19:宣
セーブポイントに戻った僕は、ガルスガとクェルシャッシャに使いを出す。
エウリには、後でGさんとも話をしたいので自分も司令部に向かうと伝え、一足先に報告に行ってもらう。
その間に壊れた鎧からローブへと着替え、一息入れる。
蘇生の影響を受けていて、完全な状態とは言い難い。
だが、それでもできることはたくさんあるし、せねばならぬことも同様にたくさんある。
ゆっくりしているわけにはいかなかった。
ほどなく訪れたガルスガとクェルシャッシャに、周辺の警戒を一段階引き上げるよう伝えると、司令部へ向かった。
「アレン。無事ってわけじゃなさそうだが、まずは帰還できてよかった」
「ええ、レイアのおかげで戻りました。ひどい目にも遭いましたけどね」
そう言ってデニスと握手を交わし、これまでの情報の更新を行う。
僕が眠っていたのはわずか1日。
だが、その間に目まぐるしく状況は変化を続けているようだった。
「そうですか。Gさんは移動するために、今すぐに連絡はつかない状況なのですね」
「ラッシャキン族長たちと合流する予定だそうだ。それまで連絡は取れないが、気にするなと。
合流後に向こうから連絡が入ることになっている」
「分かりました。ほかに何かあります?」
「予期していたことだが、ストームポート経由の物資の移送が止められている。
デューザル卿が手を回したのだろうな」
「思い切った手に出てきましたね。デューザル卿とて敵を増やしたくはないでしょう。
聖炎と事を構えるつもりってことですよね」
「これまでの経緯を知っているんだ、敵対するのは当然だろう?
本国側にどう伝えているかは知らんが、一時的な混乱とでも言えば面目も立つのではないか?」
「何にしても食料の供給が止まるのは痛いですね。まだ自給自足できるレベルには程遠い。
今ある物資でどれくらい、もちます?」
「1週間ってところが限界だろうな。
輸送に3日かかるとして、4日で事態を納めないと、兵糧攻めになる」
「4日、ですか。きついですね」
「きついな。まともに戦争をしてたんじゃ、話にならない」
「幸いなことに、デューザル卿を排除できれば、すべて片付きます。
事情を知らぬ一般の人とも戦いたくはありませんし、方法はそれしかありません」
「それはその通りだな。だが、デューザル卿はそれも理解しているだろう。警戒もしているさ。
それに、厄介な問題もある」
「厄介な問題?」
「おそらくデューザル卿はこの後自分が領主に収まる段取りをつけているんだろう。
じゃないとウエルナート一族を皆殺しなんてできないだろ?
奴を排除した場合、領土の正当性が維持できなくなる。王国直轄領とかにされたら、それこそ厄介だ。
最低でも、こちらの話に聞く耳を持ってくれる領主の領地でないと、ドロウとの対立は避けられなくなる」
北の価値観を持つ領主が来たとして、その人物が協力的である可能性は極めて低い。
十中八九はドロウ排除に動き、戦争になる。
ケイニスは敵対確定だし、他のテクニカとも個別に交渉の必要があることを考えれば、今考えられる方法は1つしかなかった。
「そうですね。方法はなくはありませんが……いいのかな、それで……」
「なんか歯切れが悪いな。その方法ってなんだ?」
デニスが突っ込んでくる。
僕はそれでも少し悩んだが、考えていることを口にした。
「南大陸の独立宣言を行います。
僕が王位を宣言する正当性はスロンドヴァニールの後ろ盾で十分でしょう。
カシュラート王国はうんとは言わないでしょうが、セルベック皇国にとっては、形だけの王国領である今よりはマシになる。
幸いなことに、北からの大船団などはあり得ませんからね。
それができるのだったら、未だに未開の状態で、1地方領の状態ではなかったでしょう。嵐の海が守ってくれます。
一方で、ストームポートの人々は領主が変わろうと、今の生活が大きく変わらなければ、気にはしないでしょう」
「おまえ、そこまで考えてたのか……」
「いや、考えてたわけじゃないですよ。今考えたんです。
本音を言えば王位とか重荷ですからね。他に誰かに任せられれば良いのですが……」
「それはお前にしかできんな。それに最善の手だとも思う。
人種間の垣根を低くする観点からも、最善の手だ。北のつまらない固定概念に左右されることもない」
「まあ、北とのいざこざにはなりかねませんけどね」
「何にしてもデューザル卿を排除してその後の憂いがないことは幸いだな」
「なんかやけに楽しそうに見えますけど?」
「楽しいわけじゃない。ただ、興奮はしているさ。
悪党を滅ぼして、新たな王国が生まれるその現場に立ち会えることなど、そうそうはない」
デニスは高揚感を隠そうとせず、こんなことを言っている。
僕としては政治がらみは苦手だし、はっきり言えば面倒だ。
そうならずに済むならそれに越したことはないと思っている。
「いずれにせよデューザル卿を排除できたら、の話です。
時間がありません。すぐに打てる手を検討する必要があります」
僕はそうデニスに告げて、テーブル上に地図を開いた。
「まず、聖炎のパラディン何人かでラストチャンスに向かい、状況を確認してください。
後続でヴィッシアベンカと、ここに残るドュルーワルカの混成部隊500名ほどを向かわせます。
聖炎の説得に応じて協力が得られるようであれば、ドロウの部隊をラストチャンスに駐留させてストームポートに圧力をかけます。
もし説得ができないような状況でしたら、ラストチャンスに向かって陣を張り、圧力とします。
これは万一長期戦になった場合の備えです。
ここまでは相手の動きが見えなかったので後手を取らざるを得ませんでしたが、ラストチャンスを押さえることができれば、通常戦力をセーブポイントに進めるのは難しくなるでしょう。陸路を進んだとしてもラストチャンス経由でしかセーブポイントには到達できませんから」
地図上のラストチャンスにいくつか駒を配置しながらデニスに言う。
デニスは無言で頷く。
「次は主力です。
Gさんから連絡があり次第、僕とコマリ、ハーバーマスター、あと聖炎のどなたかは船へと飛びます。
そこでドュルーワルカと合流してストームポートに進軍し、やはり陣を張ります」
「正面から戦いを挑むのか?」
「いいえ。主力と言ってもドュルーワルカだけでは兵力が少なすぎますし、ストームポートの一般兵との戦闘は避けたい。
あくまでも戦の構えを見せるだけです。向こうは市民への配慮も必要ですし、無視はできないはずです。
防衛の態勢を取るでしょう。
その段階で、我々は内部に侵入します。
方法は今のところ思いついていませんが、一度Gさんたちはストームポートに潜入を果たしているので、手はあるはずです。
そして少数でキャッスルに乗り込み、デューザルを討つか拘束します。
事前に魔法で偵察を行い、そこにいることが確認されることがベストですが、多分いるはず。
逃げ出しているようであれば、ストームポートの支配者の正当性を捨てるようなものですからね」
「お前が言うと、本当にそうなる気がするからな。
あえて聞くが、この通りに進むか?」
「ストームポートに乗り込むところからは出たとこ勝負ですよ。それ以外の所は、うまくいかない理由が見当たりません。
最大の懸念は、死者の王が自ら出てくるようなケースですが、基本的にその確率は高くないと見ています。
それができるのであれば、手駒を使うようなことは最初からしないでしょう」
「死者の王か……」
デニスが重くその名を口にする。
僕はデニスに向かい、笑いながら言った。
「相手にとって不足はないでしょう? それに奴と直接対決することになるとは限りません。
もしそうなるようであれば、聖炎の神もあなた達をお見捨てにはならないはずですし」
「その通りだ。悪と戦い、それを討つことこそ我らが本懐。わが神もお喜びになる」
「聖炎側の人選はデニスに任せます。ラストチャンスに向かう人員は編成ができ次第出発させてください。
僕は各氏族長に指示を出してきます。
その後は、ここに戻ってGさんからの連絡待ち。これで良いですね」
「分かった。すぐに手配する」
僕は一つ頷いてから司令部の天幕を出る。
自分たちの天幕に戻ると、すぐに数名の族長に使いを出した。
コマリにも、残るドュルーワルカの戦士たちに指示を出してもらう。
ガルスガがほどなく訪れ、ヴィッシアベンカから戦士300、ドュルーワルカの戦士200を率いて、ラストチャンスに向かうように指示を出す。
現地では聖炎の指揮官に従うように告げた。
ガルスガが天幕を去るのと入れ替わりに、バドリデラとドミンツェバェが天幕にやってくる。
僕は少ししてから再びここを離れるので、その間の指揮と警戒を伝える。
「特に聖炎の陣地は守ってほしい。彼らもまた主力を外に出すことになるから。
他の氏族とも協力して、この地を守ってくれ。頼んだよ」
二人は頷くが、どこかはっきりしない。
気になったので尋ねてみた。
「どうしたの、何か心配事とかある?」
その言葉にドミンツェバェはすぐに答えた。
「陛下、お身体はもう大丈夫なのですか? くれぐれも無理はなさらないでください」
この言葉で僕は一つ気がついた。
ガルスガは顔にこそ出さなかったが、僕が倒れたことで少なからず動揺が広がっていたのだ。
これは僕が配慮すべきことだ。人の上に立つということは、そういうことなのだから。
「心配させて済まなかった。僕は全く問題ないよ。
そして今はあまり時間がない。もう一つ言えば、今回の相手は今までとはわけが違うんだ。
きつい戦いになるかもしれない。二人を頼りにしている」
そう言って頭を下げると、二人は慌て、口々に言った。
「もったいないお言葉です。一命に代えても必ずやこの地を守ってご覧に入れます。
陛下は存分にご自身の役目をお果たしください」
二人の言葉が強く響く。
僕は何と締めればいいのか悩んだ末、一言、短く告げた。
「二人とも、生きてまた会おう」
彼らは一命に代えてもと口にしたんだ。
その覚悟を否定することは言えなかったが、死んでほしくもなかった。
少し言葉が重すぎたかもしれない。
でも、油断すれば命を落とすのも事実だ。
二人が出て行くのをその場で見送ると、思わず言葉が漏れる。
「戦わず済むならそれが一番だよね」
誰に言うでもなく出たその言葉は、僕の本心だった。
「ロアン、そろそろ出発するぞ。準備はよいか?」
塔の中で出発のタイミングを見ていたガイアは、ロアンに声をかけた。
日が暮れたタイミングで塔を引き払う。
そのための準備を、この数時間してきたのだ。
「うん、Gちゃん、大丈夫だと思うよ。たださ、状況によってはあたしは別行動になるかもしれないから、
必要以上に待たないでね?」
「おぬしなら切り抜けられるであろう。頼んだぞ」
「任せときなって。闇夜に消えるのはロアン様の得意技なんだから。んじゃ、またあとでね」
そう言って一人、塔から出て行く。
それを見送ったガイアは、その場の他の面々に声をかけた。
「さて、わしらも行こうか。
オリヴィア、頼むぞ」
「承知しました」
一同は塔の外へと出る。
朝の騒ぎ以降、塔の周囲の包囲網は部分的に残っている状態のままだ。
所々にガードたちがいるものの、遠巻きに監視している状態というのが正しいだろう。
可能な限り静かに出発の準備を整える。
すると塔の外郭都市方面から、派手な花火が上がった。
そこら中に火の玉が飛び散って、破裂している。
「始まったな。行こうか」
ガイアたちは隊列を組むと静かに移動を始める。
台車が引かれ、車輪が地面の石を弾いて音を立てる。
花火の炸裂音が響いているおかげで、ほとんど周囲には聞こえないはずだ。
一団はゆっくりと西へ向かい、進み始めた。
「あと3つかな」
木製の台に紙製の筒を置いてから、火をつける。
これを数回繰り返し、ロアンは外郭都市の建造中の城壁付近まで移動してきていた。
派手に花火を上げる仕事。これが今回のロアンの任務だった。
陽動っていうのはわかるけど、こんな子どもだましで大丈夫なのかと、一応は聞いたが、
「これが効果ないようなら、考えた陽動でも無駄じゃよ」とGちゃんが言ってた。
あたし的には、これくらいの方が楽しくていいけど。
次の場所へと移動し、次の花火を準備する。
今のところロアンに気づく者も、こちらに向かってくる者もいない。
塔を監視していたシティガードは、大騒ぎになってるみたいだけど。
「ま、直撃しても死ぬことはないし。かわいいいたずらってことで許してもらえるよね」
花火に点火して、再び闇へと溶けるように姿を消した。
ロアンは闇に紛れたまま気配を消して最後の打ち上げ花火を上げるために移動するが、進行方向に異様な気配を感じた。
たぶん今なら気づかれていない。
ロアンは急遽最後の花火の打ち上げを中止して、西へと向かう。
無理に全部上げる必要はない。
ちょっとした騒ぎで、Gちゃんたちへの注意は薄くなっているはず。
最後のが一番派手だと聞いていたので使いたいとは思っていたが、中止を迷うことはなかった。
ロアンはその気配に覚えがあった。
デニスを追い詰めた奴らと同種のもの。
ガイアが塔に接近してきた奴らを片付けたと言っていたが、全滅させたわけではないようだ。
慎重に移動してその場を離れ、ガイアたちの後を追う。
塔まで戻り、ガイアたちの移動経路を確認する。
足跡と台車の痕跡が残っている。
ロアンはそれを消しながら、身を隠して進み始めた。
多分、作戦は成功した。
予定よりも早く切り上げたので、追いつくのも早いだろう。
ロアンのその動きに気づける者は、誰もいなかった。




