2 アーシャの不安
「アーシャ。ウィルが、少し可哀想だわ。もういい加減、返事をあげてもいいんじゃない?」
「だ、だって、怖いんだもの……!ウィルバートは二面性が激しくて……選択肢を間違えると、こっぴどく振られたり、捨てられるルートが沢山あったのよ?」
「ゲームの話をしても、仕方ないじゃない。今貴女が生きているここは、現実世界なんだから」
シャロンに諭され、うっとなる。それは確かに正論だ。
ここはアーシャの部屋である。今まさに、親友のシャロンに恋の悩み相談をしているところだった。
「でも、原作ゲームが、この世界に与えてる影響はやっぱり大きいのよ!シャロンは、この世界の一般的な花が前世と同じで、花言葉まで同じだってことの意味を……きちんと考えたことがある?」
「花……?確かに、前世と同じだね」
「理由は、ここが日本で作られた、乙女ゲームの世界だからよ!!『花束の恋を君に』は、文字通り……花束のプレゼントがキーアイテムになるゲームだったの。花言葉も、ゲーム中では重要な役割を果たしていたのよ。だからこの世界の花言葉は、前世の日本と全く同じなの!!貴族男性が花で求愛してくるのも、そのためよ!!」
「はえー……な、なるほど……。……深く、考えたことなかったわ」
シャロンはこうなのだ。乙女ゲームをやったことがないからよく分からないと言って、アーシャがゲームの話をしてもピンと来ない様子でいる。お人好しで優しいところは大好きなのだが、彼女は大抵のことに対して警戒心が薄いのだ。
アーシャはさらに言った。
「それに、気になってることがあるの」
「ウィルのことで?」
「そうよ。私は……ゲームの情報を知ってたから、ウィルの本当の性格や、攻略法まで知ってたわ。だからこそ、彼は私に惹かれてしまっただけなんじゃないかしら…………。なんだかズルをしてしまったような気分で、気が引けるのよ…………」
アーシャは心の内で、ずっと苦しく思っていたことを吐露した。シャロンは心配そうな顔でアーシャの手を握る。
「アーシャ、そんなことで悩んでたのね」
「うん……」
「でも、アーシャは別に、ゲームの知識を悪用しようとしたわけじゃないんでしょう?気にしすぎなんじゃないかな?」
「うん…………」
でも、やっぱり今のままでは、ウィルバートを騙しているようで苦しい。その後も話を聞いてもらったが、アーシャは結局ぐるぐるとした悩みから抜け出せなかった。一見、物言いがキツいアーシャの真の気質は、臆病だったのである。
♦︎♢♦︎
一方その頃、ウィルバートはウィルバートでリオンに相談していた。この二人は主従関係ではあるが、乳母兄弟で、親しい幼馴染でもあるのだ。公の場でない時は敬語も外しているし、気軽に呼び合う仲なのである。
「リオン、僕は君を尊敬する。あんなにめげずに求愛し続けたのは、すごいことだ。僕には無理だ……」
「ウィル、大分参ってるな」
「うん……アーシャに躱され続けるのが、苦しくなってきて。片思いって、こんなに辛いんだね……。もう、イエスでもノーでもいいから、何か答えを返して欲しいという気持ちだ……」
気落ちするウィルバートのことを、リオンは翡翠の目で真っ直ぐに見据えた。
「俺はシャロンにしか求愛した経験しかない。だから間違っているかもしれないが……思ったことは、はっきり言うぞ。ウィル」
「う、うん」
「まず、お前は功を焦りすぎなんじゃないか?相手には、相手の気持ちやペースがある。だから、すぐに返答が来なくても仕方がない。きちんと待ってやらないといけないと思う。成果の分かりやすい鍛錬などとは、違うんだ」
「うう、耳が痛い……」
リオンの正論に、ウィルバートは早くもたじたじになった。確かにアーシャに対する気持ちを自覚してから、自分は焦っている。何だかアーシャが少しずつ離れていっているような気がして、なおさらだ。
リオンはさらに続けて言った。
「次に、俺から見ていても、お前の求愛は回りくどいように思う。はっきりした気持ちを返して欲しいなら、はっきりした言葉で伝えるべきなんじゃないか?お前が婉曲な表現に逃げるから、向こうも逃げてしまうんだと思う」
「リオンが言うと、説得力がありすぎる……」
何せリオンは、毎日「愛してる」と告白して振られ続け、それでもなお諦めなかった男である。言葉の重みが違う。
「分かった。まずは振られてもいいから、はっきりと気持ちを伝えてみる。ちょっと……心の準備がいるけど」
「よし。その意気だ」
「うん。それで、もし振られても、諦めずに待つ。アーシャのペースや気持ちを、大切にする。それに、僕のこの気持ちは、そんなに簡単に諦められるものじゃない……」
リオンが暗殺者に襲われて目の前で死にかけた時、目の前が真っ暗になったウィルバートを救い上げてくれたのは、他でもないアーシャだった。彼女が居なかったら、ウィルバートの信念は揺らぎ、今でもずっと苦しんでいたことだろう。
アーシャの真っ直ぐな目や、はっきりとした言葉、そしてその中に混ざっている、優しい思いやりの心。そういうものに、ウィルバートは強烈に惹かれた。外見も、確かにとても可愛くて好きだと思うが、最初からそれに惑わされたんじゃない。アーシャの内面に強く惹かれたからこそ、他の女性なんて、もう目にも入らなくなってしまったのだ。
「そうだ。振られたって諦めなきゃいけないわけじゃない。想う気持ちは自由なんだから、お前次第だ」
「うん」
「お前がそれだけ本気で好きだと言うんなら、いつかアーシャにもきっと伝わる。自分の真心を差し出すつもりで、真っ直ぐ伝えるのが良いと思う」
「ありがとう。リオンほど上手くできるかは分からないけど、やってみる」
正直ウィルバートは、本心をあらわにするという行為が大の苦手だ。
ウィルバートは儚げな雰囲気の見た目に生まれ、物腰も柔らかなせいで、性格を勘違いされやすかった。それで随分苦労してきたのである。
ウィルバートの本当の中身は、融通が利かなくて、それでいて狡い部分もあり、誰にでも優しい訳じゃない。だから本心をあらわにした時、がっかりされたり失望されたりした経験が、今まで何度かあった。
そうしていつしか、自分の容姿や雰囲気にあった性格を装うようになり、本心を包み隠しながら生きるようになってしまったのである。
でも、そんな自分にも心から想う女性ができた。彼女には偽装したり包み隠したりせず、本当の自分の気持ちを伝えたい。その上で、できれば、ありのままの自分を好きになって欲しいと思った。
「リオン、相談に乗ってくれてありがとう。君はいつも僕に勇気をくれるね」
「何、俺はいつも、ウィルに支えられているから。おあいこだ」
リオンは、からりと笑った。ウィルバート全然違う性格の彼だからこそ、大切な友人であり、主君でもあるのだった。