第二十話 策定
華京では今回の失態の対象で揉めていた。第一師団『葵』の団長、光凛が敗走し、第三師団『炎華』は師団長、焔獄と逃げ切った一部の団員を除いて捕縛され、今回またもや第二師団『橘』の三席、月影が星都側に捕えられてしまうという失態を演じてしまったのだから無理もない。
「もはや星都と事を構えしかないのでは? 」
一部にはそういった意見がある事を華京を率いる陽煌も承知はしていた。しかし『白桜姫』を手に入れるまで、星都と事を構えるのは得策とは言えないという考えに変わりはなかった。
「まあ、そう慌てんでもよろしゅうおす。うちらが外から助けに行ったら外交問題ですやろうけど中から出てくる分には、あちらさんの不手際やさかい。」
月読は不敵な笑みを浮かべていた。
「月読、『炎華』の兵はどうなる? 」
「そんなん知らんがな。」
焔獄の問いに月読に代わって月闇が答えた。
「ええか? 月影にせよ羅雪ら姉弟にせよ今は1人でも多く武技が解放出来るんが欲しいねん。あんさんとこの兵隊は武技解放でけんのやろ? そないな連中まで助けとったら目立ってしゃぁないやないか! 」
これには焔獄も返す言葉が無かった。今、華京と星都では武技解放出来る人数に大きな差はない。ならば華京の策定として月影たちの救出が最優先事項である。となれば『炎華』の兵を含めた大人数で行動するのは目立ち過ぎる。せめて1人でも武技解放が出来れば陽動くらいには使えたかもしれないが、そう都合よくはいかない。武技を解放出来る者は一騎当千とも言われ、事実、焔獄の率いる一個師団『炎華』は沙久楽の郷に居た数人の武技解放者に敗北している。
「しかし月読殿、一度は敗れた者たちの脱獄がそう上手くいくのでしょうか? 何か勝算でも、お有りかな? 」
そう声を掛けてきたのは第四師団『睡蓮』の師団長・冰雨であった。
「考えてもごらんなはれ。星都とて牢番にまわす程、武技解放出来る者は居らへん筈や。武具さえ取り戻せれば月影たちだけで脱出出来ますやろ? 」
「その武具をどうやって取り戻されるのかな? 」
「そら影あるところ光ありでおます。」
月読は再び不敵な笑みを浮かべていた。
***
「これが月影たちの武具か。星都も警備が甘いねぇ。」
月影たちの押収した武具の保管庫の中から声がした。
「うん、僕もそう思って星帝陛下には具申しておいたよ。」
声の主が振り替えると扉の前に人影が立っていた。
「意味がわからない……。どうして待ち伏せが出来たんだか? 」
「待ち伏せ……というか事前準備かな。前に君たちの第一師団『葵』の光凛師団長が流花を渡せと言ってきた時同じだよ。」
それを聞いて声の主が身構えた。
「噂には聞いてるよ。星術で予見する沙久楽の郷の星務官・山紫水明! 」
「華京の第二師団『橘』の四席・月光殿にまで知られているとは僕も有名になったものですね。」
名前を呼ばれて月光は怪訝な顔をした。水明とは初見の筈だ。師団長ともなれば面が割れていても不思議はない。しかし月光は四席だ。公的舞台に立ったこともない。
「それも星術とやらの能力か? 」
星術は占星術などとは異なり星都で独自に発展した術式で華京には使う者が居ない為、未知ともいえる能力だった。しかし水明は大きく頭を振った。
「いや……資料からの推測だよ。どうやら当たりみたいだけどね。」
つまり水明は目の前の相手が月光だと確証があった訳ではなく鎌を掛けて確認していたのだ。
「どんな資料かは知らないが…… 騒ぎを起こさずに星都の牢獄に忍び込めるようなのは二人しかいない。そのうちの一人、月影が牢内なら忍び込んでくるのはこの月光しかいない……ってところか。」
月光としては水明を倒すにしても周囲に気づかれるのは拙いと考えていた。水明が衛兵を呼ばないのは捲き込みたくないからだ。実際、居たとしても役には立たないだろう。月光の武技、術技が資料通りであるならば水明は単独で当たるのが最善だと判断していた。
「大筋は間違っていないかな。付け加えるなら竜斗殿が月影の天敵であるように、僕は君の天敵だ。」
「天敵……? 」
月光は警戒心を高めた。星都の資料に自分の武技や術技が載っていたとして見たこともないものを防げるものだろうか? しかし現に竜斗は初見で月影の武技を破っている。水明の手の内がわからないうちは迂闊に動けなかった。
「君は気づいていないかもしれないけれど、ここは既に僕の術技の中なんだ。ここでは僕の武技はほぼ無敵と言っていい。おとなしく投降した方がいいと思わないか? 」
月光には水明がとてもハッタリを言っているようには思えなかった。だからといって、おめおめと投降する訳にもいかない。月光は水明の隙を窺って一瞬、姿を消した。しかし、目論見通りにはいかず月光は元の場所に立っていた。
「言ったよね。僕は君の天敵だって。」
その時だった。牢獄の方が騒がしい声が聞こえてきたのは。
「いいのかな、月影たちを放っておいて? 」
「もちろん、向こうにも手は打ってあるからね。」
そう言った水明には余裕さえあった。




