11:偵
机に戻ってシャトランジ盤と水晶を使って周囲の確認を行う。
あれだけ派手に反撃をしたので、しばらくはおとなしくしているだろう。
少し冷めたお茶を口に含み、ふぅと一つ息を吐いてから、机の引き出しからいくつかの得体の知れないものを取り出すと、それをもって研究室奥にある姿見の前に立つ。
「しもうた。呪文枠の都合で下位を用意したが、発動までに時間がかかるんじゃった。
まあ、1時間くらいなら、何とかなるじゃろ」
そう呟いてから呪文の詠唱を始める。
同時に魔法の構築式のルーンを描き、干からびた目玉といくつかの金属片を乗せた手を前に伸ばす。
「見習い司祭、エリーを映し出せ」
呪文は効果を発揮したようだ。準備が整うまで、少し時間がかかる。
そこでこの間に次の手段を打つことにする。
机の引き出しから、今度はかなり小ぶりな水晶玉をひと握り取り出すと、再び魔法文字を宙に描く。
「捜索する目をここに」
そう宣言すると手に握っていた水晶玉が宙に浮かび、一回り大きなリンゴほどの大きさの目玉と化す。
その数は20ほど。
ガイアは余った水晶玉を引き出しに戻し、その目玉に命令を下す。
「相互距離を30mに保ち、横一列で飛行して、ストームポートを上空から偵察せよ。
建物の上空30m以上を維持し、効果範囲を出ることなく、帰還せよ。
行け!」
その言葉と同時に宙に浮く目玉は、それぞれが意志を持つかのように連なり、階段を上の階へと上がっていった。
これも帰ってくるまで少しばかり時間がかかる。
ガイアは食事をとることにした。
「すまんが食事の用意を頼む。
ベーコンをカットして焼いてくれ。あとパンも一緒に運んでくれ」
何もいない空間にそう告げる。
「魔法使いは何かと独り言が多いと思われておるじゃろうな。
まあ、ある種の習慣じゃから仕方ない」
そう言ってカップに冷めたお茶を自分の手で注いで、口にした。
スキレットで焼かれたベーコンとパンで朝食を済ませた頃に、通信石が音を立てた。
「ガイア、起きてるか? 返事をしろ?」
声の主はハーバーマスターのようだ。
「聞こえておる。何かあったのか?」
「今のところは何もないが、一つ思いついたことがある。
試してみたいが、あんたの意見を聞きたい」
「試す? 何を?」
「あんたも知っているだろう、鉄の監視団の指揮官だ。連絡を取ってみたい」
「ああ、あのレーヴァか。じゃが鉄の監視団は街の統治者の直属じゃろう。
連絡を取ってどうするつもりじゃ?」
「オリヴィアはアレンと懇意だ。師匠と呼ぶくらいにはなついている。
蜂起を促せば、応じる可能性がある」
「じゃが、仮にオリヴィアが蜂起をしたところで、兵力は20程度。無駄な犠牲を出して終わりじゃろう?
それはアレンが最も嫌う所じゃ。
そう考えれば、連絡するだけリスクが高くなる。わしとしては反対じゃ」
「そうは言っても、ローグの娘は単独で中にいるんだろ?
その支援くらいはできるかもしれん」
ガイアはその言葉に考え込む。
順調にいっていれば、すでにパーシバルと合流し何らかの策を考えているだろう。
ただ、追手が掛けられた時、それを凌ぐための盾は存在しない。
ロアン一人であれば何とでもするとは思うが、問題は救出した二人だ。
二人を守りながら、デニスを苦戦させた連中と渡り合う。
これは不可能なことだ。
ほんの数分、教会から南門に達する時間を稼ぐことができたなら、話は違ってくる。
「誰かを救うために、犠牲を払う。
これもアレンは嫌うじゃろうな……」
「何か言ったか?」
「いや、独り言じゃ。おぬしの言うことに一理はある。
じゃが、必要以上のリスクは犯せぬ。まず協力の確約を取ってくれ。
その上で必要な情報を伝えよう」
「待ってくれ。俺は日に一度しか送信を使えない。2回目の連絡は……」
「わしもロアンに伝えるための回数しか用意しておらん。
聖炎のクレリックに頼んでくれ。使える者がおろう」
「わかった。早速連絡してみる」
「ああ、それともう一つ。確認が終わったらそのまま待っておれ。
わしも今、いろいろと立て込んでおる。それが終わったら連絡する。良いな?」
「了解した。あんたからの連絡を待ってるぞ」
通信が途絶える。
ガイアは鏡の前に戻り、先程と同じ言葉を告げた。
「見習い司祭、エリーを映し出せ」
すると鏡に映る像が大きくゆがんだかと思うと、薄暗い室内を映し出す。
そこには寝台で眠るエリーの姿が映し出された。
ガイアは手を動かし、映る画像を動かす。
そこは寄宿舎の一室。4人部屋だ。
エリーの他にも同じ年頃の見習いと思われる子供が3人映っている。
部屋の外までは見ることができなかったが、少なくとも監禁されている様子もなかった。
ガイアは魔法の効果の終了を告げ、すぐに次の魔法の準備を始める。
手順は先ほどと変わらないようだったが、最後に告げる言葉が少し違っていた。
「より強き魔法にて命ずる。司教レンブラントを映し出せ」
すると、鏡には即座にレンブラント司教が映し出される。
彼は柱に鎖でつながれた状態で、拘束されていた。
ガイアは何らかの防御策が講じられている可能性もあると思っていたが、魔法は妨害されることなく効果を表した。
「ふむ。こちらはそれ程警戒してはおらぬか。連中はアレンが死んだと思うておるなら、当然か」
鏡に手をかざし、周囲の状況を確認する。
広い空間に、たいまつらしき明かりが一つ。地下のようだった。ガイアはこの場所に見覚えがある。
「教会の地下……使われておらぬ地下墓所じゃな。崩落しておらぬ場所が残っておったか」
先の大魔法の発動の際に、天上神教会は建物にダメージを負っていた。
地下墓所のさらに下に、祭壇があったのでこの辺りは完全に崩壊したものと思っていたが、どうも残っていたようだ。
身柄を確保するべき二人の場所は特定できた。
周囲の状況を確認し魔法の効果を終了させようとしたときに、その視界の奥にもう一人、拘束されている人物の姿が小さく映った。
ガイアはその人物をよく知っていた。
「ケイトリン……」
しばしそのままガイアは硬直したが、我に返って魔法を終了させた。
効果時間はまだ十分にあったが、監視を続ければ敵に気づかれるリスクも高くなるからだ。
そこに偵察に出した目玉が戻ってくる。
ガイアは目玉からの情報を回収すると、無言のまま机に戻り、何かを書き始めた。
そこに書かれる内容は断片的ないくつかの言葉や計算式、複雑な図形など。
彼が何かを考えているのはわかったが、それが何なのかはおそらく誰にも分からないだろう。
ロアンは目覚めてから身支度を整える。
パーシバルは夜中遅くまで何かしていたようであったが、彼の弟子たちが朝食を用意してくれていた。
いまのところガイアからの連絡は来ていない。
不思議と落ち着いていた。
もちろん怖くないわけがない。
だけど、支えてくれる人がいて、支えたい人がいて。
その中で自分のできることをする。
冒険者をしている時とは違う充実感、安定感のようなものを感じていた。
「にしても連絡が遅いな。Gちゃん寝坊とかしてないといいけど」
小さく漏らしたところに、寝坊気味のパーシバルが出てきた。
「よく休めたか?」
「おかげさまでね。ただ、まだGちゃんから連絡ないんだよね」
「ガイアのことだ。間に合わんということはないだろう。話によれば夜中に塔に対して攻撃があったようだが、ガイアは撃退して見せたようだしな」
「そりゃ、本気で守りを固めた魔法使いの塔を、通常戦力で普通に落とせるわけがないし」
「自称でも大魔導士って名乗るくらいだからな。そうだろうよ」
「なんにしても、作戦は決行する。正午にGちゃんの援護があるのは確定だからね。
それに合わせて二人を救出しないと」
「そうだな。最悪は商業地区に逃げ込め。必要なら俺たちで時間を稼ぐ」
「そう言ってもらえると、気が楽になるよ。ありがとう。
だけどおっちゃん、無理はしないで。アレンはドワーフが好きじゃないみたいだけど、おっちゃんのことは信頼してるみたいだしさ」
「俺もエルフは好かんが、今回の黒幕は俺の最も嫌いなエルフだ。それに比べりゃアレンはましな方さ」
「なんか、素直じゃないねぇ」
もうすぐ手筈通りにファーガソン達が来る頃だ。
その時、ガイアの声がロアンの頭の中に響いた。
「Gちゃんだ!」
そう口に出して、ガイアからの連絡を聞き取る。
ガイアからのメッセージはかなり断片的で、要点を絞ったものだった。送信の魔法で伝達するためそうしたことはロアンにも理解できた。
「返事もできないじゃない。でも、脱出の確率はこの方が高いね。おっちゃん、少し作戦を変更するよ。
出発時間を昼前に変更だ」
「どうするんだ?」
「それはこれから説明する。ただおかしな動きにならないように、酔っ払い天国亭に使いを出して」
「分かった」
パーシバルは弟子の一人を酔っ払い天国へと走らせる。
その姿を見送った後、再びロアンに問いかけた。
「で、どうすんだ?」
「うん、おっちゃんも一緒に神殿に向かう。正午にGちゃんが騒ぎを起こしたら、司教さん達を救出して、教会の正面に全員で移動する。
そこで援軍と合流して、西門に向かう」
「援軍?」
「うん。Gちゃんがそう言ってた。信じていいと思う。
あと、おっちゃんとこのお弟子さんと、カジムさんとスタンさんは同行する。ファーガソンさんはここまで運んで来たら、店に帰ってもらう。
ファーガソンさんは知らぬ存ぜぬを通せるけど、他の2人は立場が危なくなるからね。
幸い、無関係を装えるだけの証人が外で見てるわけだし」
ロアンの言葉を聞いたパーシバルは少し考え込んでから再び尋ねた。
「大まかな話はわかったが、細かい部分がわからん。
ぶっちゃけうまくいくのか?」
「あたしにも細かいことはわからないよ。だけどGちゃんの指示とあたしらの作戦を混ぜたらそうなる。
それに、うまくいくか、じゃないよ。
あたしらで、うまくいかせるんだ」
ロアンがニヤッと笑って見せる。
パーシバルはそれに頷いた。
「ちげぇねえ。やるだけのことはやろう。最低限の荷物は持っていった方がいいな?」
「うん。引っ越しに見えるほどじゃマズいけど、多少の道具類なら木箱に入れて積んでても目立たないでしょ?」
その言葉を聞いて作業場にいた弟子たちにいくつかの道具を木箱に詰めさせていく。
その中には武器や鎧が含まれていた。
30分ほどで準備が整う。
「もうすぐだね。あたしもそろそろ荷物にならないと」
そう言ってロアンは昨日空けた酒樽に潜り込む。
「少し窮屈だろうが、自分で言い出したんだ。我慢しろよ。
あと、これは忘れ物だ」
水入れに使う革袋をロアンに手渡した。
「あとは打ち合わせ通りに。おっちゃん、任せたからね」
ロアンはそう言うと樽に体をすっぽりと収めて、口板を内側からぐっと押し込んだ。
それをパーシバルが上から軽くたたいて落ちないことを確認する。
「大丈夫だ。あとは任せとけ」
パーシバルがそう告げる。
程なく荷車がやってきた。
ここで下ろした4樽と、道具類の詰まった木箱が二つ積み込まれる。
「それじゃ、あとはよろしく」
ファーガソンの声と共に、パーシバルの鍛冶屋一同と、カジムとスタンは、教会へ向かって進み始めた。




