24:許
夜が明ける。
ジャングルから数キロしか離れていないが、木々のあまり生えていない旧街道付近は随分と乾いて感じた。
朝の祈りを済ませ、全員が乗り込むと、船を動かした。
速度をあまり上げず3kmほど移動し、ドュルーワルカの避難民を乗せる。
スペースに余裕がなく窮屈な状態を強いることになるが、最長で5時間くらいなので辛抱してもらわなければならない。
安全、確実に移送することが最優先だ。
そこからラストチャンスへと向かうが、ジャングル上空を直進ではなく、旧街道沿いに移動。
状況が伝わっていない騎馬隊に連絡を付けて、彼らにもラストチャンスに向かってもらう。
飛行開始から2時間ほどで、移動中の彼らを発見し連絡を付けた。
かなり強行軍で移動していたらしく、ラストチャンスから70kmくらいの地点。僕の予想よりもストームポートに近い位置だった。
引き返し、ラストチャンスの外で待機するように命じて再び移動。
昼過ぎにはラストチャンスに到着する。
港ではなく、ラストチャンスの南側、セーブポイントへの街道に船を降ろした。
カジムとスタンが先行してラストチャンスに向かう。
状況の確認と説得のためだ。
数は多くはないが、ここにもシティガードが常駐している。
無駄な衝突はしたくなかった。
すぐにドュルーワルカの避難民を下船させる。
この先、彼らは船で移動することはない。
かなり窮屈な思いをさせているので、休憩も必要だ。
着陸してから2時間ほどが経過した。
「すんなりとはいきませんね」
「まあ、人それぞれ、立場も考え方もあるからな」
僕の言葉にGさんが答えた。
力づくで制圧することは可能だが考えていないので、待つしかない。
協力が得られない場合はこの付近に陣を張って、牽制する形で良しとしなければならない。
作戦上はそれでもいいと思っていた。
さらに1時間が過ぎる。
僕は諦めて防衛陣地の設置に入ろうかと思い始めたころだ。
「ラストチャンスより、騎馬が接近してきます。一騎です」
見張りに立っていたヴェルが報告をくれる。
恐らく伝令だ。
オリヴィアが部隊を前に立たせて、迎撃の態勢を取る。
「伝令! ディープフロスト猊下! 街にお入りください。
ラストチャンスは猊下のお越しを歓迎いたします!」
伝令はシティガードの一人のようだった。
返答にこれだけ時間がかかったのは、ラストチャンスが一枚岩ではないことを意味している。
僕は考えてから、返答した。
「ご厚意に感謝します。これより向かいますので、よろしくお願いします」
僕の返答を聞いて伝令は戻っていく。
Gさんがその姿を見ながら再び話しかけてきた。
「とは言うものの、安全かどうかはわからんじゃろ。
あのように返答してもよかったのか?」
「ええ。形だけだとしても、彼らは好意をもって返答してくれたのです。
それを無下にはできません。
僕とヴェルで先行して様子を見てきますよ」
「いや、少数で行く方が危険じゃ。
行くのであれば十分な数を連れていくべきじゃと思う」
「かと言って主力を連れていくわけにもいかないですよ。戦えない子どももいるんです。
こちらの守りを残しておかないと」
「それでも20や30連れて行っても問題あるまい?」
「そうですね……では、もう一人、エウリに同行を頼みましょう」
「おぬし、人の話を……」
「聞いてます。Gさんの懸念は理解しています。
ですが、ヴェルが後手を踏むことはないと思いますし、少人数の方が撤退もしやすい。
それに数にこそ入れてませんが、レイアもいるんです。
相手が少人数でチャンスと思ってくれた方が、この後やりやすいでしょ?」
「自ら餌になるというのか?」
「一番食いつく可能性の高い餌ですからね。何が釣れるかまでは分かりませんけど」
「わかった。くれぐれも慎重にな」
僕はヴェルとエウリに声をかけ、偵察がてらラストチャンスの街に向かうことを告げる。
二人は二つ返事で応じ、コマリが乗用馬を召喚してくれた。
すぐに馬の背にまたがり、3人はラストチャンスへと向かった。
「話はまとまったのなら、何の問題もないんじゃないか?」
エウリがそう口にする。
人の善意を疑わない聖戦士らしいとは思うが、敵は善意すら利用するだろう。
「そうなんですけどね。ただ、話がまとまるのにかなり時間を必要とした。
最終的に僕たちに協力してくれる話にまとまったとしても、納得していない人もいるでしょう。
それに、待ち構えているのはラストチャンスの人たちだけとは限りませんし」
「中にデューザルの手下が紛れている可能性があるということですね」
ヴェルが付け加え、僕は頷いてから話を続ける。
「悪魔の類には、人の姿をして生活に紛れ込む奴らもいる。
昨日の影のような奴らも、その類だと思う。ロアンはアサシン風の連中は妙な気配がするって言ってたしね」
「なるほど。少数精鋭で先行するのは、それを警戒してのことか」
「うん。向こうからすれば好機に見えるはずだからね。
引っかかってくれれば、ラストチャンスのリスクを消せる」
エウリは納得したようだ。
5分ほど馬の背に揺られてラストチャンス南門に到着する。
ゲートを守備しているシティガードたちが『捧げ剣』の号令と共に敬礼をしてくれた。
開かれている門を抜けて街中に入ると、カジムとスタンを含む街の人たちが僕たちを出迎えてくれた。
僕は馬を降りて、手綱をヴェルに渡す。
その時に小さい声で確認した。
「気配は?」
「あります。ご注意ください」
頷いてからカジムたちに歩み寄った。
「大変お待たせして申し訳ございません。港湾部の準備に少し時間がかかりました」
「港湾部の準備? てっきり街の人の意見が割れたのだと思っていましたが」
「いえ。ガードたちには反対意見があったのは事実ですが、ガードたちも大半は猊下を歓迎しております。
反対した者たちは、自らの意志で、軟禁状態になっております」
「自らの意志で軟禁?」
「私から説明いたします、猊下。
猊下をお迎えすることに異を唱える者たちも、心情的には猊下にお味方したいと思っているのです。
ですが、ストームポートに住む家族にその責が及ぶことを恐れております。
ですので、彼らは自ら牢内におります。拘束され、自分たちは何もできなかったという体を成すためです。
どうか彼らに寛大な心で応じて下さるよう、お願い申し上げます」
そう言った人物の顔は知っていた。
先のラストチャンス防衛戦の際にも、現場の責任者としてここにいた、シティガードの部隊長だった。
「そういう理由ですね。わかりました。牢内にいる人たちはいいとして、あなたたちは場合によっては責を問われてしまいますが……」
「ご心配には及びません。
我々は猊下を信じております。猊下が悪しき行いに手を染める方ではないと。
我々の責務は市民を守ることです。
失礼ながら猊下もまた、我々が守るべき市民であります」
その言葉には揺るぎない信念のようなものを感じた。
僕は彼に尋ねる。
「失礼ですが、お名前を伺ってもよろしいですか?」
「はい。ラストチャンス防衛隊の指揮官を務めます、アンディ・ランドールと申します」
「ランドール殿。大変失礼ですが、ウエルナート男爵家にゆかりがあるお方ですか?」
「4代ほど前にウエルナート家と婚姻関係がございます。それ以降、騎士家として処遇いただいております。
とは申しましても、市民と変わらぬ生活ですが」
「そうでしたか。ランドール卿、改めて貴殿の心遣い、感謝いたします」
そう言ってカジムに向き直る。
「で、港湾部の準備とは?」
「はい。ドュルーワルカの方々をお連れになっておられましたので、街の中に収容できる場所を確保いたしました。
数百人が逗留できる場所となると他にはございませんでしたので。
さすがに家屋等は準備できませんでしたが、防護柵の内側ですので、外側よりは安全です」
「カジム、そしてラストチャンスの皆さん。心遣いに感謝します」
僕はそう言って頭を深く下げる。
彼らの意見が割れていたのではなくて、準備のために時間がかかっていた。
疑っていた自分が少し恥ずかしくもあった。
「猊下、どうかお顔をお上げください。
皆が猊下にご恩返しさせていただきたいと思っているのです。
その気持ち、お受け取り下さい」
「そうはいっても、先の防衛戦も元をただせば、私がドュルーワルカを撤退させたことで起きました。
戦いの原因は私にあるのです。皆さんにはかえってご迷惑をおかけする結果になったわけですし」
「そうかもしれませんが、その後ラストチャンスの生活は変わりました。
そのドュルーワルカの人たちが周囲の警備をしてくださるおかげで、一段と平和になったのです。
ここはストームポートと違って、魔獣の類の襲撃を日常的に受けておりました。
畑を広げることもままならず、冒険者たちの落とす金に頼るしかない状況。
しかも年々、冒険者の数は減っておりました。
ですが、あの日を境に変わったのです。
物流の拠点として、生活の拠点として、ラストチャンスは見違えました。
猊下が変えて下さったのです」
「それは……皆さんの努力あってこそです。私の力など知れています。過大な評価ですよ」
カジムの言葉が僕には少し重く感じられた。
そうなのかもしれないが、それは僕の力によるものじゃない。
そう思っていると、エウリがカジムと周囲にいる人たちに話し始めた。
「ラストチャンスの民たちに、聖炎教会を代表してお礼申し上げる。
貴殿らがここで働いてくれるおかげで、我々もセーブポイントの整備を進めることができている。
貴殿らは我々にとって掛け替えのない隣人だ。
今後とも貴殿らと共に発展して行きたい」
「聖戦士様。そう言っていただけるのは光栄なことにございます」
エウリの言葉にカジムが応え、頭を下げた。
その時、群衆の中から強い悪意を感じた。
僕はベルトに挟んであるスロンドヴァニールの鱗を投げ、レディアスを抜く。
同時にエウリシュアも太陽剣を抜いて天にかざしていた。
「太陽の輝きを以て、悪魔を祓え!」
その言葉に反応し、彼の手にした太陽剣が強烈に輝く。
思わず目を覆う群衆の中、恐怖の表情を浮かべ硬直する人物を確認した。
「ヴェル!」
僕は叫んで群衆の中を走り抜ける。
人の形をしていたそれは、人の姿を維持できなくなったようだった。
真っ黒な姿へと変わり、太陽の光に苦悶している。
周囲の人に当たらぬように、レディアスを上段から振り下ろす。
影は防御の態勢すら取れぬまま、レディアスによって切り裂かれ、塵と化した。
少し離れたところにいたもう一体も、ヴェルによって切り刻まれたようだ。
周囲を警戒し、他にそれらしいものがいないことを確認する。
「妙な気配はもうありません。恐らくですが、今ので終わりだと思います」
ヴェルも周囲を確認し、そう告げる。
その声を聞いた僕とエウリは剣を収めた。
「いまのは……?」
その場にへたり込んで呆然としながら、スタンがそう口にした。
僕は元の場所に戻って、説明する。
「昨晩も似たような奴に襲撃されたんです。
恐らくデューザルの手下でしょう。悪魔の類です。
安全を確保するために即座に排除してしまいましたが、今の二人はここの住民ですか?」
そう問いかけると周囲でざわめきが起こる。
近くにいた人の話だと、普段見かけない顔だったとのことだ。
どうやら住民と入れ替わっていたわけではないらしい。
「住民に犠牲が出た訳ではないようで、安心しました」
僕がそう口にすると、そこにいた人々は静まり返り、周囲の顔を見回していた。
「たぶん大丈夫ですよ。街中で誰かと入れ替わるのは簡単じゃありませんし、周囲の人が気付くでしょう」
一同に広がった動揺は、簡単には収まらないようだった。
その様子を見たエウリが大きな声で宣言する。
「聖炎の神の聖名において、私は悪魔を祓うことを誓おう。
各々が奉じる神を信じよ!
神々の聖名の前に悪魔は無力だ!」
エウリの声が響き渡り、それと同時に彼の威光が周囲を包む。
そこに集っていた住人やシティガードたちが、口々に神々の名を口にしていた。
程なく人々は落ち着きを取り戻す。
僕よりもエウリの方がよっぽど聖職者らしい。いや、彼は剣を以て神に仕える聖職者だ。ある意味当然で、僕が少し見習うべきなのだと思う。
エウリはこの場にいた方がいいと思うし、僕が行くのも少し問題な気がするので、ヴェルに待機している人たちに街へと移動するように伝令を頼む。
「船の警備に少し残しますね」と答え、ヴェルは馬で街から駆けていった。
しばらくすると、船の周辺に待機していた人々が街へと近づいてくる。
その先頭にマッカランの姿が見えた。
予定よりも早い。
エウリもそれを確認したようで、街の近くまで来たところで声をかけた。
「予想よりも随分早いじゃないか!」
「当然だ。最小の休息で大急ぎで来たからな。
で、到着してみりゃ仕事は終わってると来たもんだ。せっかく急いだのに意味がなかったじゃないか」
笑顔でマッカランが答える。
「お疲れ様。先に仕事は片付けたので、とりあえずは休んでよ」
僕がそう言うと、マッカランは苦笑いを浮かべた。
「まあ、楽させてくれるのなら、それに越したことはない」
そう言って僕たちの脇で馬から降りる。
後続にいたドュルーワルカの戦士に港まで進むように伝える。
すぐにラッシャキンとヴェルもやってきた。
「ラッシャキン、てっきり警備に残ったかと」
「あっちはイシュタルに任せた。50ほど置いてきたから足りるだろう。
族長としてはこっちにいるべきだと思ってな」
都合によってそれを使い分けると、イシュタルが少し可哀想だと思う。
ドュルーワルカに混じってレンブラント司教たちが歩いてくるのが見えた。
そこにいたエリーが旧知の人物を見つけたようだ。
「サザーランドのおじさん?!」
「エリー、だよな? 大きくなって見違えたぞ。おやじさんたちは元気か?」
「直前まで何の連絡もなかったから……多分元気だよ」
「そうか。お前、どうしてここに?」
「教会の偉くて悪い人が来て。それで司教様と一緒に助けていただいたの」
「そうか、無事でよかった」
そんな会話をしているのを僕がほほえましく思いながら見ていたら、それにサザーランドが気がついて姿勢を正し、敬礼してきた。
僕は、そんなに形式ばらなくてもいいのにと思いながら、サザーランドに向かって親指を立てて見せる。
彼はどう反応していいかわからず固まっていたが、エリーが同じように親指を立てて返してくれる。
エリーに向かってウインクをすると、サザーランドが少し照れながら親指を立てて返してくれた。
正直に言えば、照れることもないしフランクに接してくれればいいのにと思う。
それでも、彼がサムアップで返してくれたことが嬉しかったので、「それそれ」と人差し指で2回指さして、もう一度サムアップした。
しばらく移動するドュルーワルカを見ていたが、Gさんとコマリ、ハーバーマスターなど主要なメンバーがそろったので、宿屋の1階を借りてミーティングを行う。
僕はこの後すぐにストームポートに戻るつもりでいた。
「この後ストームポートに向かいますが、守備隊をここに残したいと思っています。
まず、ラッシャキン。ここに残ってマッカランたちと協力して守りを固めてください。
紛れ込んでいた悪魔は片付けましたが、今後ここに襲撃がないとは言い切れません。
ラッシャキンだったらここでの防衛経験もあるので、シティガードとも協力がしやすいでしょう」
「正論で固められたら言い返しようがねぇ。ストームポート組の方が暴れる機会は多いだろうが、従ってやる」
ラッシャキンは渋々といった表情で了承した。
「次に、コマリ。コマリもここに残って守備隊に協力してほしい」
「なぜですか? 私もアレン様にお供いたします」
「……うん、そう言うと思ってたけど、今回は選択肢がないんだ。
万一の襲撃を考えると、魔法使いが一人ここにいた方がいい。だけど、コマリとGさんしかいないんだよ。
ストームポートでは塔を使う都合もあるからGさんが必須になる。
他に選択肢がないんだ。コマリ、ここに残ってみんなを助けてほしい。
僕の代わりに、みんなを守ってくれ」
僕の瞳を真っ直ぐ見つめ、その言葉を聞くコマリ。
その姿勢のまま、わずかな静寂が訪れる。
そしてコマリは口を開いた。
「お師様にはアレン様の代わりは務まりませんから。それは私の役目です。
アレン様、ご指示に従います。
アレン様の後顧の憂いは妻として私が断ちましょう」
力強く、はっきりとコマリは言った。
正直に言えばもっと抵抗すると思っていたので、意外でもあった。
僕はコマリの手を握って、もう一度告げる。
「あとのことは頼むよ」
「はい」
コマリは笑顔でそう返事をした。
ここに残るのはラッシャキンとコマリの二人。
ハーバーマスター、エウリシュア、オリヴィア以下鉄の監視団、ケイトさん、パーシバル、ロアン、Gさん、ヴェル、そして僕がストームポートに乗り込むことになる。
「移動しながらこの先の説明はします。すぐに船に戻り出発します」
そう告げて解散となる。
一同はその足で船へと向かう。
僕は一度振り返り、コマリと目を合わせる。
コマリは大きく、そして力強く頷いた。
僕も笑顔で頷いて、宿を後にする。
僕たちは船に戻り、イシュタルにもコマリを頼むと告げ、そのままストームポートを目指した。




