第二話 黒竜
水明たちと光凛たちの間の大地に突き刺さった刀を追うように漆黒の外套を纏い鍔広の帽子を深々と被った細身で長身の男が舞い降りてきた。
「ようヤブ医者! この村に流花が居るってのは本当か? 」
男は鳥鳴に話し掛けた。
「誰かと思えば竜斗かい!? 踏み倒した治療費を払いに来た……って訳じゃなさそうだね? 流花ならわたくしの家で眠らせてあるよ。」
それを聞いた竜斗は地面から漆黒の刀を抜き取ると光凛たちに向かって身構えた。
「流花がヤブ医者ん所で寝てるって事は……痛ぇ!? 」
背後から竜斗の後頭部を鳥鳴が束ねた筮で殴りつけていた。
「今度ヤブ医者って呼んだらツケ倍額だよ!」
「どうせ踏み倒すんだから……」
「あんたが払うとは思ってないからね。知り合いみたいだし流花から取り立てるかね?」
鳥鳴が言うと冗談には聞こえなかった。むしろ本当に取り立てかねない。
「わかったよ大先生!」
「宜しい。ついでに言うと流花に怪我を負わせたのは光凛、あんただろ? それも流花は無抵抗だったんじゃないのかい? 」
鳥鳴からの指摘に光凛は涼しい顔で答える。
「ほう、御明察だ。流花は私の強さに畏れをなし手も足も出ずに……」
「そんな訳ないだろ? あの娘が畏れたとすれば、それはあんたじゃなく自分の強さだ。それはあんたも、よくわかっていおいでだろう? 」
鳥鳴の言葉に光凛が右手を一振すると光の刃を握りしめていた。
「その減らず口の代償、高くついたとあの世で後悔するがいい。武技解放!光芒一閃!! 」
光凛が光の刃を横に一閃すると同時に閃光が走る。と同時に竜斗が左下か漆黒の刀を切り上げた。
「武技解放!幽玄実抗!! 」
竜斗の刀から放たれた幽玄が光凛の放った閃光を呑み込み、そのまま光凛に襲いかかる。周囲の兵士たちが光凛を守るように盾となって霧散した。
「やっぱり周りの兵士って人じゃないんだ。じゃ遠慮は要らないねぇ。武技解放!雲外蒼天!! 」
鳥鳴は、いつの間にか手にした弓を構えると手にしていた筮を矢に変えて空に放った。すると雲の上から雨のように降り注ぎ兵士たちを一瞬で消し去ってしまった。それを見て驚愕する光凛。
「バカな……こんなド田舎に武技を解放出来る者が二人も…… 」
「なんでしたら僕の武技解放も見ていきますか? 」
水明の冷たい笑顔に背筋の凍る思いをした光凛は捨て台詞も残さずに逃げ帰っていった。
「おや、残念ですね。久しぶりに武技を解放出来ると思ったのに…… 」
「星務官様が武技を解放したら星治問題になるでしょうが!? それより竜斗、流花に会いに来たんだろ? ついといで! 」
鳥鳴が流花の元に案内しようと声を掛けた。しかし竜斗からは意外な答えが返ってきた。
「いや、やめとく。」
「なんだいなんだい? 恥ずかしがる柄でもないだろ? 」
鳥鳴の言葉に竜斗は苦笑した。
「そんなんじゃねぇよ。ただオイラは流花に会いに来たんじゃなくて護りに来た。そんだけだ。たぶん、あいつらまた来るだろうから、そんときゃ手ぇ貸してやるから。流花の怪我をしっかり治してやってくれよ、大先生。じゃあな!」
「待って貰えるかな? 」
立ち去ろうとした竜斗を水明が呼び止めた。
「……あんた星務官だろ? オイラ役人と医者は苦手なんでね。」
「今回の件は礼を言わせてもらおう。それとは別に事情聴取をさせて欲しいんだけどね。その黒竜の入手についても。」
水明がそう言った途端、竜斗の表情が険しくなった。
「おいおい、オイラの刀に文句つけんのか? なんなら、さっき出し損ねたあんたの武技解放してみるかい? 」
「おやめよ。あんたらが衝突しても喜ぶのはさっきの奴等だろ。違うかい? 」
水明と竜斗の間に鳥鳴が割って入った。
「気分を概したのなら、すまなかったね。刃紋が龍の形をした漆黒の刀『黒竜』は別名、戦禍の妖刀とも呼ばれる代物だ。所有者次第では回収するよう、御触れが出ている。まぁ、鳥鳴さんの知り合いのようだし華京の連中を追い返すのにも助力してくれたんだ。扱いは保留とさせてもらうよ。」
「チッ。これだから役人ってのは好きになれねぇ。貴様の言ってる事は奴等が流花の得物を狙ってるのと大差ねぇじゃねぇか。今日の所は大先生の顔を立てて消えてやるが流花に何かあったら奴等の前にオイラが手前ぇを始末しに来るからな! 」
立ち去る竜斗を水明は黙って見送った。
「鳥鳴さん、彼と黒竜について何か知ってますか? 」
水明に尋ねられて鳥鳴は首を振った。
「いいや。せっかく星務官様がお尋ねくださったんだ。お答えしたいのはやまやまなんだけどねぇ。まぁ武技を解放出来たんだから黒竜が竜斗を認めたんだろ。大丈夫じゃないかねぇ。」
鳥鳴の答えに水明も頷くしかなかった。
「それじゃ僕は執星官に連絡して華京へ抗議してもらうから、あの少女……流花さんだっけ。彼女の事はお願いするよ。」
「この鳥鳴が引き受けたんだ。何も心配は要らないよ! 」
水明と別れて鳥鳴が家に戻ると流花が起き上がって子供たちの相手をしていた。
「そっかぁ。じゃあ君たちが、わたしを見つけてくれたんだね。ありがとう! あ、鳥鳴さん……でしたよね? おかえりなさい。」
「ほらほら! このお姉ちゃんは怪我人なんだから無理させんじゃないよ。もう帰る時間だろ! 」
「ちぇっ。お姉ちゃんバイバイ。」
「またお見舞いに来るね! 」
子供たちは鳥鳴に追い立てられると流花に手を振って帰っていった。