猫はまだ飼えない
猫が飼いたい。そんな決意も虚しく、未だに猫のねの字も見当たらない。
超絶有能家令のサムディもお手上げのようだ。
似たような動物さえも、報告に上がらない。サムディの情報網に引っかからないとは、やはり猫は存在しないのか。
ちなみに日本の俺は動物を飼ったことがない。
実家は動物が飼える環境ではなかったし、一人暮らしを始めた時も、仕事と趣味に生きていた俺に動物を飼うという考えが頭の中になかった。
動物というのは、画面の向こう側の存在だった気がする。ただ見ているだけで勝手に癒されていた。
今の環境なら、猫が飼えると思ったのにな。人生中々上手くいかないものだ。
俺の国は、王城の一棟を王宮としている。王族だけが住んでいる、俺が俺として家族として過ごせる唯一の場所。
サムディはここの管理を一手に引き受けている。だから、サムディは俺を陛下とは呼ばずに、旦那様と呼んでくれる。俺の気が楽になる瞬間だ。
猫も王宮にある俺の私室で飼う予定だ。
私室と仕事場は、日本の俺の時より距離は近い。それにサムディがいるし、サムディに鍛えられた精鋭の使用人達がいる。仕事中の人間しかいないが、猫だって寂しくないはず。
今の俺には妻と子供がいるが、猫を飼いたいと伝えたのはサムディだけだ。
俺の野望は、多分家族には理解してもらえないからだ。高級な椅子に座り膝に猫を乗せてお酒の入ったグラスをグルグルさせたいなんて言ったら、国王辞めさせられる。
第一王子が王太子となって数年、王位を譲るにしてもまだ先のこと。アイリ六世を名乗らせるのはまだ早い。
「あなた、猫とは何ですか」
嘘だろ、どうして妻が猫と口にしたのか。
王宮で二人だけのお茶の時間、王妃である妻との安らぎのひととき。いきなりの質問に、お茶を吹き出さずに済んでよかった。
まだ猫という単語しか知らない様だ。今ここに、サムディはいない。フォローしてくれる相手がいないのは不安だが、俺も一国の王だからな、言えることだけ言えばいいのだ。
猫のことを教えるだけ、椅子で膝猫酒グルを口にしなければ問題ない、いける。
「そうですか、この様な生き物を、あなたはサムディに探させているのですね」
サムディに見せたように、妻にも猫の絵を描いて見せた。前回より上手く描けた気がする。
「この猫というのは、何ができるのですか?」
ん? 猫ができること?
なんだろう、確かネズミとかの害獣取りができたはず?
「害獣取りですか。王宮には必要ないのでは?」
いきなり何を言い出すかと思えば、まさかの猫飼い反対とは。別に、何かをさせる為に猫が飼いたい訳じゃない。膝猫計画は秘密だから、存在自体が癒しとでも言えばいいのか。
そもそも猫が見つからないのに、飼う飼わないの話はまだ早すぎる。
「見つかったら、あなた、飼うのでしょう? 猫を膝に乗せてグラスグルグルがしたい、でしたか」
バレてる何で。あと、高級な椅子に座り膝に猫を乗せてお酒の入ったグラスをグルグルしたいだぞ。
「何でも何も、サムディ相手に話をしているところを見ていた者達がいましたし、あなたもサムディもその者達に口止めはしなかったでしょう?」
そう言えばそうですね。サムディが秘密裏に猫の情報を集めるのは、王城で働く者達には内緒と言う意味だったな。
王宮での話は王宮の中だけという不文律がある。守られていると信じているから油断していた。
王宮に住んでいる王妃に話すのは別におかしなことじゃない。けど、出来れば黙っていて欲しかった。
「王子達の耳に入れていませんし、聞いた者達には、既に口止めも済ませてますよ」
良かった、父親と国王の威厳は守られた。
「それにしても、やはりこの様な生き物は、ここに相応しいとは思えないのですが」
そりゃあ、その絵そのままだったらおかしいだろうが、実物を見たら君は必ず笑顔になると思うけどな。
「笑顔ですか、あなたにそんなことを言わせるなんて。それ程の魅力が、猫というものにあるのですね」
そうだね、いつも無情な俺の言葉を、いつでも信じてくれる君。サムディが猫を見つけたら、一緒に名前を考えよう。
「気が早いこと。あなたはサムディに頼りすぎですよ。私も他人のことは言えませんが、少しは自重してくださいね」
そうは言ってもサムディほど仕事ができて信頼できる人物はそうはいない。王城には優秀な人材が集まってはいるが、信頼できるかと言われるとな。
先日も更迭した役人が数人出たし、今回は権力持たせると駄目になる人間が多すぎた。選出する条件をきつくする訳にもいかないしな。
こんな時に、猫の存在が必要なんだ。膝に猫乗せてグラスグルグルすればきっと何とかなるもんだ。
「高級な椅子に座り、膝に猫を乗せて、お酒が入ったグラスをグルグルさせる、でしたか。もしも、猫を飼うことになった時には、私にもそれをさせてくださいね」
そうだな、やろう。夫婦の秘密の約束だ。
……お前達、ここまでの会話は他言無用だぞ。