25:証
通常の船であれば、ラストチャンスからストームポートまでは丸一日かかる。風の状態や潮の流れによっては1泊する必要があることも少なくない。
だが、奇跡の力で安定的に風を受け飛ぶこの船なら、2時間かからずに到達する。
僕がストームポートに急ぎ戻る理由はいち早く解決するため、というのもあるが、それ以外に2つあった。
一つはGさんの塔を拠点として使いたいから。早く戻れば塔の中に侵入されていない可能性もある。
もう一つは、デューザルに対する牽制だ。
飛空船が目の前に現れれば、警戒するだろうし、僕やGさんがそこにいることを印象付けられる。
そうなれば奴とて他に手を回す余裕がなくなるはずだ。
奴が十分な兵力を持っているのであれば、昨日の夜のような奇襲はしないと思う。
より数を使い、確実にGさんを仕留めるための兵力を送り込んだはずだ。
「というわけで、船でストームポート上空を威嚇のために周回してから、塔の確保に向かいます。
ストームポート上で旋回したら、オリヴィア、魔道兵装の兵士を右舷に配置させてください。
必要に応じて上空から塔の周囲を掃討します。
できればシティガードがいないことを祈りますが、塔に接近を試みているようであれば、やむを得ません」
大事のための小事。そう言って人の命を単純に割り切りたくはない。
だが、デューザルを放置すれば、犠牲になる数は100や200では済まなくなる。
僕は腹をくくった。
下すべき決断は、僕の責任で下さなければならない。
「その後、船を塔につけて塔に移動。内部に侵入している敵がいればこれを排除します。
Gさんに味方へ罠が働かないようにしてもらい、先頭はヴェルに頼みます」
ヴェルが頷く。
「最終的に塔を確保できたら、今日の作戦は終了。オリヴィアたちには申し訳ないけど、船側から周囲の監視をお願いします。
連絡のためにオリヴィアは塔側にいてください。ここまでで何か質問はありますか?」
「わざわざ塔を確保して一泊するより、速攻で奇襲をかけた方がいいんじゃない?
上空まで船で入るなら、キャッスルに降下だってできるし」
「そうじゃな。その方がわしも確率が高いと思えるが?」
ロアンの発案にGさんが同意を示した。
「それは最初に考えたんですが、Gさんに魔法による偵察を行ってもらい、可能ならデューザルの場所を特定してから踏み込みたいんですよ。
急襲をかけるとなると、Gさんに偵察を行ってもらい、それからの降下になる。
その分Gさんの支援や攻撃の魔法が少なくなります。
それを避けるために前日のうちに動きを把握して、翌日万全の準備をして乗り込もうと思ったんです」
「なるほどな。まあ慎重で手堅いとは思う」
Gさんが僕の意見にも相槌を打った。
そこでハーバーマスターが手を上げる。
「だったら、両方を試すってのはどうだ?
主力の突撃は翌日に行う予定で、それとは別に今晩中に奴の排除を行う部隊を送り込む。
自慢にならんが、俺はシティの地下構造に関しては誰よりも詳しいぜ?
キャッスルに侵入する経路も思いつくが?」
「確かにそれはいい手のように思えますが、戦力を分散し過ぎるのは危険ではありませんか?
相手もハーバーマスターが僕たちと行動を共にしている可能性は考えているでしょうし。
陽動と突入部隊を分けて考えていました。そこへの人数を先行して暗殺部隊に割くのは、決まれば確かに効果は大きいですが、リスクも高い」
「そうじゃな。陽動と攻撃隊に分けるのはいいが、攻撃隊が二つに割れるのはまずかろう。
ジン。そなたはキャッスルに侵入する経路を思いつくと言ったが、デューザルがそれを察する可能性はどのくらいあると考える?」
Gさんが顎を撫でながらハーバーマスターに尋ねた。
彼は少し考え込んでから、それに答える。
「確率は30%ってとこだな。当然奴はこの街ができる前からここを知っている。地下を調べてもいるだろう。
だが、それを更新しているとは思えん。
俺が使おうとしているのは比較的近年になって作られた下水道だ。
そいつはキャッスル直下ではないが、城の裏手の通りにつながっている。
それを知っているとは思いにくいな」
「ふむ。そこを侵入経路にする方法は十分にアリじゃな。では、そこを使って奇襲をかけるというのはどうじゃ?
わしらが万全の態勢を敷けば、当然ながら奴に時間を与えることになる。
アレンが死んだと思うておる方が、成功の確率が高かろう」
「ですけど、雷の砦で――厳密には僕じゃありませんけど――レイアが暴れたのを知っている可能性があるのでは?」
「奴は死者の王と繋がっておる。であれば、そこにおったのがアレンではないことを知っておる可能性も高いのではないか?
実際に奴はおぬしの復活後も、おぬしに対して直接の手を打てておらん。
まあ、たまたまかもしれんが、おぬしが生きておることを知っておれば、わしを殺す際に、成功しようとしまいと第2波を用意したのではないか?
ラストチャンスにより多くの刺客を送り込んだのではないか?」
確かにその可能性も否定はできない。
僕は少し考え込んだ。
Gさんは再びハーバーマスターに尋ねる。
「ジンよ。奴がキャッスル以外にどこかに出かけることはあるのか?」
「さすがに付き人をやってたわけじゃねぇから、そこまではわからん。ただ、俺の知る限りでは市中を出歩いたという話は聞いたことがないな」
「私も奴がキャッスル以外にいる所は見たことがない。キャッスルの右翼の2階奥にある執務室でしか見たことがないな」
「僕は中央の会議室で彼と会いましたが……」
ジンに続き、ケイトさんが意見を口にした。
僕も一応、奴と会ったときの状況を付け加える。
「ふむ。奴はキャッスルにおると考えてよさそうじゃのう。
少々見切り発車ではあるが、一気に奇襲をかける方がよいと思うが、どうじゃ?」
「そうですね。作戦をそちらに切り替えましょう。
ただ、下水道を通って接近する案は不採用で行きます。
作戦はこうです……」
頭の中で作戦案を立てて、皆に説明する。
「攻撃組が火力不足ということはないか?」
「ですが、陽動組にGさんがいてもらった方が、結果的に死者の数は減ると思います。
圧倒的に多数を、それも一般兵を相手にするのは陽動組ですからね」
「じゃが、現状のキャッスルの中がどうなっておるかは誰もわからん。用心するのじゃぞ?」
「それは心得てます。みんなもこの案でいいかな?」
一同は首を縦に振る。
その間も船は順調に飛行を続けていた。
到着前に方針が決まってよかったと思う。
20分後、見張りに立っていた鉄の監視団の一人からオリヴィアに連絡が入った。
「ストームポートを目視しました。5分で目的地です」
「すぐに向こうからも目視されますね。作戦開始です。各自準備をお願いします」
その言葉に頷いて、Gさんはその場で魔法を行使する。心言結合の魔法だ。
これでGさんとオリヴィア、僕とヴェルとロアンとハーバーマスターが、言葉を使わなくても意思の疎通ができる。
この魔法の効果時間がタイムリミットに指定してある。
時間内に目的を達成できなかった場合は一時撤退し、作戦を立て直すことになっていた。
僕は操船に少し専念する。真南から向かっていた船を一度東寄りに進路を変えてから、弧を描くようにストームポートに接近する。
最接近するのはGさんの塔の上。そこで塔の状況を確認するためだ。
高度を50mくらいまで落として、塔をかすめるように飛ぶ。
かなりの短時間だが、Gさんは塔の中の状況を確認できたようだ。
「塔の中に侵入されてはおらんようじゃ。手筈どおり塔につける形で係留してくれ。わしは行くぞ、あとはうまくやれ」
そう言い残して船の甲板へと出て行く。
すぐに予定された地点に船が差し掛かる。
Gさん以下、エウリシュアとパーシバル、それにオリヴィアと配下のレーヴァたちが船を飛び降りた。
羽毛の降下の魔法で地上へと降下していく。西門の外側付近に降りる予定だ。
僕は船の速度を落としながら急旋回させて、Gさんの塔の西側、ストームポートの反対側に停船させ、アンカーを地上に打つ。
船は安定した。操船室から甲板へと急ぐ。
「ケイトリン、私はあなたを信用したわけではない。だが、あなたは汚名を晴らす機会を与えられた。
これを使いなさい」
ヴェルが、自分の短弓と短剣、そして矢筒を手渡した。
「ありがとう。いい弓だね。大切に使わせてもらうよ」
「ちゃんと生きて返しなさい。妙な真似はしないことね。その時は私は遠慮しないから」
「怖いね。でもその必要はないと思うよ。ちゃんと生きてこれを返すから」
「みんな、準備はいい?」
僕はそこで待つ仲間たちに声をかけ、一呼吸おいて風渡りの奇跡を施す。
僕とヴェル、ロアン、ハーバーマスター、ケイトさん。
体をガス状へと変化させて夕暮れ近い空へと舞い上がった。
垂直に高度を上げてから、水平飛行に移る。
目的地はそう遠くないので速度はそれほど上げない。キャッスルの上空を過ぎ、緑地帯の木陰へと降り立つ。
周囲を確認し、安全であることを確認してから実体に戻る。
僕は全員とアイコンタクトしてから、Gさんに連絡を取った。
―Gさん、こっちは目的地点に到着しました。そっちの状況は?―
―思ったより早かったな。いや、こちらが遅れたか。今、西門に向かい移動中じゃ。少し待っとれ―
―了解。早く頼みます―
連絡を終えて、一同にハンドサインで知らせる。
地面を指さし、掌を広げ地面に向かって下げる動き。
ここで待機。
だが、ケイトさんには意味がちゃんと通じなかった。
ハーバーマスターには心言結合の魔法で伝えられたが、ケイトさんにはかかっていない。
仕方なく地面に文字を書く。『待機』と書くと、彼女は頷いた。
今のところ、周囲には人影がない。
普段から人通りは多くないが、その分シティガードの見回りは多い地域だ。
今は彼らに見つからないことを祈り、行動開始の時を待った。
「アレンたちは準備ができておるようじゃ。わしらも少し急ぐか」
地上へと降下したGさんたちは、一度集合し隊列を組んで西門へと向かっていた。
風の影響を受け、予定した場所よりも少し流されたためだ。
急ぎ足で西門へ向かい、やがて門の周囲に人影が見え始める。
門は破壊されたまま。
さすがに修理は間に合わなかったようだ。
門脇の監視塔から、声が響く。
「そこの一団、停止せよ。命令に従わねば敵対行為とみなす!」
その声に一同は足を止める。
エウリシュアが数歩前に進んで声を上げた。
「私の名はエウリシュア・レーベン。聖炎の神に仕える聖戦士である。
ストームポートの衛兵に告げる。
行政官デューザル卿は悪魔に魂を売った罪人だ。
だが、もしこの事実を知りながらデューザル卿に加担するのであれば、私は諸君を討つべき敵とみなす。
貴殿らの職務に誠実な行いは称されるべきである。
私とて無益な殺生は望まん。
直ちに武器を捨てこの場を立ち去るか、我々に協力し、デューザル卿の捕縛に協力せよ。
選択の機会は与えた。
神は見ておられる。
自ら選択せよ!」
夕暮れ時の城壁に、エウリの声が響き渡る。
堂々として淀みのない声は、ガードたちに動揺を与えるには十分だった。
―アレン。始めたぞ。そっちも始めてくれ―
―了解―
Gさんはアレンに連絡を取る。
今のところ、辺りは静かだった。
西門に人影が動く。一人、門の前に出てきたようだ。
「聖戦士レーベン卿、貴殿に尋ねる。
何の証拠をもって、デューザル卿を罪人というのか。納得できる証拠を示せ!」
声は低い女性のものだった。
エウリはその声に応える。
「私は神に仕える戦士、嘘は言わぬ。
信用に値する証言を聞いている。私もまた、彼の行いとしか言いようのない現場を目撃している。
提示できる証拠こそないが、これで十分ではないか!」
「再度問う。貴殿が聖戦士であると、証明できるか?
証明できねば貴殿の言も信用に足りぬ!」
確かに正論だ。
見た目だけなら聖戦士の真似もできる。
確かな証、どう立てれば――。
そう思いながら、エウリシュアは小さく口に出して祈った。
「神よ、私に僅かな奇跡をお与えください。聖炎の声ティナ様。どうか若輩なる私にお力添えください」
そして正面を見据え、再び声を張る。
「見るが良い。これが聖戦士の証だ!」
そう言ってエウリシュアは自らの威光を膨れ上がらせる。
この距離では、その範囲に相手を包むことはできない。
だが、何か感じ取ってくれれば――。
エウリシュアは剣を抜き、奉剣の形をとる。
そしてその剣を天高く掲げた。
届け! 届いてくれ!
―神を称えよ―
エウリシュアは声を聴いた。
体に力がみなぎるのを感じる。
エウリシュアの放つ威光は天まで届くかのように高く、そして遠くまで照らし始めた。
その威光は銀色に輝く炎のように辺りを照らす。
「銀色の炎……聖なる炎の輝き……」
門前でこちらに声を上げたシティガードは、呆然とそれを見つめていた。
幻術の類だろうか。
だが、その光はあまりにも清く鮮烈に感じられた。
彼女の後ろで一人のシティガードが、苦しみ、もがき始める。
「何が……?」
彼女には何が起きているのか理解できなかった。
もがくガードは、やがて表面から真っ黒な闇へと変化していく。
自分は何ともないのに、なぜこいつは――。
前方からの圧力が急激に高まる。
エウリシュアは問答していたガードの後方に悪意が溢れるのを感じ、走り出していた。
Gさんやオリヴィアたちもそれに続く。
「そこから離れろ! そいつは悪魔だ!」
エウリシュアはガードに向かい叫ぶ。
ガードは咄嗟に剣を抜き、その黒い影に向けた。
黒い影は聖なる光に体を焼かれながら、ガードに近づく。
「く、来るな!」
ガードは剣を振るうが、その切先が影に届いても、手応えを感じない。
だが、彼女は不思議と恐怖を感じてはいなかった。
「悪魔だろうと、私がやられると決まっているわけじゃない!」
再び剣を構え、対峙する。
じりじりと近寄ってくる黒い影。
その時、背後から声が聞こえた。先ほどのレーベンと名乗った聖戦士の声が、すぐそこから。
「悪を討つ一撃!」
駆け寄ったエウリシュアは渾身の力を込めて、その影に一撃を叩き込む。
太陽剣の輝きに、彼の聖なる力が上乗せされる。上段から振り下ろされたその一撃は、影を二つに切り裂くと同時に、一気に燃え上がらせた。
エウリシュアの威光が通常の彼の威光へと戻る。
「まだ名前を伺っていませんでしたね、勇敢な兵士よ」
エウリシュアが彼女の肩をポンと叩く。
兵士は我に返り、名乗った。
「私はオーガスタ。警備部隊の小隊長だ。助けてくれたことに感謝する」
「では、オーガスタ殿。私の言葉に納得していただけただろうか?」
「ええ、貴殿の言葉は信頼に値する。私も貴殿に協力させてください」
「ありがとうございます。では……」
エウリシュアは門の直前の位置で、再び声を張った。
「今一度問う。ストームポートの勇敢な兵士たちよ。
貴殿らの敵は誰か!
貴殿らが戦うべきは誰か!
分からぬ者は直ちに家へ帰り、自らの身を守れ。恥じる必要はない。
我らと共に戦う者はこの場に集え!
まだ、我々を敵と呼ぶ者がいるのであれば、かかってくるがいい。
だが、正義の刃が我にあることを忘れるな!」
その声に辺りは静まり返った。
5分後、数名の離脱者はいたが、多くのガードたちがエウリシュアに従う決断をした。
最初の戦いは、一人の被害者を出しただけで終わりを告げた。




