猫を飼いたい
日本から異世界へと転生したことに気づいたのは、俺の五十歳の誕生祝いの参加者達に、礼の言葉を告げている最中だった。
顔には出さなかったが、ここでは前世持ちと呼ばれる存在になったことに、心底驚いていた。
日本では、三十前後で死んだような感じがする。
いきなりおっさんになったような感覚に戸惑いつつも、ここで五十まで生きてきた記憶があるからそこまで気にはならない。俺は俺のままだ。
そんなことより大事なのは、俺の立場がそこそこ偉いということ。
権力を持っている、だから、日本の俺がやってみたかったことを、今なら出来るかも知れない。
前世持ちになって数年、考えに考えた取っておきのやつだ。
日本の俺が、昔テレビで見たあれ。高級な椅子に座り猫を膝に乗せてお酒の入ったグラスをグルグルする、ダンディなやつがしていたあれだ。
アホだと思うが、条件的にピッタリなんだ。権力持ってるダンディおっさん。
日本の俺では絶対になれなかったダンディ。
やったところで興醒めするだけ、安物しか買えない男だったからな。
あと、今の俺と比べて体型も薄かった。歳を重ねても今のような男にはなれなかったろうな、そもそも別人だ。
今の俺にはサムディがいる。家令であるサムディに命令を出すと、大抵のことは叶えてくれる。
俺より少し歳上の、凄腕家令のサムディ万歳。
とりあえず、猫だ。サムディに猫探しをしてもらおう。
椅子も酒もグラスもあるからな。後は猫だけ。
しかし、今までこの国で、猫の存在を聞いたことがない。滅多に外に出ない俺でもそれくらいは知っている。
サムディならこの国にいる動物を、全部知っていそうだな。猫もどこか辺境にいるかもしれない。
他国なんて、隣国だろうと行ったことないしな。隣国のどこかに猫いたりしないか。
外に出ることなんて滅多にないし、動物なんて俺専用馬にしか触ったことがない。そう言えば、犬もろくに見てないな。
こうなってくると、絶対猫を見つけて飼ってみたい欲が出てくる。
サムディに猫を探させて、飼い方も教えてもらおう。サムディなら出来る、だって俺の家令だ。
「ねことは、どのようなものなのでしょうか旦那様」
なんてこったい、サムディが猫を知らないなんて。サムディが知らないなら、この世界には猫がいない。
隣国どころか、大陸中の国々の情報まで握っていると言うサムディだからな。
「猫という動物ですか。生憎と、この様な生き物をみたことはございません」
猫の絵を描いてサムディに見せてみたが、やはり知らない様だ。
決して下手な絵じゃないぞ、デフォルメされてるけど、猫とわかる絵が描けている、はずだ。
終わった。俺に権力があっても、いないものを連れてくるなんて出来ないよな。
「ドラゴンなら、連れてくることは可能ですよ。飼うとなると、別の話になりますが」
俺が飼いたいのは猫だし、ドラゴン膝に乗せて触るなんて出来ないだろ。殆どの国で国章にドラゴンが使われているほど尊重されるような存在、飼うという考えは罰当たりって批判されそうだ。
「生まれたてならいけます」
いけちゃうのか、けど生まれたての時にしか、膝に乗せられないならやめておこう。
俺は、猫が飼いたい。ちゃんと最後まで面倒みたい。膝に乗せて、グラスグルグルしながら、サワサワしたい。
「旦那様……」
お、呆れてるなサムディ。
権力持ったおっさんの我儘は、世界規模の難題だった。
権力は、私用で使うものじゃないしな。サムディは別だが、俺の家令だし。
「一応猫の情報は、私が秘密裏に集めておきましょう。姿がわかっていれば、似た様な動物が見つかるかも知れません」
ありがとうなサムディ。猫の特徴、わかる範囲で書いとくよ。
そんでもって、とりあえず仕事に戻るよ。
「はい、旦那様」
サムディと別れて執務室に向かう。産まれてから五十年以上住んでいる場所だが、時々迷いそうになるほど無駄に広いのはここの欠点だよな。
仕方ないんだけどな、ここ王城だし。
因みに俺はバーバラ国の国王。アイリ五世。
結構な強国だ。国の内外から生命狙われてる系国王だから、滅多に外へ出られない悲しい男。
邪険にされる程、俺の治世能力は優秀なのだが、そのせいで他の勢力が弱まるから恨まれる。
国王になる前から現在まで、暗殺未遂は沢山起きている。身内の犯行もあったが、気にせず潰して生きてきた。ますます恨まれる俺。悪循環だな。
今は流石に身内からは狙われて無いと思う。サムディは何も言わないし、平穏だな。
前世持ちになったが、俺はいつも通りで、もし日本の俺が前面に出てきていたら、精神的に耐えられなかっただろう。
前世なんて思い出すもんじゃないな。
まあ、外に出られなくても仕事が沢山あるから気にならない。
あー、猫飼いたい。サムディよ、なるべく早く猫を見つけておくれ。