第九話 橋守
翌朝、村を出た流花たちは周囲を警戒しつつ旅を続けた。とりあえず華京との国境とは反対側で星都の中心からも程遠い海の村を目指す事にした。そこならば暫くは落ち着けるだろうという緋女の提案だ。しかし、今居る場所から海の村に行く為には大きな河を渡らねばならなかった。急流で深く渡し船もない。橋を渡るというのが唯一の手段なのだが、橋の前を燃えるような橙色の髪をした大男が仁王立ちで塞いでいた。
「オジさん、この橋を渡りたいんだけど邪魔だから退いてくれない? 」
「緋女ちゃん! 」
緋女の態度に慌てた流花だったが時既に遅し。
「まず俺様はオジさんではない。それに俺様は橋守をこの橋の先の津葉樹の郷の星務官に任されている。怪しい奴は通すなとな! 」
流花たち三人を見て睨みつける大男に緋女は喰って掛かった。
「こんな可愛い美少女たちをつかまえて怪しいとか言っちゃう? あんたモテないでしょ? 」
「舐めるな小娘! そんな頭の先から脚の先まで真っ赤な格好をしていて怪しくない訳がなかろう! この通閂房の橙刃棒・嵐坊がじっくり吟味してやろう! 」
「なんで赤い服着てると怪しいのさ? 差別だ偏見だ! 用心棒だか木偶の坊だか知らないけど、そんなにボウボウ言ってると瓦版で炎上するよ? 」
火に油を注いだようで嵐坊の顔が鬼のように紅潮していた。
(拙いよ緋女ちゃん。怒ってるよ。)
(いいから。こいつは、あたしが引き付けるから流花はその隙に月奈ちゃん連れて橋を渡って!)
緋女が流花の返事も聞かずに距離を取って嵐坊を引き付けようとした時だった。
「そっちばっかり感けていると、こっちの二人が橋、渡っちゃうよ? 」
何処からともなく聞こえてきた声で流花たちの動きに気づいた嵐坊が急ぎ橋の袂に戻ってきた。
「何者だ? 」
嵐坊は声の主に向かって橙色の刃の薙刀を構えた。これが橙刃棒の謂れと思われた。
「僕が何者かなんて、どうでもいいじゃん。オジさんは早いとこ、その三人を始末してくれればいいんだよ。」
見た目はあどけない少年のようだが、その身は強大な殺気を纏っていた。
「俺様の武人としての感が小僧の方が危険だと言っている。」
それを聞いて少年は不服な顔をしていた。
「ちぇっ。何が武人の感だよ、只の橋守のくせに面倒臭い奴。手間が省けるかもって期待したんだけどなぁ。あと小僧って呼ばれるのは好きじゃないから名乗ってあげるよ。僕の名前は夜射丸。どうせ全員始末しちゃうんだけどさ。あ、冥土の土産とか言わないよ。冥土なんてあると思ってないから。」
夜射丸が弓を構えた瞬間、上空から漆黒の抜き身の刀が降ってきた。そして竜斗が舞い降りてきた。
「あぁあ。白桜姫を追ってると黒いオジさんが来るって話には聞いたけど本当に来ちゃうんだ。厄介な人が来ちゃったなぁ。聞いてるよ。オジさんの武技って迎撃型なんでしょ? それに相手の攻撃に遅れないように常に抜き身だし。本当厄介だよね。」
おとなしく聞いていた竜斗だったが、ここで大きく欠伸をした。
「よく喋るガキだな。もう気は済んだか? 」
「ガキじゃない、夜射丸だっ! 」
その様子を竜斗が鼻で嗤う。
「その反応がガキだって言うんだよ。まぁガキでも手加減するつもりはねぇけどな。」
喰って掛かろうとした夜射丸の前に忽然と夜射丸そっくりの少女が現れた。
「朱羅!? 邪魔するなよ! こんな奴ら、まとめて僕が…… 」
「お黙りなさい。羅雪姉様がお怒りです。直ぐに戻りなさい! 」
「ちっ……命拾いしたな! 」
夜射丸は捨て台詞を残して去っていった。
「……申し遅れました。私は夜射丸の双子の姉で朱羅と申します。弟が大変、御無礼をいたしました。この場は私に免じて刃を収めては頂けないでしょうか? 」
「ふむ……さっきの小僧……夜射丸よりも、其方の方が危険な匂いはするが話しは通じそうだな。何故にこの者たちを狙う? 」
嵐坊は橙刃棒を構えたまま朱羅に尋ねた。
「それは……その者たちにお尋ねください。そちらの黒いお方も刃を収めて頂けますか? 」
竜斗は黒竜を肩に担いだ。
「いいぜ。この刀にゃ収める鞘がないんだ。こっちも騒ぎになって人目につくのは本意じゃねぇし、そっちが退くってんなら見逃してやるよ。」
朱羅は一礼をしたかと思うと透けるように消えていった。
「それじゃ、仕切り直しといきますかね? 」
そう言って緋女は身構えた。夜射丸の所為で中断していたが流花たちは橋守の嵐坊と対峙していたのである。
「……いや、通れ。」
予想外の答えに緋女は拍子抜けした。
「え? 何? 急にどうしたの? 何か罠? 」
「たわけ小娘! 罠など姑息な真似はせぬ。あの小僧が『白桜姫』を追っていると申していた。それに先ほどまで居た黒き者の得物は『黒竜』であろう? 俺様とて尋常ならざるを得ない事が起きている程度の察しはつく。津葉樹の郷の星務官は話の分かる人物だ。事情を話せば力になってくれるだろう。」
嵐坊の言うとおり、いつの間にか竜斗は姿を消していた。流花たちは嵐坊に礼を述べると橋を渡っていった。