4 男装のままデート
「シャロン!貴女、本当にその格好で行くつもり!?」
「何が悪いの?似合ってるでしょ?」
シャロンは鏡の前でくるりと回った。男物のシャツに緑のベスト。茶色いスラックスに編み上げのロングブーツ。チェック柄のハンチング帽も被り、ハンサムに見えるようメイクも完璧に施した。街歩きには最適な格好だ。
「あのねえ、似合ってるとか似合ってないとか、そう言う問題じゃないのよ!」
「シャロン!殿下が来られたぞ」
「行ってくるわ」
「あっこら!シャロン!!」
母の言葉を無視して出る。シャロンとて、これが非常識なことくらい分かっているのだ。デートに男装してくるなんて、あり得ない。あるいは今日限りで、リオンの求愛はお終いになるかもしれない。
ずきん……。
――――あれ、なんで今、胸が痛むんだろう?
シャロンが開けたドアの前で呆然としていると、目の前にすっと大きな人が立った。
「シャロン!」
いつもと何ら変わらない、明るく名を呼ぶ声がして、思わず顔を上げる。街歩き用にラフな格好をしたリオンは、ニッと良い顔で笑って言った。
「うん、そういう格好も似合うな!」
あまりにも自然体だ。拍子抜けしたシャロンは、思わず聞いてしまった。
「…………あの。気にならないんですか?」
「?何が?」
「や、あの……デートなのに、男装してるし……その……」
「別に?」
リオンは本当に、気にする意味がわからないと言う感じで答えた。シャロンは、強張っていた体から一気に力が抜けていくのを感じた。
しかも、リオンは柔らかな声でこう続けたのだ。
「どんな姿でも、君が君であることに変わりはない」
「……!」
何でこの人は、ここまで度量が大きいんだろう。シャロンは自分の根本にあるコンプレックスが、丸ごと救われていく心地がした。
「まあ、君に惚れるまで、君の綺麗さに気づかなかった俺の目は……節穴だとも言えるがな」
「……そんなこと。王立学園に入学されるまで、長く留学されていたのは知っていますし……」
リオンが自嘲気味に言ったので、思わずフォローするような言葉を発してしまう。彼は少し驚いた顔をしてから、目を細めて切なそうに笑った。
「ありがとう、気遣ってくれて」
「い、いえ……」
「さあ、今日は楽しもう!」
リオンは爽やかに微笑みながら、ごく自然な動作で手を差し出した。シャロンはまた自分の心臓が高鳴る音を聞きながら、その手をそっと取ったのだった。
♦︎♢♦︎
――――やっぱり、男の人の手だ。男装してる私とは、全然違うな……。
繋いだ手の感触を感じ、シャロンはぼんやりと思った。二人は王都の街を進んでいく。
シャロンは気になっていることを尋ねた。
「あの、こんなに堂々と歩いて、良いんですか?」
「大丈夫だ。水と火の魔法を合わせた幻覚魔法で、見かけの姿を変えている」
「複合魔法ですか?すごい……!」
「魔法は得意なんだ。ふふ、シャロン。目がキラキラして、綺麗だな」
リオンは嬉しそうに微笑んだ。キラキラしているのは、リオンの方だと思う。翡翠の瞳は、今日も生命力に満ち溢れて煌めいている。
「……リオン殿下も、キラキラしてます」
「そりゃあ、好きな君とデートしているから。キラキラもするさ」
「……っ。ご、護衛の人は、居ないんですか?」
「いるよ。そこらじゅうに潜んでいる。君は気にしなくて良い」
「それは、大変ですね……」
「俺は、不良王子だから。皆には苦労をかけている!ははは!」
そんなことを話しながら、二人は市場にやってきた。貴族令嬢であるシャロンは、王都の市場になんて来るのは初めてだ。人々の活気と、色とりどりの鮮やかな露店に興味を惹かれて、キョロキョロとしてしまう。
「わあ、初めて来ました……!」
「楽しい場所だよ。立ち食いに抵抗があるなら、昼食は店内で取ろう」
「いいえ!露店のご飯、食べたいです!あのお肉の串とか、美味しそう……っ」
「それは良かった!俺のお勧めの店を案内するよ!」
リオンに手を引かれて走り出す。シャロンはもう、自分がどういう格好をしているかとか、相手が王太子だとか……そういうことを、一切忘れて。ただ、わくわくと弾む心のままに動いていた。
二人はタレのついた肉串や、バゲットサンド、それからスープなんかをテイクアウトして食べていった。水魔法の毒味もかけているので安心だ。シャロンは前世から、こういう屋台の食べ物などに目がないので、夢中になって頬張った。その様子をリオンが心底嬉しそうに見つめていたことには、気づかなかった。
「やっぱりデザートは、クレープですよね」
「うん。ここのは美味いぞ」
いちごのクレープを頬張ると、甘酸っぱさとホイップクリーム、そしてアイスのハーモニーが最高だった。思わず満面の笑みになってしまう。
「可愛い」
「……え?」
「いや……クリームが、口端についてる」
「え、どこですか?」
「ふふ。ここだ」
長い親指ですっと拭い取られて、その指をリオンはペロリと舐め取った。
「ん、甘いな」
「…………っ!」
その仕草があまりにも色っぽくて、シャロンは首まで真っ赤になってしまった。
「……リオン殿下って、狡いですよね」
「え?俺は正々堂々と生きているつもりだが……?」
「そういうとこです」
「?」
シャロンはクレープを全て頬張って包み紙をゴミ箱に入れてから、リオンの手を取った。
「……で、次はどこ行くんですか?」
「はは!照れてるのか。可愛いな」
「照れてません!」
「次はあっちに、布や糸の市場が集中しているから、見に行こう。凝った民芸品もあって、すごく見応えがあるぞ。そういうの、好きだろう?」
「大好きです……!!」
シャロンはあっという間に目を輝かせ、リオンが指差した方向に駆け出した。リオンは笑いを堪えるのに必死なようで震えていて、何だかそれが無性に楽しかった。
♦︎♢♦︎
「あ〜〜、買った買った。思う存分買いました……」
「はは!良い買いっぷりだった!買ったものは侯爵邸に送ってもらうから。気に入って良かったよ」
「はい!本当に、お宝の山でした……!!」
思い出すだけでも、うっとりしてしまう。しかしリオンのプランは、こんなものでは済まなかった。
「この後は、王都のマダムチェルシーのアトリエに予約を入れてある」
「へっ!?マダムチェルシー……!?」
シャロンはその名を聞いて固まった。だって、その人は。
「マダムチェルシーって、三年先まで予約が埋まってる、超人気デザイナーじゃないですか!今の貴族の流行は彼女が作っているという、あの方ですか……!?」
「くくっ。予想通りの反応で嬉しい。そうだよ、俺は伝手があるから、午後の時間を丸々もらった。アトリエ見学するもよし、服を仕立てるもよし、マダムに話を聞くもよしだ」
「そ、そんな贅沢が……!?」
憧れのアトリエに入れるという衝撃だけで、シャロンがあたふたしている間にも、どんどんとリオンは進んでいく。そして本当に、王都の大通りど真ん中にあるマダムチェルシーのアトリエに入っていき、さくっと通されてしまった。
「いらっしゃい。今日はゆっくりして行ってね。リオン君と…………そ、その子は!?」
中から出てきたマダムチェルシーは白銀の髪を短髪にし、スタイリッシュなホルターネックのドレスを見に纏っていた。とても格好良い女性だ。
そんな彼女はシャロンの姿を凝視してしばらく固まった後、早口で捲し立て始めた。
「な、なんて綺麗な子なの……!?それに、服装!こ、このスラックス!形が異様に洗練されているわ!新しい!シャツも、小技が効いてる!見たこともない工夫の仕方よ!貴女、これを一体どこで……!?」
「あ、あの。この服は、全部自分で作ってます……」
「自分で〜!?」
マダムの発した大音量がアトリエ中に響いた。裏からお針子たちが何だ何だと出てきて、シャロンを目撃した結果――――更に、てんやわんやの大騒ぎになった。
「いやあ〜〜、騒いでごめんねえ。素晴らしい才能を見たもんで、つい興奮しちゃってね」
「マダムにそう言っていただけるなんて、光栄です……!」
「シャロンちゃんと、新しい服を作りたいわ!絶対、私とコラボしましょうね!」
「は、はい……!!」
シャロンが感動で震える横で、リオンは満足げに頷きながら紅茶を飲んでいる。
結局、シャロンは大騒ぎに巻き込まれた後、アトリエを一通り見学させてもらった。まだ見ぬ形のドレスなどもあり、大興奮の連続だった。
マダムチェルシーは悪戯っぽく笑って言った。
「シャロンちゃん、男装とっても素敵よ!似合ってる!でも、女性の服も……絶対に似合うわ!!」
「え。そ、そうでしょうか…………」
途端に、自信のない小さな声になってしまう。しかしマダムは、自信たっぷりに言った。
「今まで、似合う服を上手く見つけられなかっただけよ。貴女には、貴女だけの服がある。次にデートに来る時は、女性の格好も見てみたいわ!私が全身コーディネートしてあげる♡」
シャロンはおろおろとするが、これにはリオンも大きく頷いた。
「俺もそう思う。どんな姿でも、君は綺麗だ。もちろん、シャロンの心の準備ができてからで良い。きっと、自信がつくよ」
「……分かりました」
優しく諭すように言われ、シャロンは頷いた。
鋭いリオンには、とっくに見抜かれているのだろう。シャロンが自分の姿に、本当はコンプレックスを持っていること。何なら――――この世界と、シャロン・クリストルという存在ごと、あまり好きになれていないということも。
「まあでも、男装も捨て難いわ〜!今日は、特別なタキシードも仕立てて行かない?」
「良いんですか!?是非!」
シャロンは食いついた。それからはマダムとあれやこれやと意見を出し合い、オーダーメイドのタキシードを作る、大変楽しい作業に明け暮れたのだった。
♦︎♢♦︎
「今日はありがとうございました。結局、私の楽しいところばっかり……ふふ。マダムチェルシーに顔繋ぎまでしていただいて、感謝しかありません」
「俺も、とても楽しかったよ?」
帰り道、夕暮れの中で手を繋ぎながら、リオンはじっとシャロンを見て言った。
「今日、また新しい君を沢山知ることができた。色々な表情を見られて、本当に嬉しかった。シャロンは、いつでも綺麗だ」
「そ、そんなこと……」
リオンは人好きのする優しい微笑みを浮かべた。円弧を描いた翡翠の瞳が、夕焼け空の中で煌めいている。
「俺はやっぱり、君のことが大好きだ!」
あまりにも真っ直ぐな告白。シャロンは自分の頬が、あっという間に熱を持つのを感じた。赤くなった頬が、夕焼けに紛れてバレなければ良いと思いながら、精一杯の返事をする。
「私も…………リオン殿下のこと、嫌いじゃ、ありません」
「はは!これは、一歩前進だな!!」
繋いだ手が、何だか熱い。
この落ち着かないような、ふわふわした気持ちは、一体何なのだろう……。鈍いシャロンは疑問に思いながら、帰り道を歩いたのだった。




