27:闇
「Gさん、それどういう意味ですか?」
「文字通りじゃよ。奴の狙いがわかったわ。
奴はストームポートの地下構造を利用して、強大な召喚術を完成させた。
いや、次元門を開くという方が適切か。
ここで死んでいったレーヴァたちは供物として利用したのじゃろう。
わしらを足止めするための捨て石として、一石二鳥という訳じゃよ」
「地獄直結の門なら、小さいものを開くことができますよね?」
「規模が違う。あのゲートが開けば溢れ出す悪魔の数も質もけた違いになる。
この規模で門が開けば、その大きさに見合った強力な悪魔も通れよう」
「壊しましょう! どうしたらいいんですか?」
「術式は完成された。そして起動された。今から魔方陣を壊すには時が足りん。
ストームポートごと破壊すれば別じゃが」
「そんなことできるわけないじゃないですか。1万を超える人がここにいるんですよ?」
「じゃがせねばならん。ゲートが開けばどのみちストームポートの住人はみな死ぬであろう。
ゲートを開かせなければ、少なくとも世界は救われる」
「次の突撃が来る!」
パーシバルが叫ぶ。
一同が迎撃態勢を取る中、僕とGさんは話し続けた。
「だからって、ここにいる人たちが犠牲になっていいわけありません!
僕は諦めませんからね」
「何をする気じゃ」
「月の神様に奇跡を願います。どんな代償を払ったとしても、ストームポートが消えてなくなるよりはましでしょ。
きっとどうにかしてくださる」
「相手は死者の王の使徒かあるいは依り代か。簡単にはいくまい」
「僕はどちらも絶対に諦めない。あの門をぶち壊して、世界もストームポートも守りたいんです!」
「まて……これならいけるかもしれん」
「方法があるんですか?」
「やって見んと分からん。一人の力で足りぬなら二人の力を合わせればいい。
事は単純ではないが……試してみる価値はある」
敵の突撃が終わり、レーヴァに深刻な負傷者が出ていた。
僕は治療を施しながら、Gさんに尋ねた。
「その方法は?」
「おぬしの奇跡と、わしの魔法を合わせる。それも、第9段階の最上位のものをな」
僕はレーヴァに杖による治療を施して、Gさんに歩み寄りその内容を聞いた。
「そんなこと、できるんですか?」
「わしもやったことはない。じゃが、これ以上の手立てもない。これで駄目なら、打つ手などない」
「敵の動きが早い、次が来る!」
「まだ供物が足らぬようじゃな。急ぐぞ!」
「みんな! Gさんと僕は暫く手が離せなくなる。なんとか持ちこたえて!」
僕がそう言うと、Gさんはすぐに魔法の準備を始めた。
宙に魔法文字を描き、時折複雑な幾何学模様を描いていく。
最後に一つ大きく息を吸うと、詠唱を始めた。
「地に溢れる万物の精霊たちよ、我が声を聞け。
これよりアレン・ディープフロストが願う祈りを、すべてのものが同様に祈れ!
我が名はガイア。わが命に従い、我が望みを聞き入れよ!
聞け! 我が願いを!」
Gさんの体から天に伸びる光が放たれると、はるか天上でその光が弾け、周囲にその光が舞い降りる。
小さな星々が雪のように降っているようだった。
Gさんはよろめいてその場に膝をついた。
僕はすぐに聖印を宙に描き、無言で祈りを捧げる。
それから、天に向かって声を上げた。
「我が主月の神よ、あなたの使徒が願い申し上げる。
今この場に現れようとしている、世界の秩序を乱し、この世に混乱をもたらすものの顕現を阻み給え!
今こそ神の奇跡を!」
空に見えていなかった月が突如天空を照らし、その光が舞い降りる光の粒をより輝かせる。
その一つ一つが、願いを月に届けるかのように、尾を引きながら月へと集まっていく。
幾万、いや、幾億もの光の線が天を走り、月に集まると月はひときわ輝きを増した。
その光にストームポート全体が包まれる。
そして、突如すっとその光が消え、月も再び姿を消した。
目の前の、そして周囲に上がっていた5本の赤い光の柱は消えていた。
僕もその場に膝をつき、ひどい疲労感に襲われながらもGさんに声をかけた。
「これで、門は開きませんよね?」
「……おそらくな。不穏な魔力の流れは収まったようじゃ」
二人してその場に座り込んだ。
「何が起こったんだ?!」
敵の突撃を退け終え、肩で息をしながら振り返ったエウリが声をかけてくる。
「詳しくは後で。それよりもレイブンズの部隊は?」
「動きがおかしい。統率が乱れているようだ」
逆に僕から問いかけ、それにエウリが応じた。
それを聞き、僕は立ち上がってすぐ先の敵兵たちの様子を見る。
一糸乱れぬ行動をしていた彼らが、隊列を乱し、周囲を見回したり、状況を確認しているのが見えた。
僕はその場からさらに数歩前に出て、聖印を描いてから、奇跡を願う。
「感情の鎮静化」
そして精一杯の声で叫ぶ。
「レイブンズの兵士たちよ!
貴殿らに戦う理由はないはずだ。武器を収め、レイブンズの囲い地に戻りなさい!」
その声を聞いたレーヴァたちは、その言葉の意味を一瞬考えたように見えた。
そして、その後、ばらばらと少しずつではあるが、レイブンズの囲い地の方へと歩き始める。
「これで、終わりだな? 単調だが、何度も繰り返されればかなり疲れる」
「何も終わってないんですよ。
僕たちはここに来た目的を果たせていない。
奴は最後の光の上がった場所にいると思います。
儀式か魔法の術式か、完成させるためにそこにいたはずです」
「うむ。すぐに向かえば、まだ間に合うじゃろう。
ここでは瞬間移動は使えぬからな」
僕たちはすぐ目の前に上がった赤い光の場所、この街の中央付近へと向かった。
レイブンズの部隊が整列した場所を超えると、その先に異様な光景が見えてくる。
僕たちから死角になっていた中央市場の南半分と、その先の中央公園の半分ほどの地面が消え、巨大な穴がぽっかりと口を開けていた。
「地下に存在する先ほどの術式の中心点じゃな。衝撃で地面が崩れたか。
ここで巨大なゲートの出現に必要な術式を完成させたのだろう。
おそらく奴はこの穴の奥におる」
縁から中を覗き込むが、日が暮れて暗いこともあり、底は見えない。
だが、奴を倒さなければ同じことが繰り返される。
今追い詰めるしかない。
「オリヴィア、部隊をここで待機させて、敵の援軍に対応してほしい。
ロアン、パーシバル、ハーバーマスター、ケイトさんも、ここで防衛に当たってください。
あまり敵の数が多かったりするようであれば、撤退も考慮して」
オリヴィア旗下のアイアンウォッチたちは、この先に進むには能力が足りていない。
ハーバーマスター、ケイトさんは装備が不十分だ。ロアンはそもそも戦闘には向かない。
そしてパーシバルは何かあった時に、ここに残る味方の盾として働いてくれるだろう。
「僕とヴェルとGさん、エウリの4人で穴に降ります。いいですね?」
僕の言葉に4人が頷く。
「じゃ、行きましょう」
僕の言葉に合わせ、Gさんが羽毛の降下の魔法をかけていく。
僕も降下するメンバーに状態確認の奇跡を施した。
その途中、ロアンが僕の名を呼んだ。
「アレンちゃん! 約束して。絶対に戻ってくるって。誰一人欠けることなく生きて帰るって!」
唇をかみしめ、真剣な表情のロアン。
僕はロアンの肩に触れて、笑顔で答えた。
「約束するよ。僕たちは全員で帰ってくる」
「絶対だからね? 嘘ついたら怒るからね?」
今にも泣きそうな顔でロアンは繰り返した。
僕は笑顔のまま、答え続ける。
「うん。約束は守るよ。僕たちは大丈夫」
そう言って再びロアンの肩を、ポンポンと叩いた。
「行きましょう」
ヴェルがそう告げ、僕たちはそこにある大穴に飛び込んだ。
「おい、ちびっこ」
「ちびっこ言うな、髭寸胴」
「心配するな。あいつらは必ず帰ってくるさ。だから俺たちは、あいつらが帰ってくるための場所を確保しなきゃな」
「分かってるよ。みんなが帰る場所はあたしたちが守るんだ」
ロアンは目をこすりながら、パーシバルに答えた。
僕たちは穴の底に向けて降下している。
想像していたよりも深い。
下にあった空間に上部が崩落した、という感じではなかった。
この穴はあけられたものだ。
「この穴自体がゲートになる予定だったのかもしれんな。しかし、想像以上に深い」
Gさんの声が聞こえる。
垂直に100mくらいは降りただろうか。
夜目の利く僕の目に底が見えた。
「もうすぐ着地です。あと5m。3、2、1、今」
ヴェルがカウントを取り、Gさんとエウリに告げる。
ふわりと降り立って周囲を警戒してから、エウリが告げた。
「僕もガイア殿もハーフエルフだ。夜目は利くし大丈夫だ」
「そうなのですね。覚えておきます。でしたら明かりはない方がいいでしょう。敵に気取られる心配が減ります」
穴の直径は100mまではない、そんな感じだ。僕たちは飛び降りた側、北側の壁面付近に着陸している。
「まずは中心部を調べるぞ。なんぞ手がかりが見つかるかもしれん」
そう言ってGさんが慎重に歩き出した。
僕たちはすぐにGさんを中心に、ヴェルとエウリがGさんの左右前方、僕がGさんの後ろの位置につく。
「嫌な感じしかしませんね」
エウリの率直な感想だった。
たしかに、穴の底で息苦しいというのはあるのかもしれないが、ここに漂っている空気はそんな単純な話ではなさそうだ。
奴の気配を感じる。
濃厚な血とカビの混じるような、独特のにおいがしている気がした。
10歩ほど進んだところで、前から憎悪や殺意に似た気配が強まる。
「まこと忌々しい。貴様は排除したはずだ。生きておろうとはな」
闇の中から声が響いた。おぼろげな輪郭が見えるが、それが人であるかは分からない。そこに浮かぶように見える二つの赤い目が印象的だった。
その声には聞き覚えがある。
だが、その声の主の特徴である流麗さは感じられない言葉遣いだった。
「デューザル。いや、その言葉遣いはデューザル卿ではありませんね。
彼を依り代にしたのですか、死者の王!」
「礼を欠いておるな。依り代とて神が目の前におるのだぞ。
頭を垂れよ!」
その言葉と同時に、強烈な威光が周囲に広がる。
周囲がすべて闇に染まりそうなほど強大な力に、まともに立ってはいられなくなる。
Gさんがその場に、上から押し付けられるように膝をついた。
「神と認めぬ者に、膝をつく道理はない!」
渾身の力を込め、エウリが叫ぶと、彼の聖戦士の威光を放ち、わずかだが死者の王の威光の力が弱まった。
僕は聖印を描いて、神に奇跡を願う。
「月の神よ、我々に闇と戦う庇護を! 祝福を!」
僕がそう口にすると同時に、僕の体を通じて月の神の威光が周囲に広がる。
その光は闇の威光と拮抗し、僕たちを奴の影響下から救い出してくれた。
「無駄な争いはしたくありません。死者の王、おとなしく自らの領土に、地獄にお戻りなさい」
「いちいち偉そうで気に入らん!
ここは我が領土に近い。この領域において、4人で何ができるか!
自らの愚かさを悔いて死ね!」
死者の王から無数の黒い触手のようなものが伸びる。
僕は咄嗟にスロンドヴァニールの鱗を投げた。
鱗は即座に大型の盾の大きさに変わると、接近してくる触手を弾いて接近を防いでくれている。
「愚かなのはお前じゃ! 神は殺せぬが、依り代なら殺せる!」
Gさんは通常よりもかなり速い速度で魔法文字を宙に描き、即座に魔法を放った。
「分解光線!」
Gさんの手元から緑色の輝きが放たれ、奴へと一直線に伸びた。
直撃すると思われた時、その進行線上に触手が伸び、光線を浴びて霧散した。
「黒き触手の魔法ではないのか?!」
「その通り、これは実体を持っている。残念だったな」
触手の動きが早くなり、ヴェルとエウリはそれを躱すので精一杯で近づけない。
僕はGさんの前に位置取りを変えて、レディアスを振るって触手を払い続ける。
Gさんをスロンドヴァニールの鱗が守っている状態なので、僕も大きく前に出ることができない。
今の状態ならGさんは魔法を使い続けることができる。
僕はレディアスを振るい、触手を切り落としながら、隙を見出して、ヴェルとエウリに高速詠唱の技術を応用して治療を行う。
杖に持ち替えての治療は難しい。
治癒の奇跡が尽きる前に倒さなければならなかった。
だが、十分に勝機はある。
僕たちは必死に戦い続けた。




