22:ジャガーノート
ローズの見立て通り、すぐに巨人族に追いついた。
ただ、昨日までに比べて明らかに進行速度が速いように思えた。
前方で時折、炎が飛び交うのが見える。
炎の巨人は炎の魔法を使うことが出来るので、恐らくは戦闘が行われているのだろう。
目の前の巨人たちも、そこに急いでいると考えられる。
ローズもそれに気がついているようで、僕の方を確認するように見ている。
―高度、上げる、進む、向こう―
僕はハンドサインをローズに送った。
彼女は頷いて、僕のハンドサインを皆に伝える。
僕たちは高度をより高く取って、戦闘の行われている方に速度を上げた。
15分ほどでその地域に差し掛かる。
少し開けた谷間に、レーヴァを中心とした軍隊が防衛陣地をいくつか築き、防衛戦を展開している。
対峙するのはかなりの数の巨人たち。
想定していた謎の軍団の数よりは少ないように見えるが、それでも1000人規模はくだらない。
巨人たちの数100以上。その殆どが丘の巨人だが、炎の巨人や氷の巨人も少し混じっている様だった。
状況は巨人族優勢。
戦場が限定的に設定されて、巨人族が自由に暴れまわれないように謎の軍団がうまくコントロールはしているが、個の能力差は埋め切れずにいる。
防御陣地を作って、巨人の進行を食い止めてはいるが、一定時間で維持できなくなり少しずつ陣地が突破されている。
陣地が完全な状態なら、そこで巨人を食い止められているものの、何度かの突撃を繰り返されるうちに、少しずつ防御態勢が崩れていき、最後には破壊されるというのを繰り返しているようだった。
組織的に対抗することが出来ているし、戦場のコントロールも上手く行っている。おそらく指揮官はかなり優秀だと思われる。
だが、突破されながらも戦線を後退させる意図は見えない。損失は増え続けているのに。
つまり、損失が出ても、負けが見えていても戦い続けなければならない理由がある、という事を示唆している。
彼らは時間を稼いでいるのだ。
それが何のためかはわからなかったが、現状を見る限りそう考えるのが自然だと思った。
―側面から回ってきている20名ほどの巨人が参戦すれば、一気にバランスが瓦解する―
そう思ったとき、視界の端で何か違和感を覚えた。
仲間たちにハンドサインを送る。
―上昇、急げ―
僕たちは急加速して真っすぐに上空に上がる。
その時だった。
レーヴァの部隊が背にしていた小さめの山が、動いたのだ。比喩ではなく、文字通り。
大地を揺るがす地響きは空振を引き起こし、びりびりと空気を揺さぶっている。
そして山が動き出した瞬間に、防衛陣地にいたレーヴァ達が一斉に後退を始めた。
さらに次の瞬間。
動いた山の一角から強烈な光が放たれて、谷間を縦方向に薙いだ。
一瞬の静寂の後に、光が薙いだ場所が爆ぜる。
まるで谷間を炎の嵐が吹き抜けていくようだった。
強烈な光と猛烈な風が、ガス化している僕たちをも襲う。
距離を取っていなかったらガス化していても安全ではなかったかもしれない。今も嵐の中を飛んでいるような感覚だ。
風が収まり、戦場だった場所は静寂が支配している。
一瞬で戦闘が終了したのだ。
後方で難を逃れた巨人たちが撤退していく。それを追撃するだけの余力も謎の軍団には残っていないようだった。
僕たちはそこから少し離れた場所に降下してから、ガス化を解く。
「見ましたか?あれは、一体……」
僕はなんと問えばいいのかすらわからなかった。
自然と体が震える。
圧倒的な力が働いたことは間違いない。それも人為的に。
ローズも同じようなことを感じたのだろう。
「星が降った時と同じような感じです」
その言葉にコマリが続けた。
「魔力の流れのようなものは感じました。灼熱の光線や灼けつく光などに近いのではないかと想像しますが、
桁が違いすぎます」
「確かに小山が動いたな。文字通り」
コマリの後に続いてパーシバルが感想を述べた。
「状況を整理した方がいいでしょう」
ザックが冷静に言った。
僕はザックに頷いて、上空から見ていた状況を皆に説明した。
「……で、彼らが何のために時間を稼いでいたかの答えが、多分アレなんだと思う」
一同は頷く。
僕は話を続けた。
「整備士君はケイニスに雇われていると言っていた。運送はリーランダ、兵力の大半はレイブンズと予想は出来るけど、発案はケイニスだろう。
リーランダやレイブンズが共同参画なのか、請負なのか、どこまで関与しているかはわからないけど、関係があるのは事実だ。
そしてケイニスは、アレがあることを知っていたか予想していた。だからかなり強硬に、無理してでもここまで来たんだと思う」
「政治問題だな。一冒険者の出る幕ではないと思うぞ?」
パーシバルが言う。それはその通りだと思う。
「今わかっている事実はハーバーマスターに伝えて、向こうで対処してもらう方向で良いと思います。
ただ、個人的にアレを放置するのは……」
「気持ちはわかりますが、アレを放置しないって、何が出来るんですか?」
アレが強大な力を持つのは理解できてるが、そもそも何なのかすらわかっていない。
ローズの指摘に僕は言葉が続かなかった。でも、そのおかげで何をするべきかがはっきりする。
「まずは情報を集めることを考えましょう。あと巨人族と友好的に交渉するための糸口も見つけたい」
「アレの呼び名を圧倒的な力と仮称しませんか?アレだと混乱してしまいそうです」
「ジャガーノートか、言い得て妙だな」
ザックの提案にパーシバルが応える。
「そうですね、当面ジャガーノートと呼ぶことにしましょう。謎の軍団もケイニス一派、って事で」
僕の言葉に皆が了承した。
「巨人族に関してなのですが、先の敗北を知らない別動隊はどうしますか?このままだと恐らく少数でケイニスと接触することになると思いますが」
そうだった。コマリが指摘しなければ、完全に飛んでいた。
だが、彼らに状況を伝えるにして、伝えられるものだろうか。
彼らの前に出たところで、即戦闘になるんじゃないか、そんなことを考えていると、
「リスクを負う必要はないでしょう。彼らには彼らの覚悟があっての事だと思いますし」
ローズの意見にコマリが食い下がる。
「そうかもしれません。クァルテレンダが居住地を追われたのも彼らに責任があるかもしれません。ですが、元をただせばケイニスの侵攻によるところが大きいと思います。彼らもまた被害者だと思うのです」
現状の南の大陸なら、異なる種族間の協力関係が築けるかもしれない。
ウエルナート家は現段階で南大陸の北に対する権益を持ってはいるが、後ろ盾となる旧王国は既に存在しない。
微妙なパワーバランスの上に南大陸の独立状態は成り立っているが、それを崩すことは簡単なことでもある。
だからこそ、ケイニスはこうやって南にやってきている訳だ。
そしてそれは世界のパワーバランスすら一気に変えてしまう可能性がある。そうなればまた混乱の時代となり、多くの血が流れることになるだろう。
今であれば、ドロウと協力関係が築けたように、巨人族とも協力関係が築けるかもしれない。
そうなれば、より状況は安定するし、ジャガーノートを何とかすることができるかもしれない。
仮定に基づく過程なんて、どれほど意味があるかは分からないけど、何もしないよりはましだと思う。
「とりあえず、彼らと話をしてみましょう。聞く耳を持たずに攻撃されるようなら、即再ガス化して、撤退します。良いですね?」
ローズとコマリに確認し、二人が頷く。
「あまり時間的猶予がありません。すぐに向かいましょう」
僕たちは再ガス化し、前身を続ける巨人族の前に降り立つと、再び実体化する。
僕はまず、言語会話の奇跡を自らに願う。次に、祈祷の奇跡を願った。
それから巨人達の接近してくる方に歩きはじめる。
程なく、彼らの姿が視界に入った。
さらに魔方陣対悪防御の奇跡を行使してから、一つ大きく息を吐く。
「巨人たちよ止まれ!この先は危険だ!」
ひときわ大きく叫ぶ。奇跡の効果でこの声は巨人たちには巨人語で伝わる。
巨人たちは速度を落として、口々に何かを言っているが、明瞭でないため何を言っているかまではわからない。
並ぶ丘の巨人を割るように、この一団を指揮していると思われる炎の巨人が僕たちの目の前に出てきた。
「矮小なる者たちよ。隠れずに戦いを挑んだことは褒めてやる」
炎の巨人は手にしたロングソードを構えている。どうも一騎打ちか何かと勘違いしているようだ。
「我々は戦うためにではなく、危険を知らせるためにここにきました。先程の爆発は気づいたでしょ?
山が動き、強力な光によって巨人たちの軍勢は大きな被害を受けて撤退しました。いまこのまま進むのは、自殺行為です!」
「我々は、我々の土地を守るために戦う。死など恐れん!」
そう言うと僕に目がけてロングソードを振るう。
お世辞にも華麗とは言えない動きで、その一撃をかわした。
後方に控える巨人たちは、静観の構え。
彼らの名誉の重んじ方、という所だろうか。
2撃目を盾で防ぐが、巨人の一撃は僕には重すぎる。
簡単に弾き飛ばされてしまった。
撤退するしかないか。
そう思ったときに、ザックがすっと僕の前に出た。
「師匠アレン。ここは私が」
そう言って斧を構える。
「ほう。出来損ないの機械人形が俺に勝てると言うか?」
「ザック・ワイルド。参る」
ザックはその言葉を意に返さず名乗りを上げてから、猛然と炎の巨人に向かって走り始めた。
彼の体の装甲板の隙間から仄かな赤い光が漏れている。オーバーロード状態だ。
接近を許すまいと炎の巨人が剣で薙ぐが、少し身をかがめてそれを躱すと、ザックはそのまま接近し、近距離から斧の柄を使って巨人の腹部を突く。
鎧に阻まれ大したダメージは与えられなかったようだが、ザックは動きを止めない。
そのまま走り抜けて、巨人よりも早く向きを変えると、背中側から大きく斧を片手で振るい、刃を逃がしながら浅く切りつけたところに、もう一度両手での渾身の一撃を叩き込む。
斧は巨人の右肩のアーマーを引き裂き、体まで届いたようだ。巨人の肉体が酸で焼かれるにおいが立ち込める。
「ぐおおおおおおおおおっ!」
巨人が雄叫びを挙げて、振り返ろうとする。
ザックの斧の刃は巨人の右肩に深く食い込み、さらに巨人が右腕を後ろに振り回したので、抜けないようだった。
斧の柄を握ったままザックは振り回される格好になるが、巨人の攻撃は当たらない。自然と死角に回り込む形になっている。
巨人は反対側に体を回そうとして右肩の力が抜けた瞬間にザックは斧と共に、地上に降り立ち斧を構える。
振り向きざまに放たれた左手に握った長剣がザックに届くその時。ザックは一歩巨人に向けて進み、巨人の剣を握る左手を自分の左肩に当てた。
ザックの方に装備されたスパイクが、剣を握る巨人の拳に突き刺さる。
3mを超える巨人の腕、しかも大きな長剣を握っているのだ。その衝撃も決して侮れないはず。実際、ザックの体は大きく右側にスライドしていたが、それでもザックは止まらなかった。
体を回転させながらスパイクを引き抜くと同時に、胴を薙ぐ斧の一撃を加える。いや、一撃ではなかった。
左右にステップしながら回転を続けて、2撃目、3撃目を加える。
一撃目は巨人の脇腹を覆うチェーンメイルを引き裂き、2撃目が黒く堅い巨人の皮膚を引き裂く。
3撃目で巨人の脇腹を大きく引き裂き、鮮血が噴き出した。
ゆっくりと前に巨人は倒れ、そこに立っているのはザックだけだった。
その光景を目の当たりにした巨人たちは呆然としていた。
だが次の瞬間にこちらに向けて走り出す。
「ザック、下がって。みんな耳を塞いで!」
僕は叫び、宙に月の神の聖印を描きながら、叫ぶ。
「我が言葉は神の言葉。聞く耳持たぬ者どもに、相応の報いを与え給え!」
聖なる言葉の奇跡が放たれて、声が神威を伴い、あたりに広がる。
丘の巨人たちには奇跡の効果が表れて、その場で棍棒を振り回し、同士討ちを始めた。
彼らは視力と聴力を奪われている様だ。あたりかまわず暴れているので、後ろに控えていた残り二人の炎の巨人は前に出られずにいる。
炎の巨人には聖なる言葉の効果は見られない。
強力な奇跡の力ではあるが、神の威光は僕を通して放たれる。僕の能力を超える相手には一切影響を与えることが出来ない。
僕はザックに切り伏せられた巨人に致命傷の治癒を施す。まだ死に至っていない炎の巨人は意識を取り戻した。
「僕たちは戦うことは本意ではない!武器を引け!」
炎の巨人たちには声が届いているはず。
続けて奇跡を願う。
聖印を描き、奇跡を願う。
「感情鎮静化!」
ひんやりとした風が砂塵を巻き上げながら吹き抜け、昂ぶる興奮を吹き払う。
丘の巨人たちは、暴れるのを止めて、その場に佇んだ。
「傷の手当てをしてくれたのか。感謝する」
ザックと戦っていた炎の巨人がそう言って、わずかに頭を下げる。
僕たちが敵ではないことを理解してもらえたらしい。
こうして、若干力尽くではあるものの、彼らと話の出来る状態が出来上がった。




