15:刃は未だ語らず(2)
その足でGさんの塔へと向かう。
徒歩で10分はかからない塔に到着して、入り口の所で声を上げる。
「Gさん。アレンです。お話があります」
応答はない。
「がーいーあーさーーん!アレンが来ましたよー!いないんですかー?」
大声で叫んでみる。
少し待っていると、外周の壁に作られている門扉の脇からGさんの声が聞こえた。
「少し待て。今は手が離せん」
扉をこじ開けて中に入る訳にもいかないし、そんなことをしたら多分痛い目にあう。
僕はその場で待つことにした。
階段に座り込み、今までの経緯とか、現在の状況とか、とりとめもなく思い返す。
考えるのではなく、どちらかと言えばボーっと流す感覚。
ピンポイントでセーブポイントの南門の構造だったり、ざっくりとラストチャンスの港の風景だったり。
コマリの笑顔だったり、玉座門遺跡での光景だったり。
多分今の僕の頭の中を覗ける人がいたら、僕がおかしくなったと思うかもしれない。
だけど、これは僕にとって必要な時間だ。頭の中をとっ散らかして、できるだけ多くのことを同じテーブルに並べる。
そうしないと見えないものがある事を僕は経験則で知っている。
ちゃんと時間を計ったわけではないのでどれくらいそうしていたのかは定かではないが、Gさんの声で僕は立ち上がった。
「待たせた。今案内をやる」
鉄柵の門扉から塔の方に目をやると、人影がこちらに歩いてくる。
Gさんじゃない?
近くまで接近してくるとそれが木製のゴーレムであるのが分かった。
少しひょろとした感じの木製のゴーレムが、鉄扉を開けると、背を向けて歩き出す。
「アレン、それの後ろについて歩け。足元の石板の同じところを歩くのじゃぞ?」
門扉からGさんが注意を促した。
足元は1.5m四方の石畳のような感じになっていて、塔の入り口まで正しい順番で歩く必要があるようだ。壁のない迷路、そんな感じでゴーレムの跡に続く。塔の防御機構の一環だろう。地下迷宮などにもこういった仕掛けがある。踏み外したら、事故が起こる仕組みだ。
少し遠回りしながら塔の扉にたどり着いた。
ゴーレムは扉を開けて中に入るので、僕もそれに続く。
中に入るとゴーレムは扉を閉めて、その扉の脇で静止した。
「Gさん、来ましたよ。研究室ですか?」
僕の声に上からGさんが返答する。
「ワシは2階じゃ。迎えには行かんから、上がって来い」
応接のスペースを奥に進み、階段を上がって2階に到達する。
そこでテーブルの上の何かを眺めているGさんがいた。
細長い透明な……なんだろう。ガラスケースのようなもの?
僕はGさんに歩み寄る。Gさんはこちらを見ることもなく言った。
「実験は成功じゃな。アレン、思っておったよりも早よう戻ったのう。おぬし一人か?」
「はい、Gさんに出張ってもらった方がいいと判断して迎えに来たんですよ」
「これが何かわかるか?」
僕の話を聞いていたのか少し怪しい感じでGさんが僕に聞いてきた。テーブルの上の少し大きなガラスケース……いや、ガラスの塊のようなもののことを聞いているのだろう。
「いいえ、何かの結晶とかですか?」
「ふふふ。この3日間の集大成じゃよ。下に降りて少し休憩しながら、状況を聞こうか」
二人で下に降りるとGさんは誰に言うともなく、
「お茶を二つ用意してくれ。あと茶請けがあれば、それも頼む」
その声に反応してかまどに火が灯り、ポットがかけられる。それぞれの道具が勝手に作業をしているように見える。
「見えない従僕ですか?」
「ああ、生活能力の欠如した魔法使いが暮らして行ける、偉大な魔法の一つじゃな」
Gさんは椅子に深く腰掛けて、そう言った。
「で、意味深に集大成とか言ってましたが、あれは何なんですか?」
「おぬしも似たようなものは見ておるはずじゃ。ほれ、死の書を覆って居ったクリスタル状の物質。あれの応用じゃ。あれは外からの干渉を阻害するように作られておったが、さっきのは内に大してその効果を発する。中にあるものが外に対して干渉を行えないようにするためのものじゃよ」
「それって魂喰いを封印するのに使うんですよね?」
「うむ。その通りじゃ。あの中にソウルイーターを入れてしまえば、少なくともあの邪剣は外に対しての干渉を行えなくなる」
「宿題の一つに目処が立ったってすごいじゃないですか!」
僕は少し興奮気味に言ったが、Gさんは思いのほか冷静だった。
「問題がすべて片付く訳ではない。まあ、半分は終わったと言ってもいいと思うがな。さて。おぬしが戻った理由と状況を説明してもらうかの」
セーブポイントの現状から始まりドロウの部族のこと、山岳地帯での巨人族のことを説明した。
途中Gさんは腕を組み、一度だけ「うむ」と相槌を打ったが、黙って聞き続けた。
僕の説明が終わったころに、お茶が入って運ばれてくる。
Gさんはそれを一口含んでから、話を始めた。
「これからはジャングルの南方、山岳地帯の調査になる訳か。巨人語を話せるものがいるに越したことはないのう」
「Gさんが話せるんじゃないかと期待していたんですが?」
「わしも古代巨人語なら少しわかるが、今の巨人との会話は成立せんじゃろう。北大陸の巨人と言葉が違う可能性も否定できんしな」
そう言ってから再び考え込む。
僕はGさんが何かを口にするのを待っていた。
「そうじゃな。一応巨人語の分かる者を連れて行こう」
Gさんはそう言うと羊皮紙に何か書き始めた。
手早く書き終わり、横に差し出してから、パーシバルに届けてくれと、言うとその手紙は宙に浮いて外に向かって移動していった。
わずかに入り口の扉が開き、すぐに閉じられる。
「パーシバルって、あのパーシバルですか?」
「うむ、あのパーシバルじゃよ。奴は巨人語が話せる。人里離れた地域でも活動することがあるし、ああ見えて戦士としての能力も高い。
防御能力が低くなったうちのパーティには最適な人材じゃと思う」
少し不安がある。
僕はドワーフが苦手だ。はっきり言えば嫌い。
そりが合わないというか、存在が水と油と言うか、同じ妖精を祖先とするからなのか、理由は僕にもわからないけど、とにかくダメなんだ。
「ドワーフですか……」
自然と言葉が漏れる。
「おぬしがドワーフ嫌いなのは知っておるが、なに、すぐになれるじゃろう。口が悪いことに目を瞑れば、得になる事が大きいからな」
Gさんの言葉が右から左に流れていく。
それくらいじゃ僕には響かないよ。
「背に腹は代えられませんね。攻撃力は問題ないですが、守りが薄くなっているのは事実ですし……」
と口にしてみたものの、やはり気が重いことには変わらなかった。
お茶をすすってから、僕は話を続ける。
「それはそうと、状況が不安定ですので、いちはやくセーブポイントに戻りたいと思っています。出来れば今日中に。それがだめなら明日の朝一で出発したいのですが、大丈夫ですか?」
「急じゃな。じゃがそうしたいというのも理解はできる。ギヴェオン司教が不在なのはやはり大きいのう。
急ぎ出来ることを準備してからの出立、最短は明日の早朝じゃな」
Gさんの同意は取り付けた。明日の朝一となるとパーシバルの準備が間に合わない可能性がある。
そうなればドワーフと同行せずに済む。少し気が楽になった。
「誰か来たようじゃな。パーシバルが来るには少し早いが……」
Gさんは腕輪を覗き込んでいる。何をしているのだろう?
「ああ、シティーガード、ハーバーマスターの使いかのう」
そう言ってから腕輪をトントントンと指で叩いて話しかけた。
「ご苦労。ああ、分かった。今そこまで使いを出すから渡してくれ。うむ、ここにおるで確実に渡そう」
そう言ってから指をパチンと鳴らして玄関の外を指さすと、扉脇に立っていたゴーレムが扉を開けて外に出ていった。
「時間があれば、もう数体はゴーレムを作っておきたかったが、まあ仕方ない。警備を少し多く雇っておくか」
Gさんはそう言ってお茶をすすった。
「ハーバーマスターからおぬし宛の書状だそうだ。今持ってくるから確認してくれ。ワシは上に戻ってできることをしておく。あとで手伝って欲しいことがあるから、書状を確認したら上がってくれ」
そう言い残し上へと上がっていく。木製ゴーレムが戻ってきたのはそのすぐ後だった。
僕はゴーレムから書状を受け取る。封印はハーバーマスターのものだ。すぐに開いて中を確認する。
「決断が早くて助かる。これだけでも打てる手が変わってくる……」
僕は呟く。ハーバーマスターから送られてきた書状には、ラストチャンスにオリヴィア指揮下の鉄の監視団40名を防衛体制で配備する。必要に応じて臨時指揮権を僕に移譲する、と書かれていた。
これで、最悪でもラストチャンスでの防衛戦が可能になる目途が立った。
消極的な選択ではあるが、少しでも備えがあるのは心強い。
そう思っていると、再びゴーレムが外に出ていき、階段をGさんが下りて来た。
「思ったよりも早かったな。パーシバルが来たぞ」
Gさんはそう言って椅子に座り直した。
Gさんのパーシバルへの説明は簡潔で最後は独断的でもあった。
「という訳で、巨人語が理解できるものが必要じゃ。パーシバル、同行せい」
僕でもさすがにそれでは、うんとは言わないだろうと思っていたが、パーシバルの返事もシンプルだった。
「分かった。同行しよう。俺からは一点だけだけ要求がある。
山岳地帯では多少地質を調査する時間が欲しい。それを確保してくれるならあとは文句は言わん」
断っても良いのに、と心の中で思いつつも、話はまとまった。これから店に戻り、あとの指示をするから、そのあとならいつでも出発できると言っていた。
Gさんの都合で出発は明日の日の出後、早い時間。塔の前に集合となって、パーシバルは去っていく。
「頑固で扱いにくい奴ではあるが、義理には厚いしすべきことはする男だ。信用してやってくれ」
パーシバルが出て行った後に、Gさんが僕に言った。
「Gさんがそれだけ信頼してる訳ですし、ここはGさんに従いますよ。彼の能力は確かだと思いますし。まあ、僕が知っているのは鍛冶屋としてですけど」
「うむ、それでいいのではないか?時間が解決してくれるだろう。さて、おぬしには少し手伝ってもらわんとな」
「ああ、作業が残ってるんでしたね。お手伝いしますよ」
残っている作業というのは他でもない、ソウルイーターの封印に関することだった。
ここに残して行くわけにはいかないので、最低限度の封印を今施して、Gさんが持っていくつもりのようだ。
それから4時間ほどかけて、最初の封印が完成し、布に巻かれた状態で、Gさんの保存袋に納められた。当分はこの剣専用の袋として、Gさんが携行する。
暗くなってから小屋に戻ると、ロアンが戻ってきていた。
もちろんロアンは驚いた。出かけてからわずか二晩で戻ってくるとは思っていなかっただろう。
彼女にも現状を話し、今度は戻るのに暫くかかると告げる。
ロアンは笑顔だった。
多少時間がかかっても、帰ってきてくれればそれでいい。
これは彼女の言葉だ。
帰る場所があるのは、本当に心強く感じる。
僕はハーバーマスターからもらった印章指輪を彼女に預けることにした。
僕はこれが無くてもほぼ顔パスだから、何かの時には役立ててほしいと思ったからだ。
宿の建設状況なんかの話を聞きながら、夜は静かに流れていった。
翌朝、ロアンは眠っていたが、僕は静かに小屋を後にする。
ロアンもGさん同様に朝が苦手だ。
小さく行ってきます、というと、小さな声で、いってらっしゃい、と返ってきた。
ロアンも起きていたようだ。
それ以上の会話は交わさない。
僕はそのまま静かに外に出た。
陽が昇り始める。
熱帯とは言え朝の空気は凛と引き締まる感じがする。
僕は長い影を伴って、Gさんの塔に向かった。
Gさんも朝が弱いし、パーシバルも朝寝すると聞いていたから、この時間の集合は不安があったが、塔にたどり着くと僕が最後だった。
「待ちくたびれたわい」
Gさんが僕に声を掛けてきた。
待ちくたびれたというのは嘘だろうと思う。僕が彼らの側まで近づくと、パーシバルが話しかけてきた。
「アレン。これからしばらく戻れんだろうから、これは要るだろう」
そう言って預けてあった、三日月刀を僕に手渡してくれる。名前を呼ばれたことには驚いたが、それは顔には出さない。
「もう少しかかるんじゃなかったんですか?」
「昨日戻ってからさっきまで徹夜で仕上げた。手は抜いていないし、いい仕上がりだと思うぞ」
パーシバルは自信満々にそう言った。
僕は鞘から三日月刀を抜く。
「え、軽い?」
第一印象はその一言に尽きた。
握りの感覚は変わっていないのに、明らかに軽い。抜いて刀身を眺めると、長さが少し詰められて、身幅も細くなっている。
今までが三日月のイメージだったものが、二日月になった感じがする。よりシャープで鋭い感じだ。
さらに刀身は曇り一つなく綺麗に磨き上げられており、静かな水面を思わせた。
刀身側面には僕が読めないルーンが刻まれている。
「持ち主の筋力を考えて、少しサイズを変えたぞ。この方が圧倒的に使いやすいはずだ。
もちろん、見た目を変えるのは嫌だと言っても聞けん話だ。武器は使ってなんぼ。飾るための武器なら俺は手入れなんぞ受けんからな」
僕はその言葉を聞きながら、ピュン、と風を切る音を立てて、2回、3回と振ってみる。しっくりくる上にやはり軽く振れる。
「その剣の来歴は知っているのか?」
パーシバルが僕に聞いてきた。
「前の持ち主が、月の使徒でパラディンであったことは知っていますが、それ以前はわかりません」
僕の言葉にパーシバルは頷いてから、こういった。
「その剣の来歴は恐らくかなり複雑だ。これまで2回大規模な手入れが行われている。三日月刀のなりになったのは、前の持ち主の前だろう。
詳しい話はおいおいしてやる」
「パーシバル、素晴らしい出来だと思います。ありがとう」
僕は腰に鞘を固定し、刀を収める。
「では、早速行くか。コマリたちもおぬしが戻るのを待っておるだろう」
「はい。パーシバルが初めてだと思いますから、ハンドサインと慣熟飛行を少しして行きましょう」
僕は神に奇跡の行使を祈り、聖印を切って奇跡の行使を宣言した。
「風渡り」
僕たちの体が徐々にガス状に変わっていく。
それから上空を暫く旋回、停止を行ってから一路セーブポイントに向かった。




