29:政
僕たちはGさんの塔に戻り、休息を取ることにしたが、Gさんと僕の消耗は想像以上に激しかった。
翌日はまったく起き上がれないほどで、オリヴィアが塔に常駐し、配下のレーヴァたちが伝言役を務めてくれている。
戦いは終わったが、やらねばならないことは山積みだった。
まず、ハーバーマスターに現職復帰してもらい、港とシティの管理を通常どおりの体制で行ってもらう。
ラストチャンスとの往復航路を動かし、セーブポイントへの物資補給を回復させてもらう。
一方で、外に出る船は止めた状態を維持してもらう。
幸い今は港に寄港している船はなかったが、スケジュールどおりなら3日後に1隻、定期船が入港予定だ。
数日は港にとどまってもらわねばならなかった。
ストームポートの現状を外に漏らすわけにはいかない。
……まあ、テクニカや各国の領事館は北の大陸との連絡手段を確保しているだろうから、情報の流出は避けられない。
やらないよりはましだが、こちらで把握できない人の出入りは、今は行いたくなかった。
後で問題になる可能性が高いからだ。
かろうじて動けるようになった翌日には、聖月神教会予定地の端に立つ小さな小屋へと移動した。
Gさんの塔はGさんの住まいでもある。いつまでも邪魔をしていては申し訳ない。
これは建前で、かなり被害が出ていたので、修理に駆り出される前に逃げ出したというのが実情だ。
ここに戻ってくるのは久しぶりだ。
最低限の家具しかないが、ちゃんと整備されて生活のにおいもある。
僕たちが南を回り、ドロウの統一に奔走していた間も、ロアンがここを守っていてくれた証だ。
帰ってきたんだと思う。
エウリは隣の聖炎教会ストームポート支部に泊まり込んでいる。
その日のうちに、パーシバルの弟子たち、そしてコマリとラッシャキンも合流した。
レンブラント司教たちにも戻っていただきたいところなのだが、まだ『招かれざる客』の処遇が決まっていない。
この状況で教会に戻っていただくのは無理と判断した。
その日のうちに僕たちはストームポートを手分けして確認して回る。
人の姿で紛れ込んだ悪魔がまだいる可能性があるからだ。
単体であればそれほど脅威ではないし、ロアンやヴェルは気配で、いるかいないかが分かる。
地下まで捜索することは困難だが、少なくとも現状で人の中に紛れていないことは確認できた。
翌日になって、ハーバーマスターの事務所に行って今後の話を詰めることにした。
会議の場にいるのはハーバーマスター、Gさん、エウリ、そして僕の4人。
応接に腰掛けて、お茶を飲みながら話し始める。
「さて。現在ストームポート、及び南大陸は、主を失っている。まあ、北の都合の話だがな。
だが、北の都合で話が進んだ場合、新しい領主が送られてくることになるだろう。
貴族からすれば島流し同様だからな。新任の領主がまともな奴なわけがない」
ハーバーマスターが話を切り出した。
彼の話が続く。
「そこでだ。事前に少し出ていたが、南大陸の独立宣言を行って、カシュラート王国から離脱する。
アレンが王位につく。南大陸王国、仮称だが、この方法は現時点で考えられる最適解だと思うが、全員の意見を聞きたい」
そう言い終えると、最初にエウリが挙手し、話し始める。
「聖炎教会としては、意見を挟める立場にありません。なので賛成も反対もできません。
もちろん、私個人の意見であれば、それが最も良い形だと考えます」
「わしの意見は、ジンの言う通りで問題ないじゃろう。ついでに天上神教会を分離した方がいいじゃろうな。
連中が政治的介入をせんとも限らん。レンブラント司教に主教を務めてもらい、独立した別の天上神教会となった方がいいじゃろう。
まあ、本家は異端認定するじゃろうが」
「そうですね。デューザルの動き方を見ても、北側、教会関係者にも、死者の王の息のかかった人がいそうですし。
レンブラント司教が応じてくださるようなら、その方がいいと思います」
Gさんがそう言ったので、僕は補足した。
それを聞いてハーバーマスターがまとめに入る。
「んじゃ、アレン王擁立でOKだな?」
「ああ、待ってください。異存はありませんが、少し条件を付けさせていただけませんか?」
「条件?」
「はい。当面、王位に就いて最高責任者となることは異存ありませんが、即位にあたって2つお願いがあります。
1つ目は、ハーバーマスター、あなたが行政官に就任してくださること。
あなたがこの街の運営に関して最も実情を知る人物です。基本的には現行制度を維持するつもりなので、あなた抜きではやっていけません」
「それはもっともな意見じゃな。実務が回せねば、都市運営など無理じゃからな」
「俺は事務仕事には向いてないと思ってるんだぞ? というか、できればしたくないんだが……」
「受けていただけないなら、誰か適当な統治者を立てていただくしかありませんね」
「っちぇ、こんなところで脅しとは。えげつねぇことしやがるな」
「これは説得ですよ。脅しって人聞きが悪いじゃないですか」
僕は笑いながらハーバーマスターに言い返す。
彼はお手上げのポーズを見せると、あっさりと折れてくれた。
「仕方ねえ。それは引き受けよう」
「ありがとう。で、もう1つの条件ですが、制度に関してです。
ストームポートに関しては、その成り立ち上、北の制度に準ずる形になるのは仕方ないと思います。
一方で、ドロウはいずれ評議会による合議制にしたいと思っていますし、巨人族に関しては北との交渉権の委任を受ける形で、統治自体は行いません。
ストームポート自体を独立統治の形にして、責任者たる王を選出する形にできないかと思っています。
ラストチャンスも、独立した形で。
いずれ、セーブポイントもそうなるでしょう?
だったら、自由都市国家の代表として誰かを置く形にした方がいいと考えます。
政務官が生活を回し、外交や軍事、大きな方針に責任を持つのが王の役。
そういう形で成立させて、ゆくゆくは市民の代表の合議制にしたいと思うんです」
「北大陸にいくつかある、自由都市と似た形態だな。
だが、実情は金を持ってるやつが牛耳るだけで、ろくなことはないと聞くぞ?」
「世襲で能力のない王に統治されるよりは、まだその方がマシじゃないですか?」
「考えようだな。一概にどちらがいいとは言えまい。世襲で王になる者は、王としての教育を受けることになる。
つまり王になる前から、その準備をするものだ。
民衆が目先に利益で政策を決めるのであれば、国を見る視点を教育された愚王の方がマシかもしれん」
「それでも市民が選択肢を持てるという一点だけでも、僕は合議制の方がマシじゃないかと思うんです」
「あーちょっと良いか? アレンの言いたいことはわかったが、今は少しばかり急がねばならぬ理由もある。
今の話は後回しにしてじゃな。とりあえず暫定でよいので、ストームポートの統治者になってくれんかな?」
Gさんの意見は極めて現実的だった。
代表者が形式上決まらねば、交渉も各種権限の行使もできない。
少なくとも、軍事、外交、通商の交渉を早く始めなければならない状況である。
「そうですね。現状を考えると、Gさんの言うことが正しい。
ここは僕がどうしたいかは後に回しましょう。
とりあえず、僕がストームポートの統治者として就任します」
「うむ。その上で時間をかけて議論し、次世代の制度を決めればよかろう」
「じゃ、それは決まりな。
次は軍備の再編だが……」
ここは比較的すんなりまとまった。
僕はオリヴィアを推薦し、彼女を都市防衛司令に任命し、鉄の監視団を解体し、シティガードへ再編する。
日常は都市警備と犯罪の摘発を行う。これはシティガードの今までの仕事と変わらない。
続けて、各勢力との交渉に関して。
ここはかなり慎重に議論した。
多くのテクニカとは、現状に近い契約を再度交わすことで大丈夫だろうという結論に至る。
ギュンターは経済を回す上でその一翼を担い続けてもらわなければ困る。
トランスポーターの2つのテクニカも同様だ。物流を行う上で、彼らの協力は必要だった。
いずれもレイブンズとの関わりにおいて疑わしい部分もあったが、糾弾するだけの証拠はない。
契約の改訂にあたり、内政不干渉を誓約させると同時に、これまで行われた干渉に関しては不問とする――という一文を追加した。
シェラスコ、フェイランに関しても同様でいい。
問題はレイブンズ。
今回の件に関与していることは間違いないが、一方でデューザルの依頼であれば、彼らの非を問うことは難しい。
デューザルが死者の王の手下で依り代になったことは関係ない。同時に彼は正式な行政官だったのだから。
とは言うものの、ストームポート内に兵力を持たれるのは正直いい気分はしない。僕たちとしても、その戦力を使うつもりはないからだ。
結論としては、ストームポートからの退去勧告。さかのぼって罪を告発しないことの特赦も加えた。
ケイニスはここに事務所を抱えておらず、現時点で対応の方法がない。
そしてレイブンズ以上に悩ませたのは、ストームポート外に塔を構える至高の13賢人会の扱いだった。
彼らの提供してくれているスクロールやワンドは、僕たちにとって不可欠である。
その一方で、研究内容は不明で、魔法使いの研究機関である以上、古代巨人族の遺物研究などは間違いなく行っているだろう。その点からも、ケイニスとの接点がある可能性も高い。
いくつかの意見が出されて最終的にまとまったのが、契約を改訂すること。その際、次の条文を追加する。
・南大陸内で発見された巨人族の遺物の扱いについて、大陸外への持ち出しを禁じ、調査に関しては事前に許可を取ること。
これに難色を示す可能性も考えられたが、見方を変えれば、それが目的だと明言しているに等しい。
その場合、改めて退去を通告することにした。
各国への通達については、セルベック皇国とノースランド連合には、これまでと同様の付き合いを願うスタンスだ。
すんなりと国家として承認してくれるのであれば、直接通商路を開くという選択も出てくる。
一方、これまでの宗主国であるカシュラート王国はすんなり認めるとは思いにくい。
領主が変わることは認めるかもしれないが、カシュラートの一つの領土であり続けることを求めてくるだろう。
現在のところ、こちらから喧嘩腰に出る必要はないし、先方の返答待ちということになる。
最後に教会に関してだ。
天上神教会に関しては、先ほどのGさんのアイデアでいいということになった。レンブラント司教はこの場にいないが、彼の返事次第だ。
聖炎教会に関しては、僕はエウリに尋ねる。
「今のところ僕たちはいい協力関係にあると思う。だけど今回の独立で立場が変わるかもしれない。
カシュラートやセルベックへの建前、表立って友好的ってわけにはいかなくなるかもしれないけど……
僕としては今後とも協力関係を続けたいと思っているんだ。
すでに君たちが一番のドロウの理解者になっているわけだしね」
「まずは個人的な意見として。
アレンの言う通りにしたいと思っている。でなければセーブポイントの開発は進まないし、それどころか建設自体がおじゃんだ。
で、公式な見解だが、俺が決められる話じゃない。
本国の決定に従うのみだからな。報告するので返答を待ってほしい」
「うん、それで十分だよ。
まずは個人的に、今後ともよろしく」
そう言って僕たちは握手を交わした。
今日の会議でほぼ一日が費やされた。
ハーバーマスターの事務所からパーシバルの店へ向かう。
状況が落ち着いたので、ちゃんと話をしなければならない。
歩いて裏通りに入り、パーシバルの鍛冶屋へたどり着くと、パーシバルの弟子の一人が僕を見つけて声をかけてきた。
「陛下、お一人でどうしたんです?」
「いや、パーシバルに話があってさ」
「親方なら中にいますよ、どうぞお入りください」
「ありがとう」
そう言って鍛冶場の中に入る。
パーシバルが鼻歌を歌いながら、そこに設置されている機械を磨いていた。
「パーシバル、話があるんだ」
僕が声をかけると鼻歌が止まり、振り返る。
振り返った時のご機嫌な顔が、いつもの偏屈なドワーフの顔へと表情を変えた。
……もしかして、パーシバルは威厳ある親方キャラを作っているのかな。
「アレンか。何の用だ?」
ぶっきらぼうに問い返してくる。絶対さっきのは一人だからって油断してたんだ。
そう思いながら用件を伝える。
「2つあるんだ。まず1つ目が、レディアスを鍛えてくれた代金だよ。
高くつくぞって脅されたままで、落ち着かないよ。すぐに用意できるか分からないけど、とりあえずいくらなのか教えて」
僕は支払いがずっと気になっていた。
借金をしているみたいで落ち着かなかった。できることなら清算してもらいたい。
そうしないと次の他の頼みごとがしづらいし。
「ああ、それの代金な。金は要らねぇ。ただし、お前にやってもらいたいことがある」
金は要らない? やってもらいたいことがある?
世の中にはタダより高いものはないって格言もある。
僕は恐る恐る尋ねてみた。
「やってもらいたいことって、何?」
「お前ならそんなに難しいことじゃねぇ。
山岳地帯の一部の独占的採掘権が欲しい。それほど広い範囲じゃない。
こいつはお前じゃなきゃ交渉できねぇだろ?」
そういうことか。
何かの鉱床をパーシバルは見つけた。そこの採掘権の交渉を雷の王としろというわけだ。
「そうか。採掘ってどうするの? あんまり派手に山を崩したりとかするんだったら許可はもらえないと思うけど?」
「地表から最大で10mほど露天で掘る。範囲は最大で50m四方ってところだ」
「それなら許可、大丈夫じゃないかと思うけどさ……何、金鉱脈でも見つけた?」
笑いながら尋ねると、パーシバルはにやっと笑って答える。
「お前、そういう所は頭が遠いな。
どうやってレディアスを鍛えたと思ってるんだ?」
「そりゃ、鋼とミスリルとオリハルコン……あ! オリハルコンの鉱脈を見つけたんだ?!」
「本当に頭が遠いな。オリハルコンがなきゃレディアスは完成してねえよ」
「そうだよね。そりゃそうだ。
オリハルコンの生成とか鍛錬って、パーシバルじゃなきゃできないんだよね?」
「ああ、少なくとも南大陸には他にいねえだろうよ。鍛冶屋を全部知ってるわけじゃないが……
いずれにしても特殊な技術に、特殊な道具が必要だからな」
「わかった。すぐには無理だけど、交渉してみるよ。1つ、交渉のために条件を言っていい?」
「なんだ? 条件ってのは?」
「採掘したオリハルコンで作った巨人族の短剣を、雷の王に献上してもらえるかな?
楽しみにしてくださいって、セールストークもしやすくなるからさ」
「分かった。いいだろう。その条件で頼む」
「お任せあれ!」
ロアンを真似して言ってみて、少し後悔した。
気まずい空気の中、僕はもう1つの頼みの用件を伝えることにする。
「もう1つの用件なんだけどさ。刀鍛冶って言ってるパーシバルに頼みにくいんだけど……
鎧を1つ仕立ててくれないか?」
「馬鹿を言うな。鎧なんざ作らねえぞ?」
「そう言わないでさ。材料が材料だから、他の人には頼めないし、くれた本人もレディアスを鍛えられるほどの腕前なら、加工できるだろうって」
「その材料って何だよ? 特殊なものか?」
「うん。これなんだ」
僕はバックパックの中からひとつかみの鱗を取り出した。
パーシバルの息をのむ音が聞こえた。
「龍の鱗……銀龍のものか?!」
「うん、スロンドヴァニールがくれたんだ。僕の鎧が壊れたのを見ててさ。
鎧に仕立てると良いって言ってくれたのはいいんだけど、通常のスケイルだとこの量では作れないでしょ?
パーシバルなら、何か知ってるんじゃないかって思うしさ」
「それを早く言え! 神龍の鱗なんざ見たくてもお目にかかれるものじゃねぇ。
それにドラゴンスケイルの鎧は数千年前に作られたのが最後だ。偶然見つかった龍の亡骸から回収された鱗が使われたって聞いている」
「勇者アカトシュが身に着けてたって奴だよね。グリーンドラゴンの鎧だ。英雄譚でも出てくるよ」
「緑龍とは格が違う。神龍の鱗だぞ? 歴史に名が残る」
「いや、レディアスを鍛えたってだけで、歴史に残ると思うよ?」
「どっちもお前が使うってのが少し癪だな」
「なんか言った?」
「いや。とにかく俺が確かに引き受けた。1つ条件があるが聞いてもらえるか?」
「言ってみてよ」
「1枚は加工実験用に使わせてもらう。色々試すから1枚は実際に使うことはできなくなるだろう。
だが、それは無駄じゃねえ。必要なんだ。それだけ了承してくれ」
真面目な顔で言うパーシバル。
僕は余ったら俺に残りを寄こせとかいうんじゃないかと思ったけど、本当に真面目な奴だ。
まあ、どう見ても余りそうにないけど。
「うん、構わない。どのみちパーシバル以外に加工できないだろうしさ。お願いするよ」
うなずくパーシバル。
その瞳は少年のようにキラキラして見えた。




