11 危機と遭難
現れた二人の敵は、異質な空気を纏っていた。ローブの男は静かな声で言った。
「王子の魔法は厄介だ。先に女を人質に取れ。迷うなよ」
命じられた鎧の男が素早く動き出す。リオンは高圧の刃を無数に出しながら、風魔法を纏わせた剣で斬撃を繰り出した。しかし全て、ローブの男が出した強固な結界で防がれる。鎧の男はまっすぐにシャロンへと向かってきた。
「させると思うのか!」
リオンが熾烈な魔法を発動して追撃する。しかしローブの男は、二〜三メートルはあろうかという巨大な魔術陣を描き終わり、ボソリと呟いた。
「止まれ」
すると、文字通りリオンの時が止まってしまったかのように、彼と彼の魔法が微動だにしなくなった。シャロンは異常事態にすぐ気づき、咄嗟に動いた。風魔法の速度増幅を使って、鎧の男の手からすんでのところで逃れる。しかし、すぐに刃が迫ってくる。
――――このままでは人質にされる!!もしそうなったらリオンが……!!
シャロンは崖の下を見た。下は巨大な滝壺だ。
男の凶刃からぎりぎりで逃れるが、更に追撃が来る。
次は逃げきれない……!――――そう思い、速度を上げたシャロンは、もう一切迷わなかった。
思い切り地面を蹴り、崖から飛び降りたのだ。
「な!?」
「シャロン!!」
再び動き出したリオンが叫び、迷わず後を追って崖から飛び降りた。シャロンに向かって思い切り手を伸ばし――――リオンがシャロンの手を確かに取ったと同時、二人は激しい水流の中へと落下した。
♦︎♢♦︎
「ん………………っぅ………けほっ!げほっ!」
「シャロン!シャロン…………!!」
重たい瞼をのろのろと開けると、リオンが心配そうに覗き込んでいた。シャロンは口の中に残った水を、けほけほと吐き出した。
「良かった!目を覚まさないかと……!」
「ご、ごめん、なさい…………」
「謝るな。無茶をさせたのは俺だ。あれは、俺を狙った者たちだ…………」
リオンがとても苦しげに呻いた。シャロンは彼によって河岸に引き上げられたようで、服も体も水浸しだった。ふと、首周りのボタンが緩められているのに気づく。
「すまない。緊急事態だったから、その。救命行動を取った」
「…………はい。ありがとうございます。結局、助けられてしまって……」
救命行動ということは、恐らく人工呼吸もされたのだろう。だが、今深く考えるのは止めておく。
「助けるのは当たり前だ。だが、大分流されてしまったらしい。ここが山の中のどこなのか、全く分からないんだ」
周りを見渡すと、鬱蒼と木が生い茂っていた。全く見覚えのない場所だ。学園の敷地の外だろうか。
「多分、対抗戦のフィールドの、外まで出てしまったんですね…………へくちっ」
「すまない、冷えるよな。焚き火を起こそう。木を集めてくる!君は意識が戻ったばかりだから、ここにいてくれ」
リオンは濡れたジャケットをシャロンの肩に掛けて、木を集めに行った。シャロンは正直、まだ頭がくらくらとしていたので、大人しく従った。
あの場面では他にどうしようもなかったとは思うが、思い切って滝壺に飛び込んだせいで、リオンの命を危険に晒してしまった。シャロンとしては自分の身を投げ打ったつもりだったが、結局彼に命懸けで助けられてしまったのだ。胸が痛い。
――――でも、敵の戦力は未知数だった。こんな形でも逃げられたのは、幸運だったのかもしれない。あの闇魔術の結界に、時を止める謎の魔術……。間違いなく国外の物よね。リオンは……他国の者にまで、命を狙われているの……?
ぐるぐると考え込んでいると、顔を明るくさせたリオンが駆け寄ってきた。
「すぐそばに山小屋があった!救助が来るまで、そこに避難しよう」
「良かった……!見つけてくれて、ありがとう」
「風魔法の伝書で、俺たちの無事だけは伝えてある。もう随分暗いから、本格的な捜索隊が来るのは明日になるかもしれない……。今日は小屋で、夜を明かそう」
「うん」
シャロンはリオンに支えられて、山小屋を目指した。辿り着いた小屋には、きちんとした暖炉とベッドが備え付けられていた。リオンがてきぱきと暖炉に火を付ける間に、シャロンは何があるのか、物品の確認をした。
「毛布が二枚あったわ。ベッドは小さいのが一つだけど……。これ、追加の薪ね」
「ありがとう。シャロン、今の季節、山は冷える。このままでは二人とも凍えるから、まず服を乾かそう。できるだけ脱いで、毛布にくるまってくれ」
「う、うん」
要するに、二人きりの空間でほとんど裸になるということだ。緊急事態とはいえ、シャロンはかっと顔が熱くなるのを感じた。これにリオンは小さく笑って、困ったように言った。
「何もしないと、約束する。俺はまだ、気持ちを返してもらってないから」
「う、うんっ。分かってるわ……!」
お互い背を向け合って、服を脱いでいった。衣擦れの音が、やけに生々しく耳に響いてくる。すぐ後ろに、ほとんど裸の好きな人がいる――――その状況に、否が応でも煩く鳴る心臓の音を聞きながら、シャロンは上下の下着だけになって毛布にくるまった。そろそろと後ろを振り向くと、既にリオンは暖炉の前に居て、服を乾かしているところだった。
シャロンを緊張させないためだろう、彼は何でもないという風を装っている。自分もそうしなければと思い、隣へ行ってシャロンも服を干した。
黙ったまま、二人で暖炉の火に当たる。体が冷え切っていて、手がかじかんでしまっていた。
「もっと、こっちおいで。寒いだろ」
「うん……」
不自然に開いた隙間を詰めて、思い切って毛布越しにぴったりとくっつく。彼が少しだけ、びくりと動いたのが分かった。だが、くっついた場所から体温が伝わってきて、とても温かい。心臓がバクバク鳴っているのは無視しておく。
「今回は、俺のせいで危険な目に合わせてすまない……」
「リオンが謝ることじゃないよ」
「うん……。だがまさか、崖から飛び降りるとは思わなかった。あの時は動けなかったけど、肝が冷えた」
「ごめんね。もし人質に取られたら、最悪だと思って」
「いや、勇気ある英断だ。でも、君は死にかけた。本当に、無理をさせたな…………」
リオンが少しだけ、頭をこちらにもたれさせてきた。二人の距離がぐっと近づいて、顔が熱くなる。シャロンは声が震えないように気をつけながら、話を続けた。
「敵の、あの、時を止める魔法……?あれって、何だったの?」
「あれは禁術だ。光魔術の応用で、相手の時を停止させる……。ただし、術者自身にも相当な負担が掛かる。昔、ローニュ帝国が開発したものだ」
「ローニュ帝国って。あの、危険な人体実験を繰り返していたっていう……ひと昔前は、繁栄していたのよね?」
「そうだ。強大な軍事力を有していた。今は失っているが……」
ローニュ帝国はかつて人体実験を繰り返し、人為的に魔力を増幅させた人間を生み出していたという、いわくつきの国だ。少し前に内紛が起こり、国力が衰退してからは、あまり名前を聞かなくなっていた。
「そもそも、闇と光の二属性を扱える国が少ない。今回は、帝国の関与があるのかもしれない。とにかく、うちの国以外の……他国が関与しているのは、明らかだ」
「リオンの命を狙う勢力と、他国が繋がっているということ?」
「…………そうだな。学園の対抗戦のフィールドに張られた結界は、国の威信をかけた強靭なものだ。それを破って侵入したとなると……我が国の上層部に、内通者がいるということだろう。おそらく、学園内にもだ」
恐ろしい話に、身体がぶるりと震えてしまう。それを感じ取って、リオンは話題を変えた。
「すまない。こんな話は止めにしよう。少しは温まってきたか?」
「うん。こうしてると、あったかいね……」
シャロンは自分の頭を、こてんとリオンにもたれさせた。リオンの体が少しだけ強張ったのを感じる。
「…………最近」
「うん?」
「シャロンが、どうしたら俺のことを好きになってくれるのか、分からなくて……困ってる」
「……っ」
シャロンは目を見開く。横を見ると、潤んだ翡翠の目がじっとこちらを見つめていた。切なげな眼差しがすぐ近くで、暖炉の橙色の光に照らされている。シャロンは、自分の心臓がドッと音を立てるのを聞いた。
しかしリオンは、すぐに切り替えて前を向き、からりと笑った。
「……ごめんな!これこそ、いま話す話じゃなかった!」
「う、ううん…………!」
「今日、何もしないって約束は違えないから。安心してくれ」
「ん、分かってる……!」
「携帯食料、少しだけあるんだ。分けて食べよう」
「あ、私も、バー状のものなら持ってるよ。多分、濡れちゃったけど……」
「ごちそうだな!」
二人は僅かな携帯食料を分け合って食べて、また寄り添った。しばらく他愛もない話をしたりしながら過ごす。十分時間が経った後、服の乾き具合を確認してから、リオンが言った。
「よし、完全に乾いたな。シャロン、着替えたらベッドで寝ていてくれ」
「えっ。リオンはどうするの?」
「俺は索敵の魔法をかけて、警戒を続けておく。正直、いつまた襲われるか分からない。といっても、あの敵の気配は、直前まで全く分からなかったから……もしまた接近されたら、気付けるか微妙なんだけどな。念のため」
暖を取っている間も、リオンはずっと索敵の魔法をかけ続けていたらしい。しかし、感覚を増幅する索敵の魔法は火属性で、シャロンには扱えない。結局役に立てていないと歯痒い思いを抱えながら、シャロンは言った。
「じゃあ、せめて私も一緒にいる。少しでもまとまっていた方が、もしも攻撃を受けた時、良いでしょ?」
「でも。君は、少しでも眠って――――」
「り、リオンにくっついて眠るから!それなら問題ないよね!」
シャロンは早口で行って服をまとめて取り、くるりと後ろを向いた。毛布に隠れながら、急いで着替え始める。リオンは、それ以上何も言わなかった。
着替え終わって再び毛布にくるまると、二人は再び暖炉の前で、隙間なくぴったりと寄り添った。
「……シャロン、ありがとう」
「こっちの台詞だよ?」
二人はそうして暖まりながら、夜を明かしたのである。




