28:灯
奴と戦い始めてから、5分近くが経過している。
Gさんはいくつかの攻撃魔法を立て続けに使った。
炎の魔法は奴が高い耐性を持っているようで、全くダメージになっていない。
電撃系の魔法はそこそこ効いているようだし、酸の雨や氷の嵐も効果的だ。
だが、どれも奴を弱らせるほどの打撃には至っていない。
それに、これは想像だが、奴はかなり強力な自己回復能力を持っているのではないか。
飢餓の王の依り代だった粘体がそうであったように、死者の王の依り代であるデューザルも同様だと思われた。
「どうした。ネタ切れか? もっと絶望を味わえ。無力を嘆け! 愚かさを恥よ!」
このままだとジリ貧になる。
せめて奴に剣が届く距離に近づかないと。
そのためにはこの触手の攻撃をかいくぐり、僕が奴に接近して奴の威光を押さえなければならない。
そう思いながらレディアスを振るい続けるが、時折レディアスが不快な音を立てることに気づいた。
何かを伝えようとしている気はするが、それが何かわからない。
そのまま何度か迎撃と治療を繰り返したとき、突然レディアスが重くなった。
違う。今まで働いていたレディアスの力が遮断された。
僕がレディアスで触手の攻撃を捌き切れているのは、レディアスを通じてレイアの動きを僕ができるからだ。
僕は一瞬手を止めて、レディアスを見る。
何が起こったんだ、レイア。
そう問いかけた瞬間、レイアの声が聞こえた。
―この唐変木! 少しは俺に意識を向けろ! じゃねぇと話もままならねえ!―
「え?」
僕は襲い掛かってくる触手を再び薙ぐ。
レディアスの感覚は元に戻っていた。
一体何が?
そう思いながらレディアスを再び見ると、先ほど同様にレイアの声が聞こえた。
―こっちは剣の体に慣れてねぇんだ。ましてや剣には口がない。お前が意識を向けなきゃ会話もままならねえんだぞ!―
ひどく怒られている気がする。不快な感覚の正体はレイアの苛立ちだったんだ。
―よくわからないけどごめん。さっきから何かを伝えようとしてくれてたんだよね?―
レディアスを意識しながらだと、治療まで手が回らないが、少しなら大丈夫なはず。
―よく聞け。ガイアが奴にダメージを与えたタイミングで、ガイアの前に出て、防御はスロンドヴァニールに任せろ。
そして俺の声を聞いて、同じように口にしろ。俺が口にする神の名の部分は、お前の神の名に置き換えろ―
意味はわからなかったが、言いたいことはわかった。
僕はレディアスへ向けた意識を周囲に広く向け直す。
そしてヴェルへの回復を行った。
ヴェルもエウリも時折攻撃を受け、傷ついている。
ダメージこそ大したことはないが、悪魔の傷同様に治癒の奇跡の効きが悪い。
長く放置してダメージが蓄積すると、回復が追い付かなくなる。
Gさんが僕に向かって叫んだ。
「アレン、少しばかり準備に時間が必要じゃ。奴から目を放す間、防御を頼む」
Gさんが何かする気だ。
レイアの言っていたチャンスになるかもしれない。
僕はGさんと奴を結ぶ直線上に陣取り、後方への攻撃を再び遮断する。
するとすぐにGさんは魔法を使った。
「これならどうじゃ! 追放せよ!」
奴の足元に魔方陣が輝き、瞬間移動に似た光が現れる。
一瞬、奴の触手の攻撃が止まった。
今か?
そう思ったが、時間が必要と言っていたことを考えれば、Gさんの魔法が早すぎる。
奴は追放の魔法の効果を退けたようだった。
攻撃速度が元に戻り、僕が防御を続ける。
「これに耐えるか。ならば!」
Gさんは次の魔法の準備を始めたようだ。
僕はそのタイミングが来るのを待ち、防御と回復に専念する。
エウリは盾で攻撃を防いでいるが、ヴェルは盾の代わりに足を使い、躱しながら戦っている。
ヴェルの方が疲労が蓄積しているはずだ。
動きが悪くなれば、それだけダメージを受ける確率が高くなる。
「ヴェル! 少しこっちに寄って!」
僕は声をかけ、ヴェルがそれに応じて僕の脇に来る。
すぐさま聖印を描いて彼女の肩に触れ、大いなる癒しの奇跡を施した。
これでしばらくは大丈夫なはずだ。
「待たせたな!」
そう言ってGさんが僕の脇を駆け抜け、死者の王に接近を試みた。
「Gさん、無茶だ!」
僕は慌てて前進し、Gさんを鱗の範囲に収めようとするが、触手の圧力が高くてままならない。
数歩進んだところで、前に出たGさんを触手が狙う。
「Gさん!」
数本の触手がGさんの体を貫いた??そう見えた瞬間、そこにいたGさんが消える。
ほぼ同時にGさんのいた空間を後方から緑の光線が貫いた。
その緑の光は死者の王を射抜く。
「くっ!」
奴が大きくうめき声を上げた。
無数に伸びていた黒い触手が消える。
僕は何が起きたのか、この時初めて理解した。
前に出たのはGさんの幻影で、囮だったのだ。
本人はその幻影の陰から分解光線で奴を狙い、それが直撃した。
僕はサイドステップでGさんの前に立ち、レディアスに意識を向ける。
レイアはすぐさま僕に言葉を伝えてきた。
―天におわす、わが神太陽の神に願う。その手綱をしばし放し、我に委ね給え―
「天におわす、わが神月の神に願う。その手綱をしばし放し、我に委ね給え」
僕はレイアの伝える言葉を、願う神の名だけ変えて口にした。
すると、レディアスの刀身が淡い光を放ち、その表面をいくつもの雷が駆け巡る。
既知感……僕はこの言葉を知っている気がする。
一方、死者の王は怒り狂うかのように声を上げた。
「人ごときが依り代に傷をつけるなど、あってはならん!
その報いを……何をしている?!」
奴はその半身が人の形を維持できなくなっていた。
初めて明らかにダメージを負ったことが見て取れる。
体中から噴き出す黒いもやのようなものが形を変え、黒い触手と化して接近してくる。
奴は僕が何かしようとしていることに気づいたようで、今までヴェルやエウリを狙っていた触手も、すべて僕に向けてきた。
スロンドヴァニールの鱗がそれをはじき返し続けるが、数が多すぎてさばききれない。
僕は接近する触手を切り落とし、レイアの言葉を待つ。
だが、その言葉が聞こえない。
僕を狙ってきた触手を切り落とすのに精いっぱいで、レディアスに意識を向けられていないのだ。
それでも、僕の口は自然に言葉を発していた。
「解き放て、剣の真なる力を」
僕の言葉に反応するかのように、レディアスの輝きがひときわ強くなる。
僕は知っていた。
口や耳、体が、この言葉も、そしてこの次に何をすべきかも覚えていた。
防御を止め、辛うじて触手を躱す。
次の一撃は確実に当てなければ。
僕は奴に向かって走り始める。
触手の圧が強く、体を次々とかすめ、右の太ももを貫通した。
足に激痛が走る。
だがここでやめるわけにはいかない。
歯を食いしばり、それでも足を前へと進める。
「太陽の輝きを以て、闇を滅せ!」
エウリが叫び、それに応じて太陽剣が、その名の所以たる鮮烈な輝きを周囲にまき散らす。
拮抗していた奴と月の神の威光のバランスが崩れた。
エウリは、僕が何をしようとしているのかに気づいたようだった。
―アレンは今、巨人族の城でレイアが見せた攻撃を、死者の王に使おうとしている。
あれなら、死者の王の依り代であっても、無傷では済むまい。
何としても、その機会を作らねば!―
エウリが一気に距離を詰め、奴に渾身の一撃を叩き込む。
「悪を討つ一撃」
輝きを放ち続ける太陽剣が、奴の体に深く切れ込む。
奴の反対側ではヴェルが三日月刀を舞うように振るい、奴の体を切り裂いている。
「人の分際で……」
憎々しげな奴の声が響く。二人の攻撃が奴の動きを完全に封じてくれた。
―今だ―
レイアの声が再び僕に届く。
「エウリ! ヴェル! 下がれ!」
二人が僕の声に反応したのを確認して、僕は上段からレディアスを振り下ろしながら叫ぶ。
「悪を討つ一撃!」
レイアの悪を討つ一撃で威力を増した刀身は輝きを増し、闇に沈んでいた穴の中を白い世界へと染め上げる。
レディアスの切先は奴には届かない。
だが、その光はまっすぐに闇を切り裂き、空を切り裂き、轟音を響かせながら、奴の体を二つに引き裂いた。
すぐに静寂が訪れる。
その静寂を破ったのは、奴の声だった。
「ぐぉぉぉおおおおおおおおおおおっ!」
地の底から響くような声。
それを発した次の瞬間、奴の体は威光を発するかのように周囲へ急速に膨張する。
「これでも、ダメなのか……」
脇に転がったエウリが、力なく呟く。
―アレンの放った剣撃は、先に見たものよりも一段と神々しく、力強かった。
飢餓の王を討ち滅ぼした時よりも、さらに強力だったと思う。
にもかかわらず、死者の王はその動きを止めていない……―
だが、奴の膨張は突然止まり、今度は急激に収縮して消えた。
あまりに一瞬の出来事。
「やった……のですか? ……アレン!!」
ヴェルがそう言いながら僕に駆け寄る。
僕は肩で息をして答えることができなかった。
触手に貫かれた足の痛みに加え、全身がバラバラになるほど痛い。
僕は無意識に右足の傷に手を当て、癒しを願った。
足に受けた傷だけでなく、あちこちに受けた傷が一瞬にして塞がる。
レイアの持つ聖戦士としての能力、癒しの手によるものだ。
動けずにいる僕の周りに、エウリとGさんが近寄ってくる。
僕はようやくヴェルに応えられた。
「たぶん」
エウリとGさんが僕に代わって言葉を続ける。
「さっきまでの嫌な空気が消えたな」
「どうやら死者の王に痛い目を見せて、追い返すことに成功したようじゃのう。
本体は逃げたじゃろうが、依り代を失ったんじゃ。相当の痛手じゃろうよ」
―よくやったな。だが、鍛え方が足りないぞ。体がバラバラにならなかったのは運がよかったな―
右手に握るレディアスからレイアの声が聞こえる。
レイアとの付き合い方が少しわかってきた気がした。
現状、かすり傷程度なので、そのまま一息つく。
そして見た目に良くないという理由で、擦り傷の治療を行ってから、僕たちは穴から出ることにした。
戦いは終わったんだ。
Gさんに飛行の魔法をかけられたエウリが、僕たちを地上へと抱えて往復してくれた。
4人の中で一番筋力があることが、選ばれた理由だ。
ヴェル、Gさん、最後に僕が地上へと戻る。
僕が地上に上がり目にした光景は、驚くべきものだった。
崩壊していない中央公園の半分とその周辺に、多くの人が集まり、ろうそくを手に立っていた。
「これは……」
僕が思わず口に出すと、ロアンが「お帰り」と言って、ぱんぱんと腰のあたりを叩いてきた。
そして状況の説明をしてくれる。
「シティガードたちが、街中を触れ回ってくれたんだよ。『月影の司教は敵ではない。今、街を守るために戦っている』ってね。
その声を聞いた人たちが、次々に集まって、祈りを捧げていたんだよ。
みんなが、アレンちゃんたちの無事を祈っていたんだよ」
ロアンは感極まったように、最後は鼻声だった。
ゲートを塞ぐ際の景色を見たこともあり、多くの人たちが集まってくれたのだろう。
これだけの人が祈り、願ってくれた。僕たちが負けるわけがなかった。
僕が上がってきたことに気づいた市民が、声を上げた。
「猊下がご帰還なさったぞ! 街は救われたんだ!」
一人が上げた声が次々に伝播し、街中に広がっていく。
まるでストームポートが歓喜の叫びを上げているように思えた。
真夜中を過ぎ、日付が変わっている。
こうして僕の人生史上、最も過密な4日間が幕を下ろした。
とりあえず一息。
アクション中心のハイテンポはここまでです。
次話からはその後の話となります。いつものまったりペースな感じで。
本文中で既知感をデジャヴと書いております。本来であれば誤用に当たるかと思いますが、アレンの状況を鑑み、あえて使用しております。
皆さんの声を聞かせてください。
一言でも結構です。それが次へのエネルギーになります!




