14:刃は未だ語らず(1)
その日も一日が終わり夕闇が訪れる。
僕たちは天幕の中に籠り、少しだらけた感じで過ごしていた。
ザックは天幕の外でずっと警備に当たっている。
コマリに少しのんびりするようにと言ってもらったのだが、『じっとしていると損をした気分になります』と言われたそうだ。
休息の必要が無いレーヴァではあるが、何もしない時間があってもいいと思うし、必要なんじゃないかとも思うが、本人が固辞している以上無理強いは出来ないし、そのおかげで安心できるのもまた事実だ。
2時間ごとに聖炎の司祭であるアンジェリカが、様子を見に来る。
定時の治療という形を取って、細かい連絡などを行っている。
あくまでも僕は療養中。それを周囲に印象付ける目的でそうしてもらっている。
僕は翌日の朝、単独でセーブポイントを発った。
一度ストームポートに戻るためだ。
ラッシャキンやハーバーマスターとドロウの受け入れに関する話をする必要があるし、帰りにはGさんを連れてきたい。
単純に魔法の能力だけならコマリでも十分に役割を果たしてくれるが、知識と見識においてGさん以上の人材はいないと思う。
コマリは最後までついていくと言い張ったが、コマリとローズは聖炎の弱点を補える貴重な戦力だから、僕の留守中を守って欲しいと言って説得した。
瞬間移動の呪文が忘却の王の呪いの影響を強く受ける以上、現在最も早い移動手段が風渡りの奇跡だ。ノンストップで移動すれば5時間でセーブポイントからストームポートに到達する。
物理的な干渉を受けないので、魔獣の類、例えばワイバーンなどに遭遇しても問題はない。
ノンストップで4時間半。僕はトラブルに見舞われる事無くストームポートにたどり着いていた。
最初にハーバーマスターの事務所を訪ねる。
入り口の衛兵に至急会いたい旨を告げると、程なくして事務室に通された。
ハーバーマスターに挨拶もそこそこに、用件を告げる。
僕はセーブポイントの現状を簡単に説明し、ドロウの移送に関して許可を求めた。
「大体話は分かった。ドロウの氏族の移送に関しては問題ない。現在の入植地に入るのであればドュルーワルカの了承があれば、こちらの許可はいらない。船に関してはチャーター便は出せるし、増便も対応してやれるが、必要なコストは払ってもらうぞ。
あとセーブポイントに支援の兵は送れない。前回のラストチャンスと同じ理由だ。多少の物資なら融通できんこともないが、あそこは要は私有地だ。ストームポートの管轄外だからな」
真っ当な線だと思うし、異議を唱えても仕方ない。事前に話を通しておくことが最大の目的なので、今はこれでOK。
「ハーバーマスター、詳細に関して決まったらまた連絡を入れます。ただ気になる事が一点あるので、これも留め置きください」
「巨人族からの情報で、詳細は確認できませんが、『永遠に続く水から人が溢れた』というものがあります」
ハーバーマスターは腕を組んで、眉を寄せる。
「そりゃどういう意味だ?」
「私にも正確な意味は解りません。ですが、永遠に続く水が海を意味するなら……」
「何者かが大量にこの大陸に上陸した、と取れるな」
「はい。こちらで許可が出ていれば問題はないでしょうが、それはないだろうと思いますので」
「確定情報ではないが、内容が内容だけに無視は出来んな。現段階では手の打ちようがない。
これは行政官閣下に相談してみることにしよう」
「ええ、それが良いと思います。この後数時間はドロウの集落かGさんの塔にいると思いますので、何かあればお知らせください」
「なんだ、とんぼ返りか?」
「ええ、先ほど説明した通りセーブポイントの状況は微妙ですからね」
「分かった。何か情報があれば連絡を入れよう」
「お願いします」
短い時間で用件を済ませ、次に向かうのはドロウの集落。ラッシャキンに話を通す必要がある。
ハーバーマスターの自宅兼事務所を出てドロウの集落に向かう。
「ラッシャキンはいる?」
集落の外を警備していたドロウに声をかけると、自宅におられると思います。とのことだった。
僕は足早に族長宅に向かう。
「なんだ、もう戻ったのか?」
ラッシャキンの第一声は拍子抜けした感じだった。
出かけて二日。たしかにもう戻ったというのもわかるけど。
「緊急事態で一時的に戻っただけですよ。ラッシャキン、ヴィッシアベンカ族とクァルテレンダ族が、あなたを頼ってセーブポイントまで避難してきました。
対応を協議したいんです」
それから掻い摘んで状況を説明する。
「ヴィッシアベンカは知らんわけじゃない。ガルスガがそう言っているなら問題はないだろう。クァルテレンダ族ってのは名前は知っているが、どんな奴らかも分からん。いや、ドロウなのは分かっているが」
「巨人族と衝突になって、かなりの戦士を失っています。今回蠍神の手下に捨て駒にされたと見ています」
「数はどれくらいいるんだ?」
「ヴィッシアベンカが600人ちょっと。クァルテレンダが400弱という所ですね」
「クァルテレンダだけなら併合も可能だろうが、ガルスガの所は併合という訳にはいかん。
少しばかり困ったな。あいつが頭を下げたとして、俺の指揮下に入るとは思えん」
「統一じゃなくて、連合的な存続って不可能ですか?」
「一時的に氏族同士が協力することはあるが、それですら珍しいんだぞ?ドロウが話し合いで物事を決めるとは思っていないだろ?」
「それはわかりますが、従来の方法では氏族同士でつぶし合いになるだけですよ。蠍神の事もありますし、勢力は出来るだけ大きく保ちたい。
氏族の中では会議によって物事が決まるわけですし、何とかしてもらえませんか?」
「何とかしろってなぁ。俺の感覚では何ともならんぞ?」
「例えばですけど、ドュルーワルカが4、ヴィッシアベンカが3、クァルテレンダ族が2、それぞれ代表者を出して重要事項に関しては取り決めを行う、みたいな会議を常設するとか?」
「今のだと連中が裏でつながれば、俺たちの言い分は通らないだろ?俺は承服できん」
「いや、ヴィッシアベンカにしても、クァルテレンダにしても同じですよ。彼らはドュルーワルカが有利じゃないかって絶対に言いますから」
「つまり、うまく行かないって話だろ?」
「そうじゃなくて、みんなが一定程度妥協してるって状況なんですよ。もちろん優先権はドュルーワルカが持っていると思いますし、ストームポートのルール上、ここに住める許可を持っているのはドュルーワルカなのが現実です。あなたが首を縦に振らなければ話はご破算なんですよ」
「つまり、俺が嫌だ、って言えばそれで終わりなんだな?」
「ええ、そうです。だから僕はお願いしているんです。ここはラッシャキンの度量を示してみませんか?あなたが気宇壮大な人物であれば、おのずと彼らは従うでしょう」
「気宇壮大ってなぁ。簡単に言ってくれる」
「僕からも彼らには説明しますし、基本的にラッシャキンに従っていただくことにはします。ですが、支配の形にはできません。
ドュルーワルカ全体が彼らの手本になっていただかないと。
彼らは人間と共生したことがありません。それはドュルーワルカも同じだったわけですけど、この1年でうまくやれるようになってるじゃないですか。
きっと彼らにもできます。できなかったらジャングルに戻っていただく他ありませんしね」
僕の言葉にラッシャキンが黙り込む。
何かを考えている様だった。
そしてゆっくりと話し始める。
「この一年で、氏族の在り方は大きく変わった。
以前は戦うことが生きることだった。今は生きるために戦うようになった。この差は大きいのを実感している。
ジャングルの中で戦い続けるしかなかった俺たちが、畑を作って、オーグを育てて、今までと変わらず狩りだってできて。
生き方を選べるんだよ。コマリみたいに全くドロウの生活に縛られない自由な子供たちの時代が来る。
俺はお前の言葉に耳を貸して良かったと思ってるよ。
だがな、すべてのドロウがこの生活を望むとも思えない。
頑なな奴だっているだろう。変わることを恐れるものもいるだろう。奴らがそれを望むのだろうか。俺には分からんよ」
「彼らは今のドュルーワルカの生活を知らないですからね。実際に見て何というかは僕にもわかりません。
ですが、彼らはそれでもドュルーワルカを頼って来たんです。少なくともガルスガ族長は。
彼の気持ちがあなたには分かるでしょう、同じ決断をしたのですから。
バドリデラ族長にしたって、状況はそう変わらないと思います。生活圏を追われ、蠍神に使い捨てにされた事実があります。
彼女にしても一族の存亡がかかっている状況です。彼らと衝突直前まで行きましたが、彼女は一族が生き延びることを選択されました。
その場に伏して恭順の意を示されたのです。
この選択がどれほど重いかは、ラッシャキン、あなたには分かるはずです」
再びラッシャキンは考え込んだ。
腕を組み遠くを見ながら口を開く。
「うまく行く保証はないぞ。万一の事態には俺はドュルーワルカにとっての最善を選択する」
「現時点ではそれで十分です。そして必ずうまく行きます」
「必ず上手く行く?どうしてだ?」
「根拠なんてありませんよ。でも、これは天祐だと思いませんか?」
「天祐だと?」
「ええ、僕がコマリと偶然出会ったことから全てが始まったんです。そこから生まれた流れが今の状況に続いているんですよ?
神の御意志が働いていると思いませんか?」
「神の御意志……。それはお前の仕える月の神の意思ってことか?」
「そこまではわかりませんよ。月の神かもしれないですし、聖炎の神かもしれない。だけど蠍神の意思ではないでしょうね」
「まあいい。そう言うことにしておこう」
「今回は事前に了解を頂くのが目的です。実際に動くのは少し時間がかかるかもしれません。その段になったら改めてご連絡をしますので、よろしくお願いします」
「分かった」
ラッシャキンは大きくうなずいた。これで地ならしはOKかな。
あ、そうだ。
「事前の了解という事で、実は個人的なお話があります」
「個人的な話?なんだそれ?」
「実は、少し言いにくいのですが……まだ先になるとは思いますが、ローズを妻に迎えたいと思っています。族長の許可を頂いておきたいと思いまして」
「いや、待て。ローズを、か?」
「はい、族長もご存じのローズです」
「いや、ローズはやめておけ。お前、ドロウレイスを妻に迎えるって意味が分かってるのか?」
「えと、反対ではなくて、無理だと言っているように聞こえるのですが?」
「まず、賛成も反対も、ドロウレイスは厳密に言えば一族ではない。だから俺の許可は必要ない。次に、ドロウレイスを妻にするためにはお前が力を示さなきゃならん。具体的にはお前がローズと戦って、夫として相応しいと認めさせる、つまり殺さずに勝たなければならんのだぞ?
今のローズの実力は多分だが俺を超えている。バケモノ司教なら分からんが、お前が戦って勝てるとは思えん。悪いことは言わん、やめておけ」
「もちろん、勝てるとは思っていませんよ。だからローズには元の名前に戻って欲しいと思っています。ドロウレイスが蠍神に認められた戦士であることは知ってますし、今の彼女がそれを名乗るのは違和感を感じますからね。すぐには無理だという事もわかってますから、だいぶ先の話になると思いますけど」
「ローズにはその話はしたのか?」
「妻になってとはまだ言ってませんよ。ただ、元の名前に戻って欲しいとは言いました。彼女も『それもいいかもしれない』って言ってくれましたけど」
「ローズがそう言ったのか?」
「ええ、間違いありません。もともとコマリが冗談半分……いや、本気でそう言ったのがきっかけですけど、僕にとって彼女が必要だと認識するいい機会になりました」
ラッシャキンが渋い顔……いや難しい顔?少なくともさっきの他の部族の受け入れを話していた時よりも深刻な顔をしている。
もしかして僕はしてはいけない話をしてしまったのだろうか。
そんなことを考えていると、ラッシャキンが話し始めた。
「そうか、もしそれが叶えば、俺としても嬉しいよ。あれが小さいころから知っているし、あれの父親も俺の親友と言って良い奴だったからな。
お前がそう言うからには、そうなのだろうが……いずれにせよ早まった真似はするなよ。時間をかけろ、いいな?」
僕には少し言っている意味が分からなかったが、賛成してくれているとは思えた。
「そこは信用してくださいよ。無理強いもしません。彼女は公式の場では『名誉族長に仕える』と言ってくれますけど、僕としては仕えるのではなくて、共に歩みたいって思うんです」
「そうか仕える、と表向きでも言っているんだな。まあ、分かった。その件に関しては俺には異存はない。コマリが喜ぶのも間違いないしな」
僕は賛成してもらえたことでホッとはしたが、会話の流れと言うか、ラッシャキンの様子に少し違和感のようなものを覚えた。
気にはなったが、今は時間がない。
「とりあえず報告すべきことは以上です。僕はガイアさんを連れてすぐにでもセーブポイントに戻る予定です」
「分かった。こっちのことは任されたから、お前のすべきことをしてこい」
僕は頷いてその場を後にした。




