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13 命を懸けた戦い

 夜明けが近づいてきた。外が白み始めてきたのだ。寝ずの番をしていたリオンは言った。


「飲み水が切れた。周囲の警戒もしたいし、川で汲んでくる」

「私も行く」


 シャロンはリオンにもたれ掛かってうとうとしていたが、自分の頬をパチンと叩いて、着いていくことにした。少しでも離れるのが不安なのだ。

 しかし二人が外に出て、歩き出そうとした瞬間である。


 ドン!!

 

「奇襲だ!」


 二人を分断するように、大きな爆炎が起こった。シャロンは咄嗟に二人分の防御壁を展開したが間に合わず、衝撃で倒れ込んでしまう。


 ザン!!


「ぐあっ!!!!」


 次の瞬間には、少し先にあの鎧の男がいて――――風の斬撃で、リオンの右腕を肩から切り落としてしまった。


「リオン!!」

「おい、王子は生かして捕らえろよ。女の生死は問わない」

「御意」

「ぐっ!魔法が、出せない…………!!」


 ローブの男は少し離れたところにおり、鎧の男はゆっくりと近づいてくる。リオンはあまりの痛みのためか、魔法が繰り出せない状態らしい。シャロンは泣きながら這いずって、庇うようにリオンに覆いかぶさり、傷口を必死に押さえて治癒をかけた。しかし、血がどんどん噴き出してくる。リオンは強く叫んだ。


「シャロン、逃げろ!!君だけでも助かるんだ!!」

「いやよ!貴方を置いていけない!」

「シャロン!ダメだ!!」


 シャロンはリオンを庇うようにして、震える足で前に立った。絶対に――――逃げてなんか、やるものか。


「女、邪魔だ」


 シャロンは隠し持っていたクナイを出した。その瞬間、鎧の男に大きく切り付けられた。


 ザンッ!!


 防御壁を展開するが、押し切られた。肩から腹にかけて中途半端に斬撃を喰らい、鮮血が噴き出す。しかし大きな動作で斬撃を放った男には、一瞬の隙ができた。


 ――――今だ!!


「はあああああ!!!」


 シャロンはクナイを高速で操作し、男の鎧の接合部にテグスを巻きつけた。そのまま思い切り引いて、勢いよく相手の腕を切断した。


 ブツン!!


「っ!?」

「何!?」


 敵が狼狽えた瞬間、瀕死のリオンが片手を伸ばして魔術陣を描いた。風の刃の塊が敵を襲う。二人の男は防御が間に合わず、特にローブの男は身体中から血が噴き出した。


「…………くっ!!」

「遠くに数人の気配がします」

「撤退するぞ」


 二人の男はまるでそこに居なかったかのように、一瞬で消え去った。シャロンはどさりと倒れ込むようにして、リオンに縋り付く。

 

「リオン!!」

「シャロン…………なんて無茶を!!」


 リオンは珍しく、苛烈な怒りを顔に浮かべていた。彼は急いでシャロンの出血部位に治癒をかけながら、怒りを隠しもせず、シャロンに怒鳴りつけた。


「シャロン、何故、逃げなかった!?君は、死ぬところだったんだぞ!!」


 怒鳴られたシャロンは自分のシャツを脱ぎ捨て、ビリリと破き、包帯がわりにした。その間にも、ぼろぼろと堪えきれない涙が溢れ出す。歪む視界の中、リオンの肩に布をきつく巻きつけ、止血しながら叫んだ。


「……わ、私は!好きな人に先立たれるなんて、ごめんだもの……!!」

「は……!?」

「リオンを……愛してるから!!愛してしまったから…………!!責任とって、ずっと一緒に居てよ…………!!」


 リオンは、翡翠色の目をこれでもかと見開いた。シャロンはもう、顔をぐしゃぐしゃにして、えぐえぐと泣いてしまっている。リオンはおろおろとしながら、体に何とか力を入れ、シャロンに左腕を伸ばした。


「そうか…………そう、なのか」

「そうよ。私は、リオンが、好きなの…………!!」

「ありがとう……。ごめん、俺を命懸けで守ってくれたのに、怒鳴ったりして…………悪かった」


 リオンは残った左腕を使い、弱い力でシャロンを抱き寄せた。血の匂いが充満している。シャロンは止血を続け、自分にできる精一杯の治癒をかけながら、子供のようにわんわん泣いていた。

 その時だった。シャロンたちを呼ぶ声がした。


「リオン様!!シャロン様!!」

「シャロン!!いるの!?」


 シャロンが立ち上がって見ると、川沿いに馬が数頭駆けてきていた。そのうち一頭には、なんとウィルバートとアーシャが乗っていた。


「ウィルバート様!!アーシャ!!ここよ!!」

「!?二人とも、その怪我は……!!」

「リオンが!腕を、切断されたの!!助けて……!!」

「治癒なら私が専門です。切断されて時間が経っていなければ、元に戻せます!!」


 真っ白な治癒騎士の衣装を着た騎士が、馬から降りて走り出てきた。彼女はすぐにリオンを寝かせ、腕の治療を始めた。並の素人には扱えない、複雑で大規模な治癒の魔法陣が展開される。治療が始まると、リオンは体を起こして喋っていたのが嘘のように顔面蒼白になり、倒れ込んだまま気を失ってしまった。おそらく気力だけで起きあがっていたのだろう。だが、何とか治療が間に合いそうで良かった。

 

 シャロンはほっと気が抜けてしまい、その場にずるずるりとへたり込んだ。安心したら、急に痛みが実感を伴って襲ってきたのだ。


「シャロン!シャロン大丈夫なの!?貴女もひどい怪我だわ……!!」


 ふらついたところをアーシャに支えられ、座り込む。ウィルバートが進み出て来て言った。


「シャロン様は僕が治癒します。治癒魔法は得意なので」

「ウィルバート様、ありがとうございます」

「…………貴女は、また、命懸けでリオン様を守ってくださったのですね。ありがとうございます…………」


 ウィルバートは眉根を寄せて、とても苦しそうにシャロンの傷を見ている。すぐに、治癒の大規模な魔法陣が展開され始めた。

 

「貴女が命を投げ打って、崖に飛び込むところも、僕は見ていました」

「!そうですか……」

「僕は、貴女のことを知りもしないのに……以前、酷いことを言いました。許してくれとは、言いません……でも、謝罪させてください。申し訳ありませんでした…………」

「そんなこと。良いんです、こうして、助けに来てくれましたから。リオンが助かって、本当に良かった…………」


 アーシャはシャロンを後ろから支えながら、少し呆れたような声を出した。

 

「ね?シャロンは、こういう子なのよ」

「よく分かりました」


 アーシャとウィルバートは、何だか困ったように笑い合っている。いつの間にか、少し仲良くなったのかもしれないとシャロンは思った。

 

 ともかく、このようにして――――シャロンとリオンは命からがら、二回目の奇襲をくぐり抜けたのである。

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