11:伏兵
僕とローズがみんなの元に戻った時には、状況は落ち着いているようだった。
人質の子供たちも状況を飲み込み、今は泣き止んでいた。
「これからどうするんだ?ソウザにも撤退を伝えなきゃならんが?」
「そうですね、一度セーブポイントに戻ることを予定していましたが、このままクァルテレンダのキャンプに向かおうかと思うのですが、エウリはどう思います?」
僕はエウリに応じて、意見を求める。
「子供たちは早く返してやりたいところだしな。それでも良いと思うが?」
「いえ、簡単には行かないと思いますよ。今回の筋書きを描いたのは、別にいるはずですから」
「え?スコーロウの司祭がいるだろ?そいつらじゃないのか?」
「僕もそう思ってたんですが、たぶん違いますね。先ほどの抵抗があまりにも拙く、組織だっていないというか、違和感があります」
「静寂で指揮が出来なかっただけじゃないのか?」
「その可能性もあります。ですけど疑ってかかる方が安全だと思います。ソウザ隊と合流し、クァルテレンダのキャンプに向かいましょう」
エウリと話を済ませ、歩きはじめる。
人質の子供は8名、上は15歳から下は4歳まで。小さい子を4人ほどザックが抱えて、少し年上の子供たちには歩いてもらう。
15歳と言っても、人間の子供の基準からすると5、6歳程度の見た目だ。
「ローズ、先行してガルスガ族長の様子を見て、伝言を頼みたいんだけど」
「人使いが本当に荒いですね。追加料金は高くつきますよ?」
ローズが言い返してきたが、僕はスルーすることにした。
「ガルスガ族長は無事だと思うけど、必要になるかもしれないから、これを持っていって」
ポーションケースから毒消しと回復薬を手渡す。
「ドロウは毒には耐性があるので、毒消しは不要でしょう」
「ドロウとはいえ、全ての毒に耐性があるわけじゃないでしょう。毒を用いるという事は効果があるものを使うってことだと思います。
敵はドロウのことをよく知っている訳だし」
「なるほど、了解しました。で、伝言は何を伝えれば?」
「戦闘になるかもしれないから、族長の信頼できる戦士を10名ほど、すぐ動けるように準備してもらっておいて」
「分かりました。では私は現地でアレンの到着を待てばいいのですね?」
「うん、戻ってくるのも面倒だろうし、そうして」
僕の話を聞き終えるとローズが小走りに先行し、やがて闇の中に消えた。
僕たちは歩き続ける。
40分ほど歩いただろうか。子供の速度に合わせているので、通常よりも圧倒的に遅いが、だとしてもソウザ隊と合流できてもいい頃なのだが……。
前方に、月の光を反射する輝きが見えた。ソウザ隊だろう。
さらに5分後、僕たちは合流した。
「結局出番なしじゃないか」
「まだ、これからあるかもしれませんよ」
ソウザと握手を交わし、そう告げる。
ソウザとエウリに部隊の再編をしてもらい、騎馬のうち二人は馬から降りて手綱を引いてもらうことにする。そこに子供を乗せて再出発だ。
僕とエウリシュア、ソウザの3人が先頭を歩いて、その後ろにコマリとザック、さらに後ろに子供を乗せた馬2頭が続く。
その両脇に襲撃隊のパラディン。最後列には横一列に並んだ騎馬隊が続く。
移動中に馬上で眠った子供が落ちそうになったこと以外にトラブルはなく、クァルテレンダのキャンプに到着した。
「止まれ!何者か!」
警備に当たっていたクァルテレンダの戦士が数名集まり、そう呼び掛けてきた。
「聖炎の聖戦士、ソウザ・イブリースだ。
ディープフロスト司教猊下の護衛で参った。
緊急事態につき今すぐに族長と面会したいと司教猊下は仰せだ。
早急に取り次げ!」
ソウザはそう返答する。
キャンプの方では何の騒ぎかと人が集まり始めていた。
警備の一人が後方に走り去る。
少し待っていると奥からバドリデラ族長が姿を現す。
当然のようにケヒーラとドゥアルデストを従えて。
「このような夜分に、いかに司教といえど無礼が過ぎます」
ケヒーラが最初に口を開いた。
ソウザが返答する。
「緊急事態と申しておる。貴殿らを追跡して来たであろうスコーロウの部隊を確認したのでこれを撃破した。
これで貴殿らも安心して眠れるというものだろう!」
ソウザの声に背後の群衆にざわめきが広がり始める。
注意深く声を拾うと、なんと恐ろしい、とか、蠍神の使いを殺しただと、とか、動揺と怒りの声が多い。
つまり、族長は部族が移動してきた理由を説明していない可能性が高い。
「何を寝言を。そのような少数で蠍神の使徒を撃破するなど、夢でも見たのではないか?」
ケヒーラはそう告げた。半分は群衆に向けて言った言葉だろう。
彼女は蠍神に追跡されている事実はない、と言っているのと同じだ。
「バドリデラ族長に伺います。あなたは何のために、ここにおいでになったのか」
僕は一応公式の場に即した形で問う。
「それはもちろん、貴殿らと……」
「一近衛が出過ぎるな!司教猊下は族長に問われたのだ。失礼ながら族長。猊下の質問にお答えください」
ソウザがケヒーラの言葉を遮り、改めて族長に問う。
彼女は震えているように見えた。
「このような茶番に付き合う必要はありません。族長、下がりましょう」
ケヒーラがバドリデラ族長を促し後ろに下がろうとした。
「族長、待ってもらおうか。俺も説明が欲しいんでな」
脇から歩いてガルスガが族長が姿を現す。
彼は縛り上げたドロウの男を前に蹴り転がしてから、言葉を続けた。
「この男はあんたの氏族だろ?わざわざ俺の寝所に忍び込ませた理由を教えてもらいたいね」
そう言ってから手にしていた短剣を男の脇に投げる。
「悪いが説明をしてもらうまでは俺も引くわけにはいかん。クァルテレンダのキャンプは俺たちが包囲している。
妙な動きをすればこの場で戦争になるぞ」
一気に緊張感が高まる。
偶発的に戦いが始まることを僕は何とか阻止したかった。
「スコーロウの一団を叩いた際に、貴殿らの人質と思われる子供を8名保護している。
まずはお返ししよう」
僕はそう言って馬に乗っていた4人の子供と、ザックが抱えていた4人の子供を前に出す。
「夢とおっしゃるなら、こちらも見分していただきましょう」
そう続けてから、エウリシュアに目配せする。
彼は頷いてから、
「全部はさすがに持ち切れないので、司祭の首二つ。ご検分ください」
そう言い、下げていた二つの袋を前に投げた。
「さて、先ほどのご返答をまだ聞いておりません。族長は何のために一族を率いてここまで来られたのか」
僕はそう言ってから不意に脇腹に激痛を感じた。
また、脇腹か……。
最初にそんなことを思い、次に痛みの先を見ると、人質になっていた子供の年長者がダガーを突き立てている。
ちょっと予想外。
僕の背後から光が舞い上がり、その少年に向けて急降下する。
「ロロカント、ダメだ!」
そう言ってその子の前に盾をかざす。
ロロカントの振るった重い槌矛は盾に軽く触れて止まった。
「大丈夫だ、君は何も悪くない。さあ、手の力を抜いて」
そう告げる。
彼は震えながらダガーの柄から手を離した。
「そう、君は勇敢だ。だけど、少し向こう見ず……」
そこで僕の意識は途絶えた。
あー毒かぁ。ワイバーンの時も痛かったな……。
「あれ?」
僕は目を開けるのと同時に声に出していたようだ。
目の前には知った顔。聖炎の司祭、アンジェリカだ。
「猊下がお目覚めになりました!」
アンジェリカが横を向いて誰かに言っている。
あ、そうだ。子供に刺されたんだっけ。即効性のある致死毒だったと思うけど、毒を中和するの奇跡が間に合ったのか。
脇腹に痛みはない。治療も済んでいる。
ゆっくりと体を起こすと頭痛が襲ってきた。毒の後遺症かな、転んだ時に頭をぶつけたかな。
そんなことを思っていると突然抱き付かれた。
「アレン様、ご無事で……」
コマリが泣いている。僕は彼女を抱きしめて耳元で呟く。
「コマリ、ごめんね。心配させちゃった」
「心配で済むならいくらでも心配します。本当に無事でよかった」
「で、どういう状況なの?」
僕の問いかけには近くに歩いてきたエウリシュアが答えてくれた。
「アレンが刺された直後に、ローズがケヒーラを討った。背筋が寒くなるほどの見事な手際だったよ。
君の守護天使が上空に上がってそのオーラで我々に力を与えてくれて、戦闘は避けられないと思ったんだが、バドリデラ族長がその場に平伏してね。
隣にいたドゥアルデストがそれを切ろうとしたんだが、ガルスガ族長が阻止した。
クァルテレンダ族は族長に倣い、戦闘にはならなかったよ。
クァルテレンダ族に紛れていた蠍神の一派も8名ほど確保したし、君が刺されただけですべて片付いたよ」
「そうか、それは何よりだ」
「全然何よりじゃありません!アレン様は危ない所だったんですよ」
コマリが少し大きな声で言った。
「奥方の言うとおりだ。使われた毒はかなり強力で、毒消しが間に合わなかったら死者の復活の奇跡では助けられなかったかもしれない。
君も知ってると思うけど、即死には死者の復活は効果がないからね」
「ああ、覚えておくと良いよ。即死と言われる毒でも、実際には即死はしないから死者の復活は有効だよ。
ただ、慌てて行うと、体内の残った毒で生き返ってすぐに死ぬ。だから事前に毒を消すのを忘れないようにしないと」
「そんなことどうでもいいんです!アレン様は少し休んでください」
地面に敷かれたマットレスに押し倒された。
「そう言えばここはどこですか?」
「ヴィッシアベンカ族のテントの中だよ。族長が提供してくださった。族長は周囲の警戒に当たっているよ」
「そう、セーブポイントの方は何事もなかった?」
「ああ、何事もなかったようだ。安心して大丈夫だ」
「そうか、あ、肝心なことを聞いていなかった。
あの子供はどうしました?」
「君を刺した子は一応監禁してある。あの子はバドリデラ族長の息子だったんだよ」
「なるほど、勇敢な訳だ。エルフとドロウが犬猿の仲なのを、すっかり忘れていたよ。今まで上手く行きすぎてた。少し油断してたかな」
「油断と言えば、奥方大変だったんだぞ?『アレン様に何かあれば私も死にます』って」
「殉死はダメって言ってあるのに。コマリ、死んでまでついてこられると、さすがに迷惑だよ」
「アレン様・・・?」
コマリが僕から顔を離して、僕の顔を見つめる。
「でも、生きてる限りはずっとそばにいてほしい。コマリ、君を愛している」
「アレン様、ずっとお傍におります」
アレンは生まれて初めて人に対して「愛してる」と言った。
何を気負うこともなく、自然と出た言葉だった。




