第十九話 別離
緋女は羅雪の顔を睨み付けていた。
「あんた、なんでお母さんの名前を知ってるの? 」
羅雪は薄ら笑いを浮かべた。
「彼の者、なかなかに手子擦らせてくれましたからね。そして、あの時の赤子がこうして立ち塞がるのであれば禍根は絶つべきと判断します。」
「それって……あんたがお母さんの仇って事でいいのかなぁっ! 」
「だとしたら? 」
「武技解放!紅翼天翔!! 」
緋女の扇子から繰り出された紅色の霞のような風が羅雪に襲い掛かる。が、羅雪はそれを受け流した。
「緩い緩い。緋向の武技は本来の武具を其方の護りに回していたにも関わらず、それなりの威力を示していました。その程度の武技では彼の武具を手にした処で本来の威力は望めないでしょう。とはいえ、緋向の自然血族となれば、いつ覚醒するやもしれません。可哀想ですが始末させて貰いますよ。」
「緋…… 」
「お前さんは危ないから家ん中に隠ってな! 緋向の娘はわたくしが守るからさ! 」
鳥鳴は緋斑を家の中に押し込むと羅雪たちと対峙した。
「貴女が仙術使いですか。どちらも厄介ですが黒ずくめの男さえ現れなければ手に余る程ではないでしょう。」
とはいえ羅雪も本気で身構えた。その時、緋女が何かに気がついた。
「術技!紅輝燦然! 」
緋女の放った閃光が一瞬、庭の影を消した。すると中から人影が飛び出してきた。
「チッ…… あの黒ずくめが居なけりゃ楽勝だと思ったんだけどね。」
「お前さん、月影とか言ったよね? 月奈は、わたくしが助けたからね。お前さん自慢の隠影操理とやらも、その程度ということだよね。」
「なんやて! 」
鳥鳴に挑発されて一瞬、剥きになりかけて月影は抑えた。
「危ない危ない。よく考えてみりゃ四対二なんだから、圧倒的にあてらが有利やないか。」
すると朱羅が少し首を傾げた。
「はて……姉様、月影はあのように申していますが、如何いたしましょう? 」
「役に立つようであれば協力させてあげなさい。」
羅雪の言葉に夜射丸が薄笑いを浮かべる。
「だってさ。僕たちの邪魔になるようなら一緒に始末しちゃうからね!」
「おまんら、第二師団『橘』の三席にどないな口利いとんのや! 」
「武技解放!雲外蒼天! 」
鳥鳴は、唐突に手にした弓を構え、筮を矢に変えて空に放つと雲の上から雨のように羅雪たちに降り注ぐ。
「武技解放!近朱必赤!!」
間一髪、朱羅が筆から放った朱墨が弾のように飛び散って降り注ぐ矢を打ち落とす。が、何本かは朱墨を貫いて地面に突き刺さった。
「まさか…… 」
防ぎきれなかった事に朱羅が動揺していた。
「へぇ。仲間割れしてるみたいだから不意を突いたと思ったんだけど、さすが少人数で来ただけの事はあるんだね。」
むしろ、ある程度武技が防がれたというのに鳥鳴の方が余裕を見せていた。
(緋女、合図したら玄関まで走りな。)
鳥鳴の言っている事が緋女には把握しかねたが意味なく言う人ではない程度には信じていた。
「なるほどのぉ。お主は緋向の知己らしいな。仇討ちのつもりか知らぬが…… その武具で挑んできたのは失策であったな。」
羅雪の嘲笑する姿を鳥鳴は鼻で笑った。
「フッ…… お前さんたちみたいなのを相手にするなら、わたくしの武具はこれで充分という事さね! 緋女、今だ! 武技解放!雲外蒼天!」
緋女は鳥鳴の放った雲外蒼天が羅雪たちを足止めしている間に、言われた通り玄関に向かって走った。そして緋女が玄関に辿り着くと同時に扉が開き、そこに緋斑が深紅の扇子を握り締めて出てきた。あまりのタイミングの良さに二人は一瞬、驚いたが直ぐに緋斑が緋女に扇子を差し出した。緋女は無言で受け取ると振り向き様に武技を放った。
「武技解放!紅翼天翔!! 」
深紅の扇子から繰り出された霞は風のような曖昧なものではなく深紅の孔雀を形作って羅雪たちに襲い掛かった。一瞬の出来事に羅雪たちは武技も術技も間に合わず躱すのが精一杯だった。
「おのれ……猪口才な…… !?」
緋女を睨み付けた羅雪の首筋に細身の剣が突きつけられていた。
「確保ぉっ! 」
澄んだ力強い声がしたかと思うと兵士たちが羅雪たちを捕縛した。
「これはこれは星務官のお姉さまではありませんか。」
「いや、普通に執星官と呼んでくれて構わないのだが。」
確かに沙久楽の郷を治める星務官、山紫水明の姉には違いないが陽花としては鳥鳴に『お姉さま』と呼ばれる事には違和感があった。
「して、どうしてお姉さまが? 」
「弟の所に竜斗殿が現れたそうなんだが、ここは水明の管轄外なのでね。」
竜斗ならば水明が執星官にも星帝にも顔が利く事を承知していても不思議ではない。
「鳥鳴さん、なんでお父さんがお母さんの形見を持ってくるって分かったの? 」
緋女が不思議そうに尋ねた。
「なんだい、もう忘れたのかい? わたくしの仙術は極めて近い将来を感じ取れるって言ったろ。」
「ああ…… あの時は役に立たないとか言ってごめん……なさい。」
「まあ、お前さんもこれで流花の役に立てそうで良かったじゃないか。」
鳥鳴にそう言われて緋女は玄関に佇む父親に目を向けた。
「必要なんだろ? そいつは……『紅孔雀』は大切な母さんの形見だからな。貸しといてやる。……ちゃんと返しに来いよ。」
それだけ言うと緋斑は家に引っ込んでしまった。
「まったく素直じゃないねぇ。で、これからどうする? わたくしは自分の本来の武具を取りに行くけど、お前さんは流花と合流するかい? 」
「ん~仕方ないから、今度はあたしが鳥鳴さんに付き合ってあげるよ。」
何が仕方ないのやらと思いつつ、鳥鳴たちは陽花たちに別れを告げて次の目的地へと向かった。




