2:駆
僕が司令部に通信石を抱えて持ち込んだ時、そこにはソウザとエウリシュアがいた。
僕の姿を見たエウリが、すぐに問いかけてくる。
「デニスが行ったと思うが、どうなった?」
僕はテーブルの上に通信石を置いて、答える。
「すぐにGさんとストームポートに飛びました。
Gさんの塔には着いているはずですから、すぐに何か連絡があると思います」
「そうか、即応してくれたんだな。手間をかけさせてすまん」
「いえ、僕も無関係ではなさそうですし、礼には及びませんよ。
で、他に情報は何かないんです?」
「全くない。定時連絡では特に変わったことはなかったようだ」
「そうですか。とりあえずGさんは通信石の片割れを持っています。
落ち着いたら使うと思いますので、誰か常駐させてください。
しばらくは心言結合の魔法の効果があるから、急がなくても大丈夫です」
「分かった。手配しておく」
会話が終わった時に、Gさんから連絡が来た。
―状況はまだわからん。じゃが、シティガードの部隊が、塔を包囲しておる。ただ事でないことは間違いない―
―俺は今、ガイア殿に次元扉の魔法で送り出してもらった。今、教会に向かっている―
―シティガードが簡単に塔の敷地内に入れるとは思わんが、万一にも入られるのはまずい。
ここには、それなりのものがあるからな。誰かに渡すぐらいなら、塔ごと破壊することも考えねばならん―
―分かりました。Gさんは塔の防衛体制を維持する方向で待機してください。デニス、何か分かったらすぐに伝えて―
―了解じゃ―
―分かった―
2人との連絡が一度途絶える。
僕は状況をエウリシュアとソウザに伝える。
「ガイア殿の塔は、治外法権が認められているんだろう?
それを警備隊で包囲とは、穏やかじゃないな」
「現段階では、何か起きていることが確定しただけです。
続報を待ちましょう」
ソウザにそう答えて、僕は椅子に座る。
とりあえず今は待つ。それしかできないからだ。
ほどなくしてコマリとヴェルが司令部にやってきた。
ラッシャキンも今向かっているそうだ。
そろそろ次の知らせが来るんじゃないか、そんなことを思った時に、連絡が来る。
だが、僕の予想していた相手ではなかった。
―アレン、すまん。ドロウたちは陸路を逃がした。俺ができるのはここまでだ、後を頼む―
え? ハーバーマスター?
僕の問いかけにハーバーマスターは答えなかった。
何が起こったのかは分からないけど、ハーバーマスターはドロウを陸路で逃がしたと言った。
「ヴェル、すぐに出発する。人員を輸送する必要があるかもしれないから、船で行くよ。
エウリ、ソウザ、今ハーバーマスターから直接連絡が来た。
ドロウは陸路を逃がした、俺ができるのはここまでだって」
「しかしお前が行ったら、ガイア殿やデニスとの連絡はどうすりゃいい?」
「申し訳ないけど、船を動かすのに僕がいないと。ドュルーワルカの人たちがストームポートから逃げてると思うんだ。
あそこに残っている半数は非戦闘員だから。
ガイアさん達には伝えておく。Gさんは塔だから通信石が使えると思う。
デニスはGさん経由で情報をもらって!」
エウリにそう答えて、僕は司令部を飛び出した。
走って船に向かう。
「ラッシャキンはまだ? 氏族の一大事なのに、何してるんだ」
「私が見てきます。アレンとコマリ様は先に船へ」
「お願い!」
そう言ってヴェルはラッシャキンのいる宿営地に向かおうとした時、一騎の騎馬が接近してくるのを見つけ叫んだ。
「来ました!」
「なんだ、司令部じゃなかったのか?」
「ラッシャキン、一大事です。まずは船へ。船を出してから詳細は話します」
僕がそう言うとラッシャキンはコマリの横に馬を着けて、コマリを自分の後ろに引き上げる。
そして僕とヴェルに先んじて船に向かっていった。
確かに正しいけど……それ以上しゃべる余裕がない。
息を切らしながら船へとたどり着くと、甲板からラッシャキンの声が響く。
「遅いぞ! お前がいなきゃ船は動かんだろ!」
それが分かってるんなら、僕も運んでくれればいいのに。
息を切らし、タラップを駆け上がる。
すぐ後ろをヴェルが続き、甲板に上がるとすぐさま操舵室に入る。
「せ、船体起動」
起動命令を辛うじて口にする。
肩で息をしながら無言で出航の準備を始めた。
落ち着け、手順を間違えるな。
浮遊炉を起動、続けて抜錨。
船体が上昇し始めると同時に第3マストを航行状態にする。
何とか息を整えて、船を走らせるための奇跡を願う。
「神様、お願い。船用の風渡りを!」
形も何もあったものではなかったが、それでも月の神様は奇跡の力を顕現させてくれた。
船尾から風が吹き始める。
船首が北西に向いたところで、すべての帆を展開すると、船は加速を始めた。
「ギリギリで飛ぶからね。揺れたらごめん!」
船はかなりの高速に達した。直接の風渡りの速度には劣るが、それに迫る。
船体は風を強く受け、あちらこちらから激しくきしむ音が響いた。
「おいおい。大丈夫なのか? 空の上で突然バラバラとか、洒落にならんぞ?」
「ドュルーワルカがストームポートを脱出したようです。詳細はわかりませんが……」
「なんだと?」
ここで初めてラッシャキンの顔色が変わる。
「コマリ、ラッシャキンにこれまでの状況の説明をお願い」
僕はそう告げてから、Gさんとデニスに連絡を取る。
―Gさん、デニス、少し前にハーバーマスターから直接メッセージを受け取った。
ドュルーワルカがストームポートを脱出したらしい。それを手引きしたのはハーバーマスターみたい。
詳細は不明だから、今、氏族の非戦闘員だけでも回収するために、船で出たところ―
―ドュルーワルカをハーバーマスターが脱出させたじゃと?―
Gさんが答える。
―うん。とにかく僕たちは今、氏族がいると思われるストームポートの西側に向かっているよ。
デニスの状況とか情報があれば、通信石を使ってエウリたちに伝えてほしい―
―それは了解じゃが、大丈夫なのか?―
―ストームポートに行くわけじゃないし、多分大丈夫。
大丈夫じゃなくても、行かない選択肢はない―
―アレン、うちの司祭もどうやらドュルーワルカに同行しているようだ。一緒に保護を頼む―
―分かった。でも、デニスはどうするの?―
―俺は問題なくこの辺を動けている。少し情報を集めてみる。ガイア殿、これをエウリシュアに伝えてくれ―
―分かった。伝えよう―
そこで通信を終えた。
コマリから概要を聞いたラッシャキンが僕に問いかけてきた。
「で、どういう状況なんだ」
「今コマリから説明を受けたでしょ? それ以上のことはまだ何もわかりません。
今の連絡で、聖炎の教会詰めの司祭もドュルーワルカと一緒にいるようです。
連絡ができないのは、今日使える送信の奇跡が終わってしまったのでしょう。
今は可能な限り早くたどり着くことです」
ラッシャキンが唇をかむ。
誰も予想していない事態だ。
だが、僕にはラッシャキンが考えていることがわかる。
氏族をすべてこちらに呼び寄せていれば、こうはならなかった。
そう思っているだろう。
胸が痛い。
氏族をストームポートに残す判断をしたのは僕だから。
僕には彼らを守る義務がある。
僕は神に祈りつつ、操船を続けた。
「右前方、何かが接近してきます。かなり大きい」
ヴェルが僕に注意を促す。
マスト上からの視点を確認すると、遠くに飛行するものが見える。
「ワイバーン! さらに接近してきます!」
「遊んでる暇はないから、躱して振り切るよ! かなり揺れるからしっかり捕まってて!」
僕はそう叫ぶと、コマリはすぐさま羽毛の降下の魔法をかけていく。
いい判断だ。
そう口にする余裕もないまま、僕は船に吹く風を止めて、同時に浮遊炉の出力を最大まで上昇させる。
帆は一瞬にして向かい風を捉え、船体が急減速、それと同時に垂直に急上昇を始めると、船体が文字通り悲鳴を上げた。
今までに聞いたことのない軋み音が響き渡る。
ワイバーンも垂直上昇を試みたが、こちらの上昇速度のほうが早かった。
船体下方を猛スピードで飛んでいく。
そのタイミングで船体を安定させ、後方からの風を最大にする。
船は再び急加速を始める。
ワイバーンは船の後方で旋回して、こちらを追撃するつもりのようだ。
減速した分だけ、ワイバーンのほうが早く飛んでいる。
徐々に距離が迫る。
「アレン様、少しだけ速度を落としてください。
父様、私を支えて、甲板上に」
「コマリ、外の風はとても強い。甲板上に出ると危ない」
「ですが、あれを放置してはここで振り切れても帰り道で襲われる可能性があります。
今、確実に追い払うべきです」
「コマリ、行くぞ」
コマリが僕にそう告げると、ラッシャキンがロープを体に巻き付ける。
「ラッシャキン!」
「お前は真っすぐ飛ぶことだけ考えてろ! 俺たちで何とかする。信じろ!」
そう言ってロープの端を操舵席に結び付け、コマリを抱えると、ドアの前に立つ。
「ヴェル、奴までの距離はわかるか?」
「大きさが普通より大きいので正確ではありませんが、100mを切るくらいかと」
「分かった。コマリいいな? 行くぞ!」
コマリはラッシャキンに頷く。
ラッシャキンはそれを見て操舵室の扉を開けた。
風がかなりの勢いで舞い込んでくる。
その中をラッシャキンは外へと踏み出した。
船体は時速60kmほどでなおも加速中。
だが、これ以上加速すると危険が増すばかりだ。僕は速度を少し落とす。
この速度ではワイバーンのほうが少しだけ早いようだった。
徐々に距離が詰まる。
ラッシャキンは甲板から操舵室の上に上がり、さらに後方の船尾楼へと移動する。
その上に立ち、後方から接近するワイバーンを正面から見据えたようだ。
ラッシャキンに抱えられたまま、コマリは呪文の詠唱を始める。
「威力最大化……射程延長……邪魔はさせない! 母様もみんなも守るんだから!
連鎖の電撃!」
青白い輝きがコマリの手から放たれると、周囲に雷をまき散らしながら一直線に進み、ワイバーンを捉える。
ひときわ大きな電撃がワイバーンを貫き、それに遅れて周囲に巻き散らされた電撃が次々とワイバーンに襲いかかる。
通常よりもはるかに巨大なそのワイバーンは、コマリの一撃で地上へと落ちていった。
ヴェルがロープを手繰り、ラッシャキンが操舵室へと戻ってくる。
操舵室の扉を閉めて二人は床に座り込んだ。
「……怖かった。でも、ちゃんと倒しました」
涙目になりながらコマリがそう口にする。
その頭を撫でながらラッシャキンが言った。
「よくやったな。お前は俺の自慢の娘だ」
あんな曲芸じみたことをしなくても、多分何とかなったとは思う。
僕だって無策ってわけじゃない。
あんまり無茶もしてほしくないが、この状況を打開したのは間違いなくコマリだった。
「コマリ、ありがとう。でもあんまり無茶はしないでほしいな」
僕がそう言うと、コマリは満面の笑みを返してくれた。
コマリの笑顔に少し勇気づけられる。
大丈夫だ、きっとみんな無事でいる。
何の根拠もない確信。
だけど、僕にはそれが紛れもなく事実だと思えたんだ。




