器を収めよ!」
目の前の雲の巨人たちはその指示に従って武器を収める。壁際にいた兵士たちも同様だった。
「アレンとやら、そなたの言い分よくわかった。ガルンドルンの言葉を撤回したい。侮辱的な言葉であった。
当のガルンドルンも痛い目を見たことだし、わしに免じて許してはもらえぬか」
「雷の御前にて、我らも狼藉を働きましたこと、お詫び申し上げる。願わくばなかったことにして頂きたい」
「そう言ってくれるか。この件はこれで手打ちだ。皆の者も良いな?」
雷の王の言葉に、一同が頭を垂れた。
彼はそのまま言葉を続けた。
「まず、不可侵に関しては、貴殿の申し出の通りにしよう。ただ、密林にも我々の遠縁の一族がおる。奴らを密林から引き取るわけにはいかぬ」
「その点は問題ないかと。クァルテレンダは密林の巨人とは懇意にしていたようです。万一いざこざが起きましたら、双方の同意のもとで採決を下すことにして頂ければ十分だと考えます」
「そうか。ならばこれも良し。最後に同盟に関してだが、いくつかわしから貴殿に聞きたいことがある」
「何なりと」
「うむ。貴殿は蠍神を廃してドロウを率いておると聞いた。蠍神の威光はもはや密林にはないと考えて良いのだな?」
「恐れながら申し上げます。私が統べるのは現在の所3氏族でございます。蠍神の一派が求心力を失いつつあるのは事実ですが、未だ蠍神の力はなお強くございます」
「なるほど、それで小王、か。納得はしたが、少しばかり問題もある。貴殿がドロウを代表する文字通りの密林の王であれば、同盟も良しとできる。
だが、貴殿はまだ道半ば。であるなら我々の力を貴殿に貸すことはできん。先程の不可侵の話も成り立たなくなる」
「仰せの通りかと。であれば、同盟の話は私がことを為した後でも良いと考えます。
ですが、改めて一つお願いがございます。奴らと戦うにあたり、対等の立場で戦列に加わることをお許し願いたい」
「ほう。欲がないのだな。貴殿らの力は見せてもらった。新たな申し出、喜んで受け入れよう。
だが……わしからも一つ提案がある。貴殿、一つ運試しをしてみぬか?」
「運試し?ですか?」
「山の民の王は嵐の巨人から選ばれることになっている。だが、誰でも良いというわけではない。そこで王の候補者たちは「試練の洞窟」を無事に通り抜けることが求められるのだ。貴殿はそれに挑んでみる気はないか?無事に抜けられれば少なくともわしと対等と認めることが出来るが?」
「王よ、洞窟は封印された領域。そこに外族を立ち入らせるなどと……」
雲の巨人の一人が慌てて口を挟んだが、雷の王はそれを制した。
運試し……簡単に言っているが、相応の覚悟を強いられるのは間違いない。
命を懸けた運試しか。
単純に力押しで抜けられるわけではないだろう。だとすれば僕にもワンチャンスあるかもしれない。
それに、雷の王の意図が読み切れない。
これは好意的な申し出なのか、それとも体よく厄介払いを考えているのか。
雷の王は自分と対等に認めることが出来ると言った。この言葉は軽くはない。
いずれにせよ返答をしないわけにはいかなかった。
「その運試し、是非とも挑戦させていただきたい」
僕の返答に雷の王は満足げに笑っていた。
「貴殿ならそう言うであろうと思っておった」
僕が最終的に挑戦を決めた理由は、
―嵐の巨人でもないのに、王の試練を受けることなど絶対にありえない―
それを目の当たりにしたいという純粋な好奇心だった。
この決断が、僕の運命を大きく動かすことになるとは思ってもいなかった。




