第十七話 邂逅
足を止めた流花は呟いた。
「村長さんが言ってたけど『白桜姫』はいずれ世を治める事になるんだよね……。もしかしたら、これから起きるかもしれない戦乱も収められるのかな……。」
それは自問のようでもあり緋女に尋ねたようでもあった。そして緋女も答えるべきか少し迷ってから口を開いた。
「戻ろっか。」
「えっ……? 」
流花は一瞬、耳を疑った。自分を村から連れ出したのは緋女だというのに。
「あたしはね、家柄に縛られるのが嫌で飛び出した口だし、あんたも『白桜姫』の主として生まれたからって自分で望んだ訳じゃないんだから、運命だの使命だの、どうでもいいって思うんだ。自分の人生なんだし。でも、あんたは違う。昔っから、出来る出来ないじゃなく、やらなきゃって思った事はやろうとするよね。」
「えっ……あ……うん……。でも、わたしが動く事で戦禍が拡がるかもしれないと思うと……。それに、これはわたしの一存で緋女ちゃんを巻き込む訳には……。」
すると緋女は呆れたように大きく息を吐いた。
「はぁ~っ! 巻き込むとか巻き込まないとかじゃないの! あたしは、あんたがほっとけないから、あんたを探して沙久楽の郷まで行ったんだよ。こっからは大変な事になりそうだからって、あたしが『はいそうですか』ってあんたを見捨てる訳ないだろ? 」
流花にとって今は緋女が一緒に居てくれる事が何より心強かった。
「話は纏まったかい? 」
「えっ!? 」
聞き覚えのある声に流花と緋女が振り返った。
「先生、どうして? 」
「オバ……鳥鳴さん、月奈ちゃんを沙久楽の郷まで送っていった筈じゃ? 」
すると予想通りの質問に鳥鳴はニンマリと笑って二、三度頷いた。
「うんうん。そうだとも。ちゃぁんと月奈は沙久楽まで届けて星務官様に事情を伝えて来たさ。」
緋女は眉を顰めて鳥鳴の顔を覗き込んだ。
「本物でしょうねぇ? でなきゃ影ん中に月影が入り込んでるとか? あたしらが沙久楽からここまで、どんだけ掛かったと思ってんの? 」
流花や緋女が月奈を連れていたとはいえ数日を要した距離を短時間に、それも往復したとなると疑いたくなる気持ちも分からなくはない。
「ちっちっちっ。忘れておいでかい? わたくしは仙術を究めし沙久楽一の療師様だよ。流花が沙久楽に流れ着く事も、華京が攻め入る事も分かってた。だから流花の決断も分かってた。」
「何それ! だったら、も少し助言とかしてくれても良かったんじゃない? 」
緋女が頬を膨らませて抗議した。
「あのねぇ、仙術ってのは占いでも予知でも先読みでもないの。ついでに極めて近い将来を感じ取れるって程度の代物なんだから前もって助言なんて出来ないの! 」
「なぁんだ、あんまり役に立たないんだ。」
鳥鳴が説教がましく思えた緋女は鼻で笑う。実際、嘲笑などするつもりはなかったのだが鳥鳴にはそう見えた。だからと言って目くじらを立てたりもしなかった。
「このままじゃ、お前さんも役に立たなくなるよ? 」
「な…… 」
何かを言い返そうとした緋女だったが、鳥鳴の視線だけで制されてしまった。
「お前さんが流花の決意に付き合いたかったら、お前さんも決意が必要だって事さね。今の武技じゃ、いつか流花や竜斗の足手纏いになっちまう。あるだろ、お前さんにしか使えないとっておきの武具がさ。」
「えっ!? 」
鳥鳴の言葉に緋女は驚きを隠せなかった。確かにとっておきの武具は心当たりがあった。しかし緋女にとって赤の他人である筈の鳥鳴が知っている事が信じられなかった。
「当てずっぽう? でなければ、どうして鳥鳴さんがそれを? 」
「お前さん、わたくしの前で紅輝燦然を使ったろ。すぐにはピンと来なかったんだけどね。紅翼天翔も鳥じゃなくて霧みたいだったって心狐が言ってたしさ。そもそも緋向は明るかったけど、どっちかって言うと流花みたいな性格だったしね。」
「え……鳥鳴さんて……お母さんの知り合いなの!? 」
緋女としては鳥鳴が母親の知り合いだとは夢にも思っていなかったので呆然としていた。そして直後、猛然と鳥鳴に詰め寄った。
「教えて! 何でもいいからお母さんの事、教えて! ねぇ教えて……教えてよぉ…… 」
膝から崩れそうになる緋女を鳥鳴が抱き支えた。
「どうやら、お前さんの父親は緋向の事を教えていないみたいだねぇ。わたくしが療師を目指したのは医師が緋向の怪我を治せなかったからなんだよ。」
鳥鳴の言葉は緋女の知らない事ばかり出てきた。
「怪……我? お母さんは、あたしが幼い頃に病気で死んだってお父さんが…… 」
すると鳥鳴は静かに首を振った。
「緋向はね……お前さんを守るために大怪我を負ったのさ。獣からお前さんを守るために、とっておきの武具で結界を張った。その獣は誰かの武技だったんだ。術技だけで渡り合える筈もない。だから緋向は囮になって出来るだけお前さんから離れた。見つかった時にはボロボロだったっていうよ。」
「そ……そんな……それじゃ、お母さんは…… 」
緋女の頭を鳥鳴は優しく撫でていた。




