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God Bless You !! 2nd Season  作者: 灰色狼
第四章 陰謀
110/136

7:契


 ストームポートの城壁内、“シティ”には異様な緊張感があった。

 普段よりも多くのシティガードが配置されており、通常はあまり見かけない鉄の監視団(アイアンウォッチ)と呼ばれるレーヴァの部隊も展開していた。

 その街中を周囲の様子をさほど気にすることなく、一人の人影が進む。

 クロークを深くかぶり、顔は確認できない。その人影は中央広場のマーケットを回り、この街を統治するシティローズの邸宅、“キャッスル”の正門まで進むと、堂々と門を開けて中に入る。

 そして建物の正面へ真っすぐに向かった。

 正門付近にも、そして中庭にも、警備のためのシティガードがそれなりの数いたが、誰もその人影に注意を払う者はいなかった。

 その人影はごく自然に建物へと入り、ホールから階段を上がり右側の棟へと進んでいく。

 長い廊下を進み、一番奥まった場所にある扉の前に立つと扉をたたく。


「デューザル卿、私だ。今戻った」


「入りたまえ」


 人影は扉を開けて中へと進む。

 そこは豪華な造りの執務室だ。

 人影は後ろ手に扉を閉じ、深くかぶっていたクロークから顔を出した。


「首尾は上々のようだね、ケイトリン」


「当然だ。私の腕は知っているだろう?

 ご要望通り、私の矢は彼の胸を貫いた。

 特別な矢だ。簡単には抜けない。助からないよ」


「君の腕は確かに見事だったよ。

 監視も君と同じことを口にしている」


「監視だと? 信用していなかったのか?」


「もちろん信用していたさ。だが……不思議なことが起きている。

 アレン・ディープフロストは、まだ死んでいないようだ」


 ケイトリンの表情が怒気を孕むものに変わる。


「難癖をつけるのか?

 私は貴殿の望み通り仕事を果たした。

 貴殿も約束通り、契約に従うべきだ」


「まあ、あの男には月の神の加護がある。

 簡単には死なないかもしれない。

 確かに君は注文(オーダー)通りの仕事をした。

 約束の報酬は支払うべきだ」


 そう言うとデューザル卿は4冊の重厚な造りの本を取り出して、自分の執務机の上に並べた。


「ご所望の『叡智の書』だ。この通り4冊ある。好きな1冊を選びたまえ」


「……4冊、だと?」


「左様。叡智の書というのは、4冊をまとめた時の呼び名だ。

 報酬の約束は1冊。君が手にできるのはこの中から1冊。それが契約だ」


「ちょっと待て、貴殿は叡智の書を渡すと言ったではないか」


「いや、そこは正しく覚えているよ。叡智の書を1冊渡す、と言ったはずだ」


「最初から叡智の書は渡さないつもりだった、そういうことか」


「いやいや、ちゃんと最初から1冊渡すつもりでいたさ。それに君もオリジナルを……ああ、目にできなかったのか。

 月影の司教たちは2人とも、4冊存在することを知っていたはずだがね。

 君は知らなかったのか」


「……」


「4冊のどこかに、エルフの森を再生する『生命の木』に関する記述があるかもしれない。

 もっとも、内容は高度で複雑だ。

 150年かけた私でも、すべての内容を理解はできない。

 ある意味ギャンブルではあるな。

 だが、4冊のうち、『地の書』か『命の書』がその可能性が高いのではないかな?

 さあ、遠慮なく、好きな1冊を持っていくがいい」


「貴殿は、『生命の木』に関する記述があるといったはずだ」


「10年前のこととなると、君の記憶はかなりいい加減だね。

 『生命の木』につながる情報があるかもしれない。これは一語一句正しいはずだよ」


「貴殿は森をよみがえらせるための協力をすると……エルフとして放っておくことはできないと……」


「ああ、その件に関しては、正直私はどうでもいい。エルフはいずれ種族として終わりを迎える」


「貴様!」


 ケイトリンは素早く矢をつがえた弓を構える。

 文字通り一瞬だった。

 だが、デューザルはそれに動じる様子はない。


「やめなさい。せっかく円満に契約が満了しようというのに、自らそれを反故にすることはない。

 君は約束通り、この中から1冊を持って、ここを立ち去るといい。

 君の10年の契約は終わるんだ。本音を言えば、1冊だって渡したくはない。

 これは私の君への感謝のしるしなのだよ」


「ふざけるな! 最初から私を騙すつもりだったのだろう!」


「人聞きが悪いな。私は一語一句正しいことを口にしているんだ。

 君が勘違いしただけではないか」


「4冊とももらっていく」


「……この4冊は写本だ。予備もあるので、4冊持って行っても構わない。

 と言いたいところだがね。

 4冊の内容を知るものが私以外にいてはならないんだ。わかるかな?」


 ケイトリンは躊躇うことなく矢を放つ。素早く2射目、3射目と。

 1射目は3本、2射目は1本、そして3射目は3本と複数の矢が放たれ、

 すべての矢が額と両目、左右の胸、喉、胸の中央、鳩尾と、影矢も含め8本の矢がすべて正確に急所を射抜いた。


「最初から人をだますつもりだった、あんたが悪い」


 ケイトリンは一歩踏み出す。

 次の瞬間、目の前で執務机が裂けると、複数の黒い刃がケイトリンに向かう。

 ケイトリンは一撃目を体をひねって躱し、横に大きく跳びながら2撃目、3撃目を躱しきった。

 いや、完全に躱すことはできずに、左腕に刀傷が残る。


「本当にいい腕をしている。

 殺すには惜しい。

 ここで再契約といかないか?

 正式に私のしもべとなれば、生かしてやってもいい」


「誰が貴様のしもべなんかに!」


「そうか。ではその気になるまで、時間をかけるとしよう。

 契約には本人の意思が重要だからね」


 矢が刺さったままデューザルは立ち上がると、両手をケイトリンに向ける。

 そして小さく呟いた。


死霊の手(ゴーストハンズ)


 デューザルの手から無数の鞭のようなものが次々と放たれる。

 ケイトリンは回避しながら部屋の出口へと近づいていく。

 後ろ手に扉の取っ手を掴んで扉を開けようとした。


「残念だったね」


 デューザルの言葉と同時に握った扉の取っ手がケイトリンの手を掴み、さらにデューザルから延びる複数の黒い鞭のようなものが、四肢を捕らえ、締め上げた。

「ぐあぁっ!」


 堪らず苦痛の声を上げるケイトリン。

 それを聞いたデューザルは、矢が突き立てられたままの顔で笑った。


「いい声だ。だが……

 汝、自ら死を選ぶことなかれ。神の制約(ギアス)


「何を…した……」


「死なれちゃ困るのでね。

 自殺できないようにさせてもらったよ」


「つまらんことをするな! さっさと殺せ!」


「活きが良いのは、長く楽しめるということだ。君の気が変わるまで、付き合おうじゃないか」


 デューザルは矢を抜くこともなく、口元を歪めながら舌なめずりをした。


「バケモノめ……」


「褒め言葉と受け取っておくよ」


 ケイトリンの額を冷たい汗が流れる。


「絶対に諦めない……」


 ケイトリンは自分にだけ聞こえる声で、そう呟いた。




「これは……かなり難儀なものを使いおったな……」


 ガイアはアレンの胸の矢を詳しく調べてから呟いた。


「お師様、アレン様は助かりますか?」


 コマリの問いかけにガイアが答える。


「通常の解析では、この矢の正体がわからん。

 わしもこれが何なのか、想像がつかんのだ。

 今日は用意しておらんが、わし以上の知識を持つ者に手伝ってもらわんことには、手の打ちようがない」


「Gちゃん、それって、遺物(アーティファクト)の類ってこと?」


 ロアンが少し離れたところから問いかけた。


「それか、わしの知らぬ魔法によるものか……実体があるし、恐らくは遺物の類じゃろうな……ん?」


「お師様、何か?」


 ガイアはその矢の矢羽根(フレッチング)を見て気がついた。

 よく見れば、矢に付けられている矢羽根の白と黒の細かい模様が3本とも完全に同じだった。

 普通は鳥の羽を流用するので、完全に同じ模様はあり得ない。

 ガイアは何か意図的なものを感じた。


魔法解読(リードマジック)!」


 ガイアが呪文を放つと、矢羽根に魔法文字が浮かび上がる。


矢筈(ノック)を回せ……」


 ガイアが口に出し、そのまま矢の弦につがえる最後尾をひねって回す。

 するとその部分がくるくると回りながら外れた。

 矢の中は空洞になっており、何かがある。

 ガイアはテーブルから鑷子(ピンセット)を手に取って、その空洞を探る。

 するとそこから小さく巻かれた紙が出てきた。

 すぐにそっと開いていく。


 そこには小さな文字でびっしりとメッセージが書かれていた。


 この矢は心の牢獄と呼ばれるアーティファクトだ。

 私の目的のためにアレン君にはしばらく眠ってもらう。

 30日で効果が切れるように設定してある。彼に実害はないはずだ。

 極めて高価な品だ、再利用ができる。

 お詫びのしるしに受け取ってくれ。

 アレン君が目を覚ますころには、私は主大陸(ヴェリタス)に戻っているはずだ。

 君たちが私の顔を見ることも二度とないだろう。

 身勝手で申し訳ないとは思っているが、これも私の目的のため。

 許してくれとは言わない。

 だが、君たちの友人でありたいと今でも思っている。

                   ケイトリン


「ケイトリンめ、勝手なことばかり言いおって……」


「ひとまずは安心して大丈夫、ということですよね?」


「……恐らくな。ケイトリンとて、ここまでして嘘はつくまい。

 命に別状はないとして……30日か。

 その間に何事も起きない、ということはないじゃろうな」


「良かった……」


 コマリはその場で静かに涙を流す。


「安堵するのはまだ早い。

 今のところアレンは生きておるが、黒幕がそれを知ったらどう動くかは分からん。

 ケイトリンはデューザル卿から仕事を受けておると以前言うておったろ。

 ケイニスとも繋がっておるようじゃし、山岳地帯の一件がデューザル卿に伝わったのも間違いなかろう。

 黒幕は決まりじゃな」


「デューザル卿が、アレンを殺そうとした……理由は?」


 デニスがガイアに尋ねる。


「そんなもん、わしにもわからんわ。

 まあ、ケイニスの邪魔をしたのが気に食わなかったか、別の意図があるのか。

 ここはひとつ覚悟を決めるか」


「覚悟を決めるって? Gちゃんまさか、殴り込んだりするの?」


「相手の手の内が見えん。

 いかんせん情報が少なすぎる。

 塔を引き払い、ラッシャキン達と合流して、セーブポイントに戻る。

 これが正解じゃろうな。

 まあ、覚悟を決めるかと言うたのは、別の意味じゃが」


「結局なんなの? 勿体ぶってないで教えてよ」


「そこに寝ておる男を起こす。

 それも、魔法で眠らされておるのか、ただ眠っておるのか……

 いずれにせよ解呪すれば、起きるじゃろう」


 ガイアの視線は研究室の隅にある、動物用の檻の中に横たわるハーバーマスターに向けられていた。


「まずはこの男から情報を取る。それが一番早かろう。

 なんせ、デューザルの手下じゃからな。

 危険は伴うが……背に腹は替えられん」


 ガイアの瞳に冷徹な光が見えた。

 ロアンもコマリも、彼女たちの知らないガイアの表情に、かけるべき言葉を失う。

 二人には、ガイアが少し怖く見えたのだ。



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