第二十二話 恩讐
星帝の言葉に茜吏は首を縦には振らなかった。
「…… 拙者に水明と協力しろと申されるか? 」
「不服か? 」
星帝の言葉に茜吏は躊躇を見せたが、すぐに頭を振った。
「いえ滅相もございません。陛下の御命令とあらば例え仇敵であろうとも協力いたしましょう。」
「そう言うな。あの件の責任は俺にある。怨むんなら俺を怨みな。」
それには何も答えず茜吏は姿を消した。
「はぁ…… 武技を解放出来る人材が不足してるとはいえ、我ながら善い人選とは云えねぇよなぁ。」
星帝としては水明と茜吏が理性ある大人の対応をしてくれるよう祈るしかなかった。
***
沙久楽の郷では水明が忙しくしていた。星都から遣わされた武官は雷庵に任せてあるとはいえ、星務官としての通常業務が減った訳ではない。それに一人で療師をしていてくれた鳥鳴の不在を医師三人で賄っているので人件費も嵩んだりと色々と慌ただしくしていた。
「水明さん、お茶が入りました。」
お茶を運んで来たのは鳥鳴の口利きで星務官執務室で働く事になった月奈だった。月影が倒れたとはいえ記憶も行く宛もない月奈を心配したという面と月読や月闇が再び月奈を利用しようとするのではないかという不安から水明に月奈の監視を頼んでもいた。相手が月読であれば星術や仙術を以てしても読みきれない可能性を綱領していた。そこへ執務室の扉をノックする音がした。
「開いてますよ、どうぞ。」
水明の声に応じて扉が開いた。
「茜吏…… 陛下が人を寄越すとは言っていたけど、まさか君とはね。」
茜吏は水明と視線も合わせず憮然としていた。
「無駄話は不要だ。指示をくれ。」
「では雷庵に代わって武官の指揮を頼む。沙久楽周辺の哨戒任務に着いて貰えるかな。僕の側に居るよりいいだろ? 」
「水明、指示には従う。だが余計な気遣いは不要だ。任務に私情を持ち込むつもりはない。」
そう言って茜吏は執務室を出ていった。
「水明さん、今の方は……? 」
茜吏の分のお茶を淹れて入れ替わりに入ってきた月奈の表情は少しばかり強張っていた。
「ああ、彼は茜吏。陛下から遣わされた助っ人だよ。」
「陛下から……。でも、なにか……少し雰囲気が恐かった気がします。」
「僕は彼の仇だからね。でも星都を守る為には手を取り合う事に躊躇いは無さそうだから安心しておいで。」
月奈は水明の『彼の仇』という言葉が気にはなったが、深く聞いてはいけない気がしていた。
***
ようやく華京に戻ってきた羅雪たちではあったが、出迎えた月読と月闇の心中は複雑なものがあった。
「月影の事はすまなんだ。我も弟妹を持つ身、気持ちは察する。さりとて今は実質、戦時。還らぬ者を嘆くより勝利を墓前に捧げましょう。」
眉一つ動かさぬ羅雪に月闇は少々苛立ちを覚えた。
「骸も埋葬されとらんのは墓やのうて石碑やろ。それより月光を奪還をすべきやないか? 」
「あきまへん。」
月闇の提案を月読は却下した。
「羅雪はんたちの時は四人を助けに一人を送って三人取り戻しましたけど、一人を助けるのに一人を送って犠牲者が出たら本末転倒や。なあに心配せんでも星都は捕虜の扱いは人道的やさかい、後からでも助け出せますやろ。」
現状において武技を解放できる者の頭数が戦況を左右するとあって月読も師団長としての判断を優先せざるを得ない。
「そもそも、わては客分や。今まで月読が世話になっとったから協力しとったけどな。こっからは好きにさせてもらうで!」
そう言い残して月闇は立ち去ってしまった。
「お姉さん……」
「よい」
呼び止めようとした月読を華京の女帝・陽煌が制した。
「月闇の言うとおり、彼女は客分。師団長となった月読を案じて協力を申し出てくれたが同じように月光の事も案じているのでしょう。もはや猶予はありません。不足した武技解放能力者は海都に援軍を頼みます。」
一瞬、議場がざわついた。海都といえば星都の同盟国である。と言っても争い事を好まぬ星都の星帝と、今争えば圧倒的に不利と判断した海都の海皇が利害関係の一致で締結したに過ぎない。この現状のパワーバランスを覆しかねないものこそ『白桜姫』であり流花なのである。『白桜忌』を自軍に入手したいという意味では対立関係のようにも見えるが敵の敵は見方、華京と海都が手を組めば星都に対抗出来るという算段である。もちろん単独では対抗出来ないのでどちらかが裏切れば共倒れという状況なので動き出せば止まれぬ背水の陣でもある。陽煌も後には退けなくなったという事だ。
***
その『白桜忌』を持つ当事者はといえば、いまだに古武士の郷にいた。『白桜忌』よりも威力を抑えた武具を造ってもらう為なのだが、これが難航していた。
「また失敗だ!」
原因は鍛冶師にあった。というのも竜斗の言っていた先代黒竜の主から付き合いのある鍛冶師というのは既に他界し代替わりをしていたのだが、竜斗曰くまだまだ腕は先代鍛冶師の腕には遠く及ばないらしい。どうやら何やら難関にぶつかっているようだった。




