第三話 華京
なんとか逃げ帰った光凛であったが、華京では他の師団長たちから冷ややかな視線を浴びせられていた。
「どうやら、失敗したようですね? 」
玉座の女性から冷たいトーンで声を掛けられ光凛は平伏低頭して次の言葉を待った。
「第一師団を率いずとも単身で充分ではなかったのですか? 」
「お畏れながら陽煌陛下に申し上げます。この度は流花追撃を何度となく邪魔立てしてきた黒ずくめの男の他に、あのような田舎村に武技を解放出来る者が二人も居るとは思っておらず…… 」
「三人です。」
光凛の報告を遮るように脇で聞いていた1人が口を挟んだ。
「月読!? 」
光凛が月読と呼んだのは透き通るような白い肌の華奢な女性だった。
「うちら第二師団『橘』は光凛はんが流花を川に落としたと聞いた時から陛下の命令で、あの川の流域の村を調べとりました。そやさかい、あの村には武技解放でけるお方が三人居る筈どす。第一師団にも報告書は回しとった筈どすえ? 」
確かに第二師団から報告書は届いていた。しかし光凛は目を通していなかった。
「傲りましたね光凛。」
「今より第一師団『葵』全軍を率いて今度こそ必ずや……」
汚名を返上すべく出陣しようとした光凛だったが陽煌は首を振って否定した。
「なりません。今回の件について星都より正式に苦情が来ています。流花の得物を手に入れるまで、星都と事を構えるのは得策とは言えません。急いては事を仕損じるでしょう。月読、引き続き情報収集を頼みます。」
「承知しました。」
月読は一礼すると退場していった。それを合図のように他の師団長たちも席を外し陽煌と光凛だけが残された。
「光凛。余の後任として『葵』の師団長を貴方に任せましたが荷が勝ちすぎましたかね。功を焦る必要はありません。今は傷を治す事に専念なさい。」
光凛は黙って頷くと玉座の前を後にした。
「それにしても……流花め。厄介な所に逃げ込んでくれたものね。沙久楽といえば星務官は、あの山紫水明。他の星務官であれば村一つ潰して野原にしても何とでもなるであろうが…… 」
陽煌もまた何かを呟きながら自室へと帰っていった。一方、その頃沙久楽の星務官執務室では水明が1人で色々と公務に逐われていた。
「この非常時に、なに生真面目に書類とにらめっこしてるんですか? 」
いつの間にか鳥鳴が執務室の中に居た。
「鳥鳴さん、一応言っておくけれど執務中くらいはノックして貰えるかな? 」
すると鳥鳴が不機嫌そうに聞き返した。
「なんですか、その一応ってのは? 」
「一応は一応です。どうせ言っても聞く気はないのでしょ? 」
「もちろん。」
傍で聞けば不毛なやり取りだが、鳥鳴は楽しんでいるようだった。
「執星官からは星都星府から正式に華京へ抗議をしたとの連絡がありましたからね。表立ってはすぐに動いてこないでしょう。」
鳥鳴は非常時だと言うが多少の猶予はあると云う事なのだろう。それでも直接流花を預かる身としては油断は出来ない。
「表立っては動いて来なくても裏じゃわからないって事でしょ? 華京は間者、間諜を使うと聞きますしね。華京と星都の人では見た目も言語もそう変わりませんし。」
「沙久楽はそれほど大きな村じゃないから余所者が来ればすぐにわかる。それに鳥鳴さんの仙術も大いにあてにさせてもらうよ。」
それを聞いて鳥鳴は軽く溜め息を吐いた。
「はいはい。星務官様にそんな事言われたら世辞でも冗談でも乗るしかないじゃないですか。いいですとも。この療師の鳥鳴がこの村の哨戒は引き受けようじゃないですか。そ・の・か・わ・り♡ 」
「ん? 金銭や物品は贈収賄に繋がるかもしれないから勘弁して貰えるかな。」
少しガッカリしたように鳥鳴は頭を振りながら去っていった。その後ろ姿を見送ってから水明は安堵した。
「ふぅ。鳥鳴さんも悪い人じゃないんだけどね。あの様子だと暫くは流花さんへの事情聴取は許してくれないんだろうな。となると療院の警備を強化した方が良さそうだな。あの光凛と云う男の口振りでは、どんな手を使っても流花さんの得物を奪いたいようだし。つまり華京にとっては、それだけ重視しているって事だろう。」
「わあった、わあったよ! 」
突然、窓の外から野太い声がした。それを聞いて水明はゆっくりと窓辺にやってきた。窓の外には大柄の男が胡座をかいて苦虫を潰したような顔をしていた。
「おや、雷庵じゃないですか。聞いていたんですか? 」
涼しい顔で水明が言うと雷庵は憮然としていた。
「聞いていたんですか、じゃねぇだろ。聞こえるように言ったんだろうが! なんで手前ぇんとこの役人、使わねぇんだよ? 」
「先日、華京はいきなり師団長クラスを送り込んで来ましたからね。次もそうなら役人では手に負えません。こちらに怪我人が出て鳥鳴さんに睨まれてしまいますよ。」
「ワイなら怪我しても構わんちゅうんか? 」
すると水明は首を振る。
「いえいえ、黄昏の雷獣と呼ばれた雷庵なら問題ないでしょ? 」
水明に言われて雷庵は豪快に笑いだす。
「ガッハッハ! 当たり前じゃい! 大船に乗ったつもりで任せておけぃ! 」
雷庵はやおら立ち上がると、のっしのっしと鳥鳴の療院の方へ歩いていった。