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その後は各国の在ストームポート連絡官を呼び出して、独立の宣言を行う。
その場での返答は当然ながらない。
各国とも「話は承った」という事で、今日は終わる。
さらに、各勢力の代表を呼んで、今後の付き合い方を通告する。
これも先程と同様に持ち帰り改めて返答の形になる。当然だろう。
意外だったのは至高の13賢人会の代表と名乗る魔法使い、ブリジット・アダーソンが即答で了承したことだった。
高齢の人間の女性、おそらく高位の魔術師と思えるが、詳しい素性などはわからない。
それぞれの対応にはそれほど時間はかからなかったが、結局一日が必要となった。
「行政官どの。いちいち顔見て言わなくても、文章での通達だけでよかったんじゃない?」
僕がジンに尋ねると彼は笑いながら説明する。
「まず、形式として呼びつけることが重要だ。誰が主導権を握っているのかをはっきりさせないとな。
その上で、謁見の栄誉を与える。
顔を合わせるのには十分に意味があるんだぜ?」
「そう言うものですか。権力者ってのも楽じゃないんですね」
「公な権力者ってのはそう言うものだと思うぞ。
そもそも権力なんてものは目に見えねえからな。それを見える形にするってのは大事なことだ」
応接の椅子に移動して、伸びをしながらため息をつく。
ジンの話からすると、形式ごとが多くなるのは避けられないと思った。
少し鬱になる。
「しかし、至高の賢人会の対応は意外だったな。
即答するのも意外だし、この場で何か言うにしても、交渉の一つもしてくると思ってたが」
ジンが応接の向かいに座り、そう言った。
僕もそこは気になっている。
「それでも彼らにとっては問題ないってことなんでしょうね……」
彼らが、この条件で問題ないのか、それとも条件など無意味と考えているのかは分からない。
今あるのは彼らはそれを承諾したということだけだった。
「まあ、連中が何をしているのか分からんのは今に始まったことじゃねぇ。
今まで無害で、しかも役に立っているって事実も変わらん。
だからといって、今後もそうだとは言い切れんがな。奴らだって慈善団体という訳じゃない」
「ある程度の監視は必要ですよね。もっとも、その監視がどれくらい役に立つのかもわかりませんけど」
「ま、費用対効果を考えれば、前統治者みたいに放置するってのもアリだな」
「そうですねぇ……」
得体が知れぬ故の不安。
リスクが計れない以上、これが正解という対応方法もなかった。
最後にスッキリしない課題を残したまま、この日は終わった。
翌日にGさんからデューザルのゲートの魔法に関しての報告を受ける。
昨日僕が公務を行っている間に調査頼んだのだ。
準備自体はかなり前から行われていたようで、想像通り『黒マント』が用いたものに酷似した魔方陣と祭壇が確認されていた。
全部は回っていないので、きょうにも残りを調べると言っていた。
僕はその後も公務だ。
早々にノースランド、セルベックから返答があった。
双方とも「今後とも変わらぬお付き合いを」との返事。それを受けて、連絡事務所を大使館へと格上げすることを決める。
事実上呼び名が変わらるだけだが。
こちらの連絡事務所をそれぞれの国に置くことを提案されたが、これは少し時間をもらうことにする。
その任を任せられる人材がいないというのが最大の理由だ。もちろん、先方にそんなことは言わない。
カシュラートからは、独立を認めるわけにはいかない。その代わりに、アレン・ディープフロストに伯爵の爵位を与え統治を許可する。
想定された代替案だ。
伯爵という爵位はかなり思い切ったなと思う。
だが、カシュラート王国に帰属する限り、実務的にはともかく、王国のルールに従わねばならない。
それでは意味がなかった。
僕は予定通りに、文章にて、カシュラート連絡事務所に退去勧告を出した。
思っていたよりも早く、各テクニカからも返答が来る。
レイブンズも含めて、承諾の返答だった。
レイブンズは承諾しないのではないかと思っていたので意外ではある。
争うことのリスクを避けたと考えるべきだろう。これまでの行いに関しては不問とすることが効いたとも考えられる。
いずれにせよ、対外的な交渉は一通り終わることが出来た。
基本的に現状維持の形で、実務を取り仕切る人物が有能であることが、功を奏していると思う。
すぐに貿易の地固めを行わなければならなかった。
カシュラート王国との交渉が決裂したので、物資の輸入元を確保しなければならない。
これは想像だが、こちらの対応にカシュラート王国は最後通告をしてくるだろう。
当然自国の領土と思っているから、分離独立など認めることはできないはず。
港を封鎖し、物流を止め、場合によっては軍隊を派遣してくる。
それを見越し、すぐにセルベックとの交渉を始める。
最終通告を行う段階で、セルベックにも圧力をかけることが予想される。
先手を打ち、通商路を確保しておかねばならない。
物資は地元の商人達が段取りをつけてくれるし、船の運航を担うのはトランスポーターテクニカなのだが、寄港先を確保しなければならない。
この一点にのみ、セルベックの許可が必要だ。他は各テクニカが経済性を考慮してうまくやってくれる。
経済の根底をテクニカが下支え……事実上支配している状況だ。物流と金融に関しては今まで通りの協力体制が約束されている以上、国家権力といえど簡単に止めることはできない。
早々にセルベックに連絡を取り、南大陸との定期船運航を打診する。
同時にストームポートから退去するために臨時便の手配も依頼する。空で来るのはもったいないので、積載可能な量の穀物を運んできてもらうことにする。ストームポートの抱える食料在庫はおよそ2か月分。ひと月のうちに定期船の運航が決まれば十分に間に合うはずだ。
そう遠くない時期に、食料の自給が可能な形を目指してはいるが、最低でも2年は必要だと見ている。
その間、穀物類はどうしても輸入しなければならない。
その交渉はジンに一任することにした。
その後、キャッスル内の家探しを行う。
デューザルの手により、ウエルナート一族に生存者はいない。
財産の相続権を主張できる可能性のある人は誰一人いないという徹底ぶりだった。
統治権の相続対象がいては、彼が立場的に領主になることはない。
先日、カシュラート王国から『爵位』を与えるからそのまま統治という代替案が出されたのに、何となくではあるが納得がいく。
根拠はないが、デューザルは事前調整して、そうなるように話を進めていたのではないだろうか。
王国側としては対象が変わっただけ、程度にしか思っていないのかもしれない。
その裏工作が政治的なものなのか、それともそれ以外の要素が絡むのか、判断はつかない。
何にせよ、ウエルナート一族の資産は国庫に入れることができる。
そういう訳で家探しを行ったわけだ。
まず現金類に関しては、想像以上に深刻な状況だった。
収入は貿易によるものと、オークションの手数料、大陸での発掘品にかけられる税のみ。
市民から税の徴収は行っておらず、現行の行政サービスを回すのに、どう考えても足りない。
そこに、ウエルナート家のかなりの生活費がかかる状況。
どこか裏側で資金を調達していた可能性が高い。というか、そうしないと都市機能を維持できない。
正直に言ってこれは参った。
少しは蓄えもあるだろうと期待していたのだが、このままじゃ食料の買い付けもままならなくなる。
幸いなことに、美術品などは相当な量がため込まれていた。
正確な価値はわからないので、美術商を呼んで、ざっくりの鑑定を行ってもらう。
もちろん、真実の間の奇跡を使った条件下でだ。
結果から言うと全体の30%ほどは無価値。贋作や偽物、レプリカの類。
60%は一定の価値はあり、美術品の範疇ではあるが、取引価格が大したことのないもの。
10%程が、十分に美術品としての価値があり、一定の価格がつけられるもの。
美術商の話だと、大半がいいように値段を付けられたものを買わされたのではないか、ということだった。
もちろん、北で仕入れたものなので、取引していた商人からはカモとして良客だったのだろうと思う。
美術品に関しても、その場しのぎ程度にしかならないことが判明した。
ちなみに比較的最近のものは、現在の相場がわからないので、現段階で無名と判断したものが北に持ち込む段階で化ける可能性もあるそうだ。
貴金属、宝石類は一定の価値がありそうだ。
いずれにせよ確実に見込めるのは金貨20万枚程度。急ぎ処分すれば当然ながら金額は下がるというのが商人の見解だった。
宝飾としての付加価値がありそうな一部を除いて、貴金属と宝石類をギュンターに換金してもらうことにした。
現金化されたのは全部で金貨11万2千枚相当。
安泰とは言い難いが、当面の活動資金を確保することができた。
別動隊として調査していたロアンが、大発見をした。
デューザルの執務室に精巧に隠された、隠し部屋を見つけたのだ。
部屋というほど大きくはなかったが、そこにはいくつかの貴重な魔法の物品に加え、『叡智の書』が隠されていたのだ。
正直に言う。
これは非常に困った。
今のところ、ロアンと僕しか知らないが、ケイトさんの耳に入ったら、見せろって言われるのはわかっているし、オリジナルと違って、鍵の機能を持たない。
いわば純然たる知識が書かれているわけだから、Gさんも自制してくれるか怪しいと思う。
「……どうしよう、これ」
僕は自然と口に出していた。
それを聞いていたロアンがあっさりと口にする。
「燃やしちゃえば?」
それが正論だし、正しいことだとは分かってる。
けど、この本には金額に換算できないほどの価値があるのも間違いない。
何とか有効活用できないだろうか。
そんなことを考えてしまう。
「アレンちゃん、悪い奴の顔になってるよ。らしくないねー」
悩んでいた顔がロアンにはそう見えたのだろうか。
「まあ、あたし的にはお宝だしお金に変えるのって悪くない発想だとは思うよ。
でもさ、結局それが誰の幸せにつながるのかって考えると、多分誰の幸せにもならないんだよね。
その本を巡ってさ、また奪い合いが起きたり、殺し合いが起きたりするんだよね、きっと」
「ロアン、ロアンは凄いよね。
それをさらっと言えちゃうんだから。
言われた通り僕はこれで領土運営の足しにならないか、役に立たないかって考えてたよ。
でも、ほんとらしくないよね。
これは必要のないものだ。今の僕たちにも、世界中の人にとっても」
僕がそう言うと、ロアンはにっこり笑ってから、
「アレンちゃん、この場を一度任せた。
完璧な処分に必要な人物を呼んで来るから。ちょっと待っててね」
そう言い残して部屋を出て行く。
5分も待たないうちに、ロアンはコマリを連れてきた。
「コマリちゃん、アレンちゃんが困ってるから手伝ってよ」
「ええ、もちろんです。お手伝いしますよ?」
ロアンにそう答えたコマリに、
「コマリ、この本さ、分解光線で処分してくれない?」
「アレンちゃんを悩ます悪い本だからね。ちゃちゃっと消しちゃって」
僕に続けてロアンがそう言うと、
「お安い御用です」
そう笑顔で答え、魔法の準備を始める。
僕は慌てて本を4冊積んだ状態で床に置いた。
コマリの書いた魔法文字が、手をかざすコマリの前で魔方陣に変わる。
「分解光線!」
その声と共に、緑の輝きが床に積まれた本を直撃すると、4冊まとめて塵と化した。
「これで、いいんですか?その、分解しなければならないようなものじゃなくて、普通の本のようでしたけど?」
「うん、いいんだよ。これで普通には再生できないからね」
「お手柄だよ、コマリちゃん。グッジョブ!」
僕とロアンの言葉にコマリが照れ笑いする。
Gさんとケイトさんには後で僕から報告しようと思う。
財政状況はともかく、当面何とかなるし、その間に農業生産が軌道に乗ってくれれば、輸入に頼らなくても何とかなるようになる。
そうすれば自然と財政状況は改善するはずだ。
一つ片付いてスッキリした。




