100:ドロウの王
神の直接介入を短期間に2回使うことは、無理をし過ぎたようだ。
僕はレディアスの儀式を終えた直後から寝込むことになる。
最初に使った時と同様に、また第9段階の奇跡が使えなくなってしまった。
……まあ、こうなる予感はあったんだけど。
僕はそれでもこのタイミングでよかったと思っている。
行動を共にしてきたドロウ5氏族は、ヴェルの解呪の際の神の降臨を目撃している。
神の直接介入を体験したセヴスクムカウダとネルヴィアテスも、紆余曲折はあったものの、僕の旗下に入ることを了承した。
蠍神を信奉してきたドロウたちは、本当の神を知らない。
神の神威は触れる者の意識を変えるのに十分なインパクトを持つ。
今回の儀式では直接どなたも降臨されることはなかったが、あの光景を目にし、そこにあふれる神の息吹を感じたなら、少なくとも畏怖の念を持つだろう。
今回も神の威を借るエルフなわけだが、それで構わないと思う。
今は結果がすべて。
丸一日横になっていることで、体調自体は回復に向かうが、最上位の奇跡は暫く使えない。
だけど状況は安定に向かっている。荒事は当面ないと考えていいだろう。
時折訪れる、氏族長たちの見舞いを丁重に断りながら、その日は静かに終えた。
翌日は朝から平常へと戻る。
まあ何というか、調子が悪い感じは残ってはいるが、動けないほどでもないし、動いて慣れる方が正解だとも思う。
いや、この感覚に慣れるのも問題だと思うが……
とにかく、朝起きていつものように朝の祈りを捧げる。
昨日は結果的にさぼったので、今日はその赦しを請うことから。
その後、朝の族長とのミーティングを行い、5氏族でのミーティングは今日で最後と告げた。
今後は評議会に移行していくこととなる。
もちろん、最初の評議会から次までは間が開くのは仕方ないから、連絡会を行うことにはなるけど、聖炎の司令部を借りて行う必要はもうない。話し合うための場所はでき上っているのだから。
明朝最初の評議会を開くことを、滞在中の他の族長に伝達してもらい、連絡事項は終わり。
当面の労働力は、セーブポイント建設に向けられる。
会議後は僕はヴェルに訓練の相手を頼む。
レディアスに少しでも馴染みたいと思うからだ。
力配分としては7~8割程度。
木剣を用いた模擬戦ではない。レディアスを使うことに意味があるからだ。
パーシバルがいう所の、最高の技術を使った大して価値のない剣は、レイアの魂を迎えることで異なる次元の剣となった。
その力は聖剣と呼ぶに相応しい。
エウリシュアに渡した太陽剣に似た特徴を持っている。
軽く仕上げられており、三日月刀と細剣の特徴を併せ持つ軽量武器だ。
これはパーシバルの純粋な技術力に依るもの。
おかげで僕は、苦も無くこの剣を振るうことができる。
心なしか、今はヴェルが手にしている三日月刀を使っていた時よりも、楽に、そして素早く剣を扱えている気がした。
ヴェルの巧みなフェイントにも、受けを合わせることができているし、ヴェルに生じるわずかな隙を狙う余裕がある。
完全なる魔法の武器で善属性、聖なる爆発が付与されている。
ここまではパーシバルなら同じものを作れるだろう。たぶん。
この剣は秩序と混沌の両属性を持っている。通常で相反する二つの属性を持つことはあり得ないが、太陽と月の神双方の加護があるので使用時にどちらかを選択できる。
ヴェルの手にする三日月刀と刀身が触れるたびに、激しいエネルギーの奔流が発生する。
どちらも善属性の剣ではあるが、その在り様は随分と違って見えた。
今は属性を混沌にしている。
刀身が淡く不規則な光に包まれ、妖しげに輝いている。
おおよそ聖剣という雰囲気ではないが、秩序属性で使うとヴェルに大きなダメージを与える可能性があるので、やむを得ない。
「ヴェル、上段からかなり強い一撃を討つから、きっちり受けるか、完全に避けてね」
そう言ってから、悪を討つ一撃を念じ、最上段より刀を振り下ろす。
ヴェルは素早く回避行動をとって後ろへと距離を取ったが、物理的には届かないところまで威力が及び、三日月刀で受けるが受けきれなかったようだ。
「大丈夫?」
僕はそう言って彼女の元に駆け寄る。
そして最大の特徴は、この剣自体がレイアであること。
彼女は魂の状態でこの剣に存在しているから当然なんだけど、この剣の所有者に、太陽の神の聖戦士としての能力を与える。
僕がレディアスを手に戦えば、僕はパラディンとしての能力を行使できる。
つまり、僕はレイアと同等の戦闘能力を手に入れた……ごめんなさい。話を盛り過ぎました。
剣を振るうのは僕自身だから、肉体的能力は僕のままだ。
だから、レイアと同等というのは明らかな誇張。僕は筋肉が足りていない。
僕がヴェルの元に駆け寄ると、周囲に人だかりができていることに気がついた。
聖炎の若いパラディン達を中心に、僕たちの訓練を見ている様だ。
驚いたのは、デニスやソウザの姿もあったこと。意味が分からないことに、彼らの表情は驚きで固まっていた。
ヴェルに大きなけががないことを確認してからデニスに声をかける。
「デニス、なにしてんの?」
僕の声にデニスが驚いた顔のまま答える。
「おまえ、本当にアレンだよな?」
意味が分からない。
Gさんが転生で疑われるのは当然としても、僕は昨日と何も変わっていない。
すると、ヴェルが会話に加わってきた。
「剣捌きが別人です。今までよりも明らかに鋭く、手数も増えています。
それに、足払いとか、巻き落としとか、強打とか……別人か、レディアスの影響ですね」
「確かに、自然と体が動いているというか、勝手に反応するっていうか……なんかそんな感じはありますよ」
「無自覚なのか。なんでこんなに見物人が集まってるか気づいてないだろ?」
デニスが呆れながら僕に言った。
「ええ。全く。そんなに珍しいわけじゃないと思いますけど」
「アレン、無自覚なようなので言っておきます。
今の私はラッシャキン族長に勝てます。現状の聖炎のメンバーでは私には勝てません。
今のあなたともし本気で戦ったなら、私が勝てるかわかりません」
僕の返事に今度はヴェルがあきれ顔で説明した。
「つまり、現状ではヴェルが最強ってことでしょ?」
「なんでそこで止めるんですか。あなたも私と同程度に戦えるといっているんです」
僕は失言したつもりはないが、ヴェルが軽くキレた。この流れはマズい。
「さっきの訓練の様子な。かつてギヴェオン司教とラッシャキン族長が戦ったときを思い出させるんだ。
最強を自負する者同士が戦う姿をな。
きっとギヴェオン司教が見ておいでだったら、『一手ご教授願おう』とか言い出すんじゃないか?」
デニスの言葉が、ヴェルを焚きつけてしまった。
「アレン。もうひと汗流しましょう。次はレディアスを使わずに、木剣で」
ヴェルの負けず嫌いに、完全に火がついた。
レイアもそうだったが、ヴェルもギヴェオン司教と戦ってみたいと思っているんだ。
その、いわば挑戦権を僕に取られるんと思ったんじゃないだろうか。
僕は半ば引きずられるように広場の中心に戻され、問答無用で模擬戦が始まる。
木剣ならば、致命傷になることはまずない。
僕だってある程度は戦える自負はある。簡単に負けるつもりはない。
レディアスの能力はGさんの解析によるものだったが、一つ間違いがあったようだ。
使用者に与えられるのはパラディンとしての能力ではなく、レイアの能力と技術、というのが正しいと思われる。
5分後、僕は全身に数か所に酷い打撲を負って、敗北を認めた。
翌日。
朝のルーティーンを済ませ、軽く朝食をとってから会議場に向かう。
昨日の稽古の後、ヴェルはコマリからかなりきつく怒られていた。
思いのほか僕がボロボロに見えたからだろう。
傷も治癒の奇跡ですぐ治ったし、今朝はかなりいつも通りな感じだ。
痛い思いをしただけはあると思う。奇跡の行使による能力低下に身体と意識があってきたようだ。
会議場に向かい歩きながら、会議場を何と呼ぶか悩んでいた。
評議会だと議会そのものと建物と区別がつかないし、評議会場だと、なんだかベタ過ぎる。
議事堂だと……これも違うような気がする。なんせ壁がない。堂と呼ぶには違和感を感じた。
そんな他愛のないことを考えながら歩いていると、前方に人影が見えてきた。
ズルンヴァシェンの族長、バランデストを筆頭に、
ムルザカルネ、エルヅァネツ、スェルカッシャ、グァルズォナールの各族長。
僕の旗下に加わっていない5氏族の族長が、仲良く並んで立っている。
どう考えても非常事態だ。おのずと緊張が高まる。
左腰につるすレディアスに手を添え、いつでも抜ける体勢で、そのまま歩いて近づく。
彼らまでの距離が5mを切ったくらいか。
彼らが一斉に動く。
僕はその気配に反応してレディアスを抜こうとしたが、抜く必要がないことをすぐに理解した。
5人は一斉にその場に膝をつき、恭順の意を示したのだ。
「遅ればせながらではございますが、我々もまた、陛下の臣下に加わりたく、この場にてお待ちしておりました。
我々もまた、陛下のお力となれますよう、聡明さとご慈悲をもってお認め頂きたく、お願い申し上げます」
一同を代表する形で、スェルカッシャのダゥエナラカァがそう口にした。
飛空船とレディアスの神事が、かなり効果的に作用したんだと思った。
僕はその位置でレディアスを抜き、一堂に切先を向けて口を開く。
「それなりの覚悟を持ってのことと思います。
僕は暴君かもしれません。
仮に、この場であなた達5人で戦い、生き残った者の氏族に私の加護を与えると言ったら、あなた方はどうしますか?」
その言葉に5人の族長の空気が一変する。
隣にいる者同士がその気配を探り、即座に対応するための、今までとは異なる緊張感がそこに生まれた。
その中でダゥエナラカァは一人冷静に言葉を続ける。
「陛下がそうお望みであるなら、私共はそれに従いましょう。
ですが、一つだけ伺いたいことがございます。
生き残れなかった族長の氏族は、いかがなさるおつもりか」
僕はその回答と問いかけを聞き、レディアスを鞘に納める。
これ以上芝居は必要ないと判断したからだ。
「試すようなことを言って申し訳ない。まずは謝罪します。
あなた方の覚悟はわかりました。
改めてお願いします。
皆さんの力を私に貸してください」
僕が頭を下げると、場の緊張感が安堵へと変わる。
同時に、再びダゥエナラカァが口を開いた。
「陛下に感謝申し上げます。
我ら陛下のご期待に沿えるよう、陛下に忠義を尽くします」
そう言うと深く首を垂れる。
それに続くように4人の族長も同様に深く首を垂れた。
向こうから旗下に加わると、言ってきてくれたのに、わざわざ難癖をつけたのはちゃんと理由がある。
彼らに言ったように覚悟を見たかったのもあるが、あえて不和の種を蒔くことで、状況の変化を見たかった。
代表してダゥエナラカァ話をしていたことから、5氏族を取りまとめたのが彼だったと推測できる。
ここにいる族長たちの中で恐らくは最年長。でもそれだけじゃなくて、調整能力や政治的能力が一定水準あるとも思える。
個別に忠誠を誓うよりも、まとまった方が有利だ。
それに最後まで従わなかった氏族という汚名じみた言われ方をすることもなくなる。
そう言ったことを含めて、氏族が被る不利益が最小化されるのは間違いない。
この辺の政治的なバランス感覚は優秀だと思う。
何よりもかなりの短期間で、この状況を作り上げた交渉能力は本物だと思った。
僕の発言に動じることなく、彼は立場を貫く姿勢を見せた。
実際に何を考えているかは分からないが、直情的なドロウからすれば明らかに異質。
そしてそれは僕が大きなドジを踏まなければ、彼は協力を惜しまない事を示唆しているし、彼が機能すれば、この場にいる他の4氏族は統制できる。
「さあ、他の族長たちも待っていることでしょう。
評議会に向かいますよ」
そう言って僕は5人を従える形で、議場に入った。
ドミンツェバェにくじを引くように促されて、ラタンの細い棒を一本引く。
書いてある数字は4。座る場所を決める抽選だ。
先に来た族長たちはすでに席についていた。僕も4番の椅子に座る。
僕の後でくじを引いた5人の族長が慌てるように座席についていく。
大きな円形のテーブルに、ドロウ15氏族の族長が一堂に会し、その場に僕もいる。
正確にはセヴスクムカウダは族長不在。ラッシャキンが兼ねる形を取っているので一人少ないのだが。
だれも、何も思っていないかもしれないけど、この状況ってまさに歴史的瞬間だと思うんだ。
これまでに15氏族長が一堂に会す機会があったとは思えない。
当然ながらどうすればいいのか、誰もわかっていないので、僕が話を牽引する。
「では、始めましょうか。
まず、簡単ですが、この評議会のおさらいをします。
ドロウ全体の方針や、各氏族だけでは解決できない問題を協議するための場です。
後継の族長問題だとか、氏族内での争いごとなどは、これまで通り、各族長の責任において、治めてください。
ただし、他氏族の者が関わる場合は、当面評議会での問題として扱う事もあります。
各氏族により習慣の違い、量刑の差などあると思いますので、他氏族が関わる案件を氏族内の掟で捌くことを原則禁止とします。
あと、ここでのルールとして、ここは話し合いの場です。力による問題解決は別の場所でしましょう。
それと、会議には今日のように僕も参加することが多くなります。
ですが、遠慮とか礼儀とかは重視しません。つまらないおべっかを口にするくらいであれば、建設的な意見を聞きたいと思います。
僕が何を言っても、それに異議があるなら遠慮なく言ってください。
この場での発言が、たとえ王としての僕を解任すべき、という意見であっても、それを理由に処罰だの弾圧だのしないことを約束します。
最後ですが、ここでの決定は原則として僕の決定と同義であるとお考えください。
評議会で最終的に意見を取りまとめて、参加者の議決権の数によって最終決定とします。
その結論に僕が異論をはさむこともあるかもしれませんが、出来るだけ直接の口は出さないつもりではいます。
その分、議論には参加しますけどね。
ざっくりこんな感じなんですが、何か意見があればお願いします」
僕は最初から議論になるとは思っていないが、こう言うものだという形は大切だと思う。
各族長にはこのスタイルに慣れてもらわなければならない。
そう思っているところに、フェルーヴェン―アウロシルヴァエの族長―が手をあげて発言を求めてきた。
「フェルーヴェン、何でしょうか?」
「陛下に発言の機会を賜りましたこと、御礼申し上げます。
恐れながら、陛下は評議会の決定は王の決定と同じ、と仰せられました。
そのうえで陛下がそれに異を唱えることもあると。
陛下のおしゃることは矛盾しており、陛下が御採決なされば評議会など不要と存じますが、いかがお考えでしょうか?」
フェルーヴェンは恣意的にこの質問をしてきたように思える。
評議会の意義を他の族長にもう少し説いた方がいいと判断してのことだろう。
ナイスアシストだ。
「フェルーヴェン。あなたの発言はその通りだと思います。
評議会の決定と僕の意志。結果僕の意志が優先されるのであれば、評議会など必要ない。
ですが、僕が1から10まで全部決める事は不可能だと思います。
その軽減のための評議会でもあるのです。
二つ目に、王がすべてを決めて、それが間違いであった場合、内容によってはドロウは滅んでしまいます。
王は権力者ですが、神ではありません。
それを避けるための手段として、評議会に期待しています。
必要であるなら、愚かな王を退位させる存在であって欲しい」
ここで僕は少し息を整える。
族長たちは僕の意見を聞くことに手中してくれているようだ。
小さな手応えを感じ、僕は続ける。
「三つ目に、今は王の強権でものを決めることができますが、いずれはそうでない形に移行したい。
王の決定が優先されるのは評議会が軌道に乗った段階で、王政は廃止しようと思います。
僕が王としていられるのは、ここに集う皆さんが、僕を王と認め忠誠を誓ってくださるからこそです。
ドロウがドロウ全体として安定を迎えた時、王は必要ないでしょう。
そのための地盤を作るために必要です。
他にも、対外的な取引を行ったり、ある程度常設の軍隊を置いたり……他にもたくさんしなきゃいけないことがあります。
それぞれに関して専門の部署を作ることになりますが、それを監視し、適正に運用させるのも、評議会の仕事になります。
これも王の権限の委譲に必要ですからね。
今すぐこれらを評議会で決めるのは多分不可能だと思っています。
能力的にどうのって話じゃなくて、他種族への知識や今はドロウの持たない知識や経験。そう言ったものを徐々に身に付けていってもらいたい」
一同が騒めく。
ああ、いずれ王は退位って言っちゃったのマズかったかな。
「我々の忠誠は陛下にささげられております。
神の如き力をお持ちのあなたであればこそ、我々を導いてくださると信じております」
ネルヴィアテスのボルビレス族長がそう熱く語った。
僕はその熱を少し覚ますように、冷静に語る。
「皆さんのお気持ちは嬉しいですが、僕は神の代理人ではありますが、神ではありません。
いずれ寿命を迎え、死ぬ。
あるいは不慮の事故で明日死ぬかもしれない。
もちろん、簡単には死にませんけどね。
そうですね、例えれば、親子。
親は子の成長を願い、いずれ先に逝きます。
子供が親頼みで、成長しなければ、親は死んでも死に切れませんよね?
いずれ子供は独り立ちするものなのです。
その時僕は王として存在する必要はない。もちろん、ドロウの一人として、出来る限りの事はしますよ。
これでは不満ですか?」
その場が静まり返る。すると再びフェルーヴェンが口を開いた。
「陛下のお気持ち、よく理解できました。
陛下は我々に期待なさっておられる。
そのために評議会が必要で、その場で我々の成長をお見せできると、そう考えてもよろしいでしょうか」
「うん、そうだね。
そのためには皆さんにも慣れないことをやってもらう必要がありますが……きっと皆さんならできます」
フェルーヴェンがうまく拾い、まとめてくれた。
すると今度はラッシャキンが挙手した。
なにか、とんでもないことを言うんじゃないか……僕は少し警戒しながらラッシャキンに発言を求める。
「アレン……陛下。評議会の取り決めに関してだが、少し変更を提案したい」
「ラッシャキン、変更というのは?」
「そもそも評議会という考え方は3氏族が共存する方法として生まれたものだ。
今は形がすっかり変わろうとしている。
そこではっきりさせておきたいんだが、もともともの評議会ではドュルーワルカに議決権4、ヴィッシアベンカに3、クァルテレンダに2が与えられて、議決を取るというルールだった。
そこで俺は提案したいんだが、今日を境に全氏族議決権1でいいんじゃねえか?計算が面倒だし」
僕は絶句した。
ラッシャキン自らドュルーワルカの特権を一つ放棄するといっている。全く予期していなかった。
「ラッシャキン族長がそう言われるのであれば、ヴィッシアベンカに異論はありません」
「そうですね。ラッシャキン族長の提案でしたら嫌とは言えません」
ガルスガとバドリデラが続ける。
「しかしながら、3氏族、特にドュルーワルカは最も早く陛下と共に歩まれ、我々と戦になってもなお、我々を支援してくださった。
蠍の討伐においても功績が大きく、その上二人の王妃はいずれもラッシャキン族長と縁が深いと聞いております。
ドュルーワルカが重く用いられるのは当然と考えます」
ドミンツェバェがさらにそう述べる。
正直言うと、僕は初期の枠組みの話は、ラッシャキンが口に出すまで忘れてた。申し訳ない。
僕が少し考えていると、ラッシャキンがドミンツェバェに答えた。
「ドュルーワルカがアレン…陛下と、出会えたのは偶然だし、運が良かっただけだ。
ここで氏族の特権だの必要ないだろ?なんせドロウの未来って話だ」
僕はこれも好機として使わせてもらうことにする。
「では、こうしましょう。
評議会として決を採りたいと思います。
ラッシャキンの提案に賛成する方は、手をあげてその意志を現してください」
僕がそう言うと、族長たちは次々と手を上げる。
手を上げなかったのは、ドミンツェバェとクェルシャッシャの2名。
「えっと……旧議決権で計算して賛成が18、反対が2。あと、棄権が1。よってラッシャキンの提案を採用とします」
僕はそう告げ、ドミンツェバェとクェルシャッシャに視線を向けると、二人は黙って頷いた。
「この話はこれで終わり。今後は各氏族1票と数えます。
あと、僕から一つ評議にかけたいことがあるんだ。いいかな?」
僕が続けてそう言うと、一同は黙って頷いた。
「最初の議決にしようと思ってたんだけど、一応形としてさ。
僕、アレン・ディープフロストは、正式にドロウの王として立つことを宣言したい。
評議会の信任を得たいんだ。賛成してくれる人は挙手を願いたい」
僕がそう言うと、全員が手を挙げてくれた。
まあ、それぞれの族長が僕に対する忠誠を誓ってくれているから、これは当然なんだけど。
それでも、この茶番を演じる意味はある。
形式だけとはいえ、王が評議会で選ばれたのだ。
「ありがとう。
改めて宣言する。
僕はドロウの王としてすべての氏族の守護者たらんことを、ここに誓う」
僕の宣言に呼応して、族長たちは椅子から立ち、その場に膝をつく。
彼らも改めて忠誠を誓う、その意思表示なんだろう。
こうして、ドロウを種族として統べる王が誕生した。
ドロウの歴史が今刻まれ始める。




