16:評議会
誰も僕たちを止めることはできない!
みたいな軽いノリで飛び続け、トラブルもなく5時間弱のフライトは幕を閉じた。
セーブポイントの少し手前で地上に降りて、ガス化を解除する。
「この光景って、すごいと思わない?僕は異世界に来たのかと思ったくらいだよ」
「なるほど、確かにこれはすごいな……」
Gさんのいつもの年寄り口調が飛んでいる。相当に驚いたのだろう。
パーシバルも淡い赤紫の結晶に強い興味を抱いたようで、近くで眺めている。
「まあ、研究は後にしようよ。まずはセーブポイントに入って、状況を確認しないと」
僕は彼らの未練を感じながらも、セーブポイントの北門に向かう。
直接中に入らなかったのはガス化を解除する際に周囲に余計な緊張を与えないための配慮と、今までいなかった人物が突然セーブポイントに現れるのはマズいと思うからだ。特にパーシバルは誰とも面識がない。
ほんの数分で北門だし、それくらいは配慮すべきだと思った。
そんなことを思っているうちに北門に到着する。
「ディープフロスト司教猊下?!」
北門の警備に当たっていた聖戦士が驚きの声を上げた。
僕は療養中だから外から戻れば驚かれるのは仕方ないか。
「はい。少し散歩に出ていました。驚かせて申し訳ない」
僕は笑顔でそう答える。
「生きておられたのですね……本当に良かった……」
へ?
安堵の表情を浮かべ涙ぐんでいる。
ちょっと待って、どういうこと?僕が死んだことになっている?
理由を聞こうとしたが、
「さあ、まずは中に。健在であることをお示しください」
そう言ってセーブポイント内に通された。
周囲からの熱い視線を感じる。所々で上がる「おお」というどよめき。
とりあえず僕は何事もなかったように司令部の天幕に向かった。
その途中で伝令でも走ったのだろう、少し慌てた様子でデニスが走ってくる。
「猊下、お戻りいただけて何よりです。まずはいくつかお話ししたいことがございますので、お急ぎこちらに」
「えっと、コマリたちにも戻ったことを報告したいし、紹介しておきたい人もいるのだけど……」
「ご用向きは伺いますし、コマリ殿たちにも声は掛けますから。まずは急ぎお越しください」
少し状況が深刻なのだろうか。僕はデニスと共に早足で天幕に向かった。
天幕に向かうと、他の二人の指揮官と、ガルスガ族長、バドリデラ族長がそろっていた。
僕が天幕に入った瞬間に空気が和らぐのが分かった。
ただ変わった空気の中で一人だけ緊張感が漂い続けている人物がいたのだ。
僕はテーブルの席に座り、Gさんとパーシバルは僕の後ろに用意された椅子に座った。
正面の席にはデニスが座りその後ろにエウリシュアが立っている。
僕の向かいにはガルスガとバドリデラが座っていた。
デニスが話の口火を切る。
「まずはディープフロスト猊下、お戻りいただいて早々恐縮です。少しばかり問題がありまして、猊下がお戻りになるのをお待ちしておりました」
僕はデニスの説明を聞いている。目の端にバドリデラ族長を追いながら。
緊張を解いていない唯一の人物が彼女だ。
「早速ですが、猊下に一つ裁定を仰がねばなりません。過日の少年の件についてです。
先日猊下のご意見に従い、暗殺未遂に関しては当方としては不問とし、氏族内でしかるべき対応を求めましたところ、死罪の評決が下ったと連絡を受けました。当方としてはこちらの意を組んで、評決を取り消すよう求めましたが、氏族内での取り決めに干渉は避けて欲しいとの要望が出されました。
ですので、第3者の立場にあられる猊下の判断を仰ぐまではと執行停止にと申し入れ、今に至っております」
「なるほど、そう言うことでしたか。私からいくつか伺いたいことがあります。よろしいですか?」
僕はデニスに質問の許可を求める。
この場を仕切るのは彼の役目で、これは公式な場だ。それなりの手順を踏まねばならない。
「はい、何なりとお尋ねください」
デニスの許可を得て、僕は質問を始める。
「ガルスガ族長にお伺いします。ヴィッシアベンカ族の掟に照らし合わせて、今回の15歳の子供の犯行はクァルテレンダ族の決定が妥当だと考えますか?」
僕が尋ね終わったタイミングで、コマリとローズが天幕に入ってきて、僕の後ろに座る。いいタイミングだ。
その間の間を置いてから、ガルスガが答え始めた。
「大前提として他の氏族の掟には口を挟まぬが我々の暗黙の了解です。ですので、今回の事件が仮にヴィッシアベンカ族の中で起きたものと仮定してお答えいたします。
犯行に及んだ者が成人であれば、死罪は免れないでしょう。一族、そして族長の意に反して行動し、それが一族の命運を左右する重大な行いであるからです。
今回犯行に及んだのは子供です。分別がある年齢とは言えません。この場合は被害者、あるいは被害者の相続人が裁定を行うことになります。罪の重さを鑑み、死罪から、一定期間の重労働まで選択が可能かと思われます。
さらに被害者の相続人が裁定を拒んだ場合は、族長か、長老会議かのどちらかで裁定が下ります。仮に私が裁定を下すなら…追放処分か、族長預かりとして厳しく鍛え直すかのどちらかでしょう」
「ガルスガ族長、ありがとうございます。一つ確認なのですが、そのケースで私が被害者であり、無罪を求める場合はどうなりますか?」
「はい、その場合ですと基本的に無罪となるかと。ただ、無罪放免としたら、一族としての示しがつかないと異議を唱える者も出るやもしれません。その場合は短期間の重労働あたりが妥当と判断されるでしょう」
「よくわかりました。ありがとうございます。次にローズ、教えてください。ドュルーワルカ族の掟に照らし合わせた場合、どう処罰されますか?」
「アレン様、私は現在ドュルーワルカ族の一員ではありません、お答えするのは適切ではないかと」
「構いません。ローズ、あなたは今は名誉族長に仕える身です。私の代わりに答えて下さい」
「かしこまりました。ドュルーワルカ族の掟に従えば、概ねヴィッシアベンカ族の決定と同じになります。違う点は被害者からの申し立ては受けません。他は刑の重さに関しましても同様かと考えます」
「ありがとう、ローズ。最後にバドリデラ族長。今回彼が死罪の評決に至った経緯を説明していただけますか?」
「はい、アレン司教。今回クァルテレンダ族の掟に従い、罪人の刑罰に関する評議が行われました。評議の結果は追放処分。ただし若年である事を鑑み、執行は青年を迎えてからとする、というものでした。ですが、罪人は自らの罪の重さを鑑みれば死罪が妥当であると主張したのです。
評議員はそれを重く受け止め、死を持って償うという罪人の誇りを認め、死罪の評決に至った次第です」
「そうでしたか。本人の希望、ですか。バドリデラ族長、ありがとうございました」
僕は続けてデニスに話しかける。
「デニス司令官代理、一つお願いなのですが、この件に関しての結論は少し待っていただけませんか?先にお話ししたいことがあるのです」
「何でしょう、重要な事でしたらアレ…ディープフロスト猊下のご判断にお任せしますが?」
「ええ、極めて重要な話になります。ですので、私から先に説明させていただきますね」
僕はデニスにそう告げると、二人の族長に向かい直す。
「私が不在でしたのは、ラッシャキン族長と今後に関して協議する為でした。ラッシャキン族長はこう言われました。
『ガルスガ族長がおとなしく自分の下につくことを認めないだろう。バドリデラ族長に関してはあまり知らないが同じではないかと』
私はラッシャキン族長が、二つの氏族を迎え入れることに前向きではないかと思いました。ですが、その考えは間違っていました。
その後に、族長はこう告げられたのです。
『だが、彼らは蠍神と決別し、新たなドロウの社会を作る仲間である』と。
その上で、こう提案されたのです。
『各部族の代表者を集めて評議会を作り、そこで徐々に共通のルールを作れば良いのではないか。ドュルーワルカの民の感情を考え、完全に同等とは行かないが、例えば評議員の数をドュルーワルカから4名、ヴィッシアベンカから3名、クァルテレンダから2名。9名で構成し原則多数決での決議とする。これなら数的にドュルーワルカの優先権は主張した形になるが、一方でドュルーワルカ単独では何も決めることが出来ない。お互いの妥協点として妥当ではないかと』
」
僕は一息ついて呼吸を整え、続けた。
「私はラッシャキン族長の考えに賛同します。単独氏族だけで生きていくのは簡単ではありませんが、緩やかな共同体が作れるのであれば、蠍神の軍勢にも対処できるでしょう。
蠍神に従う氏族はまだまだ多いのが実情ですが、現状で考えても2000近くの集団になります。決して小さいとは言えない数です。
私はラッシャキンを支持しますから、もし戦いになれば彼と共に戦場に立つでしょう。
必要であればここにいる聖炎の聖戦士達も共に肩を並べ戦ってくれるでしょう。
両族長には是非とも同意していただきたい。
ラッシャキン族長がこんなこともおっしゃってました。
『わずか1年で氏族の在り方は大きく変わった。誰もこんな生活があるとは思っていなかった。
ジャングルでは我々は戦うために生きた。だが今は生きるために戦っている。言葉としては似ているが、この差はあまりに大きい』
両族長にはラッシャキン族長の言葉の意味が良くお分かりになるはずです」
僕はここで少し間を取り、周囲を見てから、さらに続けた。
「現時点では検討に値すると思っていただければ十分だと思っていましたが、ここで私から一つ提案をしたい。
今回の事件の評決を、この評議会の最初のケースにしてみるのはいかがでしょう?」
僕の問いかけに、まずガルスガ族長が応じる。
「まず、ラッシャキン族長の寛大なご意見にお礼を申し上げたい。我々は先細る一族を何とか残せるのならと決断しここに参った次第ですが、先の戦を忘れてはおりません。我々はドュルーワルカに対して弓を引いた。
正直に申し上げれば氏族の解散かあるいは隷属は場合によっては仕方のないものと覚悟しておりました。即断は致しませんが、少しお時間を頂ければよい返事が出来ると確信しております」
「ガルスガ族長。あなたが去り際にはっきりと私怨はないとおっしゃったことが、ラッシャキン族長にも届いているのです。
話に耳を傾けて下さってありがとうございます。実際にドュルーワルカと隣で暮らすようになれば、分かると思いますが、最初は人間や他の種族とのいざこざが起きるとは思います。
ですが、あなたのようにヴィッシアベンカの人々が、最初に耳を傾けて下されば、必ずうまく行きます」
僕がそう返すとガルスガ族長は大きくそして力強く頷いた。
そのままバドリデラ族長に話しかける。
「いかがでしょう。バドリデラ族長。ひとたび持ち帰り、今の話を検討してはいただけませんか?」
「……わかりました。持ち帰り検討させていただきたいと思います」
僕はその言葉を聞いてから、デニスに向かって言う。
「デニス、申し訳ないけど、公式な会議は今のバドリデラ族長の言葉までにして。ここからは非公式にしたいんだけど構わないかい?」
「なんだ、もう形式に疲れたのか?まあ、俺の目から見てお前はよくやったよ。良いんじゃないのかな。とりあえずは話が落ち着いたようだし」
僕とデニスのやり取りを二人の族長が驚いた表情で見ている。
「いや、聖炎の皆さんは規律正しく、いつも折り目がピシッとしてますけど、私はそういうのが得意ではなくて」
僕の言葉に二人の表情が少し緩む。彼等もまた形式ばったのは得意ではないのだ。
頃合いと見たのか、お茶が運ばれてくる。
茶葉のお茶ではなく、豆茶だ。かなり濃く入れてある。デニス、見栄を張ったな。
香ばしい匂いが天幕に満ちて、少しリラックスした雰囲気になる。
「ここからは非公式ということで率直な意見を聞かせてもらいたいんです。今何か言ったからと言って言質を取ったなんて言いませんから。私の仕える神に誓いますよ」
そう切り出してから、まずガルスガ族長に聞いてみる。
「ガルスガ族長は先ほどかなり本音で話していただけたと思ってるんですが、実際の所、どう思われました?」
「迂闊なことを言ってしまいそうで怖くはあるが……先ほどの提案に関しては本当に感謝したい。我々としては願ってもいない提案だ」
「それは良かった。バドリデラ族長はどうですか?実際氏族の状況は詳しくは伺っていませんが」
「はい。優秀な戦士たちを数多く失いました。前族長も含めて。なので現在はクァルテレンダ族に正式な族長はおりません。
私は仮の族長ですので」
「そうでしたか。今更ですが、お悔やみを申し上げます」
僕はそう言って彼らの冥福を祈る。それに対してバドリデラ族長は会釈で応じてくれた。
「先ほどの提案は瓦解寸前のクァルテレンダにとってはまさに救いだと思います。ですが、現状、部族の意思統一は為されていません。
ここに来た理由も蠍神の司祭の指示によるものです。
今いる部族の大半が蠍神との決別を望んではいないでしょう」
「えっと、私は意識を失っていたので、実際に見ていたわけではないのですが、私が倒れた後に、抵抗の意思がないことを示されたと聞いています。氏族の人たちもそれに倣ったとも聞いているのですが?」
「はい、私は仮でも族長です。その私が恭順の姿勢を取れば、彼らも従うでしょう。表向きだけでも。
私があの場に伏したのは、あなたを天の使いが守られたのを目の当たりにしたからです」
「蠍神にも天使っているんですか?」
「いえ。私が知っているのは書物によるものです。そしてあの場で天の使いは神威を示されました。私としては自然に平伏した感覚です」
「なるほど、事情が少しわかりました。で、バドリデラ族長の目から見て、一族の皆さんが蠍神への信仰を捨てる可能性はどれくらいあると思われます?」
「難しい質問です。長きにわたり続いた信仰を捨てるのは容易ではありません。真っ先に賛成しそうな血気盛んなものは少なく、伝統を守ってきた年寄りが比率的に多いのが現状……彼らは滅んでも信仰を守るべきと唱えるかもしれません」
「蠍神の司教が、なぜあなた達をこんな北にまで移動させたか、理由は思い当たりますか?」
「正直に申し上げます。私自身は捨て駒であったと思っております。我々が蜂起すればヴィッシアベンカ族にも同調者が出て、大きな混乱が生じると考えていたのではないかと」
彼女の聡明さに少し驚く。
状況からそれを察しているのだ。ただの代理族長というわけではない。
「そうですか。現時点では我々はあまりお力にはなれないようです。くれぐれも暴発しないように努めていただきたい。これは私からのお願いです。
そうなれば我々はクァルテレンダと戦うほか道がなくなります。そうなれば……」
「はい、心得ております。一族の説得に失敗した場合でも、穏便に撤収したいと考えております」
「ありがとうございます。族長。もう一つ、少し個人的なことを伺ってもよろしいですか?」
「はい、構いませんが」
「あなたは母親として、あの子を助けたいとは思いませんか?」
僕の問いに彼女は答えに詰まった。
少しの間を置いて、やっとの思いで口を開く。
「……我が子が死ぬのを喜ぶ母親はおりません。いささか酷なご質問だと思います」
「そうですね、僕も酷な質問だと思いました。お許しください。でも、あなたが普通の子供思いの母親でよかったと思います。
ドロウではあまりないかもしれませんが、一族の名誉などを理由に自らの子に死を求める親も世の中にはいるのですよ」
少し重い空気になる。
それを察してデニスが口を開いた。
「昼の時間も結構すぎてますから、いったんここでお開きにしましょう。両族長もそれぞれお戻りいただいて、氏族で諮っていただきたいですしね」
「分かりました。後日改めてまたお話ししましょう」
僕がそう言って会議は終わりとなった。
族長たちが天幕から氏族の宿営地に戻っていくのを見送り、脇で見ていたパーシバルが呟く。
「なるほど。お前、口が達者だな」
僕は少しカチンときたので言い返す。
「ええ、そうですとも。パーシバルには絶対にまねできないと思いますけどね」
「ああ、俺はそんなことをする気もない」
この胴長短足の寸足らず!と言いたかったが、その前にGさんが割って入った。
「まあ、第一ラウンドはおぬし優勢じゃ。多少ケチがついてもそれはかわらん」
Gさんがそう言ってくれたことで、僕はすんなりと矛先を収められた。
「デニス、そう言えば僕が死んだみたいな話になってたようだけど?」
来た時に思ったことを尋ねてみる。
「ああ、お前が刺されて回復して戻った後に、天幕からほとんど出てこなかっただろう?
少数だが、刺された現場にいた者たちから……主にヴィッシアベンカとクァルテレンダなのだが、あれだけの重症で毒を喰らったから死んだんじゃないかと噂が流れたんだよ。そうなると俺たちが療養中だと言っても止めようがない」
ああ、そういうことか。死亡説が流れるとまでは思っていなかった。
「そうか、僕の思慮不足だね。ごめん、迷惑をかけた」
「いや、それだけお前の影響力が大きいってことだよ。見かけないだけで不安になる者が少なからずいるんだからな」
その後にすっかり忘れていた、パーシヴァルを皆に紹介して、自分たちの天幕に戻った。
昨日もそうだったけど、なんだか落ち着かずバタバタな日々が続いている気がする。
エルフ的にはこんなに働くのは月に1日もあれば沢山だと思うのに。
「そう言えば朝早かったから、何も食べてなかった。おなかが空いた」
僕がそう口にするとコマリが「何か用意しますね」と言って立ち上がる。
ローズも「また……子供か……」そう呟きながらコマリの後を追っていった。
僕はいじめられて喜ぶタイプではないが、なんだか心地よかった。




