21:合
ロアンは西へと急いでいた。
このペースなら1時間くらいでガイアたちに追いつけると考えていたからだ。
暗闇の中、警戒しながらも早足に進むロアンの足が止まる。
進行方向に、何かの気配を感じ取ったのだ。
慎重に気配を探ると、それは遠のいていく。
ガイアたちに追いついたのか? それにしては早すぎる。
ロアンは自分の気配を消して、闇に紛れるように消えた。
その連中もまた気配を隠しながら移動している。
おかげでロアンはすぐに追いつくことができた。
もちろん必要以上には近づかない。
移動しながら慎重にその連中を観察する。
人数は3人。恐らくは探索者か偵察者。
地面に残るガイアたちの残した痕跡を追跡しているようだ。
決して早いペースではない。
痕跡を確認して、進んでを繰り返していた。
ロアンは考える。
先手を打てば、相手の方が数は多いが、何とかなる。
だが、デニスをてこずらせた相手がいるかもしれない。
絶対に勝てる確証はなかった。
ガイアたちを追跡するその手際が良くない。
連中は探索者ではなく暗殺者で、追跡に関しての専門家ではないだろうと考えを改めた。
3人の後方50mほどの位置に、先ほど使わなかった最後の花火をセットする。
そして筒の後ろに伸びる線を引き抜く。
同時にロアンは再び闇へ溶け込むように姿を消した。
次々と飛び散る光のかたまり。
それは火球の魔法のように真っすぐ飛んだ後に、色とりどりの光の花を咲かせる。
3人は一瞬何が起こったのか分からなかったが、幻術の魔法の類だと気がついたようだ。
あからさまな殺気を放ちながら花火の方に近寄っていく。
その時ロアンはすでに大回りで3人の外側を西へと移動していた。
連中はロアンに気づかない。
戦ったらあんたらの方が強いのかもね。
でも、かくれんぼにかけっこなら、あたしの方が勝つ。
5つ目の光が散ったところで、その筒は動作を終える。
「なんだ、思ったほど派手じゃないじゃん」
小さく呟いた次の瞬間。
ひときわ大きな火球が飛び出したかと思うと、地面を飛びながら赤い龍の姿へと変わり、上空へ垂直に昇って消えた。
3人の人影は最後の火球をよけようととっさに旧街道の左右に散ったようだった。
ロアンは連中のおおよその位置を確認して、気配を消したまま急ぎ足で西へと向かう。
脅かすのには成功した。
あとは急いでガイアたちと合流するだけだ。
連中は花火を調べているのだろう、接近してくる様子はない。
ロアンは気配を消すのを止め、全力で西へと走り始めた。
「ん?」
歩き続けるガイアたちは、後方で上がった赤い龍の光を目撃していた。
「ロアンじゃな。近くまで来ておるのか。おおよそ2kmかのう。慎重なロアンが、周囲に自分の位置を知らせるような真似はすまい。
わしらがつけられておったか、追手がかかっておったか。どちらかじゃな」
「敵の規模はわかりませんね。交戦は避ける方がよろしいかと」
ガイアにオリヴィアが進言する。
「そうじゃな……ロアンはわしらを追ってきておる。ここまで来て引き返す選択はせんじゃろう。
恐らくは今ので追手よりわしらに近くなったじゃろうな。ロアンが先に来るじゃろう。
オリヴィアよ。後方の警戒を少し厚くしてくれ。
わしらは今の速度を維持して、ロアンと合流しよう。
もし、ロアン以外が追い付いたならば、その時点で迎撃する。よいな?」
「了解です」
オリヴィアはそう言うと、最後列にレーヴァの人員を増やす。
そしてそのまま進み続けた。
30分ほど進んだ頃に、オリヴィアが警告を発する。
「後方より接近する人物を補足」
「人数は?」
「一人のようです」
「この場にて停止。一応迎撃の準備を」
ガイアの指示で台車の後方にレーヴァたちが隊列を組む。
盾と剣を構える1列目の後方に、魔道兵装の2列目が並んだ。
そのすぐ後ろにガイアが陣取る。
その人影は少し手前で速度を落とすと、声を上げた。
「あたしだよ。やっと追いついた……」
そこに現れたのはロアン。
肩で息をして両ひざに手をついて前かがみになっていた。
レーヴァたちが臨戦態勢を解く。
その列を割ってガイアが前に出ると、呪文を唱え始めた。
「ちょ、Gちゃん?!」
ロアンがそれに気づき、慌てて両手を前に出して振る。
「もうろくする歳じゃないんでしょ? Gちゃん、悪い冗談はやめ……」
「魔法看破」
呪文が放たれ効果を表すと、ガイアはすぐにロアンへと歩み寄る。
「脅かすつもりはなかったが、念のためじゃ。おぬしの姿をした敵でないという保証がなかったからな」
「一言言ってくれればいいじゃん! いきなり吹き飛ばされるのかと思ったよ」
「わしは意外と信用がないんじゃな」
「そういう話じゃないから!
必死に走ってきたのにさ。ひどくない?」
「まあ、それは謝ったじゃろう」
「とりあえず、一つ貸しにしておく。
Gちゃんたち、追跡されてるよ。あたしの後方約15分にアサシン3人。台車の痕跡を追ってきてるみたい」
「少しペースを上げるか。その数なら何とでもなるとは思うが、被害が出るのは避けたい」
「少し休ませてよ。走り通しだったんだから」
「でしたら、ロアン殿は少し休んでいてください」
オリヴィアがそう告げて、レーヴァたちの隊列を元に戻し出発準備を始める。
「えー、オリヴィアって、意外と冷たいんだ。それってあたしを置いていくってこと?」
「そうは申してません。ロアン殿、失礼」
そう言うとオリヴィアはロアンを持ち上げて、自分の肩に乗せる。
「うわっ!」
ロアンが思わずはしゃいだ声を上げた。
「オリヴィアって見た目より力持ち?」
「私はレーヴァとしては非力な方ですが、ロアン殿は幸い人間の成人男性に比べれば軽いですから」
その様子を見ていたガイアは、ロアンが『間接的にチビって言った』と難癖をつけるのではないかと思っていたが、ロアンは口にしなかった。
少し子供っぽくはしゃいでいるままのようだ。
「おっと。わしが置いて行かれる」
ガイアは慌てて小走りで追いかけた。
さらに2時間ほど走り続ける。
途中で走る人員を交代させ、休息する間はレーヴァたちが抱えて走る。
それを繰り返すことで、かなりの距離を移動できたはずだ。当初の予定よりも進んでいるはず。
「さすがレーヴァじゃな。疲れを知らぬというのは、他の種族ではありえん」
「我々の利点の一つです。3日だろうと1週間だろうと、損傷がなければ戦い続けられます」
「悪気はないから許せよ。通常の生物には到底真似はできん」
「それがレーヴァの特性、種族に与えられた個性、ということにしておきましょう」
「言い得て妙じゃな。ロアンよ。後ろはどうじゃ? 連中も徒歩なら、追いつけるはずはないと思うが」
「今のところ後ろからの気配はないね。諦めてくれたんなら、それでいいんだけど」
「油断は禁物。相手が相手じゃ」
「前方から誰か来る……消えた?」
ロアンが叫ぶとオリヴィアが隊列を止め、レーヴァたちが一斉に戦闘態勢を取る。
「ガイア、あなたたちでしたか」
ゆっくりと歩いて近づいてくる人物。
それはヴェルだった。
「ヴェルか。脅かすなよ。わざわざ出迎えに来てくれたのか?」
「パーシバルもいるんですね。ロアンも。そっちは確かオリヴィア。一緒にいるということは味方と考えて良いのですね?」
「オリヴィアの手助けなしでは、こう早くここには着けんかったじゃろう」
「そうですか。他にもいろいろおられるようですね。思っていたよりも人数が多い」
「それもおいおい話す。とりあえず合流したい。落ち着けばセーブポイントとも連絡が取れるしな」
「そうですね。船まで戻りましょう。
一つ確認なのですが、さっき上がった発光信号のようなものは、あなたたちですか?」
「うむ。この後ろに客がおるようでな。ちょっとした目くらましに使った。わしからも一つ伝えておこう。
アレンは無事じゃ。命に別状はない。目を覚ますのがいつになるかわからんが、遅くともひと月以内には目を覚ます」
「そう……ですか。それはよかった」
ヴェルはそれだけ言って船へと戻り始めた。
アレンの命に別状はない。その一言で、少し緊張の糸が切れた。
思わずこぼれた涙を、誰にも見せたくなかったのだ。
一同は普通の速度で進み続ける。
10分後に一同は船に到着した。
「客がいるのでしたね。詳しいことは落ち着いてから聞きましょう。
まずはお客さんをもてなさないと。どれくらいの数ですか?」
「確認したのは3人。他は見てないよ」
「そうですか。ロアンが言うのであれば、間違いなさそうですね」
「3人くらいなら俺が片付けてきてやるぞ?」
ラッシャキンが会話に入ってくる。
「族長。少しおとなしくしててください。せっかくの憂さ晴らしです。私がやります」
「けちけちすんな。暴れ足りてないのは俺も同じだ」
「3人だけど、デニスは結構苦戦してたからね。あ、デニスは4人相手に苦戦してたのかな?」
ロアンが二人の会話に割って入る。
「デニスが4人相手に苦戦。デニスも腕は悪くありませんが、馬鹿正直ですからね。
3人しかいないのであれば私一人で十分……」
ヴェルがそう答えたところで、表情が変わった。
「敵はどうも戦力を現地調達したようですね。偵察から連絡が来ました。
敵は多数。おそらく屍人でしょう。族長、皆の指揮を」
「そうやって俺を後ろに下げるつもりか? その手には乗らん」
「アホなこと言ってないで、族長らしく仕事をしてください」
ヴェルがラッシャキンに向かってきつく言う。
ラッシャキンは頭を掻きながら船に向かい叫んだ。
「いいか、死体どもを船に近づけるな! 敵はどこから来るかわからんからな。周囲の警戒を怠るなよ!」
「おー!」
ドロウの戦士たちが弓や剣を掲げ、ラッシャキンの言葉に応える。
「これでいいだろう。ヴェル、賭けをしないか? どっちが多く敵を潰すか」
「構いませんが、族長、私の得物は屍人の類にはよく効きます。分が悪いですよ?」
「なあに。弟子にハンデをやらんと師匠としては立場がないからな。丁度いい」
「そんなことを言って……師匠の面子をなくしても知りませんからね?」
「二人で盛り上がっておるところ悪いんじゃが、わしらも手伝うが?」
「ガイア、そうですね。では一つお願いします。
合図代わりに、加速を入れてもらえますか?
あとは長旅の疲れを癒しててください」
「……」
「どうしました、ガイア? いつでも良いですよ?」
「ならば、任せたぞ」
そう言ってから宙に魔法文字を描いて、魔法の行使を宣言する。
「加速!」
ラッシャキンとヴェルはその魔法の効果を得て、猛然と走り出した。
「かなりフラストレーションがたまっておるようじゃのう」
走り去った二人を見て、ガイアは呟く。
「とはいうても、一応我々も警戒態勢を取るぞ。
何が起こるかわからん。のんびりするのはこの後じゃ」
オリヴィアに指示を出し、レーヴァが正面に迎撃陣形を取る。
ガイアはその後ろに立った。
パーシバルも戦槌を手に、ガイアの隣に立つ。
走り去った二人は闇の中に消え、ここからその様子は見えなかった。
「二人で大丈夫なのか?」
パーシバルが呟くと、ガイアは視線を動かすことなく答えた。
「どれくらいの数がおるのか分からんが、一般的な屍人が100や200おったところで敵ではないだろうよ。
吸血鬼だの、屍人の王だのが1ダースもおれば別じゃろうが」
「さすがにそれはないな」
「うむ。ないじゃろう」
かなり前方で聖なる輝きがきらめき始める。
ヴェルが三日月刀を振るい始めたようだ。
周囲は静かだった。
ガイアはその静けさが、妙に気になっていた。




