第十八話 葛藤
鳥鳴は優しく緋女の頭を撫でながら口を開いた。
「間違っても緋向の死を自分の所為だとか言うんじゃないよ。緋向は自分が正しいと信じて行動したんだ。それを娘に否定されたんじゃ浮かばれないからね。」
緋女は頷き流花は黙って見ているしかなかった。
「まあ、お前さんも無意識に流花の中に緋向を見ていたのかもしれないねぇ…… 」
すると緋女は全力で首を横に振った。
「そんな訳ないでしょ! そもそも、お母さんの事なんて殆んど覚えてないんだから重ねようがないよ。流花は流花、あたしの一番大切な友達なんだ。流花はお母さんの代わりじゃないし、お母さんは流花じゃない。いい歳して、そんな事もわかんないの? 」
「今、歳は関係ないだろ!? 」
ちょっと気に触ったらしい。鳥鳴は少し語気を荒げた。
「お母さんの事、知ってるんだからそれなりでしょ? けどさ…… 」
「けど? 」
緋女は少し戸惑いながら憂鬱そうに話し始めた。
「あれって本当にあたしに使えるの? っていうか、あたししか使えないの? 今、持ってるのお父さんだし、お父さんだって…… 」
「ああ無理無理無理! いくら夫婦って言っても血が繋がってる訳じゃないからね。緋向の自然血族はお前さんしかいないんだから、お前さんにしか使えない。お前さんの父親が持ってても持ち腐れだよ。」
確かに緋女も、緋向は一人っ子で緋女の父親と結婚した時には既に両親も他界していたという話は聞いていた。
「でもなぁ…… 」
「なんだい、乗り気じゃなさそうだね? 」
渋る緋女の様子に鳥鳴は眉を顰めた。
「ああ、そうじゃないんだ。今のままじゃ流花や竜斗の奴の足を引っ張るってのはわかるし、足手纏いになるのは御免なんだけど…… 」
「けど? 」
「お母さんの形見だからって、お父さん金庫にしまってんだよねぇ。あたしも家出同然で出てきちゃってるしさ。こっそり拝借って訳にはいかないもんなぁ…… 」
項垂れる緋女を見ていた鳥鳴が仕方なさそうに二、三度頷いた。
「わかったわかった。わたくしがお前さんの父親を説き伏せてあげるよ。…… って事だから竜斗、暫く流花の護衛は任せたからね! 」
鳥鳴が叫ぶと上空から漆黒の抜き身の刀が降ってきた。そして、いつも通り竜斗が舞い降りてきた。
「まぁったく…… 大先生は人使いが荒ぇんだよ! 言われなくても流花にゃ『白桜姫』は抜かせねぇよ! 」
すると鳥鳴は少し考えた。
「竜斗、お前さん武具屋に知り合いはいるかい? 」
「え? あ、ああ。古武士の郷に黒竜の先代主からの付き合いの鍛冶師なら居るが? 」
「なら、そこで流花の護身用の武具を調達しておやり。『白桜姫』を解放すると地形が変わっちまうんだろ? 威力がでかすぎて普段使いが出来ないだろうからね。」
「……あいよ」
そもそも普段使いする武具も武技も無いだろうとは思ったが、下手に突っ込むと何が返ってくるかわからないので竜斗もおとなしく相槌を打った。こうして流花は竜斗と古武士の郷に居る鍛冶師の元へ向かい、緋女は鳥鳴と共に父親の居る実家へと向かう事になった。しかし緋女の足取りは重かった。なにしろ家出同然で出てきているので、どう話せばいいのか見当もつかなかった。
「なに心配してんだい? 親子なんだから普通にしてりゃいいのさ。わたくしが一緒なんだから無下にはされまいよ! 」
鳥鳴は気楽に言ってくれるが、やはり気拙さはある。そうこうしている間に緋女たちは実家の門の前まで来てしまった。
「ねぇ、鳥鳴さんの仙術で金庫開けるとか出来ない? 」
「バカな事、お言いじゃないよ。行くよ! 」
鳥鳴は緋女の首根っこを掴むと門の中へずんずんと入っていった。
「緋斑! 居るんだろ? 緋斑! 」
すると建物の扉がゆるりと開いた。
「どなたかと思えば鳥鳴さんではありま…… 」
そこまで笑顔だった緋斑の顔が緋女を見つけて険しくなる。
「せっかくですが、お帰りください。」
緋斑が閉めようとした扉に鳥鳴が足を突っ込んだ。
「お前さんが持っていてもアレは使えないだろ? 可愛い娘に渡してやってもいいんじゃないか? 」
「やはり、アレが目当てですか……。 緋女が素直に帰ってくるとは思っていませんでしたよ。それならば、尚の事お帰りください。」
「鳥鳴さん、もういいよ。」
鳥鳴の後ろで緋女がぽつりと言った。
「けどお前さん、このままじゃ…… 」
「いいんだって。あんたとの親子の縁は絶ってあげる。けどお母さんとの縁は切れないからね。形見として大事にしときなよ。…… こっちの用事は終わりだ三バカ姉弟! 場所変えて貰えるか? 」
緋女の声に呼応するように三人が姿を現した。
「場所を変える? 私たちの目的はあくまで、その屋敷にある武具です。武具さえ渡してくだされば命まで取りません。」
「そいつは、あんたがだろ朱羅? そっちの二人は殺る気満々じゃないのさ! 」
「当たり前だろ? お前たちを生かしといても僕たちには何の得も無いからね。」
緋女の問い掛けに答えたのは夜射丸の方だった。
「後顧の憂いとならぬよう、緋向の元に送って差し上げます。」
羅雪の言葉に緋女は扇子を強く握りしめていた。




